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November 25, 2020
November 25, 2020
In-Depth ヴァン クリーフ&アーペル 太陽系を身に纏うミッドナイト プラネタリウム

In-Depth ヴァン クリーフ&アーペル 太陽系を身に纏うミッドナイト プラネタリウム

ミッドナイト プラネタリウムがどのようなものか、我々が辿る短い旅に少しお付き合いいただきたい。

ヴァン クリーフ&アーペル ミッドナイト プラネタリウム

 奥深い時計製造の世界では、腕時計のムーブメントを構成するギア、石、レバー、ネジなどの丹念な詰め合わせが、実際いかに魅力的なものであるか、見落としてしまいがちだ。だが、ヴァン クリーフ&アーペルのミッドナイト プラネタリウムのような時計に出会うと、ハッとせずにはいられない。思わず立ち止まり、タイムピースに描き出された技術と芸術のエレガントな結晶に、思いを巡らさずにはいられないのだ。極小の太陽系が、正確な調和を保ちつつ文字盤のなかを回転しているのだ。この時計を29年間みつめていれば、土星が文字盤のなかを完全に一巡するのが見られるというわけだ。もしお時間があれば、ミッドナイト プラネタリウムがどのようなものかを探る私たちの短い旅に少しお付き合いいただきたい。

I. 用語について

 現代英語でプラネタリウムは、太陽系の機械的な動く模型のことや、光源を通して太陽系の映像を投影する劇場施設のことを指す言葉だ。しかし、それほど使われない別の用語も存在する。「Orrery(オーラリー)」だ。オーラリーという用語は、1704年に実際に機能する太陽系模型を献呈されたアイルランド貴族、第4代オーラリー伯爵(チャールズ・ボイル)の名に由来する。「オーラリー」はもっと厳密にいえば、太陽系の機械模型を指す用語だが、それでもプラネタリウムの部類に入る。

 オーラリーはさらに、「tellurian(テルリアン)」と「lunarium(ルナリウム)」に分類することができる。前者は地軸や太陽の周りを回る地球の回転に焦点を当てたもので(季節の変化を表すため)、後者は地球の周りを回る月の回転を示すものだ。

II. プラネタリウムの例

「アンティキティラ島の機械」の破片。画像提供:アンティキティラ島の機械調査プロジェクト

 1900年に、天文学コンピュータの例として知られる最古のものが(そしてこれまでに作られた最初のコンピュータである可能性もある)、ギリシャの島であるアンティキティラ島沖の難破船で、海綿採取ダイバーによって発見された。『アンティキティラ島の機械』として知られるこの機械は、驚くべきことに紀元前80年ごろに製作されたと考えられており、歯車を持った同じ様な複雑さの技術工芸品は、それから約1000年後まで現れることはなかった。アンティキティラ島の機械」は、天文学の計算で使われる黄金律に驚くほど近い精密なギア比で、太陽系の周期を追跡することができた。この模型は地球から見た天体を示すために使われるものだった。しかし、必ずしも地動説や天動説の惑星配列ではない可能性もある。

 太陽系の中心の本質はもちろん、非常に論争を呼ぶテーマだった。早くは紀元前297年に、サモス島のアリスタルコスが、太陽系の中心は太陽であるという正しい結論を下した。それでもなお2000年近くの間、広まる科学的見解と抑圧的な貴族たちの総意とが入り混じり、この説を支持する者たちがその信念を理由に迫害されることになるのだった。

 アンティキティラ島の機械が発見されたとき、歴史家や科学者たちはこの機械の信憑性に疑問を抱いた。紀元前80年の技術として知られていたものよりもはるかに複雑にみえたからだ。それにも関わらず難破船から回収された断片の分析や、似通った機械の存在を裏付ける古代の文書から、この機械の正当性が証明された。さらにCTスキャンにより、機械の内部にこの時代を正確に遡ることのできる銘が示された。

 これが古代の船乗りたちにとってどのような目的のものであったか正確には分かっていないが、アンティキティラ島の機械はその時代のものとして知られる技術的進歩と比較して、その技術的精密さが際立っている。

 より最近になってこの古代のコンピュータに、ロンドンのサイエンス・ミュージアムの元キュレーターであるマイケル・ライト(Michael Wright)氏によってさらなる光が当てられた。機能をもっと理解するためにライト氏は、ロンドン郊外の自宅で、実際に動くアンティキティラ島の機械のレプリカを作った。X線撮影技術を用いてライト氏は、機械の(残存する)内部のギアや、かつてギリシャ、バビロニア、古代中国の暦に使われた19太陽年のメトン周期システムを示す表示などの正しい配列を推定することができた。

