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Introducing パテック フィリップ キュビタス コレクション

パテック フィリップから25年ぶりに発表された新コレクション。


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これはオープンレター(公開状)ではない(そうすることもできるのだけど)、というのも私はパテック フィリップが大好きだからだ。本当に心からそう思っている。ほかの高級時計ブランドと比較するとき、私の目にはパテック フィリップが基準になるのだ。それは同ブランドがコレクターの求めるものを的確に提供しつつ、長年にわたって革新を続けてきたからである。自動巻き、永久カレンダー、クロノグラフ、リピーターなど、現代の複雑機構のほとんどは、パテック フィリップが重要な役割を果たしてきた歴史を持っている。そして現在のパテックの時計のなかには本当に素晴らしいものがある。実際、私は結婚式でもパテック フィリップの時計をつけていた。それが、私が考えるパテックというブランドの魅力なのだ。

 とはいえ、これはラブレターでもない。どのブランドも完璧ではなく、最近のパテックのいくつかの選択は、私が期待していたものや望んでいたものとは異なる部分もある。さぁ、ここから本題に入ろう。私は新コレクションを実際に見てきたばかりで、ティエリー・スターン氏とも直接この発表について話してきたので、久々にペンをとることにした。昔のように。

The Patek Philippe Cubitus Collection

 本日、2013年にパテック フィリップ グランド エキシビションが開催された地であるミュンヘンで、世界で最も重要な高級時計メーカーが25年ぶりに新コレクションを発表した。この物語は長くなる。話すべきことがたくさんあるからだ。少しお付き合い願いたい。コメント欄で「気に入らない」や「どうせ手に入らないから興味ない」といった意見を書く前に、ぜひ最後まで読んでいただければ幸いだ。


要点だけ:キュビタスコレクションのご紹介

 これが押さえておくべきポイントだ。キュビタスコレクションは3つのモデルで構成されており、うちふたつは時刻と日付表示のみ、ひとつは新しい複雑なビッグデイト機構を搭載している。分析や細かい解説に入る前に、まず事実を確認しよう。

Ref. 5821/1A – ステンレススティール製、グリーンダイヤル、時刻&日付表示

The Patek Philippe Cubitus Collection

Ref.5821Aの“A”はフランス語で鋼鉄を意味するacier、つまり英語でいうスティールを表している。

 まず、最も需要が高くなるであろうモデルから始めよう。Ref.5821Aだ。ここでの“A”はフランス語で鋼鉄を意味するacier、つまり英語でスティールを指す。ブレスレットはノーチラスそのままで、5811Gに採用されたマイクロアジャスタブルクラスプを備えている。また、新しいスクエアケースはノーチラスと同様の仕上げが施されている。具体的にはベゼルの平面部分、ケースの上部、ブレスレットのサイドリンクは縦方向にサテンブラッシュ仕上げ、ベゼルの面取り部分、ケースミドルの側面、ブレスレット中央のリンクはポリッシュ仕上げである。これによって、上から見ると控えめで落ち着いた印象であるのに対して、側面からは光と反射が遊ぶような視覚的効果が生まれる

 ケースの直径は45mm(ただし、このケースはラウンドではなくスクエアのため、従来のサイズ感はあてはまらない)で、厚さはわずか8.3mmだ! これはノーチラス 5811G(8.2mm)とほぼ同じ厚さであり、コレクション内で唯一残っているメンズスティールモデルのノーチラス 5712A(8.52mm)よりも薄い。

The Patek Philippe Cubitus Collection

 文字盤はオリーブグリーンで、横方向にエンボス加工されたリブ模様とサンバースト仕上げが施されている。時刻マーカーはホワイトゴールド(WG)製のバトン型。針も同じくWG製で、白い蓄光コーティングがされている。3時位置には日付表示窓があり、これもWG製である。このデザインは2021年4月に発表された伝説的なSS製ノーチラスの最終リファレンスである5711/1A-014(グリーンダイヤル)の限定モデルへのオマージュなのだ。

