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編集部注:本文中の日本円表記は販売時の為替レート(月中平均)から算出しています。
1996年、オークション史上初めて腕時計が100万ドルで落札された。しかも、100万ドルではなく、170万ドル(当時の為替で約1億8220万円;インフレ調整後の現在価値は約320万ドル)で落札されたのだ。この腕時計は、9年の開発期間を経て1939年に納品されたプラチナ製のパテック フィリップ カラトラバのムーンフェーズ・パーペチュアルカレンダー・ミニッツリピーターである。これは、非常に複雑で、初期の、そして重要なパテックであった。今日、この小さな31mm径のプラチナケースの腕時計は、史上最も重要な時計のひとつとしてパテック フィリップ博物館に収められている。
2021年の1年間で、100万ドル以上(2021年の平均為替で約1億1000万円)で落札された腕時計は50本を超えた。市場が成長し成熟するにつれ、100万ドルを超える腕時計も、多岐にわたるようになった。もちろん、100万ドルという金額は勝手な線引きであり、特に昨日の価格が今日の価格と同じでない現在のインフレ状況下では、カラトラバが初めて7桁を超えた1996年の100万ドルは、今日では280万ドル(約4億1233万円)に相当するだろう。
しかし、25年前、「オークションで100万ドル以上の値がつく時計とは?」という問いの答えは次のような単純明快なものだった。それは、ヴィンテージの複雑機構を持つパテック フィリップで、白金色の個体があれば、それであるというものだった。最初の画期的なオークションのあと、今世紀に入るまで、多くのパーペチュアルカレンダー・クロノグラフを含む複雑機構のパテック フィリップが100万ドルを超える価格で取引された。
しかし、過去10年のあいだに、さまざまな嗜好や興味を持つ新しい世代の時計コレクターが増え、100万ドルの質問に対する答えがより興味深いものとなっている。確かに、パテックは今でも時計収集の上流階級を支配している。2021年に100万ドル以上で販売される時計の約半分がパテック フィリップだという事実が証左だが、この領域には、これまで以上に多くの時計メーカーが参入している。ロレックスもあるが、10年前と同じ複雑機構のロレックスの時計だけではない。ジョージ・ダニエルズ、F.P.ジュルヌ、フィリップ・デュフォーといった独立系メーカーにも、コレクターは数百万ドルをつぎ込んでいる。オメガやカルティエのような歴史あるブランドのヴィンテージウォッチでさえ、ここ数年で100万ドルを超えることが多くなっている。
では、現在のオークションにおいて100万ドル以上で落札される時計にはどういった資質が必要なのだろうか。その答えを見つけるために、最近の100万ドルのオークション実績の歴史と、100万ドルで落札される夢の破れた時計を見ていこう。そして、オークションが開催される今シーズン、100万ドルを超える可能性がある最もエキサイティングな時計たちを紹介したい。
2021年に100万ドル超で落札された時計たち
始まりはパテックから
1996年、あの複雑なカラトラバが100万ドル以上で落札されたとき、私たちはそれを初めて見たわけではなかった。1981年、この時計は18万5000スイスフラン(現在の約60万ドル:約8820万円)という天文学的な値段で売られたのだ。このとき、パテックRef.2499の落札予想価格の相場は1万5000〜2万ドルほどだった。この落札によって、ヴィンテージウォッチはそれまでの歴史的な時計や懐中時計といったマニア的なニッチ商品から、本格的な収集品になったという評価がしばしばなされている。
今世紀に入り、パテックの複雑機構のヴィンテージウォッチのなかには、他にも100万ドルの大台を突破する個体が続出した。そういったカラトラバに続き、数ヵ月後には、ユニークピースのスティール製Ref.1591 防水(!)ケースのパーペチュアルカレンダー(約2億3858万円;1996年にサザビーズにて110万スイスフランで落札)、そして何本かのRef.2499が続いた。
2002年に激しい入札合戦の結果、ユニークピースのプラチナ製パテックRef.1415ワールドタイマーが100万スイスフランで落札されたとき、新たな転機が訪れたように思われる。ワールドタイマー Ref.1415が660万スイスフラン(当時の為替で約5億2208万円)で落札され、オークションにおける腕時計の世界記録を塗り替えたからだ。落札したのは、サムスンの前会長で、あらゆるものの収集家であった李健煕(イ・ゴンヒ)氏だ。李氏は2020年に亡くなり、2021年から遺族は60%の相続税を相殺するために、彼のコレクションの多くを売却し始めた。オークションに出品された最初のアイテムのなかに、彼が2002年に落札して以来所有していたプラチナ製のRef.1415があり、その後の売却で、2002年と2022年の不条理なほど高額な時計収集の違いについて、最初の教訓が得られることになった。昨年は約187万ドル(約2億370万円)で落札されたが、これは20年前の価格の3分の1程度である。なぜ、これほどまでに安くなってしまったのだろうか?
