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今週もBring A Loupeへようこそ。春のジュネーブ・オークションが先週の月曜でひと区切りとなり、このコラムも通常運転に戻ったところである。今週の明確なテーマはクロノグラフだ。私がたまたまクロノグラフ気分なのか、それとも完全に偶然なのか。それは誰にも分からない。スケジュールの話ついでに言うと、来週のBring A Loupeはお休みとなる。筆者がしばし“母艦”ことHODINKEE本部を離れるためである。悲しみでも不満でも、コメント欄で思う存分表現してもらいたい。
さて、ここで先のオークション結果をすべて網羅するのはやめておこう。とはいえ注目に値するハイライトはいくつかある。フィリップスでは、ヴァシュロンのリピーターが69万8500スイスフラン(日本円で約1億2000万円)で落札され、ブレゲのサンパティーク(ジュルヌおよびTHA関連)は550万5000スイスフラン(日本円で約9億6000万円)という結果に。このクロックについては、HODINKEEでも近日中にさらに掘り下げて紹介する予定だ。サザビーズでは“bec d'aigle(鷹のくちばしの意)”ラグを備えたタンク アロンジェが注目を集め、7万8740スイスフラン(日本円で約1400万円)で落札された。クリスティーズでは、美しく希少なパテックのRef.3970EG-028がエスティメートの上限を上回る88万2000スイスフラン(日本円で約1億5000万円)で落札。最後に1920年代製のオーデマ ピゲ製ジャンピングアワーは、上限見積もりの2倍となる4万2000ユーロ(日本円で約680万円)で落札された。ヴィンテージのAPに評価が集まるのを見るのは、実にうれしいことである。
では、さっそく今週のピックアップを見ていこう!
モバード テンポグラフ Ref.19006、1940年代製
最初のピックとしては穏やかな滑り出しだ。まずはフィリップス、今回は香港オークションである。そのなかでもこのモバードを紹介せずにはいられなかった。というのも私はこのブランド、特にこの時代のクロノグラフに対して深い愛着を抱いているからだ。テンポグラフは希少で風変わりな存在である。1930年代、モバードは革新的なブランドとして、クロノプランを発表した。これは34mm径の時刻表示専用モデルで、経過時間を分単位で、最大12時間まで計測できる特許取得済みの回転ベゼルをふたつ備えていた。ベゼルの仕様はやや風変わりだが、これはあくまでサブマリーナーが誕生する何十年も前に設計された時計の話である。1938年にモバードは自社製のCal.M90(2レジスタークロノグラフ)を発表し、その60分積算計に対応する形で、単一の回転ベゼルを備えたクロノグラフとして、クロノプランのアイデアを応用した。これがテンポグラフである。
テンポグラフの生産期間はごくごく短い。その理由は、1939年にフレデリック・ピゲの協力のもとに3レジスターのCal.M95が登場したからだ。M95は12時間積算計を追加することで、テンポグラフが意図していた同じ課題をよりエレガントに解決した。おそらく1939年ごろにはテンポグラフ用のケースの注文が停止され、ブランドはその後数年間で手元の在庫を売り切ったのだろう。
ヴィンテージのモバード市場を長年見守ってきた私の経験からしても、この時計はごく少数しか市場に出てこない。これまで見かけたのはおそらく6本程度。そのなかでも、今回フィリップスに出品された個体はコンディション面で最良のものと断言できる。ケースはしっかりとしており、ダイヤルに多少の変色こそあるものの、プリントの劣化は見られない。この時代のクロノグラフにありがちな劣化を免れているのは、まさに奇跡的だ。33mm径というサイズながら、重厚な存在感を放つ傑作であり、目の肥えたヴィンテージ時計愛好家をも唸らせるだろう。私にとってまさに理想の時計である。
このテンポグラフは、ウォッチミュージアム VOGAのコレクションの一部として出品される。VOGAは、日本を代表する時計ディーラーでありコレクターである益井俊雄氏によって設立されたプライベートミュージアムだ。益井氏の全容に関しては、HODINKEE Japanの同僚たちが手がけた素晴らしい記事をぜひチェックしていただきたい。
このモバード テンポグラフはフィリップス香港ウォッチオークション:XXのロット861として出品される。開催は5月24日(土)午前2時(米東部時間、日本では5月24日午後4時)。エスティメートは7900ドル~1万9200ドル(日本円で約115万〜280万円)。詳細は公式サイトで確認を。