 キュビタス 5821Aには、Cal.26-330 S Cが搭載されている。このキャリバーは、2019年にノーチラスコレクションで初めて導入された26-330をベースにした新しいキャリバーで、現在は5811Gにのみ搭載されている。ただし、この新しいバージョンには少しおもしろい機能がある。それはストップセコンド機能だ。これはリューズを引くと秒針が停止するという機能で、時間を秒単位で正確に設定できるようになる。ヴィンテージ用語では、これをハックセコンドと呼び、時計に詳しい愛好家にはたまらないディテールだ。個人的にはこの機能が私のような、こういった細かい点にこだわる人たちへのちょっとしたイースターエッグだと感じている。

The Patek Philippe Cubitus Collection

 このキャリバーは212の部品で構成されており、そのひとつにはキュビタス専用の水平方向の装飾が施された22Kゴールド製ローターが備えられている。ムーブメントは4Hz、つまり2万8800振動/時で、パワーリザーブは最大45時間だ。

 また、噂されていたように交換可能なブレスレットではなく、一体型ブレスレットであることが重要なポイントだ。防水性能は30m。5821Aの価格は653万円(税込)で、販売は10月18日(金)から開始される。

Ref.5821/1AR – ステンレススティール&ローズゴールド、ブルーダイヤル、時刻&日付表示

The Patek Philippe Cubitus Collection

 キュビタスコレクションのふたつ目のモデルであるRef.5821/1ARは、先ほどのモデルと同じデザインだが、こちらはSSとローズゴールド(RG)のツートーンケースとブレスレットが特徴である。このモデルでは、ベゼル、リューズ、ブレスレットのセンターリンクがソリッドゴールドで、ダイヤルは深みのあるブルーとなっている。

Patek Cubitus

 価格は970万円(税込)で、 SSモデルと同様に10月18日(金)から正規販売店で購入可能だ。

Ref. 5822P – プラチナ製、ブルーダイヤル、瞬時送り式大型日付表示、曜日、ムーンフェイズ表示

 これこそ、みんなが話題にするモデルだ。実際、すでに多くの人がその存在を話題にしているが、まだ詳細を知らない方も多い。このモデルはパテック フィリップにとって完全に新しい複雑機構を備えており、12時位置にグランドデイト、さらに日付、曜日、ムーンフェイズを表示する。伝説的なCal.240(3940などに使用されている)をベースにしており、ノーチラス Ref.5712に最も近い構成である。7時位置にオフセンターのムーンフェイズと曜日表示があり、5時位置にスモールセコンドが配置されている。上部には5712のようなパワーリザーブインジケーターはないが、ここからがさらにおもしろくなる部分だ。

patek cubitus

 パテックにとって新しいタイプの表示機構となる瞬時送り式大型日付表示が搭載されている。この新しいムーブメント Cal.240 PS CI J LUは、なんと6つもの特許を取得しており、その大部分はグランドデイトのエネルギー管理に関連している。時計業界、特にスイス製を含めたすべてのブランドにおいて、この技術的偉業は過小評価されがちだ。

 これらの特許により、秒針がわずか18mm秒、つまりほぼ瞬時に飛び変わるジャンピングセコンドが実現されている。ふたつの数字はそれぞれ異なるディスクに表示されているが、同じ平面上にあり、ダイヤルのホワイトゴールド製の開口部内に完璧に揃うように大変な努力が注がれた。興味がある人のために特許を挙げると、接線ブレーキ、二重機能スプリング、二重機能スプリング機構、柔軟なプレート、柔軟なコネクタ、新しい種類のポジショニングシステムが含まれる。この新しいムーブメントの多くは、より複雑な永久カレンダーメカニズムであるRef.5236のインライン永久カレンダーに基づいて考案されたものだ。このカレンダーは単純なカレンダー機構ではあるが、それでも非常に複雑であり、353個の部品から構成され、年に5回の調整が必要となる。

patek cubitus

 Ref.5822Pの文字盤はブルーであり、Pはプラチナを意味する。ケース径は45mmのままで、厚さは9.6mmとなり、5712より約1mm厚くなったが、それでも比較的薄い。ジャンピングデイト機構のためにこの追加のスペースが必要なのは間違いない。新しいムーブメントの機能は、1日のどの時間でも調整が可能で(これは珍しい)、真夜中になると日付、曜日、ムーンフェイズが一斉に進む“カチッ”という満足感のあるクリック音が鳴る。