スイス人時計コレクター、エドモンド・サラン氏は、このRef.1415が昨年オークションに出品されたときの歴史を詳しく辿った素晴らしい記事を執筆した。彼は「2002年当時、このタイプの時計、小さな31mm径のパテックで、ユニークピースで歴史的に重要な時計(結局、最初に作られたワールドタイマーのひとつだから)は、現在よりもコレクターに高く評価されていました」と書いている。ユニークピースであることに加え、「時計製造の技術やデザインを重視する時計コレクターのための時計」だったというのだ。
「時計のサイズは今日ほど重視されなかったのです」サラン氏は、フィリップスのオークション責任者兼シニアコンサルタントのオーレル・バックス氏の言葉を引用したうえで、「当時は、Ref.1415のような作品を購入するための膨大な予算と知識を持った時計コレクターが存在したのです」と付け加えている。
「クリスティーズがつけた値段は、この時計の本当の価値の数分の1ほどです」と、長年のメガディーラー、ダヴィデ・パルメジャーニ氏は、オークション終了後、Revolutionに語っている。「正直なところ、この25年間で市場がどのように変化したかを見るのはとても悲しいことです。これだけ成長し、今では何百万ドルもの価値のある時計をたくさん見られるのは嬉しいことです。でも、今回のオークションで、プラチナ製のRef.1415の本当の希少性を誰も理解していないことに気づきました」。 私はパルメジャーニ氏ほど時計収集の現状を悲観していないが、それについては後述する。彼はこの落札をヴィンテージウォッチにおける「2021年のベストディール」(編注:落札者にとって)と呼んだ。
確かにRef.1415は今でも100万ドルの時計だが、2002年のときのように「最も高価な腕時計」に近い存在になることはないだろう。まずもって小さすぎるし、ニッチすぎるし、現代のコレクターは20年前のコレクターほどその歴史的重要性を気にしていないからだ。
一方、昨年の同じオークションに出品された別の時計を見てみよう。パテック Ref.3448 パーペチュアルカレンダー“アラン・バンベリー”は370万ドル(約4億304万円)で落札された。これは、前回2008年に落札されたときの2倍の価格だ。換言すれば、時計コレクターは今でもRef.3448を、特にこのようなユニークピースを愛しているということになる。では、何が起きているのだろうか?
さて、Ref.3448は、大きく大胆なパーペチュアルカレンダーで、今でも現代のコレクターの心を引きつけている。ある若手コレクターのベン・クライマーはかつて、Ref.3448を「これまでに作られたヴィンテージ・パテック フィリップのなかで、最も身につけやすく、私にとっては美しいもののひとつだ」と評している。「直径が大きく(編注:37mm)、複雑機構で、しかも自動巻き。パテック初の自動巻きパーペチュアルカレンダーであり、いい意味で徹底的にモダンなヴィンテージウォッチだ」。今日の時計コレクターが今でも愛するヴィンテージ・パテック フィリップのすべて(そしてRef.1415にないものすべて)の資質を備えているのだ。
これこそが、Ref.2499が過去から現在に至るまでで最も時計コレクターの多い時計として君臨している理由だ。もちろん、パテックが349本しか製造しなかった超レアなパーペチュアルカレンダー・クロノグラフという歴史的重要性もあるが、37.5mmという大きくて悪い意味でモダンな雰囲気の時計でもあり、最終的には丸型ポンププッシャーなどの搭載で現代的雰囲気も手に入れることができた。さらに、Ref.2499は世界で最も研究されている時計のひとつであり、4つのシリーズを網羅した書籍が出版されている。
このことは、100万ドルの時計ができるためのもうひとつの重要なある要素につながっている。情報である。時計コレクターやオークションの専門家、時計ディーラーは、時計を調べ、扱い、ブランドのアーカイブを調べ、さらにはメーカーに話を聞くなどして、長い時間をかけて情報を集めていくのだ。前述したように、腕時計の収集は1980年代から本格的に始まったばかりで、まだ未成熟な収集市場である。
