ADVERTISEMENT
Photos by Mark Kauzlarich
過去9年間、ヴァシュロン・コンスタンタンは世界で最も複雑な時計を製造するメゾンという称号を堂々と守り続けてきた。そんななかヴァシュロン・コンスタンタンは、18Kホワイトゴールド製のビスポーク懐中時計“レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション”で、その記録を塗り替えたと発表した。この傑作は、63もの複雑機構、245石、2877点の部品、そして960g(なんと2ポンド以上)という驚異的な重量を誇る。厳密には、この時計は発表直前の2024年4月2日に正式に完成し、“世界で最も複雑な時計”の称号を得ることとなった。特別なご褒美として、私はこの特別なタイムピースをハンズオン(語弊があるが)する機会に恵まれたので、本記事で撮り下ろし画像などをお届けしたい。
この記事は、ここまでのWatches & Wonders関連の記事のなかで最も長文となるが、それでもなお、この時計の複雑さを十分に解説しているとは言い難い。ヴァシュロンが57の複雑機構を搭載したRef.57260を発表した際、3人のHODINKEEエディター陣は1本目、2本目、3本目と記事を続々と執筆。ヴァシュロンは前作に複雑機構を追加する代わりに、57260のユダヤ暦カレンダーを廃止し、驚くべきことに初の中国暦パーペチュアルカレンダーの発明を成し遂げた。いまのうちに言っておくと、この記事はすべてを網羅するものにはならないが、この時計に関する最後の記事にはならない。代わりに、私が得た主な見どころに触れることにしよう。今後数週間で私の個人的見解をさらに執筆しようと考えているが、少なくともバークレー・グランドコンプリケーションは、私が経験したことのないような、理解し難しい時計であることは確かだ。
Introducing: ヴァシュロン・コンスタンタン リファレンス57260と57個のコンプリケーション(これまでで最も複雑な時計)
時計そのものを掘り下げる前に、まず名前について説明しよう。57260とは異なり、この時計はヴァシュロンによって命名された。そうすることで、ヴァシュロンはこの時計の背後にいる顧客の正体を明らかにした。“バークレー・グランドコンプリケーション”という名は、この時計を依頼したW.R.バークレー・コーポレーションという保険事業の持株会社のオーナーで億万長者、ニューヨーク大学理事会会長でもあるW.R.バークレー氏に由来する。今日現在、バークレー氏はヴァシュロン 57260も所有していることから、世界第1位と第2位の複雑時計の所有者だということになる。彼はまた、1935年から2005年までの70年間、ヴァシュロンの最高傑作として名高い“ファルーク王”の懐中時計も所有している。この時計は57260の“姉妹機”とされ、ケースサイズ、素材、デザインは同じである。しかし、この名称はヘンリー・グレーブス スーパーコンプリケーション(パテック フィリップ)のように、時計史におけるバークレー氏の地位を誇示するために選ばれたことはほぼ間違いないが、それ以上に、なぜ彼が最終的にこれらの時計で自分の役割を展示することにしたのかについての情報はない。バークレー氏はインタビューに応じなかったが、もしご本人がこの記事をお読みなら、ご連絡いただきたい。
概要
バークレー・グランドコンプリケーションは、ヴァシュロンとレ・キャビノティエの3人の熟練時計師による11年にわたる研究開発の成果である。つまり、前作57260の完成を待たずして開発がスタートしたことになる。57260では10件以上の特許が申請されたが、手の内を明かすのが憚られるのか、ヴァシュロンはこの時計の特許をまだ申請していない。
だからといって、この時計に革新性が欠けているわけではない。57260について述べたように、新しいバークレー・グランドコンプリケーションは、形と機能の両面において、実質ミュージアムピースだ。直径90.8mm、厚さ50.55mmと、機能的な“懐中”時計としては扱いにくいサイズであり、代わりに陳列用の化粧箱に入っている。私はこの時計に触れることは許されなかったが、選ばれたプレス関係者、そしてこの時計を初めて目にするヴァシュロン・コンスタンタンのエグゼクティブチームのメンバーにお披露目された場に、私も居合わせていた。