 この最も複雑なキュビタスは、ブレスレットではなく、ブルーのコンポジットストラップが装着されており、ファブリックパターンとクリーム色のコントラストステッチが施されている。これはおそらく、① 45mmのプラチナケースにプラチナ製のブレスレットを合わせると、日常的な使用にはあまりにも重すぎるからであり、② 市場の価格感覚に合わせるためでもあるだろう。そしてパテック愛好家にとって最もディープなポイントかもしれないが、このプラチナケースには初めてバゲットカットのダイヤモンドがベゼルに埋め込まれている。以前のプラチナ製パテックでは確かにダイヤモンドがケースやベゼルに埋め込まれていたが、バゲットカットではなかった。ティエリー、ちゃんと気づいているよ。

patek cubitus

 この時計は時刻・日付モデルとはまったく異なるキャリバーに基づいており、裏側には22Kゴールド製のマイクロローターが搭載されている。こちらもキュビタスコレクションのダイヤルモチーフへのオマージュとして水平仕上げが施されている。5822Pの価格は1399万円(税込)で、ほかのモデルと同様、10月18日(金)から販売される。ちなみに重さは95グラムだ。

 さて、事実はすべて揃ったので、少し振り返りながら、どうしてここに至ったのかを考えてみよう。3つの時計すべてが、ふたつのヒンジと4つのネジだけで密閉されるツーピース構造のケースを採用している。この設計はシンプルながらも高度な技術によって実現されており、デザインと機能性の両方において一貫性がある。


スティールにまつわるいくつもの物語、日々展開するサーガ、そして“スティール”がかつてと同じ意味を持たない理由

 キュビタスの詳細に入る前に、今のパテック フィリップの小売業者がどのような状況にあるのかを少し考えてみよう。ある意味では簡単だ。時計はほとんどの場合、自身で売ることができる。しかし一方で、毎日のように存在しないものを求められ、それが顧客や見込み客の間に大きな不満を引き起こしている。先週の「ハウス・オブ・クラフト」イベントでサイモン・ブレットと話した際、彼は聴衆に対して、彼のウェブサイトやメール、Instagram経由で1日に30件ほどクロノメーター アルティザンの割り当てを求めるリクエストがあると話していた。彼が年間で製作するのはわずか12本だ。誰にその12本が渡るのかをどう選ぶかと尋ねられた際、彼は「複数回の対面での打ち合わせ(理想的には)とお話することだ」と答え、彼の12本のクロノメーター アルティザンが適切なオーナーの元に行くことを自ら個人的に管理していると語った。

 この状況が、世界中のすべてのパテック フィリップの小売業者で同時に起こっていると想像してみて欲しい。パテック フィリップのスポーツウォッチ(広義には、スティールやゴールドのノーチラスやアクアノートのメンズモデル)の需要は驚異的だ。確かに二次市場での価格はピーク時より下がっているが、それが小売店での需要に影響を与えることはまったくない。たとえば、Ref.5167A、SS製の時刻・日付表示アクアノートの小売価格はおよそ392万円だが、二次市場ではその価格の2倍が平均的な販売価格となっている。そして多くの人々にとって最も重要なのは、投資価値が倍増することではなく、このような時計を所有することで得られる“ストリート・クレディビリティ(社会的信頼)”だ。この時計を持っていることは、“パテック フィリップの時計を理解している”、“裕福である”、さらには“誰もが欲しがる時計を手に入れられるだけのコネクションを持っている”というメッセージを発信することになるのだ。アクアノートやノーチラスはパテック フィリップの小売店で圧倒的に最もリクエストされる時計であり、それが実際に業務上の課題となっているほどだ。

patek cubitus

 正規販売店に話を聞いたところ、ある大手沿岸の小売業者は、週に平均50~100件ほどスポーツウォッチの問い合わせがあり、その多くは通りがかりの人や、その販売店との取引履歴がない人々からだと言っていた。なかにはフレンドリーで軽い感じのリクエストもあるが、そうでないものも多い。ある販売業者は暴徒化したり、割り当ての約束を得るまでは帰らないと主張する顧客に対して、週に最低でも2回は警備を呼ばなければならないと語っていた。

 いくつかの大手販売店に、たとえばメンズのアクアノートが1年にどれだけ割り当てられているかを尋ねたところ、5~10本程度という回答や、最大でも20本という返答があった。繰り返すが、これは1年間での数だ。つまりここに問題があることが分かるだろう。小売市場での供給がほとんどないにもかかわらず、需要は圧倒的に大きいのだ。