2018年のH10(HODINKEE10周年)イベントでパルメジャーニ氏が話してくれたように、「今でこそ、数百万ドルの価値がある腕時計の話をするようになりましたが、当時は “ビッグクラウン”と “スモールクラウン”のサブマリーナーに価値の違いはありませんでした。マーク1、マーク2、マーク3デイトナの区分もありませんでした。インターネットもなく検索して知るのはとても難しいことだったのです」。同じH10年の対談で、ジョン・ゴールドバーガー氏は、インターネットが時計収集ブームを支えたと述べている。世界中の時計コレクターがつながり、情報や写真を共有し、やがて時計の取引もできるようになったからだ。
時計コレクターが本当に時計を評価するようになるには、まず基本知識が確立されなければならない。何が希少か、何がユニークか、何が歴史的に重要か、そしておそらくもっと重要なのは、何がそうでないかを調査しなければならないのだ。プラチナ製のRef.1415がユニークであることを発見した一方で、ある時計はそうでないことを発見することもあるように、どちらも目利きするのに知識が役立つのである。この点については、7桁台ドルに新たに参入する時計を見るときに、また触れることになるだろう。特に最近生産された時計は、コレクターがそのうちのどの時計が本当に収集に値するのか理解するのに時間がかかる。現時点では、どのヴィンテージパテックが “コレクターズアイテム”なのか見極めることができる(あるいは適切な本や記事を読んで学ぶことができる)が、これは他のブランドや比較的最近のモデルにも広がっている研究レベルなのだ。
当時の時計が100万ドルに達するには、希少で複雑、そして歴史的に重要である必要があった。また、ダイヤルに “PATEK PHILIPPE”と記されていることも重要な条件だった。このような研究は、まずヴィンテージ パテックにもたらされたが、すぐに他のブランドにも広まった。
ロレックス:ヴィンテージからモダンへ
2011年、スプリットセコンド・クロノグラフのRef.4113が103万スイスフラン(約9605万円)で落札された;その2年後、今度は別の個体が100万ドルの壁を破った。ロレックスのスプリットセコンド・クロノグラフは12本しか生産されなかったため、このモデルが100万ドルを最初に超えるのは当然といえば当然である。
その後、2013年のクリスティーズのデイトナ・オークションにて100万ドル以上(約1億804万円)で落札されたポール・ニューマン・デイトナ“RCO(ROLEX→COSMOGRAPH→OYSTERの順に表記)”が続いた(このRCOは、オークショニアのオーレル・バックス氏とチームによるテーマ別オークションにあと押しされたのは間違いないだろう)。まもなく、他の複雑なヴィンテージ ロレックスもこの狂騒に加わった。カレンダー Ref.8171とRef.6062、そしてさらに何本かのデイトナだ。2019年、私たちはオークションで100万ドル以上で落札されたすべてのロレックス、28本を調査したが、その数は2021年末には40本に増えていた。100万ドルのロレックスを、(1)Ref.4113 スプリットセコンド・クロノグラフ、(2)カレンダーウォッチ(Ref.8171/6062)、(3)デイトナ、(4)所有歴の明確な個体の4カテゴリーと、カテゴライズ不能な2本の "異常値" に分類してみた。
この異常値の1本目は、2014年に110万スイスフラン(1億2565万円)で落札された、美しい七宝焼エナメルを施したシンプルでドレッシーな1950年代製のロレックスである。これらのエナメルダイヤルはハンドメイドであったため、ロレックスは非常に少数の、それぞれがユニークな時計を作った。「これらは今最も最先端ではない、ある種の収集トレンドに回帰しています」と、スティーブン・プルビレントは2019年に書いている。「この時計が今回高い落札価格を達成するとは思えませんが、それでも希少で特別な時計なのです」。私もそう思いたい。これはプラチナ Ref.1415と同じカテゴリーに分類される。希少で美しく、時計収集の古い時代のもので、今日のコレクターはよくも悪くも、それほど高い金銭的価値を置いていない。フィリップスはその後、七宝焼エナメルダイヤルのロレックスを数本(こちらとこちら)売却しているが、いずれも6桁の価格帯に留まった。
