ジェブデ・レジェピについて語るのは、もはや遅すぎるくらいかもしれない。あるいは、今こそがまさにその時なのだろう。最後に彼に話を聞いたのは2023年2月のこと。ちょうど、自身の名を冠したブランドと最初のモデルであるミニット・イネルテを発表したばかりだった。しかし当時は、時計そのものがまだレンダリングの段階にとどまっており、レジェピ自身、そしてその時計について多くの疑問が残っていた。文章だけでは、そのコンセプトを伝えるのも難しかったのである。
レジェピという姓はあまり耳なじみのあるものではないため、彼がパテック フィリップでの修業を経て、2015年に兄のレジェップ・レジェピ氏が率いるアクリヴィアに加わったと聞いても、驚くことではないだろう。しかしその後、7年が経ち、ジェブデは独自の道を歩む時が来たと感じた。そして、自身のブランドとミニット・イネルテを発表するに至ったのである。
多くの複雑な物事と同様に、そのコンセプトは一見すると驚くほどシンプルであった。スイスの鉄道時計の動きを再現する機械式腕時計をつくる。秒針が58秒で1周し、その後、分針と同期してカクンと前に動く、あの独特の挙動を再現するというものだ。
Video by Joe Wyatt
独立時計師を支持するコレクターたちのあいだで、大きな関心が寄せられた。しかし、その後しばらくは、ほとんど動きがなかった。2023年のGPHGに時計が提出されたものの、審査員の何人かは「動作していなかった」と私に話してくれた。実際に私が実物を見たのは昨年末になってからで、それまでは混乱もあって、時計はいまだに動いていないものだと思い込んでいた。キーレスワーク(リューズ機構)が時刻を設定できなかったからだ。しかしWatches&Wonders前にジュネーブでジェブデ氏に会った際、彼は「プロトタイプではあえてそのようにしている」と説明してくれた。あまりに多くの人が時計を触るため、余計な摩耗を避けたかったのだという。
ジェブデ・レジェピ氏
だからこの話は、いささか遅すぎると言えるかもしれない。だが同時に、レジェピ氏は今夏以降、ついに最初の数本を納品し始める予定であり、しかも今の若い独立系ブランドにしては珍しく、あえて完売を避ける姿勢をとっている。彼はこう語っていた。「本当に誠実なコレクターに出会ったとき、“在庫がないから譲れない”という状況にはしたくないんです」。そうした思いから、彼はいくつかの時計をあえて手元に残しているのだ。
それだけに、ミニット・イネルテがこれほどまでに素晴らしいというのは意外だった。正直、驚くほどの完成度だ。ここ数年、私は独立系ブランドにどっぷりとハマっているが、興奮しやすい性分のわりに、少し時間を置いて冷静になると、大抵のブランドには何かしらの弱点が見えてくる。ダイヤルの仕上がりがいまひとつだったり、価格が場当たり的に感じられたり、ムーブメントに物足りなさがあったり。たとえば仕上げ、複雑さ、優雅さ、あるいは“特別感”などが欠けていることも多い。
最近特に気になっているのはケースデザインだ。意外と見過ごされがちだが、若い時計師たちが見落としやすい部分でもある。だがジェブデ・レジェピの時計には、そうした“惜しいところ”が見当たらない。どこを取っても、狙いを外していないと感じさせられるのだ。
最近シーティングエリアに改装された彼のオフィスの壁を見れば、ジェブデ・レジェピが時計のデザインにおいて、隅々まで意識を巡らせていることがよくわかる。時計のデザインには、大きく分けてふたつのアプローチがあると私は考えている。ひとつはダイヤルから発想を始める方法、もうひとつはムーブメントから組み立てていく方法だ。
フランソワ-ポール・ジュルヌは前者の典型で、ダイヤルのコンセプトを起点に、それにふさわしいムーブメントを設計していく。それに対して、多くのブランド(大手も小規模も含めて)は、ダイヤルをあたかも後付けのように扱っているように見えることがある。ロゴのフォントや配置、インデックスの長さ、開口部の有無などが、どこか場当たり的に感じられるのだ。
だが、ミニット・イネルテにはそんな印象はまったくない。
私は基本的に、ダイヤルに開口部があるデザインにはあまり引かれない。多くの場合、いわゆる“オープンハート”のような印象を与えてしまい、初めて機械式時計を手にする人に向けて“これは機械で動いていますよ”とわかりやすく見せるための仕掛けに感じられるからだ。
ミニット・イネルテにおいては、トゥールビヨンやF.P.ジュルヌのクロノメーター・レゾナンスに見られるルモントワールのような派手な動きはないものの、この開口部を通して、時計全体に通底する建築的なインスピレーションを読み取ることができる。レジェピ氏は建築への愛情から着想を得て、レンガ積みを思わせる独自の面取り仕上げを選んでいる(ゼニスのG.F.J.とは異なるアプローチだ)。ただし、このレンガ仕上げが唯一の建築的要素というわけではない。
段差をつけたダイヤルや、1時位置にあしらわれた唯一の数字“1”。これは、今後彼が製作を予定している全12本のうちの初作を象徴していることに加え、3時、6時、9時、12時のインデックスにも注目すべきディテールがある。これらのインデックスは、アーチ構造の頂部に据えられる「キーストーン(要石)」を模したデザインとなっており、6時位置のインデックスは秒針用のブリッジも兼ねている。
