ADVERTISEMENT
私は中東市場の時計が大好きだ。大学ではふたつの異なる方言のアラビア語を8期履修し、中東研究の学位を取得した。そして、“アラブの春”(2010年から2012年にかけてアラブ世界において発生した、大規模反政府デモを主とした騒乱の総称)がこの地域の数十年にわたる現状を覆した直後にカイロを訪れたこともある。アラブの春におけるフォトジャーナリストたち(ユーリ・コジレフ、ティム・ヘザリントンなど)の活躍は、私がその後同じ道を歩むきっかけとなった。だから、私が時計の旅を再開したとき、時計と中東の王族、支配者、軍隊とのあいだにある歴史的な深い結びつきに興味を引かれるのは当然のことだったのだ。
モナコ・レジェンド、2023年春のオークションより中東市場の腕時計。
ハンジャール、カーブース、ホークオブクライシュ、その他有名なシンボルが入ったダイヤルを手首やオークションで見かけるたびに、思わず写真を撮りたくなった。私の夢は、いつかこれらの時計が持つ非常に複雑な歴史についての決定版となる本を出版することだ。しかし本音を言えば、こうした魅力的な歴史を持つスティール製スポーツウォッチを所有できる可能性は、おそらくゼロに近い。そのため近年は、より無名のヴィンテージウォッチや、現代のマーケットに特化したリリースに目を向け、その歴史の一部を経済的に手に入れたいという欲求に苛まれている。
今春のモナコ・レジェンド・オークションで、ジョバンニ・ボナンノ(Giovanni Bonanno)の手首に装着されていたハンジャールのシグネチャー入りオイスタークォーツ デイデイト“オクトパシー”。
近代的な中東向けの時計でよく見かけるのは、“ヒンディー”、“ヒンドゥー・アラビア”、または”東アラビア”の記数法である。一般的に伝統的なアラビア数字として知られているのは非常に西洋的なものであり(現在では西洋アラビア数字と呼ばれている)、世界中のほとんどの国で使用されているにもかかわらず、それらが現代的なアラビアフォントに準じたものであることはひと目でわかる。プラチナのデイデイトやデイトナから、カルティエやブルガリの時計に至るまで、この数字には長い歴史がある。少し逆説的だが、アラブ、トルコ、ペルシャ語圏の中東で使われている象徴的なフォントは、実は紀元前1世紀から4世紀にかけてインドで生まれたものだ。これらの数字は、9世紀ごろにはアラブで数理的に使われるようになった。まあ、象形学的な解釈はさておき、時計に使われているのはとてもクールだ。例えば、バルチック × パーペチュアル・ギャラリーの限定モデル、トロピカル・トリコンパックスのように。
こうしたこだわりがあるにもかかわらず、私は今日までこのような時計を所有したことがなかった。正直なところを言うと、中東には魅力的なデザインとシグネチャーの歴史があるにもかかわらず、デザイナーたちがダイヤルにヒンドゥー語や アラビア語の数字を並べればそれで終わりという自己満足に落ち着いてしまっていることに、いい加減嫌気がさし始めていたのだ。しかし、そのデザインスタイルをクールにするための法則にもっとも近づいた小売店をひとつ挙げるとすれば、ドバイのパーペチュアル・ギャラリーだろう。
ニバダ グレンヒェン × パーペチュアル。
ハムダン・ビン・ハマド(Hamdan bin Humaid)氏は、パーペチュアル・ギャラリーのオーナーであるだけでなく熱心なコレクターでもあり、独立系時計ブランドの支援者でもある。彼の店はDIFCで行われるドバイ・ウォッチ・ウィークにほど近い便利な場所にあり、木曜日に行って店内を見回すと、ロジャー・スミス(Roger Smith)、ベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)、サイモン・ブレット(Simon Brette)がごく普通にたむろしていた。ひとつの小さな売り場にこれだけの時計職人の作品が揃っているのだ。しかし、そうした作品はほとんどの人々にとって憧れの的である一方、一般の人からするとハンジャール デイトナのように手の届かないものである。ハムダン・ビン・ハマド氏は、バルチックやニバダ グレンヒェンといったマイクロブランドと長年にわたって提携し、手ごろな価格で手に入れやすいブティック限定品を生み出してきた。ロジャー・スミスがブティックで身につけていたのは、ヒンドゥー・アラビア数字のニバダ グレンヒェンだった。しかし、新作のバルチックほど私の心を捉えた時計はなかった。