2019年に初めて100万ドル台のロレックスを調査したとき、共通していたのはヴィンテージウォッチだったこと。しかし、それ以降、いくつかのピカピカの現行ロレックスが100万ドル以上で落札されている。今年初めにローガンが報じたように、1月にはチャリティーではないデイデイトが初めて100万ドル超えの130万ドル(約1億5930万円)で売れた(ジャック・ニクラウスのデイデイトは2019年に120万ドルで売れたが、その売上の100%がチャリティーに寄付された)。彼が説明したように、この“レインボー ハンジャール”は、幸運な偶然が重なり、これほどまでに強いパフォーマンスを発揮したのだ。クレイジーなレインボーアワーベゼルと数え切れないほどのパヴェダイヤモンドを備え、わずか5本のうちの1本という希少性、たまたまオマーンのスルタンからこの時計を与えられたオリジナルオーナーのものであるという来歴があった(ケースバックにはオマーンのハンジャールの紋章も刻印されており、これまたコレクターが好むディテールだ)。
一方、ヴィンテージのデイトナは何年も前から100万ドルの値がついており、2010年代の時計コレクションを事実上決定づけたが、現代のデイトナもつい最近その仲間入りを果たしたのである。このことは、市場の上位に位置する希少で輝かしいモダンロレックスに関心が移っていることを改めて示している。これは1999年製プラチナ製ゼニスムーブメント搭載のデイトナが327万ドル(約3億5257万円)で落札され、自動巻きデイトナとしては最高値となった2020年に初めて起こったことである。この時計はRef.16516で、当時のロレックスのCEO、パトリック・ハイニガーの依頼で製造されたとされる5本のうちの1本である(おそらく、彼は自分用に1本をキープしていたのだろう)。Ref.16516はそれぞれユニークダイヤルを持つとされており、このモデルはラピスラズリのダイヤルを備えていた(2018年には、MOPダイヤルを備えた例が100万ドル弱で落札されているのを見たことがある)。2021年、サザビーズにおいて、この5本のユニコーンのうち鮮やかなブルーの“ステラ”ダイヤルを特徴とする3本目が、やや低めではあるが、それでも310万ドル(約3億4415万円)という驚異的な価格で落札された。
時計コレクターとして考えれば、これは完全に理にかなっている。仮に自分が大富豪の時計コレクターであったとすれば、1998年にアンティコルムが販売し、何度か人の手に渡り、HODINKEEのトーキング・ウォッチのエピソードに登場し、数年前にオークションで再び落札された、使い古されたヴィンテージデイトナではなく、何か新しい、刺激的なものを発見することに関心があるのはごく自然なことだ。その上、より現代的なデイデイトやデイトナのストーリーは、簡単に理解することができる。「オマーンのスルタンが5本だけ作らせたレインボーデイデイトを、あなたも手に入れませんか?」あるいは、「ロレックスのCEOが自ら依頼した5本のプラチナ製デイトナのうちの1本を所有することができるとしたら?」セールストークがスラスラ並べられるだろう。
同時に、100万ドルを超えるか超えないかのヴィンテージ デイトナも、少し横ばい状態になっている。希少価値が高すぎるのだ。あまりに希少すぎて、時計コレクター自身どうしたらいいのかわからないのである。このレベルに到達してしまったヴィンテージ ロレックスの収集は、困難なものであるといえよう。
パルスメーターダイヤルのRef.6239を例に挙げよう。これは超レアな時計で(おそらく10本以下)、ジョン・メイヤーがトーキング・ウォッチで取り上げているようなレベルの時計だ(彼が見せてくれたことを覚えているだろうか?)過去1年間で、2本の個体がフィリップスとサザビーズでまったく同じ価格(69万3000ドル;約7900万円)で落札された。これは実は、2013年にバックスによるテーマ別デイトナオークションで売られたパルスメーター Ref.6239(76万1000スイスフラン(約8311万円))よりも低い価格だ。確かに、時計収集の加熱ぶりを考えれば、この時計は今ごろ100万ドルを超えていてもおかしくないだろう。しかし、現実はそうなっていない。今、この特別なデイトナに100万ドルはあり得ないのだ。このヴィンテージ・デイトナは、とても希少で気後れするような存在なのである。代わりに、ロレックスのCEOが依頼したプラチナ製のモダンなデイトナを手に入れた方が魅力的なのではないだろうか?