このお披露目会は、私にとって不思議なほど感慨深いものだった。私はこのイベントに参加したこと以外、この時計と何の関係もないのだが、(比較的シンプルな)懐中時計に囲まれて育った者として、私をこの趣味に引き込んでくれた祖父のことを思い出さずにはいられなかった。祖父が生きていてくれたら、彼にこの時計について説明し、時計製造全体が成し遂げてきた偉業と、それがこの瞬間にどのようにつながったかを語り合えたのにと惜しまれる。確かに、この時計は巨大で高価で、おそらく個人のコレクションのなかに永遠に埋没してしまうだろう。しかし、この時計に心を奪われた束の間は、忘れ得ぬ思い出となった。
ほとんどのスーパーコンプリケーションやメガコンプリケーション(実に数本しか存在しない)と同様、この時計にはふたつの文字盤がある。主なコンプリケーションのカテゴリーは9つあり、この記事の最後にコンプリケーションの全リストを掲載しているので参照してほしい。時を告げる機能としては、表の12時位置のカウンターにレギュレータータイプの時、分、そして平均太陽時分針と秒針(6時位置のカウンター)としてユニークなレトログラードセコンドが配されている。レトログラード機構は、“秒”針が帰零するまでの時間をふたつのカムで補正する機構である。この時計は、視認可能な球状のヒゲゼンマイ付きトゥールビヨン調速機構によって調整されている。
もちろん、私たちの多くが日常的に使用しているグレゴリオ暦永久カレンダーも搭載している。天文カレンダーと天文表示については、天空図や日の出/日の入り時刻を含め、すべてが中国・上海に合わせて調整されている。ほとんどのタイミングを計る用途には扱いにくいかもしれないが、3つのコラムホイール、5分の1秒スプリットセコンドクロノグラフも備えている。
当然のことながら、チャイム機能も素晴らしい。アラームは、ボウを4分の1回転させると現れる隠しリューズを使って巻き上げ、設定することができる。この時計は、ゴングとハンマーによるアラーム、またはカリヨン型アラームとして機能する。リピーター機能には、5つのゴングと5つのハンマーによるカリヨン式ウェストミンスター・チャイム機能、グランプチソヌリ、ミニッツリピーター、夜間のサイレントモード機能(バークレー氏が指定した22時から8時まで)が備わっている。
この時計は、仕上げと最終的な再構築のために分解される前に、ムーブメントをテストするための最初の組み立てを含め、完成に12カ月を要した。これらの複雑機構の多くは57260と類似しているが、地域を特定した複雑機構は先代と大きく異なる点だ。この時計が中国特有の複雑機構を多く搭載していると最初に聞いたとき、私はヴァシュロン・コンスタンタンやほかの多くのブランドにとってここ数年好調な市場の顧客に向けたものだろうと思った。実際、2023年秋に発表されたレ・キャビノティエは、アジア市場をターゲットにしているように思えるからだ。実際には、バークリー氏にとっては個人的なつながりは薄く、新しいグランドコンプリケーションの最大の功績を考えた際に恰好のネタとなったようだ。
中国暦カレンダーを理解する
ヴァシュロンの偉業を理解するためには、まず歴史を振り返り、(私のような)多くの読者にあまりなじみがないと思われる中国暦という、時を告げる仕組みを理解する必要がある。パルミジャーニ・フルリエ トンダ PF シャアリイ(Xiali) カレンダーに関する記事を執筆したとき、この暦について少し勉強しようと試みたが、学んだことのほとんどは大雑把なもので、すぐに忘れてしまった。しかし擬似中国暦のトンダPFとは異なり、本格的な機能を実装するにあたり、ヴァシュロンがどのような問題に直面したかを知ることが重要である。
計時の歴史と切っても切り離せないのが星の観察である。ほぼすべての主要な文化は、天体のインスピレーションをその計時の必要性に適応させる独自の方法を見出し、その多くが今日でも私たちの暦に受け継がれている。このサイズと複雑さを持つ時計では、時刻を知ることはあまり重要なことではない(ただし、クロノグラフ作動中でも、日差±2秒の高い精度を維持する)。むしろこの時計は時間や歴史という壮大な概念における位置づけ、そして人類が過去、現在、未来をどのように見てきたかを形作ってきた歴史とのつながりを象徴しているのである。
ウィリアム・バークリー氏は、このような探究心にあふれた人物のようだ。2006年、彼はジョージタウン大学に資金を寄付し、宗教、倫理、公共生活の学際的研究に特化したバークレー宗教平和世界問題センターを設立した。グレゴリオ暦、ISO 8601永久カレンダー、太陽表示、恒星時、天空図などに加え、Ref.57260は、時計として初めてヘブライ暦パーペチュアルカレンダーを組み込んだ。