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 2019年、まだCOVID前の状況で、ジョー・トンプソンがパテック フィリップのスティールに対するティエリー・スターン氏の頑固さについて書いた記事がある。その記事のなかで、スターン氏がノーチラス、特にSS製モデルをブランドの顔にしないことに固執していると報じていた。トンプソンは、スターン氏の方針として「スティール製時計の生産を全体の25%から30%に制限すること」と述べており、スターン氏自身も「パテック フィリップが毎年生産すべきスティール時計の最大数はこれだと言い、それを守り続ける」と発言している。

 もし誰かが、パテック フィリップが製作する時計のうち3本に1本がSS製だと言ったら、少し違和感があるだろう。コレクターにとっては、少なくとも私にとっては10本に1本がSSという感覚だ。しかしこれはパテックのTwenty-4コレクションが主にSSで構成されており、コレクターのあいだではあまり話題にならないことが影響しているのだろう。

patek cubitus

 スターン氏はこの方針を行動に移した。

 それから2年も経たずに、5711Aは廃盤となった。完全に廃盤となり、SS製の時刻表示のみのノーチラスは、それから3年以上経っても復活していない。時刻・日付表示のノーチラスがコレクションに戻ったとき、それは5811G、つまりWG製として登場した。そしてそれは私の完全にインフォーマルで科学的根拠のない推測だが、5711A(グリーンティファニーブルーの特別モデルを除く)よりもはるかに希少で、入手困難である。時刻表示のみのノーチラスは、もはや存在しないに等しい。残っている数少ないSS製ノーチラスのリファレンス(5712、5726、5990)は、コレクションの世界が変わってしまった今となっては、ほとんど見かけることのない遺物と言っても過言ではない。前述の5167A(SS製の時刻・日付表示アクアノート)はまだカタログに残っているが、同様の時計が貴金属で展開されることも増え、たとえば5168G(WG製で、やや大きいアクアノート)がその一例だ。また、SS製のトラベルタイム アクアノート(Ref.5164A)が廃盤となった際、その後継として WG製のモデルが登場した。このことから、 SS製アクアノートがカタログに残る時間も限られているのではないかと考えざるを得ない。そして今日発表されたキュビタス 5822の登場により、その時はもうすぐなのではないかと私は推測する。

現在のアクアノートコレクション全体で20モデルが存在しているが、そのなかでSS製のメンズモデルはわずかにふたつしかない。ウィメンズモデルを含めても合計5つだ。

 ご覧のとおり、パテック フィリップはSS製モデルだけでなく、ノーチラスやアクアノートコレクションからも徐々に距離を置こうとする取り組みを長期的かつ意図的に進めている。しかし、彼らはエントリーレベルの時計の必要性を認識している。2017年に行われたメイヤーとスターン氏のインタビューに戻り、ここからの抜粋を紹介しよう。

 ジョン・メイヤー: 32歳でパテック フィリップが大好きで、まだ所有していないが、いつかは手に入れたいと考えている人のことを考えている? “エントリーレベルという考え方は、あなたにとって重要だろうか?

私が最初に手にした時計はシンプルなもので、始めたばかりの人たちは5万ドルや10万ドルの時計を手に入れられるわけではないだろう。それはビジネスの観点から見れば、論理的ではないかもしれない。なぜなら10万ドルの時計を少数売るほうが、2万ドルの時計を売るよりも簡単だからだ。しかし、私はその点はまったく気にしていない。

– ティエリー・スターン、HODINKEEマガジンVol.1(2017)

自分自身の伝統を始める。おおよそ25年に1度

 パテック フィリップにとって、カジュアルでよりインフォーマルな時計、いわゆるエントリーレベルと解釈される時計のアイデアは決して新しいものではない。しかし今回のキュビタスの発表のように、その点を強調することはこれまであまり多くなかった。公式には今回のキュビタスは1999年のウィメンズモデルTwenty-4以来初の新しいラインとなるが、より重要なのは、その2年前に登場したアクアノートだ。アクアノートはノーチラスの直接的な後継であり、キュビタスと同様にノーチラスの系譜を受け継ぐモデルとして注目すべき存在だ。