自身の作ったアンティキティラ島の機械の動く模型を見せるマイケル・ライト氏。

 ライト氏や、別の研究者トニー・フリース(Tony Freeth)氏とアレクサンダー・ジョーンズ(Alexander Jones)氏による研究により、この機械がその時代にしてはいかに精密なものであったかが示された。今ではアンティキティラ島の機械が月食周期を表現することも可能であることが理論づけられている。

 2014年9月に、探検隊が再び難破船を探検することになっている(編集者追記: 本記事の元記事は、2014年6月公開)。科学者たちは、新たな最先端の潜水ロボットを駆使して船に別の精密なギアや機器があった可能性を探ろうとしているのだ。この理論は、別の合金や別の職人技から作られたさらなる機械の断片がないかがベースとなる。

 アンティキティラ島の機械の推定製作年よりもはるか後に、ヨハネス・カンパヌス(Johannes Campanus:1220年~1296年)というひとりの天文学者が、プトレマイオス(Ptolemy)などの先人たちの唱えた天文学定理を用いて、それをより意味をなすものへと導いた。古代の天文学者たちが確立した原理を使ってカンパヌスは、天体現象に焦点を当てた『Trastatus de Sphaera(天球論)』という著書の中で、惑星の動きを説明したのだ。

 当時、入門書として書かれた本にしては、非常に珍しい先進的な取り組みだった。他の先人天文学者や科学者たちのように、既存の知識に基づいてそれを発展させていくというこの分野におけるやり方を、カンパヌスは踏襲した。

 著書『De revolutionibus orbium coelestium(天球の回転について)』(1543年)の中で天文学者のニコラス・コペルニクス(Nicolai Copernicus)は、地球、水星、金星、火星、木星、土星が太陽の周りを回るという、太陽が中心の太陽系を提唱した(海王星、天王星、そして準惑星である冥王星は、まだ発見されていなかった)。当時この理論を(成功裏に)証明するために、実際に機能するプラネタリウムが建設された。

 より最近の歴史上では、1774年から1781年にかけてオランダのフラネケルに、羊毛梳毛業者(羊毛繊維を処理してきれいに整える人)のエイセ・エイシンガ(Eise Eisinga)によって、ロイヤル・エイセ・エイシンガ・プラネタリウムが建設された。当時、エイシンガは、「合」として知られる天文学的な事象中に太陽系の惑星同士が衝突するわけではないことを証明するために、プラネタリウムを作ったのだ。

 もちろんエイシンガは正しかった。今日であれば、この証明は洗練されたコンピュータシミュレーションを通して素早く説明が可能だ。しかし当時エイシンガが作り上げたのは、樫の木や、手作業で鍛造したギア用のクギ1万個以上を使う巨大な建造物だった。振り子時計ひとつと9つの重りがメカニズム全体を制御するもので、建設には7年かかった。

III. オークションに出るプラネタリウム

 プラネタリウムは、1700年代中頃までは主に科学的な研究や指導に使われる天文学的なツールだったが、そのころから、その芸術性や社会の宝としての価値が広く認められるようになり始めた。プラネタリウムのこの再定義は、高度な装飾を施した時計オブジェクトの人気の高まりと同時期に起こり、そのいくつかの例が、ここ10年ほどのオークション姿を現した。

パスマン(C.S. Passemant) ― 貴重なルイ15世(Louis XV)の地動儀オーラリー クロック。画像提供:アンティコルム

 アンティコルム、ジュネーブ、2012年5月13日。ロットナンバー 466:このオーラリー付き時計は、1965年にルイ15世の王宮用として特別に作られたレアな品だ。珍しい天文学的細工に長けたフランスの時計技師、C・S・パスマンの作による。地動儀のメカ部分には、複雑な細部までを表現した地球と月(月相が説明できる部分シールド付き)と、中央に太陽があしらわれている。月桂樹の葉の木彫りにギルト仕上げを施して文字盤の周りにあしらった装飾ケースが、この機械を科学機器であると同時に貴族的な自慢のひと品にしている。(推定額約900万~1350万円、落札価格: 約1050万円)