ブライトリング ナビタイマー “プレ806” AOPA向け、1950年代製
正直に言おう。コレクターとしての自分は、これまでブライトリングのナビタイマーに強く引かれたことがなかった。だがHODINKEEのヴィンテージチームで実際にいくつかの素晴らしい個体を手に取るようになってから、その見方は一変した。以前は「ナビタイマーは、ただの1950年代のスポーツクロノグラフだろう」と軽視していた。しかし、それは大きな誤解だった。ナビタイマーの本当の魅力は、航空機の操縦士のために設計された明確な機能にあり、そこに1950年代のデザイナーが得意とした実用性が絶妙に加わっている点だ。加えて、がっしりとした40mm径ケースや艶やかなダイヤルなど、造りのクオリティも桁違いである。あえて言うが、ヴィンテージのオメガ スピードマスターより魅力的かもしれない。議論は尽きないが、そう感じさせる力がある。
さて、次に紹介するのは、通称“プレ806”ナビタイマーである。これは1954〜1955年に製造された最初期のロットであり、後のリファレンスナンバー“806”が付く前のモデルだ。その806というリファレンスから、想像がつくかもしれない。ナビタイマーは航空機所有者および操縦士協会(AOPA)向けに開発されたため、ダイヤル上にはブライトリングのロゴではなく、ゴールドの翼を模したAOPAのロゴがあしらわれている。
このあとAOPAとブライトリング両方のロゴを併記したモデルも登場するが、初期モデルはAOPA専用品として設計されていたというのが通説であり、当時のブライトリングは自社ロゴの表示にそれほどこだわっていなかったようだ。ムーブメントはのちに採用されたヴィーナス178に先立ち、ヴァルジュー72を搭載している。これは明らかなアップグレードである。
コンディション面でも、これほど良好な個体はなかなか見つからない。ラジウム夜光を備えた艶やかなオリジナルダイヤルがしっかりと残っており、ケースも未研磨とされている。ラジウム夜光も、筆者の目には美しい色味に経年変化しているように見える。またストラップと尾錠も少なくとも当時のものと一致しており、場合によってはオリジナルの可能性もあるとされている。まさにタイムカプセル的な魅力を湛えている。総じてヴィンテージ ナビタイマーとしては究極の一本と言って差し支えないだろう。
販売元はWatch Steezのジャスティン(Justin)氏。このヴィンテージ ナビタイマーは2万8000ドル(日本円で約410万円)で販売中だ。詳細写真や問い合わせは、彼のInstagramアカウントをチェックしてほしい。
ユニバーサル・ジュネーブ スペースコンパックス Ref.885104/01、1960年代製
eBayで、まるで発掘されたままのようなコンディションの、希少で人気のヴィンテージウォッチを見かけるのは何にも代えがたい体験である。こうした出品が魅力的なのは、出品者が「1万ドルで即決できる?」というDMの申し出に流されず、あくまでオークション形式を貫いている場合に特に顕著だ。そうして我々は、価格が恣意的になりがちなディーラー経由の販売とは異なり、市場そのものが時計の価値を浮き彫りにする様子を傍観できる。
このスペースコンパックスはユニバーサル・ジュネーブが最も自信に満ち、個性的で、機能的で、そしてちょっと不可思議だった時代の象徴だ。本機は初期型Mk1にあたる仕様で、ホワイト(あるいはシルバー)仕上げのインダイヤルに加え、ダイヤル上部に大きく配された“12”の数字が全体にポップで独特なトーンを与えている。後期型のMk2ではダイヤルがオールブラックになり、この特徴的な数字も姿を消す。さらにMk1のなかでも、夜光のスタイルに2種類存在する。ひとつは今回紹介する個体のように、インデックスと12時位置のブロック下辺に夜光塗料が塗布されたタイプ。もうひとつは、ミニッツトラック上に夜光ドットが打たれたタイプである。つまりコレクション対象としてもスペースコンパックスには複数のバリエーションが存在するが、筆者にとってはこの仕様こそが最も魅力的で、最も欲しい1本である。
