ADVERTISEMENT
Photos by Mark Kauzlarich
GPHGウィークへようこそ! この小テーマ連載で2024年のジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)で入賞した時計のなかから、見逃しがちな4本を取り上げる。今回は、3000スイスフラン(日本円で約52万円)以下の最優秀時計に贈られるチャレンジ賞を受賞した大塚ローテック 6号をご紹介しよう。
ここ1、2年のあいだに “ザ・ウォッチインターネット ”に入り浸っている人なら、日本の時計ブランド、大塚ローテックの時計を目にしたことがあるだろう。Redditなどで6号や7.5号が5000〜7000ドル(日本円で約75万~105万円)、あるいは1万ドル(日本円で約150万円)で取引されているのを見たことがあるかもしれない。私の同僚でHODINKEE Japanの和田将治氏のような時計ジャーナリストが7.5号を着用していたり、WatchMissGMT(現在はWatchMissLotecのほうがふさわしい?)のようなインフルエンサーが6号を着用していたりするのを見たことがあるかもしれない。さて、2週間前にその大塚ローテック 6号がGPHGでチャレンジ賞を受賞した。というわけで、もしここまでの話題になじみがない方は、いまこそ情報に追いつくチャンスだ。
日本での休暇中、友人でありHODINKEE Japanの同僚でもある和田将治氏と東京近郊まで足を運んだ。せっかく地球の裏側まで来たのに、普段会う機会のないブランドやその関係者たちを訪ねないのはもったいない気がしたからだ。先日Four+Oneで紹介した友人のジョン・永山氏もそのひとりだが、この日は独立時計師であり実業家でもある浅岡 肇氏の工房の向かいにある会議室を訪れた。
浅岡氏の手ごろな価格のブランド“クロノトウキョウ”や新ブランド“タカノ”の時計は見ることができたが、彼の名を冠した時計を見るチャンスはなかった。その代わりにクルマおよび家電製品のデザインに携わってきた工業デザイナーで、時計への情熱をアパートからガレージ、果ては今年のGPHG チャレンジ賞で3000スイスフラン以下のベストウォッチ賞受賞へと昇華させた工業デザイナー、片山次朗氏に会う機会を得た。
スカイラインGTRであれ数え切れないほどのクールなグランドセイコーであれ、日本における多くの素晴らしいモノと同様、大塚ローテックはJDM(日本国内市場)における時代の寵児である。いまのところ、このブランドの時計が入手できるのは日本国内だけで、主に抽選方式で販売されている。さらに配送は日本国内の住所に限られ、決済も日本の金融機関が発行したクレジットカードのみに限られる。このような制約があるため、二次市場での価格が高騰している。しかし片山氏と現在ブランドをサポートしている浅岡氏は、この状況を打開したいと考えているようだ。
魅力的な価格帯と独創的な技術(この点についてはのちほど説明する)だけでなく、大塚ローテックの時計デザインは唯一無二である。いろいろな意味で実にツイていたのは、この記事のために6号機の最新型を手に取ることができたことに加え、まさにそのモデルがGPHGで賞を受賞することになったことだ。6号は、ヴァシュロンのメルカトルに搭載されているレトログラード表示(ただし上下逆さま)をほうふつとさせる、比較的珍しいが直感的で読みやすいレトログラード表示を備えており、個性あふれるモデルである。私たちの訪問中、同僚のマサはヴィアネイ・ハルター(Vianney Halter ) アンティコア(Antiqua)によく似た7.5号(下の写真)を着用していた。そして、このモデルが片山氏と最初に話すきっかけとなった。
ここで悲しいこと、そして悔しいことを認めなければならない。こんなことは初めてのことなのだが、iPhoneのボイスメモの録音を失敗してしまったのだ。というよりむしろ、録音したデータが洗いざらい壊れてしまったようだ。これからはバックアップとして予備のボイスレコーダー機を携行するつもりだが、私たちがともに過ごした1時間の会話から直接の引用は紹介できない。その代わり、片山氏の経歴をざっと紹介しよう。