W・ジョーンズ(W. Jones) ― ジョージ3世(George III)のポータブル オーラリー。画像提供:クリスティーズ

クリスティーズ『旅行、科学、そして自然史』、2011年9月29日、ロットナンバー126。すべての科学機器がそうであるように、実用性は最重要だった。しかしもし可能なら、携帯できるに越したことはない。ロンドンの職人、W・ジョーンズ(W. Jones)が1787年に初めて、携帯型オーラリーを作った。刻み模様を入れた紙の文字盤上の地動儀に、ソリッドな象牙製の地球と月がついたものだ。このモジュール式装置には、他の惑星や衛星の入った小さな専用箱がついている。それらの星もすべて象牙製で、機器に取り付ければさらに奥深い観測が可能になる。(推定額約270万円~380万円、落札価格は約1655万7000円)

ラインゴ・フレール(Raingo Frères) ― シャルル10世(Charles X)の、オルモルをあしらったアンボイナウッドの見事なオーラリー クロック。画像提供:クリスティーズ

 クリスティーズ『500年:重要な装飾芸術 ヨーロッパ』、2010年12月9日、ロットナンバー 333。1820年から1840年にかけて、パリで活動していたラインゴ・フレールが複雑なオーラリーの製作で有名になった。そのうち30点の現存が判明している。この品は1830年に作られたもので、やはりこれも装飾レベルが時代の貴族趣味と一致しており、オルモル(ギルト仕上げの銅)とエキゾチックなアンボイナウッドを使った貴重かつ高度な装飾が施されている。この見事な時計は約911万円で落札された(推定額は約572万から859万円)。ほぼこれと同じバージョンが、2014年5月15日にサザビーズ『ヨーロッパの芸術』で売りに出された。しかしこのときは約1145万から1718万円というかなり高い推定額だったため、このロットは落札されなかった。

ル・ロイ・エ・フィス ― プラネタリー レギュレーター。画像提供:アンティコルム 

 アンティコルム、ジュネーブ、2005年5月15日、ロットナンバー 215。ル・ロイ・エ・フィス社製の、真鍮にギルト仕上げを施したこの品(1860年~1870年製造)の卓上レギュレーターには、ジャンピングセコンド・エスケープメント、晴雨計、カレンダー、そして最上部にオーラリーがついている。(推定額約898万~1122万円:未落札) 

F.P.ジュヌル ― ルナリウム付き懐中時計。画像提供:アンティコルム

 アンティコルム、ジュネーブ、1993年11月14日、ロットナンバー 292。より近代的な品には、月相、恒星時、年間カレンダー、1分毎のトゥールビヨン・レギュレーターのついたこのように特別なF.P.ジュヌル社製のイエローゴールドの懐中時計がある。ルナリウムは、地球(装飾を施した象牙製)が地軸を回転する間、月が29.5日周期で地球の周りを回ることを示している。(推定額約1122万~1682万円、落札価格約2044万円)

 そして今日の時計の世界で天文学的細工を考えるとき、真っ先に思い浮かぶひとつの会社がある。クリスティアン・ファン・デル・クラウー・アストノミカルウォッチズだ。

IV. クリスティアン・ファン・デル・クラウー

クリスティアン・ファン・デル・クラウー

 40年前の1974年、クリスティアン・ファン・デル・クラウー(Christiaan Van Der Klaauw)氏というオランダの時計職人が、高度な装飾を施した月相付きの天文時計を発表した。この凝った装飾の時計が、天文学的細工というニッチな世界を探る何十年もの旅の始まりとなった。

 ファン・デル・クラウー氏は、オランダのライデンという街で生まれた。ライデンの楽器職人スクール(LiS)で学んだ後、彼は、オランダ最古の大学付属観測所であるライデン天文台で訓練を続けた。ファン・デル・クラウー氏の天文学への興味は、この観測所で培われた。

 その後20年、ファン・デル・クラウー氏は、ムーンフェイズや太陽赤緯の立体模型(1980年)、立体プラネタリウム付き卓上時計、アストラーべ、そして北半球と南半球の平面天球図(1989年)など、次々と複雑化していく模型を作り続けた。同年(1989年)にファン・デル・クラウー氏は、伝統的な時計作りや時計学的伝統の発展のために捧げられた組織、独立時計師アカデミー(AHCI)の栄誉ある会員となった。

