trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

時計の世界で自分の居場所を見つける

時計愛好家としての正しい在り方など、どこにも存在しない。


この季節になると、なんだか内省的になり、自分の失敗や失ったものを数えてしまうものだ。まあ、イギリス人としてはいつものことだが、2024年は個人的にかなり充実した1年であった。うれしい出来事もたくさんあった。オーデマ ピゲ ロイヤル オークミニの入手、HODINKEE MagazineVol.13の完成、ギリシャや香港への旅。そして、もちろん少し落ち込むようなこともあったが、それは胸の内にしまっておくことにする。総じて言えば、この時計愛好家という少し不思議な小さな世界で、自分の立ち位置を少しずつ見つけることができたのではないかと思う。

Royal Oak Mini in Yellow Gold

 2024年の始まりは、自分でも非常に誇りに思える動画、Watches in the Wild Parisからだった。この動画では、ファッションと時計は交わることができるし、実際に交わっているという自分の持論を確かなものにしようと試みた。ファッション業界も時計業界も、デザインに対する消費者の欲求や、その背後にある職人技へのリスペクトによって成り立っている。パリで、ファッションと時計の両方に真の情熱を持つ人々と出会えたことは大きな誇りであった。現地に足を運ぶことで、それまで考えもしなかったような共通点を見つけることができたのだ。たとえば、黒という色が極端なモダニティの象徴として使われることや、それぞれの業界における巨匠、イヴ・サンローランとジェラルド・ジェンタの類似点などだ。

Vintage Piaget Watch / Malaika Crawford in Paris

 ときには、ファッションと時計の融合という自分のミッションに圧倒されそうになることもあった。自分が愛し、敬意を払い、心から楽しんでいるものを、ファッションにほとんど興味がない、もしくはせいぜい生ぬるい反応しか示さない時計好きの人々にどう説明すればいいのかと思うことも。結局のところ、大切なのは彼らの愛好家としてのマインドに訴えかけることだ。ファッションウィークはほかの大規模な時計見本市と同じく、そこにある熱狂、人と人とのつながり、実際の出会い、そして何気ない雑談が重要なのだ。

Acne Studio Fashion Week Presentation
An Interview with Charlotte Chesnais
Cartier Crash Paris Dial

 今日、時計業界とファッション業界はその成り立ちからしてまったく異なるものになっている。ある賢人(別名マイケル・フリードマン)がかつて教えてくれたことだが、結局のところこのふたつは永続性と消費されるものという二項対立に集約されるのだという。私たちは高級時計を永遠の象徴として捉え、ファッションを一時的な流行として見てしまいがちだ。しかし、どちらも根本的には文化の表現である。そしてその違いはあれど、両者は個人的スタイルの表現として捉えれば、実はそれほど違わないのではないかと思う。

 2024年の初め、エルメス カットの発表イベントのため、エーゲ海に浮かぶ小さなギリシャの島、ティノス島を訪れた。この時計は間違いなく、2024年で最も重要な“女性向け”の新作であった。エルメスの時計は1970年代にジャン・ルイ・デュマ(Jean-Louis Dumas)がエルメスを再構築して以来、ファッション愛好家やブルジョワ層のあいだで確固たる地位を築いてきた。代表的なモデルであるアルソーやケープコッドは、大衆市場のあいだで人気が浮き沈みを繰り返してきたが、純粋な時計愛好家の枠を超えた、成熟した時計愛用者やファッション愛好家のあいだでは常に支持され続けていた(マルタン・マルジェラが手がけたドゥブルトゥールを見れば明らかだ)。これまで5000ドル(日本円で約78万円)前後のエントリーモデルの成功は、美しいデザイン、乗馬文化から着想を得たスタイル、そしてダイヤル上に輝くエルメスの名によるものだとされてきた。

