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今回もBring A Loupeへようこそ! 想像してみて欲しい。アラバマ州の州間高速道路をクルマで走っていて、ふと左を見たら分離帯をカンガルーがピョンピョン跳ねている……。こんな出来事が実際に起きたのだ。個人的に、ここ最近でいちばん気に入っているニュースである。カンガルーの名前はシーラ、飼い主はパトリック・スター。これはすべて実話である。そんなわけで、eBayで今週のポールルーターを見つけたとき、私はまるで州間高速道路85号線でシーラに遭遇したときのような気分になった。
まずは前回のオークション結果から。トップで紹介したカルティエの“レベルソ”はLyon & Turnbullで出品され、4万1450ポンド(日本円で約800万円)で落札された。パテック フィリップのソーラー デスククロックは3000ドル(日本円で約43万円)、控えめに紹介したロレックス オイスター パーペチュアルは1950ポンド(日本円で約37万5000円)で新たな持ち主のもとへ旅立った。ちなみに、ホイヤー製のアバクロン&フィッチ“シーファーラー”は、日曜日午前11時(米東部時間)に競売予定。この記事執筆時点での入札額は4万ドルとなっている。
モバード M90 Ref.19004 “ディスコボランテ” パルス表示付きダイヤル、1940年代製
ヴィンテージのモバードについて“過小評価されている”、“見過ごされている”と表現することは、少なくとも1970年代以前に製造されたM90やM95のクロノグラフについて語る際にはあまり適切ではないだろう。たしかに、ここBring A Loupeでたびたび紹介しているeBay出品の3針モバードなどは、僕にとってもいまだに過小評価されていると感じている。しかしクロノグラフにおけるモバードの偉業は、すでに多くのヴィンテージ愛好家に正当に評価されつつある。
もちろん最初からそうだったわけではない。私が時計に関して初めて執筆した記事は約6年前のもので、テーマはフランソワ・ボーゲル製ケースを用いたM95クロノグラフのバリエーションだった。いまでも古いモバードのクロノグラフを偶然手に入れた人から、“詳細を教えて欲しい”といった問い合わせが届くことがある。その記事を書いて以降、モバードの自社製キャリバー搭載クロノグラフに対する評価と市場価値はともに大きく向上してきた。今回紹介するM90は、そうした進化のなかでも最上級に位置づけられるモデルであり、今回の仕様で市場に存在が確認されているのはこの1本のみ。ミッドセンチュリーの魅力を余すところなく湛えた個体である。
M90のツーカウンター式クロノグラフムーブメントは1938年に製造が始まり、世界初の2ボタン式モジュール構造クロノグラフムーブメントとして登場した。現在こそ統合型クロノグラフムーブメントが主流となっているが、当時はモジュール方式が整備性の高さから高い評価を受けていた。M90とM95のなかでも、この“ディスコボランテ”ケースを備えた型番はとくに流通が少なく、再塗装された文字盤の個体を含めても現存数はおよそ15本。このパルスメーター付きオリジナルダイヤルの仕様に至っては、本機が唯一の存在とされている。ケース径は34mmで、実際の着用感も非常に良好だ。
この文字盤は単にパルス表示があるだけでなく、フランスのル・アーヴルの販売店Grandin Le Phareのショップスタンプも入った、小売店サイン入り仕様となっている。さらに3時位置の60分積算計には、“クリス(蛇型)針”が採用されている点にも注目したい。これはこのレベルのモバード製クロノグラフには欠かせないディテールといえるだろう。もしヴィンテージモバードに仕様書のようなビルドシート(製品の仕様や構成要素を一覧化した文書)が存在したとしたら、この個体は“ブレゲ数字”を除いてすべての項目にチェックが入る構成だ。まあその1点については、元オーナーに目をつぶってもよいだろう。
このモバードはニューヨークのGoldfinger's Vintageを運営するディラン氏が、自身のウェブサイトに掲載したばかりのものだ。販売価格は1万8995ドル(日本円で約273万円)。詳細はこちらからぜひチェックしてみて欲しい(編注:すでに販売済みとなっている)。