 彼の初期の作品の美学は、1700年代に流行した凝った装飾の天文機器(上で取り上げたような)の伝統に大きな影響を受けたバロック様式だった。

 彼のやり方が進化するにつれ、ファン・デル・クラウー氏の作品はより最新のものとなり、珍しい天文的な細工とウェアラブルなデザインとの考え抜かれたバランスを提供するようになった。

クリスティアン・ファン・デル・クラウーの、月相付きの最初の天文時計。1974年製作。

3Dのムーンフェイズと太陽赤緯表示のついたバロック様式の振り子時計。1980年製作。

 1996年に発売されたファン・デル・クラウー初の腕時計には、特にそれがいえる。『サテリート デュ モンド』と呼ばれるこの腕時計には、ムーンフェイズ、デイ・ナイト表示、そして興味深いことに、一日のある時間に地球上で正午丁度である都市がどこであるかを装着者に教えるというユニークな表示がついている。

1996年に発売されたクリスティアン・ファン・デル・クラウーのサテリート デュ モンド。

 1999年にファン・デル・クラウーは、世界最小プラネタリウムを搭載した腕時計、CVDKプラネタリウムを発表した。開発されたモジュールが、さらなるプラネタリウム付き腕時計や他のより難解な天文学的細工の、基礎を形成することになる。

 極めて伝統的な時計づくりから、腕時計でよりモダンなものへとシフトさせたことにより、同社の未来に向けての土台を作ったといえる。彼の会社は現在、2009年にCEOに指名されたオランダ人デザイナーのダニエル・レインチェス(Daniël Reintjes)氏が率いている。 

 その観点からレインチェス氏と取締役会は、会社のちょっとした再構築に乗り出した。彼らはもっぱら天文学的細工に重点を置くことを決意し、クリスティアン・ファン・デル・クラウー氏のニッチな(そしておそらく誰にも追随を許さない)、世界トップの天文時計技師としてのポジションを固めるべく、新たなモジュールを開発している。

V.  ミッドナイト プラネタリウム

 他にはない太陽系表現を作り出すことを目的として、ヴァン クリーフ&アーペルは、天文時計の第一人者であるクリスティアン・ファン・デル・クラウーに助けを求めた。ミッドナイト プラネタリウムは、ヴァン クリーフ&アーペルのより大きなコレクション、「ポエティック コンプリケーション」に内包されるプロダクトだ。「ポエティック コンプリケーション」は、エレガントでメカニカルな両方の特徴をもつ腕時計を取り揃えたコレクションである。

 ヴァン クリーフ&アーペルのこれまでで最も複雑な腕時計であるミッドナイト プラネタリウム ポエティック コンプリケーションのために、クリスティアン・ファン・デル・クラウー・アストロノミカル ウォッチズは、2年半をかけて特注のプラネタリウム・モジュールを開発した。そのモジュールを、リシュモン・グループ組織内の、現在はロジェ・デュブイ・マニファクチュールの傘下にあるシュテルン・マニファクチュールが、ムーブメントに統合させた。ムーブメントは、全396ものパーツからできている。

クリスティアン・ファン・デル・クラウーの特注モジュールを搭載したシュテルン・マニファクチュールのムーブメントは、サファイアクリスタル製のケースバックから見ることができる。クリスタルを取り囲んでいるのは、6惑星すべてを示す表示とそれらを象徴する石だ。

 ミッドナイト プラネタリウムのさらに驚くべきことのひとつは、それが実は使いやすいということだ。使いやすさは、ヴァン クリーフ&アーペルの時計製作世界担当責任者であるデニ・ジゲ(Denis Giguet)氏が最も考慮した点だった。ジゲ氏の名に聞き覚えがあるとしたら、それは間違いなく彼の前歴によるものだ。1990年代末に彼はロレックスに在籍しており、もっと最近でいえば、マニファクチュール・コンテンポラ・デュ・タンを創立した人物だ。後者の役割を果たしていた際に、彼は時を表示することについてのクリエイティブなコンセプトを模索した。ジゲ氏は、複雑なタイムピースを作ることにかけてはかなりの経験を積んでおり、もっと重要なところでは、変わった表示ややりがいのある困難な技術に目をつけることに関してもそれがいえる。

 ミッドナイト プラネタリウムについてジゲ氏は、全プロセスにおいて最も難しかった部分は、(惑星の)メカニズムを「操作しやすく、かつエレガントに」することだったと述べた。これは、日、月、年をコントロールする2つのプッシャーを設計することで達成された。