今回、バークレー氏はヴァシュロンに、さらに難易度の高い複雑機構の開発を依頼した。彼らはもうひとつの“太陰太陽暦”カレンダー、つまり、私が長いあいだ、時計で実現するのは不可能だろうと思っていた中国暦パーペチュアルカレンダーに取り組んだのだ。ヘブライ暦やほかの多くのアジア暦(そして過去の古代暦)と同様、中国暦はメトン周期に似ている(編注:中国暦では章と称する)。アテネのメトンは、太陰周期と太陽周期の長さの不一致により、両者が19年に一度しか同期しない(編注:同じ月日に月齢が等しくなる)ことに気づいた。
中国の太陰暦の月は、山東半島と杭州市を通る東経120度子午線上で計算される新月の日に始まる。平均的な太陰暦の周期は29.53日だが、中国の暦では1カ月に29日または30日を使用するため、太陽暦より11日短い暦となる。これを調整するため、中国の暦では2~3年ごとに13番目のうるう月を入れ、19年間のメトン周期のあいだに合計7回のうるう月を入れる。この月が含まれるかどうかによって、中国の1年は353日、354日、355日となり、うるう年は383日、384日、385日となる。これらすべての調整を考慮した機械的な暦を作るのがいかに難しいか、おわかりいただけるだろう。しかし、それだけではない。
中国の太陽暦は真の太陽年(あるいは回帰年)であり、地図上の同じ地点で計算され、ふたつの夏至のあいだで計測される。この暦は、地球上で観測される太陽の通り道を15°ずつ24の周期に分けたものである。各期間はJie(節)とQi(気)と呼ばれ、約15日間続くが、その平均的な期間はグレゴリオ暦に近い。
次に十二宮だが、こちらは西洋人にとってなじみ深いものだ。中国暦では、10本の天干と12本の地支というふたつの干支の組み合わせによって、合計60とおりの組み合わせが可能である。天干は木、火、土、金、水の五行に由来し、陰と陽という女性的な極性と男性的な極性がある。地支は、鼠、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の12支に対応している。
中国人は何千年ものあいだその暦を改良してきたが、その不規則性の高さから、この暦を時計で機械的に表現する(しかも頻繁な調整を必要としない)ことは不可能に思えた。
中国暦パーペチュアルカレンダー
この偉業を達成するため、ヴァシュロンの時計師たちは、前述のすべての不規則性に従い、2200年まで正確なカレンダーをプログラムする方法を決定するために、いくつかのアルゴリズムを編み出すことから着手した。その結果、ムーブメントの表側に追加されたふたつの機構のうちひとつのカムと歯車を制御する3つの機械的な“頭脳”が生み出された。広い視点で見ると、それぞれがカレンダーの構成要素である月、太陽のサイクル、そしてメトン周期(3時位置のカウンターで表示)のいずれかを担っている。
中国暦での自分の位置を知るには、まず11時位置の開口部でその年が“通常年”なのか“(太陰暦での)うるう年”(月が増える)なのかを調べ、次にその月が短月なのか長月なのかを判断する(文字盤の6時位置にある固定新年ディスクの12時位置にある開口部)。漢字による表示では、6時位置のインダイヤルにポインターデイト表示、8時位置に曜日、4時位置に月表示用の開口部が配される。
ヴァシュロン・コンスタンタンは、陰陽の極性を持つ十干と、その日に関連する五行のジャンピング表示を文字盤の9時位置に置いた。3時位置のインダイヤルには、ダブルアワーに関連する12の地支(十二支)が表示されている(各日は11時位置から始まる12×2時間に細分化される)。12時位置の時表示とムーンフェイズ表示(1027年に1日の誤差)のすぐ下の開口部には干支の動物のシルエットが描かれ、十干と照らし合わせて60年周期の千干を知ることができる。大事なことを言い忘れていたが、時計師たちは旧正月(1月20日から2月21日に移動)の正確な日付をディスクで表示するようデザインした。
これらの中国暦パーペチュアルカレンダーの表示はすべて、ヴァシュロン・コンスタンタンが “フロント”と呼ぶ部分に表示されるが、時計職人たちは、中国の農業暦である農暦の二十四節気、月齢、季節、夏至、冬至を“ケースバック”側の表示にすべて盛り込んだ。