いずれも鏡面仕上げが施され、その精緻さには目を見張るものがある。そして、この建築的な美意識は、ムーブメント側にも余すことなく反映されている。
ブリッジの造形やセミシンメトリーなレイアウトを超えて、ミニット・イネルテのムーブメントが放つ美しさには、ただ魅了されるばかりだ。地板上のジュネーブストライプは幅広く、その表面には深く力強いアングラージュ(面取り)が施されている。とくに、大ぶりなテンプのそばにあるプレートやフィンガーブリッジの仕上げは、ひときわ印象的である。
その下層にはフロスト加工が施されたメインプレートが配され、キーストーン型ブリッジを含むすべての平面部分は、ブラックポリッシュで美しく磨き上げられている。
このムーブメントは、フランス的な優雅さとスイス的な精緻さ、両者の要素を融合したような仕上がりを見せるが、同時に、兄レジェップと同様に、ジェブデが対称性に強い美意識を持っていることも感じ取れる。完璧に整った構成のなかに、プレートに施された手彫りのエングレービングが、手仕事ならではの温もりをそっと添えている。それ以上は、言葉よりも写真がすべてを物語ってくれるはずだ。
そして、最後に触れておきたいのがケースだ。多くの時計師たちが見過ごしがちな要素でもある。今の独立系ブランドの著名なモデルをいくつか見比べてみてほしい。ケースの形状やラグのデザインに目を向けたとき、その多くが、マイクロブランドや量産モデルの世界にあふれる既視感のある意匠と大差ないことに気づくはずだ。ラウンドケースに、傾斜のついたラグ。表面はブラッシュ仕上げ、そこにほんのわずかな面取りを加える。そんな“定型”が、創造性の代わりに横行しているように見える。
だがレジェピ氏は違った。彼が選んだのは、ジョエル・ラプラスから手に入れたヴィンテージのエベル製懐中時計から着想を得た、プラチナケースである。
ケースのメイン部分は段差のある構造で、ベゼルは外側に向かって緩やかに盛り上がりながら傾斜し、そのままミドルケースへと滑らかにつながっている。ミドルケース自体はわずかに凹んだフォルムを描きながら、側面にまわると、まるでUFOのように先細っていく形状となっており、このディテールは横から見たときにはじめてその存在感を放つ。
側面から見ると、ラグも同様にこのケースの断面を切り取ったかのようなデザインになっており、段差のある構成をそのまま踏襲しながら、ケース本体に接続されるように切り落とされている。
レジェピ氏はこのデザインがどのように発展していったかを説明するため、目の前でスケッチを描いてみせてくれた。そのプロセスを紙の上で直接見ることができたのは、非常に興味深く、感銘を受ける体験だった。
いくつかのカラーで試行を重ねた結果、レジェピ氏は当初の計画を維持し、パステルブルーのダイヤルを備えたプラチナケース仕様を50本製作することに決めた。加えて、ここで紹介しているグリーンダイヤルのバージョンが10本追加される予定だ。さらに、最後の10本はまだ発表されていない新色で展開される見込みで、本人のInstagramではその一部がすでにほのめかされている。
また、スモールセコンドのスケールも改められる予定だ。現時点ではインダイヤルが60秒で区切られているが、実際の秒針は58秒で1回転する仕様のため、表示の整合性が取れていない。レジェピはこれを58秒スケールに合わせて調整し、経過時間がきちんと読み取れるようにするという。非常に巧みで、細部まで考え抜かれた変更だ。
とはいえ、それがこの時計の装着感や魅力の本質を左右するかといえば、そうではない。そうした仕様変更を超えて、この時計には一貫した魅力と完成度が備わっている。
ミニット・イネルテの装着感は驚くほど快適だ。ケースサイズは38mm×8.5mmと、現代的なプロポーションに寄せながらも決して大きすぎることはなく、全体的に伸びやかなシルエットが特徴的だ。そのフォルムは、パテック フィリップのRef.2497や2499に見られるヴィシェ製ケースを彷彿とさせる。
ラグもやや長めに設計されており、テーブルの上に時計を置いた際には、ケースバックがわずかに浮いているのがわかるほどだ。この構造が、装着時のフィット感に大きく貢献しており、ここ最近着けた中でも群を抜いて快適な時計のひとつである。
8万9000スイスフラン(約1560万円)という価格を考えれば、ミニット・イネルテはそれに見合う以上の価値をしっかりと備えている。そして、そのことはすでに多くの人々に認識されているようだ。サイモン・ブレットと並んで、ジェブデ・レジェピは最近、私が“紹介してくれないか”と最も多く声をかけられる人物になっている。
話題の記事
Auctions ジュネーブ、香港、ニューヨークで開催された春夏の時計オークションを通して得た6つの重要ポイント
Introducing ファーラーが、3つの新デザインでアクアコンプレッサーラインを刷新
Hands-On レイモンド・ウェイル ミレジム スモールセコンド 35mm “メンソール”