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Watch Spotting ゴードン・マレー T.50発表時にタグ・ホイヤーを着用

新型スーパーカーT.50、マクラーレン F1、そしてタグ・ホイヤー。

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過去数十年の中で最も尊敬され、有能なレーシングカーやスポーツカーの設計者の一人として、ゴードン・マレーは信じられないような時計を身に着けているのではないかと想像されるだろう。彼のF1での経歴、最先端の素材と軽量デザインに焦点を当てていることから、リシャール・ミルやクラシックなデイトナといった時計を身に着けているのではないかと。今や伝説となったマクラーレン F1の生みの親として知られるマレーは、最近、次世代のスーパーカー「ゴードン・マレー・オートモーティブ T.50」を発表した。この大々的な報道の中で、僕は時間をかけて彼の手首に着けている時計を探し出した。彼が身に着けていたのは、タグ・ホイヤー。カレラ キャリバー5 オートマティックの後期モデルだ。

YouTubeチャンネル、カーフェクションの中でヘンリー・キャッチポールが新しいT.50についてゴードン・マレーと話ている様子。(カーフェクションのYouTubeのスクリーンショット). 

 ロケット、メルセデス・ベンツ・SLRマクラーレン、そして自然吸気エンジンを積んだ史上最速の車をもたらした男からすれば、おそらく想像していたよりも落ち着いた時計ではあるが、実際のところマレーにとってはむしろ自然な選択なのだ。説明をさせていただきたい。

 1980年代初頭の話になるが、ここではテクニーク・ダバンギャルド(通称TAG)というブランド、TAGのCEOであるマンスール・オジェ、そしてイギリス人のロン・デニスが登場する。TAGはF1の世界では非常に重要な存在であり、デニスは1981年にマクラーレングループを設立して以来、マクラーレングループでショーを運営していた。1983年、オジェはデニスとパートナーを組み、マクラーレン・インターナショナルを設立したのである。

1991年のピーター・スティーブンス(F1のデザイナー、左)とゴードン・マレー(右)。画像出典:「ドライビング・アンビション。マクラーレン F1の公式インサイドストーリー」マクラーレン・カーズ 1999年 

 そして1985年、タグとデニスがホイヤーを買収し、タグ・ホイヤーが誕生した。複雑な話をできるだけシンプルにするために(タグ・ホイヤーはいうまでもなく、マクラーレンも何年にも渡って幾多の混乱を招く再編成を繰り返してきた)、1987年、ロン・デニスはマクラーレンの新しいテクニカル・ディレクターとして、ゴードン・マレーを迎え入れた(サプライズ!)。

マクラーレン F1

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 マレーの頭脳と才能から生まれたF1は、マレー、マンスール・オジェ、ロン・デニス、マクラーレンのマーケティング責任者クレイトン・ブラウンの4人のチームによって現実のものとなった。4人は1988年、ミラノ・リナーテ空港での長期滞在中に、究極のロードカー(公道用市販車)を作ろうと思い付いたといわれている。そして、そのわずか数年後には、マクラーレン・オートモーティブがマクラーレン F1を世に送り出すことになる。F1については、HODINKEEマガジン Vo.5の僕の記事でも詳しく取り上げたが、マクラーレン F1はその時代のアイコンとなっており、その卓越したエンジニアリング、極めて限られた生産数、そしてレースでの成功を考えると、コレクターの間では信じられないほどの価値をもっている。しかし今、マレーは新しいマシンを手に入れたのだ。

新しいGMA T.50に座り、タグ・ホイヤーのカレラ キャリバー5 オートマティックを身に着けたゴードン・マレー(画像出典: ゴードン・マレー・オートモーティブ)

 T.50は、デジタル干渉を最小限に抑えた純粋なドライバーのための車という哲学をもつ、マクラーレン F1の精神を受け継ぐ後継車のようなものだ。興味のある人はこの記事のリンク先を見て読むことをお勧めするが、T.50は3人乗り(ドライバーは真ん中)の2174ポンド(約986kg)のスーパーカーで、6速マニュアルトランスミッション、ファン対応アクティブエアロダイナミクス、最大出力1万2100回転(rpm)を誇るミッドマウントの654馬力3.9リッター自然吸気V12エンジンを搭載している。生産台数は100台のみで、価格は260万ドル前後(約3億2735万円)。今の2つの説明でも鳥肌が立っていないのであれば、ジャックが最近投稿した、奇妙でそれでいて素晴らしい記事を紹介しておこう。

新たに発表された「ゴードン・マレー・オートモーティブ T.50」(画像出典: ゴードン・マレー・オートモーティブ)

 上記ではマレーとタグ・ホイヤーの関連性について簡単にまとめてみたが、ここからは時計の話に入ろう。T.50の世界的な発表は、地球上のあらゆる自動車関連のメディアで取り上げられ、マレーが身に着けているタグ・ホイヤーのキャリバー5は、そうした報道の多くで見ることができる(掲載されているGMA自身のプレス画像は言うまでもない)。ご自身の目で確かめたい方は、カーフェクション(Carfection。車関連の情報サイト)のヘンリー・キャッチポールによる網羅的な概要とトップ・ギア(Top Gear。こちらも車関連の情報サイト)のジャック・リックスによる同様の、より歴史的な映像をチェックしていただきたい。マレーが、ブラウンのレザーストラップに装着した現行のタグ・ホイヤー カレラ キャリバー5、39mmのRef.WAR211Bと思われるモデルを着用している姿をメディアを通して見ることができる。このカレラは2014年のバーゼルワールドで発表されたもので、それ以来、同ブランドにおける定番のラインナップとなっている。

ヘンリー・キャッチポールが、カーフェクションの中で新しいT.50についてゴードン・マレーと話ている様子。(カーフェクションのYouTubeのスクリーンショット). 

 マレーがマクラーレン、タグ、そしてタグ・ホイヤー(F1用に作られたタグ・ホイヤーのリミテッドエディションは言うまでもなく)との繋がりを考えると、彼がタグ・ホイヤーのスポーツモデルをしているのは、デニスとオジェが1999年にタグ・ホイヤーの株式をLVMHに売却し、マレーが2004年にマクラーレンを去ったことを考慮しても、全く驚くべきことではない。これは憶測であり、もし私がマレーのために選ぶのであれば、別の時計を選ぶかもしれないが(このモデルは、個人的には取るに足らないと思われるゆるい印象を与える)、このブランドを選択したのは意図的であり、マレーがタグ・ホイヤーを使っていた過去を示していると考える。

 車に少しでも興味があれば、マレーの話は魅力的だし、業界、特にトップレベルに与えた彼の影響は、決して軽視すべきものではない。生涯のF1愛好家である私としては、マレーがT.50で仕事に戻ってきたのをみてとてもワクワクしているし、この車が生産されることが待ちきれない。

ゴードン・マレー・オートモーティブの公式サイトはこちらをクリック。

トップ画像出典:ゴードン・マレーとジャック・リックスのトップ・ギアでのインタビュー動画 - こちらをご覧ください。