“自分自身の伝統を始める”というフレーズは、1997年に初代アクアノートのマーケティングに使用されたキャッチコピーだ。

Image: courtesy of Ad Patina

 まず重要なのは、初代アクアノート(Ref.5060Aおよび5060J)が当初は“アクアノート”と呼ばれていなかったという点だ。実際にはノーチラスコレクションの一部として位置づけられていた。1997年に登場した5065Aも同様に、ノーチラスコレクションの一部だった(5060Aについてのジェームスの記事も参照)。当時の広告でもそれが確認できる。発売当初の価格は約8000ドルで、ラバーストラップが付属していた。ジョン・リアドン氏によると、この時計は初めから大ヒットとなった。

 「アクアノート Ref.5060Aが1996年に公開デビューした際、非常に大きな反響を呼んだ」とリアドン氏は語る。「価格は8000ドル未満に設定され、時計業界は初日からこのモデルを愛していた。アクアノートはもともと若く、スポーティな層をターゲットに販売される予定だったが、実際には誰もが欲しがり、適切な販売店とのコネクションを持つコレクターが最初に手に入れることができた。ジェンタの影響を受けたデザインコンセプトはすでに皆になじみ深く、時計はすぐに成功を収めた。特にイタリアの時計収集コミュニティがこの時計を真っ先に受け入れ、それがアクアノートを市場に大きく押し上げた」。

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1997年の『Europa Star』第224号からの切り抜きで、左側にノーチラス、右側にアクアノート5060Sが掲載されている。 © Europa Star

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パテック フィリップ アクアノート トラベルタイム 5164Aの SSモデル。

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パテック フィリップ アクアノート 5065A。

 マイケル・フリードマン(元オーデマ ピゲの複雑機構部門責任者)氏は、次のように回想している。

 「パテック フィリップは、80年代から90年代にかけて(3974、3939、5016など)、複雑機構に関して非常に多くのことを成し遂げてきました。そのため、より商業的に成功しやすいエントリーレベルのSS製時計に注力する動きは、多くの人にとって予想外でした。今日ではそれが明らかな戦略のように思えるかもしれませんが、当時のコレクターや専門家の多くは、高級時計ブランドがSS製の時計を軸に年々成長を続けるとは考えていなかったのです。そのため、アクアノートやその後のTwenty-4のようなモデルが登場したとき、理解するのに時間がかかりました。

 新しい顧客層やコレクションの開拓、会社の成長という観点から見れば、パテック フィリップは時代を先取りしており、のちに続く数十年の成功の基盤を築いたのです。しかし純粋主義者や複雑機構に焦点を当てたコレクターにとっては、このますます広がる製品ラインに適応するのには時間がかかりました」

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2015年、オークション「オンリー・ウォッチ」にて730万スイスフランで落札されたパテック フィリップ 5016のSSモデル。

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2011年、アンティコルムにて140万ユーロで落札されたパテック フィリップのSS製モデル、Ref.3939A。

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パテック フィリップ Twenty-4 Ref. 7300/1201R。

 ウィリアム・マッセナ氏はこう語っている。

 「コレクターの大多数はアクアノートを愛していたが、特にイタリア人は当時もなおテイストメーカーであった。少数派のコレクター(私も含めて)はこの時計をノーチラスの安っぽいバージョンと見なし、安っぽく見えるラバーストラップと奇妙にマッチしたダイヤルが気に入らなかった」

 確かに、アクアノートは本気のコレクターにとって日常使いできる楽しい時計として注目されたが、当時のパテック フィリップを語る上で主要な話題ではなかった。今日、ティエリー・スターン氏は私たちに直接、コレクターがアクアノートを当初から愛していた一方で、当時の業界誌はこれがパテック フィリップの終焉を意味するかもしれないと考えていたことを明かしてくれた。アクアノートはなじみ深く、受け入れられてはいたが、“初心者向けの時計”と見なされ、その需要は2010年代初頭まではほとんど目立たなかった。実際、当時は小売店でも容易に手に入れることができた。

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初期モデルのパテック フィリップ アクアノート 5065A。