こうした個体が市場に出ること自体がまれであり、加えてヴィンテージUG界隈でも“地雷原”として知られているモデルだ。というのもオールドパーツを寄せ集めたり、偽造ダイヤルを刷ったりする悪意ある人物たちがこのモデルを好んで扱ってきた歴史があるからだ。もっとも、今回の個体にはそうした真贋上の懸念は感じられず、オリジナルとして信頼できる外観を保っている。ただしメンテナンス面ではある種の覚悟が必要である。具体的には、プッシャーキャップの交換が必要となるだろう。しかしながら時計本体の骨格は健在で、オリジナルのまま手つかずの状態に見える。そして何より、UG刻印入りの正規ゲイ・フレアー製ブレスレットが装着済みというのも、ヴィンテージ愛好家にとっては大きな加点ポイントだ。
このスペースコンパックスは、テネシー州マンチェスター在住のeBay出品者によってオークション出品されており、終了は5月24日(土)午後8時(米東部時間、5月25日午前10時)の予定だ。記事執筆時点での入札価格は5000ドル(日本円で約73万円)に達している。気になる方はぜひ詳細をチェックしていただきたい。
ギャレット マルチクロン 30M “クラムシェル” クロノグラフ、1940年代製
ヴィンテージのブライトリングから、その傘下に入ったブランドに続き、そしてさらにもうひとつ。この“クラムシェル”はギャレットのヴィンテージ期における傑作のひとつであり、今後のモダン復刻でもおそらく引用されるであろうデザインである。これはあくまで私の推測だが、2024年3月にブライトリングがギャレットを買収した際の発表画像にはこのクラムシェルケースが大きく取り上げられていたのだ。
紹介するのは、ギャレット マルチクロン 30M。11940年代にはこの手の計測機器としては“アメリカ初”のモデルとして販売されており、タキメーターとテレメーターの両スケールを搭載した個体である。ギャレットに詳しい愛好家ならすぐに言及するだろうが、これは“世界初の防水クロノグラフのひとつ”と広く認識されている。ケースの設計は1936年にシュミッツ・フレール社(Schmitz Frères & Co)によって特許が取得され、1年後にギャレットがその権利を取得した。ケースバックはディープディッシュピザのように深い皿状になっており、ムーブメントを内部で保持。ラグの裏側から斜めにねじ込まれた4本のビスで、ケース内部に圧力をかけて密閉するという構造だ。当時としては非常に優れた設計だったが、現代基準の“防水”とは大きく異なることは留意すべきである。
この個体のダイヤルバリエーションはやや流通量の多いタイプではあるが、私個人としては非常に魅力的に感じている。こうしたダイヤルは経年により全体が黄味を帯びる傾向があるが、本品もその例に漏れず、しかしながらタキメーターやテレメーターの赤い目盛りは鮮やかさを保っている。また先ほど紹介したUGのスペースコンパックスと同様、この個体もeBayで“発掘されたまま”の状態で出品されているようだ。個人的には風防を研磨するか、いっそ交換することで、見違えるような外観になると見ている。
このギャレットは、オレゴン州トゥアラティンのeBay出品者によって出品されており、オークションの終了は5月18日(日)午後6時(米東部時間、日本では5月19日午前8時)。記事執筆時点では2025ドル(日本円で約30万円)まで入札が進んでいる。全容はこちらから確認できるので、ぜひチェックして欲しい。
ウブロ MDM ジュネーブ スーパーB クロノグラフ、1990年代製
正直に言おう。これは多くのコレクターが“ヴィンテージ・クロノグラフ”と聞いて思い浮かべる時計ではないだろう。だが、少しだけ耳を貸して欲しい。ジャン-クロード・ビバー(Jean-Claude Biver)氏以前のウブロ、MDM ジュネーブ時代のモデルにはどこか引きつけられる魅力がある。ある種の“背徳的な愉しみ”とでも言おうか。もっとも、これをつけていて罪悪感を抱くようなことはまずない。このスーパーB クロノグラフは、そんな時代のウブロにあっても異色な存在である。そしてそれこそが魅力だ。直径42.5mm、厚さ13mmという存在感あるケースサイズだが、“誰ともかぶらない夏時計”というジャンルにおいては非常に有力な候補である。ダイヤルには出品者によって“チェスナット(栗色)”とも形容される明るいブラウン系のトーンが与えられており、そこに鮮やかなグリーンの夜光塗料が組み合わさることで、どこか突き抜けたユニークさを感じさせる。もちろん良い意味で、だ。
このウブロ スーパーB クロノグラフは、Collector’s Corner NYのウェス(Wes)氏が2900ドル(日本円で約42万円)で販売中。詳細はpushers.ioプラットフォーム上で確認できる(編注:すでに販売済み)。
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