ユニバーサル・ジュネーブ ポールルーター Ref.20217-8 “ブロードアロー”、1950年代製
ひとつのモデルをとことん掘り下げたい。そんなタイプのヴィンテージコレクターにとって、ユニバーサル・ジュネーブのポールルーターほどふさわしい対象はそう多くない。私の知る限りでも、かつて幅広く収集していた熱心な時計愛好家たちが、最終的にはジェラルド・ジェンタによるオリジナルデザインのポールルーターだけを手元に残してほかのすべてを手放すという例は珍しくない。そんな“ポールルーター信者”たちにアンケートを取ったならば、おそらく“ブロードアロー”が聖杯(グレイル)リストの頂点に挙がるだろう。ポールルーターは多くのバリエーションが存在し、さらに生産数も多かったため、一般的なモデルであれば価格もそれほど高騰していない。だがこうした特別なリファレンスに関しては、コレクターたちも対価を惜しまない。
このブロードアロー付きのポールルーターはいくつかのリファレンスで製造されており、そのうち2種がステンレススティール製だ。今回の個体はRef.20217-8で初期型にあたり、ムーブメントはユニバーサル・ジュネーブの“バンパー式”自動巻きCal.138SS を搭載している。1955年から製造が始まった最初期のポールルーターのひとつだ。興味深いのは、これがオメガの“トリロジー”(スピードマスター、シーマスター、レイルマスター)が登場した1957年からわずか2年前にあたる点。いずれも類似した形状の針を採用している点で共通している。このブロードアローは、当時のポールルーターのなかでも最もスポーティな仕様を目指していたと考えられ、夜光塗料(ラジウム)がたっぷりと塗布された外周リング(当時の広告では“Nitelite Marker Ring”と表記)と大振りかつ高輝度の針がその意図を物語っている。
販売者によればこの個体はエステート(遺品整理)からの入荷したばかりとのことで、既知の他個体と比べても状態は良好。とくに文字盤では夜光塗料の剥離が多くの個体で見られるが、本品はその点でも比較的しっかり残っている。ケースは過去に1〜2度ポリッシュされているようで、裏蓋のリファレンス番号やシリアルの刻印はやや薄れているものの、ツイストラグの造形は健在だ。風防は研磨剤でのケアが必要だろうが、それもeBayでの掘り出しものの醍醐味というものだ。
この希少なポールルーターは、米デラウェア州ダグスボロのeBayセラーによって出品されており、オークション終了は5月3日(土)午後8時(米東部時間)。この記事公開時点での入札額は4100ドル(日本円で約59万円)だが、最終的には5桁ドルに達しても不思議ではない(編注:このオークションはすでに終了している)。
ロレックス オイスター パーペチュアル 41 ピスタチオダイヤル、2025年製
Bring A Loupe読者の皆さんを刺激してしまうかもしれないが、今回紹介するのは約1ヵ月前に“Watches & Wonders”で発表され、数日前に販売されたばかりのロレックスだ。オンラインオークションで出品されていることについて言いたいことがある人もいるかもしれないが、それをさておきこの販売は非常に興味深いものになるだろうという点においてほとんど異論はないはずだ。ロレックスがオイスター パーペチュアルのダイヤルカラーで遊び心を見せ始めたのは2020年のこと。コーラルレッド、“ティファニー”ターコイズブルー、ブライトイエロー、キャンディピンクといったバリエーションが登場した。今年はというとマライカ・クロフォードの実機レビュー記事にもあったように、“ポップさより洗練”をテーマにした色調が採用されている。世界中のロレックス正規販売店では、コレクターたちが次々とウェイティングリストに名前を連ねている状態だ。
なかでも41mm径モデルのピスタチオダイヤル仕様は、とくに人気が集中する個体になると予想されている。パンデミック時代のChrono24で見られたような5万ドル超えのプレミアム価格が再来するかは定かでないが、とはいえ今後の動向は誰にも予測できない。価格の話を一旦脇に置けば、このオイスター パーペチュアル 41は2025年のロレックスカタログのなかで、最も優秀かつ控えめなデイリーウォッチのひとつといえるだろう。ピスタチオのような絶妙なダイヤルトーンは、“時計のことはわかっているけど、肩ひじ張らずに楽しんでいる”……、そんな空気を醸し出してくれる。