さて、順を追って整理しよう。バルチック × パーペチュアルのトロピカル・トリコンパックス(限定200本、小売店で直接購入した場合、換算レートにもよるが約2300ドル、日本円で約35万円)は、実際のところトリコンパックスではない。これは私にとってとても重要なことだ。トリコンパックス(ユニバーサル・ジュネーブのモデルに由来)は、クロノグラフ、トリプルデイト、ムーンフェイズの3つの複雑機構を備えていることからそう呼ばれるようになった。つまり、この時計はコンパックスだ。ひとつのコンプリケーション、クロノグラフを搭載しているだけである。しかし、このモデルはセリタ製の手巻きクロノグラフムーブメント SW510-Mを搭載しており、クロノグラフの作動も良好で、修理も末長く可能なため、長く愛用することができるだろう。また、余計なスケルトンバック(最近、多くの時計に理由もなく付けられているようだ)の代わりに、ケースバックにはパーペチュアルとバルチックの刻印とシリアルナンバーが記されている。
また、装着感も素晴らしい。私は標準的なトリコンパックスのパンダを手にしたことはないが、直径39.5mmで厚さ13.5mmのパッケージ(ラグからラグまでは47mm)の316Lケースは、私の7.25インチ(約18.4cm)の手首に完璧にフィットする。プッシャーは予想以上にしっかりとした感触だ。この時計は、非常に光沢の強いフラットリンクブレスレットが取り付けられている。数日後には傷だらけになってしまうだろうが、とにかく目を引く。そして、ポール・ニューマン(ユニバーサル的にはエキゾチック)のような雰囲気があるにもかかわらず、フラットリンクブレスレットは、これがデイトナに対するオマージュでないことを明確にしている。ラグ穴とクイックチェンジ式のバネ棒の両方が搭載されているのは冗長かもしれないが、片方を使う予定がないなら、もう片方があってもいいだろう。
しかし、ほとんどの限定モデルがそうであるように、ダイヤルこそが真の主役だ。ヒンドゥー・アラビア数字のためにブルガリやカルティエに1万ドル以上出す代わりに、ここではほんのわずかな値段でとてつもなくトロピカルなダイヤルを手に入れることができる。ニバダ グレンヒェンの焼成によるフェイクトロピカルダイヤルほどクールではないが、温かみのあるグラデーションカラーダイヤルの選択によって、焼成するよりかえって安定し、長持ちするかもしれない。
このヒンドゥー・アラビア数字についてもうひとつ思うのは、すべてのフォントが同じわけではないということだ。私の学生時代の友人にはアラビア語のタトゥーを入れた者が大勢いるのだが、アラビア語の長い歴史のなかにには素晴らしいカリグラフィーのフォントやスタイルがあるにもかかわらず、友人のほとんどはアラビア語のコミック・サンズに相当するフォントで彫っている。テレビ局がMicrosoft Wordからコピーしたアラビア文字を使った結果、文字がつながっていない(大失敗)よりはましだろう。この時計のフォントは特別なものではないが(カリグラフィーのためにデザイナーを雇うブランドもある)、決して悪くはない。
この時計は2300ドル(日本円で約35万円)で、一般消費者にとって(通常のバルチック トリコンパックスと比べ)600ドルのプレミアムを払う価値があるとは言いがたいが、私のような人間にとっては願ってもない買い物だ。中東への愛、アラビア語の歴史、そしてユニバーサルへのこだわりの狭間で、私は長いあいだこんな時計を身につける日を待っていた。ドバイ・ウォッチ・ウィークを歩いていると、手首につけているものを見ることで、その人についてさまざまなことを知ることができる。今の私は、個人的な来歴を多少誰かに伝えられる時計を持っている。ゴールド・スークで500ドルのハンジャール ロレックスを見つけられればもちろん最高だったが、私の人生の大部分と中東の現代時計事情について凝縮した時計を、少なくともひとつ手にしてドバイから帰国できることにとても満足している。
バルチック × パーペチュアル・ギャラリー トロピカル・トリコンパックス。直径39.5mm x 厚さ13.5mmの316Lステンレススティール製ケース、スティール製フラットリンクブレスレット、グラデーションブラウンの“エキゾチック”ダイヤル、クリームカラーのヒンドゥー・アラビア数字、アルミニウム製タキメーターベゼル。ムーブメントはセリタ製手巻きクロノグラフSW510-M。50m防水。限定200本(シリアルナンバー入り)。価格:約2300ドル(約35万円、為替レートによる)。パーペチュアル・ギャラリーにてオンライン販売。
話題の記事
Second Opinions 【腕時計の基礎知識】ハイビートの時計は、ロービートよりも本当に優れているのだろうか?
Photo Report 2025年NAWCCナショナルコンベンションが開催
Introducing マラソンから限定モデル、ADANAC ステンレススティール ナビゲーター パイロット オートマティックが登場