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100万ドルというのは、たった1本の時計に支払われるものとしてはとんでもない金額である。たとえそれがどんな時計であってもだ。いくつもの丸が並ぶこのすっきりとした見た目の数字に、私はずっと魅せられ続けてきた。しばらく前、私は昨今のオークションで時計が100万ドルで落札される要因について書いた。実際のところ、あらゆる種類の時計は100万ドルで落札される可能性を秘めている。しかしひとつだけ不変の条件がある。すなわちその時計は往々にして、業界大手のオークションハウスから出品されるものだということだ。
しかしその不文律も、今となっては変わってしまったようだ。
先週の7月4日に、マドリードの小さなオークションハウスでパテック フィリップのRef.2497 永久カレンダーが115万ドル(日本円で約1億8300万円)で落札された。このピンクゴールド製のパテック フィリップは同型のものとしては通算7本目にあたり、ディーラーやコレクターたちがかねてよりその存在を確信していたことが事実であると証明した。今日において、ヴィンテージのパテックやロレックスの秘密はほとんど解き明かされていると言っていい。そして先週、人々がホットドッグをかじる手を止めて注目していたのは、この時計に関する結果だけではなかった。同じオークションで、ピンクゴールド製のカラトラバ Ref.96が8万9000ドル(日本円で約1410万円)で落札されたのだ。また大陸の反対側では、ロレックスのデイトナ Ref.6241 ポール・ニューマンが数日前にパリ郊外の小さなオークションで29万3700ドル(日本円で約4660万円)で落札されていた。
このビッグな数字の3連発に、私は頭がクラクラしてきた。ヴィンス・ロンバルディ(Vince Lombardi)の言葉を借りるなら、「いったい何が起こっているんだ?」というところだ。これは本当に100万ドルに値するパテックなのか?
テクノロジーにより全世界の物事に瞬時にアクセスできるようになったことで、同様の出来事があらゆる場所やものに対して起こっている。しかし、より興味深いのはそのディテールだ。
真面目に仕事に取り組んでいるディーラーであれば、世界中のオークションを集約しているひと握りのプラットフォームで毎日情報をチェックし、通知を受けているはずだ。そして、彼ら全員が“Patek”という単ワード(そして彼らが真にプロフェッショナルならば、それにまつわる初歩的なスペルミスも含めて)の検索ワードを保存していることは間違いない。これらの情報プラットフォームにより、スマートフォンと少しのアイデアがあれば誰でも簡単にオークション会場の隅々まで探し回ることが可能になる。そして掘り出しものを発見すること以上に、時計の状態やパーツ交換の有無、希少性を見極めることが重要になってくる。
バルセロナにあるAncienne Watchesのヴィンテージディーラー、イグナシオ・コル(Ignacio Coll)氏は、「特にパテック製のこうした時計は、めったにお目にかかれるものではありません」と教えてくれた。私がコル氏に連絡を取ったのは、マドリードに赴いて100万ドルのRef.2497と8万9000ドルのRef.96との両方を鑑定し、入札した様子の映像を彼が投稿したからである。
オークションハウスによると、このRef.2497永久カレンダーは宝石店を経営していた夫から受け継いだ女性を介して、元の所有者の家族から持ち込まれたものだと言う。
これはただのRef.2497ではない。ピンクゴールド製の初期型シリーズで、ひとつ跳びで配されたアラビア数字とヴィシェ製ケースの採用から容易に判別することができる、今知られているだけでも7本目のモデルである。昨年、私はピーター・ノールのピンクゴールド製Ref.2497について書いた。この時計は最終的に約150万ドル(当時のレートで約2億1000万円)で落札されている。そのことから私たちは、とりわけこのようなレアバージョンのRef.2497には大きな結果が期待できることをすでに知識として持ち合わせている。
コンディションに関して言うと、この時計は数年前にパテックによって修理されており、オーナーもそれを認めている。真っ先にそのことが分かるのは、整備されたリューズだ。
文字盤はオリジナルであり、コル氏の所見ではかなりていねいにクリーニングが施されていると彼は述べている。
「しかし文字盤はとても美しく、特にこのように希少なモデルについてはマーケットもこのコンディションを受け入れてくれることでしょう」
エナメルのロゴにはクリーニングの跡が見られたが、カレンダー窓にはまだシャープなエッジが残っていたという。ケースの状態もよく、おそらくポリッシュ仕上げが施されているとはいえオリジナルの角度とエッジが残っており、特にステップドラグのそれは顕著だった。
このロットには強い関心が寄せられ、書面入札と事前入札に加えて約12人の電話入札者があったという。当然のように入札は3万ユーロ(日本円で約520万円)からスタートした。おそらく何人かは、この時計を10万ユーロかそこらで落とそうと考えていたのではないだろうか。今回は運が悪かった!