ヴィンテージ ロレックスがすべて衰退の運命にあると言っているわけではない。2019年に私たちが確認した100万ドル台のロレックスのなかのもうひとつの“異常値”は、100万ドルを突破した最初のサブマリーナーだったからだ。しかし、このサブマリーナーは、それらのメガモダンロレックスにも共通する重要な資質を持っていた。それは、オリジナルオーナーの遺族のものであり、(超レアであることに加えて)実際に検証可能な証明書が付いていたことだ。ヴィンテージ ロレックスのコレクションはとても難しく、時にはこれらの時計が豚肉の乗った大皿よりも多く取引され、回されてきたように感じられることがある。
とはいえ、ユニコーンレベルのオリジナルオーナーのサブよりも、特注のモダンなデイデイトやデイトナのような新しいスリルが、100万ドル以上の価格で売られることは、今後も続きそうである。
インディーズの台頭
今や、こうした“新しいスリル”は、パテックやロレックスの枠をはるかに超えている。ここ数年の時計収集の最大のトレンドは、おそらく独立系時計メーカーの台頭だろう。ここ数年、フィリップ・デュフォー、F.P.ジュルヌ、ジョージ・ダニエルズなどの時計が100万ドル以上で取引されている(今度の週末も、ジョージ・ダニエルズ スプリングケース トゥールビヨンやおそらくデュフォーが筆頭となって、より高値で取引されるだろう)。2010年代のヴィンテージ ロレックス収集ブームに乗り遅れた方には、インディーズが味方してくれるかもしれない。
パテックやロレックスの場合、時計コレクターは希少性、コンディション、そして本物の証明(記録がある場合)を求める。しかし、独立系時計メーカーでは、実際の工芸水準に重きが置かれる。なぜなら、これらの生ける伝説は、時計師であることと同じくらいアーティスト性が求められることが多いからだ。
例えば、ジュルヌ。ジュルヌコレクションの最高峰は、彼が1990年代にブランド立ち上げの資金調達のために製作したトゥールビヨン・スースクリプション(英国贔屓には、サブスクリプションといった方が適切か)である。彼は20本のスースクリプション・トゥールビヨンを製作した。これは希少であるだけでなく、時計製造における現代の偉大な独立系の一人として歴史的に重要であることを意味している。スースクリプション・トゥールビヨンが初めて100万ドルを超えたのは2020年で、フィリップスはその一個体を140万ドル(1億5828万円)で販売した(チャリティーではないジュルヌで初めて100万ドル超となった)。
希少性に加え、時計コレクターは巨匠によるハンドメイドのディテールを好む。これらの初期のスースクリプション・トゥールビヨンのダイヤルは、きれいなラッカーの層が重なった手仕上げによるもので、ムーブメントは、彼がムーブメント素材をプレシャスメタルのみに切り替える以前にジュルヌ自身が真鍮で製作したものだ。これらの初期の時計には、昔ながらの方法で手作りされた時計の個性と、欠点さえもあるのだ。
もちろん、100万ドルを超えるジュルヌも存在するが、ハンドメイドのクラフツマンシップと歴史的重要性のユニークな融合が、スースクリプション・トゥールビヨンをさらにパワーアップさせたといえるだろう。最近では、スースクリプション・トゥールビヨンNo.1が350万ドル(約4億3936万円)で落札されたが、わずか5年前の16万1000ドル(約1781万円)とは比べものにならないほどである。
一方、オークションではデュフォーを100万ドル未満で買えない時代がもうすぐやってくるだろうが、これも2016年にシンプリシティのトリオが初めてオークションに出品され、すべて25万ドル程度で落札された時とは桁違いだ(このシンプリシティは先月、100万ドル突破まであと少しのところ(約9310万円で落札)だった;2020年にはシンプリシティ 20周年モデルがすでに100万ドルを突破した)。しかし、コレクターはデュフォーの時計が珍しいというだけでは購入していない-確かに、彼が作った200本ほどの時計は多くはないが、他の独立系メーカーはもっと少ない本数しか作っていない。時計コレクターが買い求めるのは、彼が現代の名匠とみなされているからであり、彼の時計はどれも彼自身の手から直接、手仕上げで組み立てられ、比類なきクラフトマンシップと仕上げを発揮しているからこそなのだ。オークションに出品された彼の複雑時計、すなわちデュアリティとグランド&プティ・ソヌリは、すでに数百万ドルで落札されている(私に言わせれば、デュフォーのアトリエのなかを覗くことができるHODINKEEの4分間の動画こそが、当サイトで最もクールなコンテンツのひとつである)。