Margiela for Hermes Cape Cod

マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)による、エルメス 1998年秋冬コレクション。

Vintage Hermes Watch ad

Image: courtesy of Ad Patina

 そこで登場するのがエルメス カットだ。“男性向け”とされるエルメス H08よりも小さく、丸みを帯び、柔らかい印象を持つモデルである。“女性向け”が花柄やレインボーカラー、ダイヤモンドを散りばめたような、いわゆる“メンズウォッチ”の派生モデルとして提供されることが多いなかで、こうしたステレオタイプから解放されたデザインに出合えることがどれほど新鮮なことか。この時計は、私が女性向けに意図されたデザインについて語るとき、まさに念頭に置いているものだ。その柔らかいラインと幅広い手首に適応するサイズはプロポーション的にも正確であり、少なくとも私のサイズの手首には非常に心地よい(個人的な意見ではあるが)。同時に、この時計が持つ実用的なルックスは、私が日常使いの時計に求めるものでもある。エルメスは、最近の『60ミニッツ(原題:60 Minutes)』(米国CBSのドキュメンタリー番組)でのインタビューにまつわる物議にもかかわらず、依然としてラグジュアリーブランドの頂点に君臨している。そして、そんなブランドの圧倒的な影響力のなかにあっても、現代のスポーツウォッチ市場が飽和状態にある今、現代の女性消費者が求める地に足のついた製品を生み出すことに成功したのである。

Malaika in the Hermès Cut

Watches & Wondersでステンレススティール製のエルメス カットを試着。

Hermes Cut Advertising

エルメス カットにフォーカスした、クリーンでモダンなエルメスの2024年広告キャンペーン。

 時計業界における女性という話題に触れるのは少し気恥ずかしいが、2024年も親友であり信頼できる相棒、そしてHODINKEEの元同僚であるカーラ・バレットとともに、First Watch Clubのディナーシリーズを続けた。オーデマ ピゲ協力のもと、このイベントでは歴史やウォッチメイキングについてもっと学びたいという意欲的でクリエイティブなニューヨークの女性たちを集めた。これらのディナーの目的は、決して誰かを排除することではなく、むしろ恥ずかしさや遠慮なく質問ができ、安心できる環境を育むことにある。時計の世界には、ときとして越えられないほど高い参入の壁があるように感じられることがある。でもときにはトゥールビヨンとは何かを優しく説明してくれる、フレンドリーな人が必要なのだ。

Cara Barett and Malaika Crawford wearing 34 mm Royal Oaks

お揃いの34mm ロイヤル オーク。カーラ(左)はブラックセラミック、私(右)はローズオンローズゴールド。

Hodinkee x Audemars Piguet

 長くも実りある時計漬けの1年の締めくくりとして、HODINKEE Magazine最新号をエディトリアル・ディレクターとして完成させた。Vol.13をひとことで表すなら、それはクリエイティブ業界同士のつながりを見事に表現した1冊だと言える。フォトグラファー、セットデザイナー、スタイリスト、レタッチャー、ライター、エディター、そして誌面に登場する才能ある人々や美しい製品...そのすべてが絡み合い、ひとつの作品として形を成している。このマガジンは、言葉を通じて物語を伝えるための私たちなりの手段だ。デジタルではなく紙に印刷されることで、その言葉たちはより永続的な存在となる。時間をかけて向き合い、慎重に選んだ言葉たちが、こうして物理的なページに刻まれ、形として残るのだ。私たちは、その道を極めた写真家たちによる作品を誌面に使用した。それらの写真には、私たちが伝えたいと願う大きなストーリーが込められている。ときに閉ざされた小さな世界に感じられることもある時計業界だが、その内側にいる人々、場所、物語が、写真をとおして外に向けて語りかける力を持っている。被写体のトーン、写真が持つムード、色彩、そしてページ上のレイアウト、それらすべてに細心の注意を払いながら、ひとつひとつをていねいに組み上げた。私たちはこの歴史ある、美しく、複雑で、ときには不完全な業界に属するということの意味を、美しいポートフォリオとして表現するために全身全霊を注いだ。