片山次朗氏は伝統的な時計師ではなく、マックス・ブッサー(Max Büsser)氏やファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ(Fabrizio Buonamassa Stigliani)氏のような、デザインへの純粋な情熱によって時計の世界に辿り着いた偉大なデザイナーの流れを汲む。片山氏は長年、工業デザイナーとしてクルマや家電製品のデザインに携わってきた。自動車業界に身を置いていたが、2008年に自宅のアパートに収まるほど小さな(日本では並大抵のことではない)卓上旋盤を購入した。その限られた面積ではつくれるものも限られていたため、彼は時計に目を向け、この道を歩むことになった。
片山氏によると、彼はしばらくのあいだ時計の世界とは無縁で、工業デザインのほかの分野からインスパイアされたケースデザインやモジュールに取り組んでいたという。そう、くだんのハルターの作品にも目を向けるようになったが、あの時計が革命的であったのと同様に、アンティコアのデザイン自体もどこからともなく生まれたものではないことを心に留めておく必要がある。私の目には、7.5号は時・分・秒を分離した3眼のヴィンテージ8ミリカメラをほうふつとさせる。一方、6号からはクルマのダッシュボードのメーターを瞬時に思い起こさせる。どちらも信じられないほど工業的だが、よく練られ、仕上げも見事だ。
片山氏のデザインにはノスタルジーとセンチメンタルを覚えるが、同時に一定の実用性も確保されている。この時計は、余分なものをほとんどすべて取り除き(6号の日付は余分なものと言えるかもしれないが、私は煩わしいとは思わない)、繊細なサテン仕上げとダイヤル上の濃い型押しの表記に絞り込んでいる。必要な情報は(日本語ではあるが)すべて書かれている。ダイヤル上部には“6号 機械式”と“豊島 東京”、左側には“大塚ローテック製”、右側には“日常生活防水”と記されており、これは30mの防水性能を意味している。
この時計はミヨタ製自動巻きムーブメント、Cal.9015を搭載しており、スケルトン仕様のケースバックをとおして眺めることができる。特筆すべき部分は少ないが、緩やかに傾斜したケースサイドが丸みを帯びたエッジへと細くなり、さらに傾斜した裏蓋のバンドにつながっているのが分かる。ラグはケースから突き出しており、非常に工業的な雰囲気で、何度でも言うがとてもチャーミングだ。ムーブメントは約40時間のパワーリザーブを備え、片山氏が設計したモジュールによって作動するレトログラード式時・分針を搭載している。このモジュールはダイヤルの下に隠れているが、公式ウェブサイトでその動作を見ることができる。また、中央下部にはスモールセコンド用のディスクと日付窓も確認できる。
最初は6号に捉えどころのなさを感じていた。正直なところ、レトログラード針が私には少し繊細に見えたからだ(同じことが言えるかもしれない)。また無反射コーティングが施された完全にフラットなサファイア風防が、あらゆる角度でまるで存在しないかのごとく見えるのも驚きだった。写真でこの時計を見たときの私の反応のひとつは、風防がないのではという不信感だったと思う。“埃が混入したらどうするの? 雨が降ったらどうする? 針を引っ掛けて折ってしまいそうだ”と思った。だがそんな心配は杞憂に終わった。
針の表示部分が盛り上がった様子はロイヤル オーク、ノーチラス、ウブロのどのデザインよりも舷窓を思わせる質感を持ち、現代においてスチームパンクの雰囲気を際立たせている。ハルターが数十年前に打ち出した聖火を受け継ぐブランドは多くないが、片山氏はその役割を見事に果たしている。
おそらく時計全体で最も粗削りと思えるリューズに至るまで、彼はそれを完璧にやってのけ、しかもちゃんと機能している。リューズは指にやさしくなく、真に工業的な機械に見られるような質感のグリップを備えている。それでもサテン仕上げとポリッシュ仕上げのケース面とうまく調和し、ケースから突き出た様子はある種の気まぐれさを感じさせる。もしリューズが3時位置にあったならすべてが台無しになっただろうし、時計というよりもまるで蒸気船のボイラー室から引き出された機械を見ているような非日常感も台無しになっていただろう。