チャリティー目的の、特に独立系の時計、例えばOnly Watchのために作られたジュルヌのユニークピースや、グルーベル・フォルセイ ネッサンス・デュンヌ・モントル・プロトタイプ(デュフォーも関わった)のようなクレイジーな作品は、非チャリティーロットより先に100万ドルを超えることが多いのだが、私は前者が結果を偏らせる傾向があると考えているので、後者に注目してみた。
確かに、ヴィンテージ ロレックスやパテックでは、クラフトマンシップに多少の注意が払われるが、これは決して主たる検討材料にはならない(Ref.4113のような複雑機構のロレックスが最初に100万ドルを達成したのには理由があるものの)。デイトナが100万円以上で取引されるのを何度も見てきたが、技術的にはバルジュー72を搭載した他の多くのヴィンテージクロノグラフ機と大差はない。手仕上げ、組み立て、そしてアングラージュ、繊細なジュネーブストライプ、ポリッシュ仕上げの皿穴など、ムーブメントを際立たせるディテールが、インディーズの場合、100万ドルの結果をもたらすことがあるのだ。
その他ブランドのベスト機:カルティエ、オメガ、ヴァシュロンより
ここ数年、100万ドルクラブに乱入し始めたのは、インディーズだけではない。オメガやカルティエといった歴史あるブランドも、定期的に100万ドルを超える時計が取引されるようになったのだ。
オメガを例に挙げよう。2017年、初期のトゥールビヨン腕時計のひとつが140万スイスフラン(約1億6116万円)で落札され、初めて100万ドルを超えた。その1年後、エルビス・プレスリーが所有したオメガがさらに高額で落札された。そして2021年、トロピカルダイヤルのスピードマスター Ref.2915-1がオメガ史上最高額となる340万ドル(約3億8336万円)という現実離れした価格で落札された。そして、ちょうど今年、宇宙飛行士ウォーリー・シラーの記念すべき“アポロ11号”スピードマスターが190万ドルで落札された。これらの結果はすべて、特に最後の2本は、言わせてもらうと、驚愕である。しかし、トロピカルダイヤルのRef.2915-1を除けば(正直なところ、この時計は異常値だと感じる)、これらの時計はそれぞれ歴史的に重要であり、そのうち2本は顕著な来歴があった。
ブランドがそれほど重要でないこともある。2015年には、宇宙飛行士デイブ・スコットのブローバ・クロノグラフ(月面で着用された唯一の個人所有の腕時計)が、150万ドルで落札された。もちろん、こちらは来歴と歴史的重要性がすべてであり、ブランド名はほとんど関係ない。これは単なる時計ではなく、重要なモノだったのだ。時計コレクターにとって宇宙旅行ほど夢中になるものはなく、この時計はダイヤルに何も書かれていなくても、100万ドルで売れただろうし、今後も同様だろう。
カルティエはどうだろうか? ほんの2年前までは、シンプルでドレッシーな時刻のみのヴィンテージ カルティエが100万ドル以上で売れるとは、おそらく考えられなかったことだろう。しかし、この半年で2度、それが実現した。1967年に作られたオリジナルのロンドン・クラッシュと、その後に作られたシャイヒ(Cheich)である。
オメガの初期のトゥールビヨンからカルティエ シャイヒまで、これらの時計には歴史的な意味合いだけでなく、市場の新参者という共通点がある。最近の100万ドル級のロレックスのように、オメガやカルティエ(そしてジュルヌやデュフォー、ダニエルズ)のこれらの時計は新しく発見されたもので、誰にとっても刺激的なものだったのだ。シャイヒが発見され、サザビーズに売却されるまで、この時計は神話的存在であり、筋金入りのカルティエコレクターでさえ、所有するチャンスがあるのかどうか確信が持てなかったという。
クラッシュも同じことが言える。ヴィンテージ カルティエに資金が流れ始めたのは、ごく最近のことだ。昨年サザビーズに出品されたとき、カタログには「この25年間で公に販売されたオリジナルのロンドン・クラッシュは3本目である」と記されていた。それから1年後、さらに2本が市場に登場した(さらにもう1本が12月のフィリップス・ニューヨークで発表される予定)。