このオークションを主催するのはロサンゼルス拠点のLoupe Thisで、この記事執筆時点ですでに入札額は定価を大きく上回る1万1500ドル(日本円で約165万円)に達している。オークションは5月8日(木)正午(米東部時間、日本では5月9日午前2時)に終了予定。こちらから観覧・入札が可能だ。
マーヴィン 14Kローズゴールド 隠し贈呈用刻印入り、1940年代製
ときにヴィンテージウォッチにおいては、あまり知られていないブランド名であっても、実に素晴らしい個体に出会えることがある。それがいいのだ。マーヴィンはクォーツショックの影響で衰退する以前は、スイス時計界で確かな地位を築いていた名門ブランド。その歴史は1850年、スイス・サンティミエにまでさかのぼり、細部に対する鋭い審美眼で知られていた。
今回紹介するのは、1940年代製の34mm径手巻き式ローズゴールドケースモデルで、価格は1300ドル(日本円で約18万円)以下。スペックだけを見るとシンプルだが、実に多くの魅力が詰まっている。まず目を引くのはダイヤルだ。光沢のあるギルト仕上げは、複数工程からなる電解めっき(ガルバニゼーション)によって実現されており、さらにマーヴィンはこのギルトの色調をケースの地金(ローズゴールド)に合わせて調整している。これは量産効率を犠牲にしてでも美観を優先した証拠で、同じモデルのイエローゴールド仕様とダイヤルを共用できないことからも、生産コストが高くついたはずだ。ちなみにパテックですらこの点で妥協したことがある(Ref.3428G、私はチェックしてるぞ)。
ケースはシンプルだがラグの造形が美しく、全体のバランスもいい。そして筆者がもっとも引かれたのは、裏蓋の内側に刻まれた贈呈用刻印のディテールだ。個人的には、刻印の背景となる贈呈の歴史にこそヴィンテージの魅力があると思っている。今回の個体に関しては、かつてピッツバーグに存在した今はなき百貨店からの贈呈品のようだ。ただ、裏蓋の内側に刻印があるというのは極めて珍しいケースで、これまでに見たことがなかった。
このマーヴィンはロサンゼルス拠点のCraft + Tailoredのキャメロン氏、タイラー氏、そしてそのチームによって1250ドル(日本円で約18万円)で出品中。詳細と写真はこちらからチェックしてみて欲しい。
スウォッチ “ブラックフライデー” クロノグラフ Ref.SCB100、1991年製
今週初め、タンタン・ワンと私はロンドンから来た父子をHODINKEEのオフィスに迎えた。1時間近く話し込むことになったが、とても楽しいひとときだった。息子さんはというと、筆者の好みにもぴったりな36mm径のロレックス エクスプローラーをつけていた。一方の父親はというと、パテック フィリップやジョージ・ダニエルズといった名品を所有するコレクターでありながら、今回誇らしげに見せてくれたのがまさにこのヴィンテージスウォッチのクロノグラフだった。
この“ブラックフライデー” Ref. SCB100はスウォッチ初期のクロノグラフコレクションのひとつで、同時期のなかでは比較的抑えめなデザインだ。むしろそのスタイルは、スウォッチ的なポップカラーよりも1960年代のレーシングクロノグラフを彷彿とさせる。この時計を過小評価するつもりはないが、率直に言えばこれはより洗練され、魅力的なムーンスウォッチのような存在だ。それに加えてこのモデルにはトリチウム夜光が使われており、スウォッチでありながら経年変化による美しいクリーム色の焼けが楽しめる。驚くべきことに、こうしたモデルがeBayでは新品・箱付きでも、たった数百ドル程度で購入できるという事実に気づいていない人も多いのではないだろうか。
今回紹介する1本は、イリノイ州ウェスタンスプリングスのeBay出品者が出品しているもので、即決価格175ドル(交渉可、日本円で2万5000円)となっている。詳しくは、こちらからチェックしてみて欲しい。
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