入札のペースは70万ユーロあたりで落ち、90万ユーロで落札されるまでふたりの電話入札者が一進一退の攻防を繰り広げた。そこに18%のバイヤーズプレミアムがつき、総額は106万ユーロ(日本円で約1億8300万円)になった(さらに幸運な場合は付加価値税も加算される)。今回の結果は、この手の時計の相場から外れたものではない。特に最後はふたりの入札者だけが落札を狙い競り合っていたのだから、これは“マーケット”がどうというよりも、彼らがこの日いかにこの時計を欲しがっていたのかという問題だ。
次に、ピンク・オン・ピンクをまとったブレゲ数字のパテック Ref.96がそのわずか数分後に8万2500ユーロ(日本円で約1410万円)で落札された件についてだ。ピンクゴールドのケースとそれにマッチしたピンクの文字盤、ブレゲ数字のインデックス、そして初期モデルらしい横に長いブランドロゴを有したモデルだ。
「あの時計はとても素敵でした」とコル氏は興奮した様子で語った。「文字盤には1度も手が加えられていません」。ケースのエッジは柔らかく、ポリッシュが施されてはいたものの深いホールマークが残されていた。とりわけ彼が注目したのは、左上のラグにあるホールマークで、これは通常ポルトガルからの輸入品に刻印されるものである。
結局Ref.96の入札はRef.2497のときと同じくらい盛り上がり、ピンクゴールドのRef.96としてはおそらく過去最高値で落札された。先週私たちは、HODINKEE Radioでカラトラバについて話をした。ベン、リッチ、そして私で意見が一致したのは、「確かに小ぶりだが、(このモデルのような)特別なRef.96は本当に格別なものだ」ということだった。
このような時計が小さなオークションハウス、特にヴィンテージウォッチの収集であまり知られていない世界の片隅(この場合はスペイン)で出品されると、結果によい影響を与えることさえある。
「コレクターやディーラーは、その時計がオリジナルオーナーからのものであることを敏感に感じ取ります」とコル氏は語る。「出どころがはっきりとしていて、信頼がおける素敵な時計であれば人々はそれを求めて熱狂するのです」。今回のケースではオークションハウスはセグレ・マドリッド(Segre Madrid)であり、3、4大オークションハウスのオフィスがあるジュネーブからは遠く離れていた。自分だけがその時計を見ている、あるいは入札しているような気がしてその場の雰囲気に呑まれ、当初の予算よりも高く入札してしまうのかもしれない。
「私でさえ、最初予定していたよりも高値で入札してしまいましたよ」とコル氏は付け加えた。
オークション情報を集約するプラットフォームのおかげで、小さなオークションハウスでも世界中の入札者にアピールできるようになった。一方、入札者はオークションや時計、そのほかのあらゆる情報へのアクセスが可能になったことによってますます大きな力を得たように感じている。すべてが民主化されたのだ。これはおおむね喜ばしいことだが、一方でデメリットもある。
小規模なハウスでも特別なヴィンテージウォッチを委託販売することはあるが、たいていは時計のスペシャリストに依頼するのではなく、業者に任せて売却時にバイヤーズプレミアムを徴収することで満足してしまっている。
最後の例を挙げよう。マドリードで開催された小規模なオークションからさかのぼることわずか2日前、パリ郊外の小さなオークションでロレックスのデイトナ Ref.6241 “ポール・ニューマン”ダイヤルが29万3700ドル(日本円で約4660万円)で落札された。
同じくヴィンテージディーラーであるアレッサンドロ(Alessandro)氏は、この時計を実際に見るためにパリまで足を運んだ。彼は後日、その時計はまっとうなコンディションであったがいくつかの問題があったため(彼の意見だが)「最終的な価格はもはやその時計の本当の価値とは一致していませんでした」と記している。
「写真で見るのと、実物をルーペで見るのとでは印象が違いますからね」と、彼はつけ加えた。
コル氏もRef.2497について同様のことを言っていた。文字盤は実際に見ても美しかったが、オークションハウスのオンライン写真ではもっときれいに見えたという。
インターネット、特にオークションに関するプラットフォームは時計やそれにまつわる情報に誰でもアクセスできるようにしてくれた。これはおおむね素晴らしいことである。確かにまだまだ掘り出しものはと呼べるものもあるが、日々それらを見つけるのは難しくなってきており、その文字盤に“Patek”や“Rolex”と書かれていることはまずない。しかしこれらの時計を正確に鑑定・評価するにはまだまだ専門的な知識と技術が必要であり、多くの場合、実際に手にとって見る必要がある。自分が分からないことを知ることが重要なのだ。
コル氏とRef.2497およびRef.96についてわずか30分ほど話しただけで、私はネット上の写真からは得られなかった多くのことを発見した。ポルトガルの輸入ホールマーク、丹念にクリーニングされたオリジナルの文字盤、そしてピンク・オン・ピンクのRef.96を手にした時の彼の純粋な興奮などだ。
こういった小さなディテールはプラットフォームが決して拾い上げることができないものであり、ヴィンテージウォッチを探し、語り合う楽しみをもたらしてくれる。
Ancienne Watchesのイグナシオ・コル氏より、パテックのRef.2497とRef.96に関する見解や画像を提供いただいた。
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