ところで、こうした歴史あるブランドは、雲の上の存在ばかりではない。昨年、オークションに登場したこのユニークで複雑なヴァシュロンを思い出す。この時計はもともと2005年にアンティコルムにて180万スイスフラン(約1億6824万円)で落札されたもので、ヴァシュロンの創業250周年を記念して製作された(そしてオークションが開催された)個体である。そのため、昨年はこの時計に大きな期待を寄せていた人もいたようだが、結局誰も買わなかったのだ。ここに現実がある。歴史的な重要性を創造することはできないのだ。それは、時には何十年にもわたって、有機的に発生しなければならないのだ。また、正直なところ、100万ドルも出せばもっと格好いい時計があるはずだ。
時計コレクターも馬鹿ではない。何百万ドルもつぎ込む場合は特にそうであり、一回限りの記念時計のようなマーケティング上の企画と比較して、初期のオメガのトゥールビヨンやロンドン・クラッシュの本当の重要性を理解することができるのだ。企画モノが何百万ドルにもなることはほとんどないが、真の歴史には正当な評価が下されるのである。
オークションハウスの役割
ここまで、時計に焦点をあててきたが、実はこれらはすべてオークションで落札されたもので、オークションハウスは単に時計を売るだけの器ではない(ちなみに、個人間でも何百万ドルもする時計がたくさん取引されていることに疑いの余地はない)。オークションハウスは、キュレーションを行い、カタログを作成し、市場を形成する上で重要な役割を果たすことができる。
いくつかのオークションハウスは、カタログのなかで独立系時計メーカーを前面に押し出すことによって、これを実現している。例えば、2015年のフィリップスの最初の2回のジュネーブ・オークションでは、合計でわずか6点のジュルヌを出品した。今年のジュネーブの2回のオークションでは、合計28本を提供する予定である。質の高いヴィンテージウォッチの調達が難しくなったため、オークションハウスはカタログの余白を埋めるために他の領域に目を向けているのである。それに加えて、マーケットメーカーとしての醍醐味があるのだろう。確かにRef.2499は面白いが、それはもうやり尽くされているといったところだろうか。代わりにクリスチャン・クリングスのような、過去30年間に文字通り30本時計を作り続けた時計職人の物語を語った方が、ワクワクしないだろうか?
デイデイトもそのひとつである。今年、初めて100万ドルを超えたときにも説明したが、デイデイトを本当に理解するための資料は比較的少ない。しかし、何が役に立つかご存知だろうか? デイデイトに特化したオークションだ。フィリップスが2015年に初めて開催したテーマ別オークションでは、60本のデイデイトが出品され、1本残らず高値で落札された。ベンはそのオークション閉会後、息も絶え絶えになり、「デイデイトが50万ドルで売れたのを見たことがあるだろうか? 私はあると言おう。正直なところ、今夜のグラマラス・デイデイトの販売は、最終結果について私のすべての期待を上回り、いわゆる“ビッグ・カフナ”が50万7000ドル(約6116万円)という、まさに心が溶けるような価格で落札されたのだ。デイデイトなのに!」と書いている。
このようなカタログは、そのモデルに関する研究の蓄積を増やし、市場を確立するのに役立ち、今年130万ドルで販売されるあの“レインボー・ハンジャール”の舞台を作るに違いない。
今後の展開は?
その昔、時計収集のコミュニティは、小規模で熱心な愛好家の集まりだった。しかし現在では、ジュネーブ、香港、モナコと世界中を飛び回り、オークションに参加したり、時計を交換したりする裕福なコレクターたちの広大でグローバルなネットワークが形成されている。時計に流れ込む資金は、かつてないほど多く、そして増え続けている。
それに伴い、オークションで100万ドルを超える時計も増加の一途である。正直なところ、すべての時計にその価値があるわけではない。なかには、実質的価値よりもマーケティングや不合理な熱狂に終始するものもあるだろう。先述のパルメジャーニ氏のように、プラチナのパテック Ref.1415が600万ドルではもう落札されないかもしれない、と嘆く人もいるだろう。しかし、ジュルヌ、デュフォー、カルティエ、オメガなど、今、数百万ドルで取引されている時計を考えてみてくれ。これらはすべて、25年前には存在しなかった、時計収集のさまざまな分野を代表しているのだ。本当に重要な時計、つまり市場に出たばかりで私たちが今まで知らなかったような時計を研究し、探し、待つことを厭わない時計コレクターにとって、次の100万ドル級の時計はまだ見つかっていないのである。
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