日付は、ケース横の2つのプッシャーを通して簡単に調節できる。

ケースバックのスケールは現在の月と日を示す。

 ミッドナイト プラネタリウムの文字盤は、全体がソリッドなアベンチュリンのリングからできている。この石は精密にカットするのが難しいという意味で、製造上の課題となった。文字盤の初期のプロトタイプでは、アベンチュリンのディスクの表面が丸みを帯びており、著しく起伏のある文字盤になってしまった。

 より精密な製造工程により、ヴァン クリーフ&アーペルはより平らな表面のディスクを作ることに成功した。ソリッドな石でできた同心のディスク同士に隙間があったとしても、それがほとんどないように見えるほど非常に精密にディスクは研磨されている。星を散りばめたような石本来の特徴と相まって、結果的に、視覚的な深みと控えめな複雑さをもつ表面に仕上がっている。

最終的な文字盤は、ソリッドなアベンチュリンの同心円からなっている。

 文字盤を回るのにかかる長い時間のために、アベンチュリン製の各リングが独立して、ごくわずかな量のトルクを動力としながら文字盤を回る。6つの惑星が文字盤に中に入っており、それぞれがそれに応じたサイズの半貴石で表されている。中央のソリッドなピンクゴールドのサファイアは太陽を表している。

この表は、いっぱいに巻いたときの、実際の腕時計上の各惑星の動きを示す。

 文字盤には他にもいくつか特筆に値する特徴がある。ピンクの流れ星は、24時間目盛りに沿って回転するソリッドなアベンチュリン製ディスクにくっついており、時計として機能する。これは実際には、的確に構成されたギア比の単なる結果といえる。

 時計の外側のリムには、回転ベゼルでコントロールできる赤い矢がついている。この矢を、文字盤の周りの目盛り付きカレンダーの希望の日に合わせることができる。それが記念日であれ、誕生日であれ、その特別な日に地球を表す位置が、サファイアクリスタル上に刻まれた星の下にそろうことになる。この予期せぬ特徴は、ポエティックであると同時に技術的にも素晴らしく、クリスティアン・ファン・デル・クラウーとヴァン クリーフ&アーペルの創造性の賜物だ。

サファイアクリスタルに彫られた星の下に地球が合わさる日を選ぶことができる。

 ケースのサイズ、デザイン、ラグなど、ミッドナイト プラネタリウムの他の特徴は、時計全体の複雑さに比べれば抑制されている。ピンクゴールドのケースは直径44mmで必ずしも小さくはないが、わずか13mmほどのどちらかといえば控えめなケースの厚みで、大きめのサイズ感が相殺されている。結果として、従来のムーブメント上にモジュールが載っているという構造の割には、腕時計は当り障りなく手首に収まる。文字盤を覆うサファイアクリスタルはわずかにドーム状になっているため、宝石が動くための十分な隙間が確保される。

44mmのケースは大きいが、非常に詳細な文字盤を読みやすくするためには必要なサイズだ。

 ミッドナイト プラネタリウムは、年間20~30個という限られた量で生産される。そしてこれはより興味深い点のひとつなのだが、これは生産モデルであって、極めてレアな「ピース ユニーク(世界にひとつだけのもの)」ではないのだ。
 ヴァン クリーフ&アーペルはここに、独特のものを作り上げた。とりわけ業界の(そして「ポエティック コンプリケーション」コレクションにおいても)他の腕時計と比べて独特だ。往々にして、企業が「芸術的な」腕時計を作ろうとするとき、結果はお粗末なものになり得る。たくさんのダイヤモンド、過多な仕上げ、高価な材料を使った動かないものの詰め合わせだ。ミッドナイト プラネタリウムは、大まかにいえば贅沢品だが、その機能美や空想に満ちた目的によって、それ以上のものになっている。そのすべてのロマンスと神秘の中に、宇宙を説明し、探検し、称賛したいという永続的な欲求を含んでいる。

ミッドナイト プラネタリウムの価格は2196万円(税抜)だ。
本機や、「ポエティック コンプリケーション」コレクションの他のモデルのさらなる情報については、ヴァン クリーフ&アーペル公式サイトをご覧いただきたい。

そして、天文作品の世界をもっと堪能したい方は、クリスティアン・ファン・デル・クラウー オンラインまで。