 同じことはノーチラスにも当てはまる。1976年の発売当初、売れはしたものの大ヒットというわけではなかった。2007年に5711が登場するまでのあいだ、ノーチラスとアクアノートは、複雑機構モデルを購入する前の“通過点”として見なされていた。ショーケースに長く並び、しばしば値引き販売されていたのだ。10年以上前、パテック フィリップで働いていた友人のことを今でもよく覚えている。彼女の夫が時計を購入したいと思ったとき、マネージャーが社内販売で許可した唯一のモデルが5711Aだったというエピソードだ。余談だが。

 このセクションのポイントは、キュビタスの発表が1976年のノーチラスや1997年のアクアノートとどう位置づけられるか、その背景を提供することにある。キュビタスは、パテック フィリップのコレクターに響く、形状的でスポーティな時計を探求し続ける一連の流れの一部であり、その継続と言える。そして、おそらくキュビタスに対する反応も、ノーチラスやアクアノートが当初受けた反応と同様に賛否が分かれるものになるだろう。

patek cubitus

ティファニー ノーチラスとして知られるパテック フィリップ ノーチラス 5711は、限定170本の特別モデルだ。


ロイヤル オーク、ノーチラス、フィフティーシックス、CODE 11:59、そしてキュビタス

 ここで最近のいくつかの発表も触れておく価値があると思う。これらのモデルは、私の考えでは、キュビタスと非常に共通点がある。歴史的な初例として挙げられるのは70年代のオーデマ ピゲのロイヤル オークとパテック フィリップのノーチラスだが、近年では時計製造の御三家に名を連ねるパテック フィリップの同僚たちも、消費者層の平均年齢を下げ、新たな層をブランドに引き込むために、また、長年ブランドを象徴してきた歴史的モデルから離れるために同様の試みを行っている。

patek 3711G

パテック フィリップ ノーチラス 3711G。

 2018年、ヴァシュロン・コンスタンタンがフィフティーシックスコレクションを発表した際、時計コミュニティは大きな衝撃を受けた。この新しいエントリーレベルのコレクションは、当時1万1700ドルという低価格で提供されていた。その反応はアクアノートのときと似ており、“ヴァシュロン・コンスタンタンのようなブランドが、その価格帯でその品質の時計を作る必要はない”という意見が多かった。このサイトを含む“コメント欄”のフィードバックは、かなり否定的なものが目立った。

 しかし今日ではフィフティシックスはヴァシュロンの売上のかなりの部分を占めており、多くの長期顧客が最初に購入する時計となっている。また、フィフティーシックスのゴールドモデルも非常に人気が高く、よく売れている。つまりフィフティーシックスはその役割を見事に果たしたのだ。

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オーデマ ピゲのコード 11.59の発表コレクション。

 その翌年、オーデマ ピゲはCODE 11.59を発表し、その際には批判が相次ぎ、まさに“皮肉の祭典”ともいえる状況が生まれた。発表当初は、当時のCEOであるフランソワ・ベナミアス氏の辞任を求める声まで上がった。しかし現在ではCODE 11.59は、スターホイールやGPHG賞を受賞したRD#4といった、非常に人気のあるモデルを擁しており、AP史上最も複雑なモデルとしての地位を確立している。さらにコード 11.59は同社の売上の10%以上を占めるようになった。

 そしてパテック フィリップの象徴的な“決定的な一撃”を放つ発表が続くというわけだ。

patek cubitus

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル RD#4


実物を見てティエリー・スターン氏と話して感じたパテック フィリップ キュビタスの印象

SSケースにグリーンダイヤルを備えたキュビタスは、コレクターやおしゃれな人たちにとって際立つ存在となるだろう。

 私は先日、パテック フィリップのドイツにある現地法人を訪問し、NYT、ブルームバーグ、GQ、エスクァイア、ロブ・レポートのジャーナリストたちとともに、アメリカから招待された6名のうちのひとりとして、新作発表当日に時計を実物で見る機会を得た。テクニカルディレクターのフィリップ・バラ氏がコレクション全体を紹介し、その後ティエリー・スターン氏と対談してから、実際に時計を目にした。この時計が彼らにとって非常に重要であることがはっきりと感じられた。

 ティエリー氏は、まずふたつのことから始めたと話してくれた。最初は世界で販売されている時計の85%が丸型であるというシンプルな事実だ。彼はタグ・ホイヤーのモナコをクールだと思っているが、少し厚すぎると感じており、薄型のスクエアウォッチを作りたいと考えた。そしてもうひとつ、最初から決まっていたのが“キュビタス”という名前だった。この名前はこの時計が作られるよりも前から存在していたのだ。

 さらに彼は、最初にデザインしたのは実はドレスウォッチだったと明かしてくれたが、すぐにアクアノートやノーチラスのフィールドで勝負したいと考え直し、そこから試行錯誤を重ね、最終的にこの新しい若い顧客層をターゲットにした時計のファミリーにたどり着いたのだ。

3本のキュビタスが揃った!

