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2015年頃ごろ私たちを取り巻く日常の至るところがローズゴールドだらけになった瞬間があった。Appleは、花びらのような煌めいた色合いのスマートフォンやラップトップを製造。サムスンは、スマートウォッチ「Gear S2」で渋い色合いのダイヤルデザインを披露した。壁や家具は、ミレニアルピンクと呼ばれる淡いピンク色で覆われた。もはやこの配色は避けるのは困難だった。トレンディでありながら、意外なほど新鮮に感じられる色合いだったからだ。
しかし、時計コレクターにとって、この色の流行については初耳ではないはずだ。時計の世界では「サーモン」と呼ばれる暖色系のピンクゴールドに、時計メーカーは長いあいだ傾倒してきた。サーモンダイヤルは、ハイエンドのコレクターにとって大きな撒き餌(失礼!)であり、ブランドの最も優れたヴィンテージ(およびヴィンテージにインスパイアされた)モデルを飾ることが多いからだ。パテック フィリップが最近発表したモデルたちを例に挙げよう。パーペチュアルカレンダー Ref.5320とクロノグラフ Ref.5172は、パテックのなかでも特に魅力的な色合いのサーモンカラーで提供されている。この2モデルは、それぞれ1195万7000円、1016万4000円である(いずれも2022年6月1日の価格改定を反映した日本国内税込価格)。また、A.ランゲ&ゾーネのクラシックなダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨンやオリスのビッグクラウン プロパイロットX キャリバー400 サーモンダイヤルなど、アーカイブをざっと見ただけでも大作が目白押しである。
パテックはサーモンダイヤルのハイエンドな時計を積極的に発表しているブランドのひとつだが、ほぼすべてのビッグブランドが長年にわたってこのカラーを採用してきた。ロレックスは1940年代製のバブルバックを皮切りに、この色彩を文字盤に採用してきた長い歴史がある。最近では、エアキングにピンクの色合いと焼けたようなコッパーの2種類のサーモンカラーが採用された。そしてもちろん、サーモンカラーを好む消費者の声に応えるべく、あらゆるファッションウォッチがサーモンカラーの流行に便乗している。
私はデザインという観点から時計の動向を追っているが、サーモンが支持される理由がわかるような気がする。サーモンは、どちらとも言えない中間的な存在で、あらゆる愛好家の好みを映し出す鏡となっているからだ。主張しすぎることなく、「ほどよく」主張する色なのだ。歴史的な意義があり(コレクターにとってはこれ以上の喜びはないだろう)、かつ最近のトレンドでもある。男性的でありながら女性的でもある。高価でなくても高価に見える。時計界隈は細かいこだわりを持つ人が多く、定説に異を唱えたがる人が常にいるものだが、サーモンはほぼ全員が納得するダイヤルカラーのひとつだ。
サーモンの色調は、(きらめくローズゴールドのような)メタリック、(セピア調の紙のような)ニュートラル、親しみやすさ(多くの肌色を引き立てる色でもある)など、さまざまな表情を見せてくれる。特にジュエリーの場合、このような感覚的な特徴が、サーモンの魅力を際立たせている。「サーモンの色調は、瞬時に心地よく、人間らしい魅力を表現します」と、パントンカラー研究所副所長のローリー・プレスマンは言う。「快適さを求める私たちは、親しみやすさと安心を感じさせるこの温かみのある色合いに注目しているのです」。
プレスマン女史の理論は、この色調をガジェットにソフトなタッチを与えるためにテック企業がよく採用することと符合する。ピンク、特にこの暖色系のピンクは、他の色にはない身体性を呼び起こすのだ。自分の身体からではないとしても、地球からやってきたかのような感覚だ。これは、ローズゴールドが実際に元素から生まれたものだからかもしれない(完成物はそうでないとしても)。この温かみのある合金は、ゴールドに銅を加えて作られる。銅を加えるほど、ローズゴールドの色合いはよりバラ色に変化する。
この色が最初に注目されたのはローマ帝国時代で、金貨に含まれる不純物が銅のような色合いになったのが始まりとされている。その後、ローズゴールドはフランスのキャトル・クルールジュエリーで流行し、ピーター・カール・ファベルジェがイースター・エッグの金細工で使用した素材としても知られるようになった。高級品やファッションのトレンドは世界中を駆け巡り、最終的にはヴィクトリア女王のジュエリーや、1920年代にローズゴールドとホワイトゴールド、イエローゴールドを織り交ぜたカルティエのトリニティリングに、この素材が使われるようになった。
時計は宝飾品であると同時に、テクノロジーの一形態であり、そのことが関係しているのかもしれない。ハーバード大学のフォーブス顔料博物館のキュレーターであるナラヤン・カンデカール氏によれば、サーモンダイヤルが1930年代から40年代にかけて脚光を浴びたとき、多くの時計メーカーは機械化時代の美学を追求していたという。「サーモンダイヤルは、デコラティブアートが機械化時代やアールデコ様式に移行し、大きく変化した時期に登場したようです」と、彼は言う。「その時期には、地金の表面を生かした意匠が数多くありました」。この時代は、産業と芸術の交わりを祝福する時代だった。複雑な幾何学模様や金属細工を多用したアールデコは、急成長する工業化がいかに美に昇華するかを表現する手法だったのだ(私のお気に入りの例として、1932年にピンクがかった金色に輝くドームで建てられた私の居住地ネブラスカ州の州議会議事堂を挙げたい)。