6号(および7.5号も同様)は最近、素材が改良された。風防はミネラルガラスからサファイアクリスタルに変更され、より高品質なステンレススティールを使用する仕様となった。また初期の6号のメテオライトダイヤルは、今回のこのサテン仕上げのスティールダイヤルへと切り替わっている(全体のまとまりはよくなったが、ダウングレードという見方もある)。2023年末の時点では、片山氏は従業員3人で月産15本程度を生産していたが、新たに浅岡 肇氏が加わったことで、生産量は増加し始めるはずだ。これらの時計を初期に購入した顧客のなかには、信頼性やメンテナンス面に課題があったという事例を耳にしたことがあるが、ブランドが設備と生産能力を拡大し始めたことで、これらの諸問題も解消されつつあるようだ。
316Lスティール製ケースのサイズは42.6mm×11.8mmで、数値上は少し大きく感じられる。しかしムーブメントサイズの制約という実用的な問題を超えて、このようなスチームパンク系のデザインには適しているといえよう。レトログラード表示用の隆起した部分が直径を狭めているため、横から見るとそれほど厚みは感じない。このケースデザインは、手首につけたときにより低い位置にあるように見せる効果を持つ。ブランドロゴが刻印されたピンバックルで固定されたカーフレザーストラップが付属するが、クッション部分が平行に2分割されているため、通常のカーフレザーよりもスポーティな印象を与えている。
日本から帰国して以来、少なくとも5人の友人から大塚ローテックの“ツテ”を頼まれた。GPHG受賞以降は1週間に3人くらいが声をかけてくれた。ベン(・クライマー)はノーチラス熱狂時代、Ref.5711を希望小売価格で手に入れようとする人がどこからともなく現れたと話していたが、どうやら6号が私にとってのRef.5711のようだ。実際、そうであるに越したことはない。人々が再び既成概念にとらわれない考えを持つようになったことを物語っている。残念なことに、いろいろな制約があって私は手伝うことができない。できることなら自分用にも欲しいくらいだ。GPHG受賞はさておき、この新世代の手ごろなインディーズ(ファーラン・マリに当てはめるのをやめたのと同様、片山氏のような人にマイクロブランドという言葉は使いたくない)は、時計コミュニティに新たな風を呼び込んでいると思う。
残念ながら本記事は香港で開催されたフィリップス社 TOKI(刻)オークションで大塚ローテック6号のユニークピースを購入できるチャンスのあとに公開することになった。黒光りするSSケースとスモークサファイアのダイヤルを持つこのモデルは、夜明け直前の空を意味する東雲(しののめ)と名付けられた(夜明けは必ずやってくる)。この時計は6万8500ドル(日本円で約1038万円)という高値で落札されたが、同じオークションで6号の通常モデルが6万300ドル(日本円で約914万円)で落札された(まったくもってワイルドな話だ)。しかしすぐにでも大塚ローテックは入手しやすくなり、Instagramやミートアップで、そしてもしかしたら自分の手首で、大塚ローテックを目にする機会が増えるに違いない。
直径42.6mm、厚さ11.8mmの316Lスティールケース、フラットサファイアクリスタル風防、無反射コーティング、30m防水。フラットなサテン仕上げのダイヤル、レトログラード時・分針、スモールセコンド、日付表示。ミヨタ製自動巻きムーブメントCal.9015、片山次朗設計・製造のレトログラードモジュール搭載、パワーリザーブ約40時間。カーフスキンストラップ、ブランドロゴ入り尾錠。価格は記事公開時点で44万円(税込)。
話題の記事
Introducing オリス ダイバーズ 65の60周年を祝うアニバーサリーエディション(編集部撮り下ろし)
Introducing オメガ スピードマスター ムーンフェイズ メテオライトが登場
Introducing MB&F レガシー・マシン パーペチュアルとシーケンシャル フライバック “ロングホーン”で20周年の幕を開ける