 人生の多くのことと同様に、キュビタスファミリーは微妙なニュアンスがあり、リークされた広告では感じ取れないリアルな魅力がある。率直に言えば、パテック フィリップが広告で推しているモデルは、見た目としては最も魅力的ではないが、その一方で最も興味深い存在でもある。これは人生の多くのことにも言えることだろう。Ref.5821のふたつのモデルは、まさにスクエア版ノーチラスという感じが強い。そして、それは実際にそのとおりだが、それでいいと思う。というのも、5711Aは所有することが非常に満足感のある時計だったからだ。ティエリーが“ダンディなモデル”と呼ぶコンビモデルは楽しいが、個人的には金無垢バージョンもあればよかったと思う。もしコンビにするなら、SSとイエローゴールド(YG)の組み合わせが好みだが、それは個人的な嗜好に過ぎない。

 私にとって明確なスタンドアウトは、グリーンダイヤルの5821だ。おそらく誰もが狙うのはこのモデルになるだろう。グリーンダイヤルのノーチラスが短期間だけ登場した時と同じように。この時計は、まさに同じ色調のグリーンであり、ティエリーが特に愛しているカラーだ。

 5821と現行の5811を比較すると、まさに兄弟のように感じる。そして実際にそのとおりだ。しかし、もし何も知らなければ、5821はノーチラスと同時期に誕生したと思うかもしれない。実際には50年以上も後に誕生したにもかかわらずだ。ここで見てもらえば分かるように、45mmのキュビタスと41mmのノーチラスは、手に持った感じではほとんど同じサイズ感に見えるため、サイズを気にする必要はあまりないだろう。時刻・日付のリファレンスは、すでにパテック フィリップのファミリーの一部としてしっくりとなじんでいる感じがする。

 そして5822Pがある。これが明らかにキュビタスファミリーのハローピースであり、実際、スターン氏とバラ氏が私たちと会った際に身につけていたモデルでもある。プラチナ製で複雑機構を持ち、新しいムーブメントが搭載されている。ストラップの仕上げは実用的でキャリバーも非常に印象的だ。しかしここでの文字盤のレイアウトには真剣に考えるべき点があると思う。全体のシンメトリー、またはその欠如について特に気になるところだ。

 最も比較しやすいのは、コレクターに人気のある非対称な5712 ノーチラスだろう。しかしそれでも新しいキュビタスよりはバランスが取れているように見える。この時計では4時から8時にかけての4つの異なるサイズの時字が全体のバランスを崩しているのかもしれない。プラチナ製で複雑機構を搭載したパテック フィリップということで、多くの人が欲しがることは間違いないと思うが、特にこのモデルに関しては、もう少しディテールに注意を払うべきだったのではないかと感じる。それでもこのキャリバーに込められた技術的な努力にはもちろん敬意を表する。


パテック フィリップ キュビタスに関する総括

パテック フィリップ キュビタスに関するすべての情報を読んだところで、実際に私がどう思っているかをお話ししよう。

新しいキュビタスの気に入っている点

  1. 実際に手に取ってつけてみると、このコレクションはすでにパテック フィリップファミリーの一部だと感じられる。
  2. 期待どおり、素晴らしい文字盤、ムーブメント、ケース、そしてブレスレットの構造。
  3. コレクション全体で、文字盤や素材のトーン、選択が秀逸。
  4. 5821に搭載されたアップデートされたストップセコンド付きの自動巻きムーブメントや、5822に搭載された特許を多く含む革新的なキャリバーの使用。
  5. 製品の立ち上げに関わった人々から感じられる、真摯な誇り。これはいつも見られるわけではないが、本物であると感じると、その感情は伝染する。