サーモンダイヤルは、ラッカー、亜鉛メッキ、ローズゴールドなどで製造され、素材的にも似た要素を備えている。サーモンダイヤルは、一般的に地金そのもので作られているわけではないが、古くから人間を魅了してやまない新鮮な銅の美しさが活かされているのだ。採掘されたばかりの銅は、深い焼けたようなピンクの輝きを放つ。しかし、銅は化学変化し易く、酸化して錆びやすい金属でもある。空気や水に触れると、その暖かな輝きは赤褐色に、やがて緑色に変化していく。時計のダイヤルに純粋な銅が使われることはほとんどないが、サーモンダイヤルは、銅の最もよい状態、最も新鮮な状態を思わせるとカンデカー氏は言う。「時計という舞台で時間を止めることを連想させるんです」。
確かに詩的な説明だが、現在のサーモンへの思いはもっと直観的なものだ。サーモンダイヤルを身につけることは、過去の記憶を呼び起こすことなのである。サーモンダイヤルを備えれば最新作ですら、まるで引き出しのなかで何十年も眠って獲得したような豊かな経年変色を伴う、ヴィンテージ感を湛えることができる。その感情の背景には、1930年代から40年代にかけて本格的に始まったサーモンダイヤルの歴史がある。しかし、ローズゴールドという素材がジュエリーに使われるようになったのは、それよりもずっと以前のことである。サーモンダイヤル黎明期の作品は、さまざまなスタイルと価格帯から見つけ出すことが可能だ‐30万5000ドルのパテック パーペチュアルカレンダー・クロノグラフや3150ドルの1940年代のロレックス オイスターRef.2280などである。
A Collected Manがサーモンダイヤルの歴史について深く考察しているように、ミッドセンチュリー(1950年代)のサーモンダイヤルの時計は、時計メーカーの最も目の肥えた顧客のためにデザインされた希少なものであった。その後、数十年にわたり人気を博したが、特別な日のための時計という位置づけを超えることはなかった。当時のサーモンダイヤルは、誰もが身につけられるというわけではなく、特別な存在として神秘性を放っていたからだ。しかし、大量生産によってその色が簡単に再現できるようになった現在でも、その敷居の高さは変わらない。
このヴィンテージの魅力は、1940年代のタイムピースをモチーフにした新しいパテック パーペチュアルカレンダー Ref.5320OGにも見い出すことが可能だ。パテックのサーモンに対するアプローチは、こなれた質感を醸し出している。明るくもなく、鈍くもない。砂漠の地形や赤らんだ頬のような温かみがあるのだ。この色は、真鍮のプレートの上にローズゴールドを重ねることで実現されている。サーモンダイヤルのコンテンポラリーなモデル(例えばウブロ ビッグ・バン ミレニアルピンクなど)に見られる色合いは、より複雑ではなく、よりピンクで、繊細さに欠けることが多い。これはハイエンドなヴィンテージが身近なファッションになったようなもので、もちろん、どんなトレンドにも共通する自然な流れである。「レーシングカーにストライプを入れたからと言って、レーシングカーになるわけではありません」。こう語るパテックのコレクター、フィリップ・キンダのお気に入りは、Ref.1578Rローズ・オン・ローズだ。「何かあるような気がするけど、その何かがわからないのです」。
サーモンダイヤルは、ほぼどの価格帯でも手に入るので、ヴィンテージのパテックを買えない人には朗報だ。バルチックやノモスといった中堅価格帯のブランドは、サーモンダイヤルの独自バージョンをより手に入れやすい価格帯で展開している。しかも、そのサーモンダイヤルの美しさといったら...非常に素晴らしいのだ。ヴィンテージウォッチディーラーのエリック・ウィンド氏が言うように、多くのサーモンダイヤルが「奇妙なほどニュートラル」であるのと同じ質感を持っているのだ。ウィンド氏によると、サーモンダイヤルの需要は長年にわたって安定しているそうだが、それは驚くことではないという。それもそのはず、サーモンは永遠に美しい色なのだ。「ローズカラーのレンズを通して世界を見るようなものです」とウィンド氏は言う。「ちょっとした喜びと楽観主義をもたらすポップな色なのです」。
リズ・スティンソンは、AIGAが発行する『Eye on Design』のエグゼクティブ・エディターです。デザインに関する彼女の記事は、Wired、Curbed、Gizmodo、Architectural Digest、The Wall Street Journal Magazineにも掲載されています。彼女のHODINKEE全アーカイブを読むには、こちらをクリックしてください。
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