 この10年の大半を、私はファッション誌でスタイリングや編集の仕事に捧げてきた。紙媒体は私自身の憧れがそのまま生業へと変わったものだ。不器用な13歳の少女だった私が初めてVogueを手に取った日から、2018年の夏、元上司のメル・オッテンバーグ(Mel Ottenberg)氏とともにInterview誌の再始動を構想したあの終わりなき日々まで、紙媒体は私の人生そのものだ(本当に、私の部屋に積み上げられた本と雑誌の山を見れば納得するはずだ)。そして私は、その存在を全力で支持している(実際、自宅にあるその物理的な証拠の前に座っているのだから)。私が最高の高揚感を得る瞬間は、小さなアイデアの種が紙の上でひとつのストーリーへと成長する瞬間だ。Vol.13は、私が大切に思うすべての要素が詰まった集大成であり、HODINKEEにおける私のキャリアで最も誇りに思うプロジェクトである。その誌面にはファッション、デザイン、アート、そして時計という異なる分野が、それぞれのクリエイティブコミュニティと共存し、さらには互いに刺激し合い、高め合うことができる場所が広がっている。

Chanel Watches 2013
Cartier Tank Louis Reference points

 正直に言うと、時計の世界はときに孤独に感じることがある。熱狂的な愛好家や典型的なコレクター像に自分が当てはまらず、自身の意見も少し異質だったり、政治的だったり、あるいはやや挑発的であったりすると、この世界はまるで自分を拒絶しているかのように感じられることがある。しかし今では、自信を持って言えるようになった。これが私にとっての時計の意味なのだと。そして私の声はもちろん、ほかの多くのクリエイティブなプロフェッショナルや女性コレクター、デザイン愛好家たちの声もまた、耳を傾けられる価値があるのだと。誰もウォッチメイキングというスイスの神聖なる伝統を踏みにじりたいわけではない。ただこの趣味がもっと広く、もっと自由に称賛されるべきであることは間違いないはずだ。

 新しいものが怖く感じるのは、それが恐ろしいからではなく新しいからだ。時計はもう私にとって新しいものではないが、この時計の世界における自分の居場所は、まだ完全には形づくられていないように感じる。時計業界というエコーチェンバーでは、不本意な(そして正直言って不当な)フィードバックが大波のように押し寄せることがある。でもときには、そうしたフィードバックこそが自分を生き生きとさせてくれる。自分の外には広大な世界があり、自分がそのなかでどれほど小さな存在かを思い出させてくれるからだ。私は小さな存在だが、それでも成長し、言葉と写真をとおして時計への愛を伝え続けたいと思う。

Talking Watches with Greg Yuna
最後に、時計業界の現状についてひとこと

 2024年の時計業界は、全体的に静かな1年だった。現代のスイスウォッチブランドが送り出すモデルの多くは、精巧につくられ、日常的に使いやすいものが多いが、どこかファンタジーが欠けていることがある。アメリカ発祥のイージードレッシング(easy dressing)やアスレジャー(athleisure)のコンセプトが世界中に広がり、それとともにスポーツウォッチへの飽くなき偏愛が生まれた。それらは“快適さ”と“便利さ”を上手に装ったものだ。私の感覚では、それは精神的に言えば高級アクティブウェアと大差ないように思える。だからこそ、多くの人々がヴィンテージの世界に没頭し、現代にも通じる過去のアイデアを探し求めるのだろう。結局のところ、私たちはノスタルジアに心を奪われているのだ。私が願うのは、時計ブランドが自らアジェンダを設定する力を持っていることに早く気づくことだ。常に消費者の要求に従属し続ける必要はない。つくりさえすれば、人々は自然と集まってくる。私の文学的アイドルであり、元Women's Wear Dailyの発行人兼編集長、そしてW Magazineの創刊編集長でもあるジョン・フェアチャイルド(John Fairchild)氏は、その辛辣かつゴシップ満載の著書『Chic Savages』のなかでこう語っている。「すべてのファッションはシルエットから始まる。だが新しいシルエットを生み出すことができるデザイナーはごくわずかだ。そしてまさにその巨匠たちこそ、我々が従い追いかけるものだ。彼らは我々のヒーローであり、ときには悪夢でもあるのだ」

Model in a Bulgari Serpenti