新しいキュビタスの気に入らない点

  1. 価格設定。プラチナのカレンダーが1399万円、バイメタルが970万円、SSの5821が653万円(すべて税込)だ。私がこの情報を受け取る前、最も一般的なSSモデルの価格は450万円程度だと思っていた。しかし、実際には600万円台だった。SS製ノーチラスが最後に生産されたとき(グリーンダイヤル)、小売価格は401万5000円だった。それより前、スタンダードな5711Aの小売価格は300万円台中盤だった。インフレや需要と供給の問題もあるだろうが、この時計が600万円台の価値があるとは感じられなかった。ティエリー氏は500万円台を目指していたと言っていたが、その額ならば納得できる。しかし“6”で始まる価格は少し高すぎると感じた。同じSS製の現行のオーデマ ピゲのロイヤル オーク 15510と比較すると、約240万円高い。ブランド自体にその価値があるのかもしれないが、確信はない。
  2. 5822Pの文字盤デザイン。ムーブメントの複雑さは素晴らしいし、非対称性にも問題はないが、この文字盤のレイアウトにはもう少し時間をかけて仕上げるべきだったと思う。率直に言えば、フォーチュン誌の広告でこのモデルがリークされたとき、多くの人がこのモデルがコレクション全体に悪影響を与えるのではないかと思っただろう。
  3. 手動プッシャーの必要性。5822Pについてだが、ビッグデイトやその技術には敬意を払っている。しかし2024年にもなれば、手動で調整するプッシャーが不要な段階に達していることを期待していた。このような時計はツールを使わずにリューズだけでセットできるべきだと考える。だが、この時計では3つのプッシャーが必要だ。ムーブメントを厚くすることができれば実現可能だっただろうが、薄型を重視したためにそうならなかった。理解はしているが、パテックとしてこの価格帯なら、すべてリューズで完結して欲しかった。特に新しいムーブメントであることを考えるとそう感じる。
  4. 交換可能なストラップがない点。これは単なる噂に過ぎないが、この時計は幅広い魅力を持たせることが目的だとすれば、非常に簡単にできたはずだ。コレクション全体にコンポジット、ラバー、ブレスレットのオプションがあればよかった。オーヴァーシーズと似すぎているかもしれないが、それでもこの時計の多用途性を高める要素には間違いない。
  5. ムーブメントが形状に合わせられていない点。これらの新しいモデルを実際に見たとき、最初に思ったのは、パテックがキャリバーのベースプレートをスクエアに変更したかどうかだった。大したことではないし、実際には何も変わらないが、形状に合わせたムーブメントがケースに収まっていたら、より一層素晴らしかっただろう。

 なぜ私やほかの誰の意見も関係ないのか。

結局のところ、すべてのキュビタスは店頭に並んだ瞬間に売れてしまう。それが今の時代というものだ。

パテック フィリップと過ごした時間からのさらなる考察

 今日のティエリー・スターン氏との会話の大部分はキュビタスについてだったが、彼がさりげなく話した興味深い情報がいくつかあった。まず、キュビタスコレクションは2039年までのデザインがすでに完成しているということ。次に彼は30m以上の防水性能にはまったく関心がないと言っていた。ちなみに彼自身は実際にダイバーである。パテック フィリップは年間7万2000本の時計を製造しており、キュビタスが加わってもその数は今後も変わらないという。それにより、ほかのモデルの生産が少し抑えられることになるが、すでにその調整は行われており、誰もその違いに気づかないだろうとも語った。彼は小売店に対して、キュビタスを新しい若い顧客に割り当てるように求めるが、初年度は小売店のVIPに行き渡ることは理解している。ただ、1年目が過ぎれば手に入れることは可能になるだろうと考えている。

 そして何よりも重要なこととして、スターン氏の息子が今日出席しており、彼の指導のもとでこの重要な会社の経営を学び始めている。スターン氏は会社を息子たちに譲り、彼らが今後も長年にわたり経営していくことをためらいなく語った。もし彼がロレックスやLVMH、そのほかの企業に売却したいと考えれば、それは簡単にできるだろう。しかし彼の子供たちは時計とブランドを愛しており、会社は長期にわたって彼らの手に残るという。それは、時計愛好家にとって最高の知らせである。

 詳細はパテック フィリップの公式サイトへ。