これは至難の業であり、私はムーブメントの画像や図をもっと手に入れたいと思っている。ヴァシュロンは、ムーブメントは完璧に仕上げられていると約束しており(悲しいことに、両面文字盤の裏側にあるムーブメントを眺めることはできないが)、私はそれを信じている。ともあれ、バークリー氏のコレクションに埋もれて2度と見ることができなくなる前に、この時計を実際に見ることができてうれしかった。バークレー・グランドコンプリケーションのお披露目会で撮影した動画で、さらに詳しい感想や実際に手にした印象をお伝えする予定だ。とりあえず、画像を見て、それぞれの複雑機構をじっくり観察してみてほしい。
複雑機構、その1から63まで
記録的な複雑機構を搭載した63の機能について、興味をお持ちの方もいることだろう。ここでは、簡単に説明するために、機能の種類別に以下にリストアップすることにする。
時間計測(計9つ):1.レギュレーター式時・分・秒(平均太陽時)/2.平均太陽時レトログラード秒表示/3.基準都市のデイナイト表示/4.視認可能な球体ヒゲゼンマイ付きトゥールビヨン調速機構/5.球体トゥールビヨン/6.24都市のワールドタイム表示/7.セカンドタイムゾーンの時・分表示(12時間表示)/8.第2時間帯のデイナイト表示/9.北半球または南半球の第2時間帯を表示する機構
グレゴリオ暦パーペチュアルカレンダー(全7種類):10.グレゴリオ暦パーペチュアルカレンダー/11.グレゴリオ暦曜日/12.グレゴリオ歴月/13.グレゴリオ暦レトログラード式デイト表示/14.うるう年表示と4年周期/15.曜日数(ISO 8601暦)/16.年内の週番号の表示(ISO 8601暦)
中国暦パーペチュアルカレンダー(全11種類):17.中国暦パーペチュアルカレンダー/18.中国暦の曜日番号/19.中国暦の月名/20.中国暦の日付表示/21.干支/22.五行と十干/23.6つのエネルギーと十二支/24.年の状態(平年または塞年)/25.月の状態(大小)/26.19年メトン周期のなかのゴールデンナンバーの表示/27.グレゴリオ暦における旧正月の日付の表示
中国農暦パーペチュアルカレンダー(計ふたつ):28./中国農暦パーペチュアルカレンダー/29.太陽針による季節・分点・至点の表示。
天文暦(全9種):30.天空図(上海で調整)/31.恒星時/32.恒星分/33.日の出時刻(上海で調整)/34.日没時刻(上海で調整)35.均時差(真太陽時と平均太陽時の差)/36.1日の長さ(上海で調整)/37.夜の長さ(上海で調整)/38.月の満ち欠けと月齢、1027年ごとに1回修正。
スプリットセコンド・クロノグラフ(計4つ):39.5分の1秒クロノグラフ(1コラムホイール)/40.5分の1秒スプリットセコンドクロノグラフ(1コラムホイール)/41.12時間積算計(1コラムホイール)/42.60分積算計
アラーム(計7つ):43.シングルゴングとハンマーによるプログレッシブアラーム/44.ストライク/サイレンスインジケーター/45.通常のアラームまたはカリヨン式アラーム表示/46.カリヨン式ストライキング機構に連結されたアラーム機構/47.グランドソヌリまたはプチソヌリを選択できるアラーム音/48.アラームパワーリザーブ表示/49.完全に巻き上げると、アラーム香箱が解除されるシステム
カリヨン式ウェストミンスター(全8種):50.5つのゴングと5つのハンマーによるカリヨン式ウェストミンスター・チャイム/51.グランドソヌリ・パッシング・ストライク/52.プチソヌリ・パッシング・ストライク/53.ミニッツ・リピーター/54.サイレントモード機能(22時~8時のあいだをオーナーが選択)/55.完全に巻き上げると香箱の噛み合わせが解除される仕組み/56.グランドソヌリまたはプチソヌリモードの表示/57.サイレンス/ストライキング/ナイトモードの表示
追加機能(計6つ):58.駆動輪列のパワーリザーブ表示/59.リピーター用パワーリザーブ表示/60.リューズ位置表示/61.ツインバレル用巻上げ機構/62.ふたつの位置とふたつの方向性を持つ手動セット機構/63.アラーム機構用の隠しフラッシュフィット巻上げリューズ
ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ザ・バークレー・グランドコンプリケーション、Ref.9901C/000G-B472。直径90.8mm、厚さ50.55mmの18KWG製両面文字盤を備えた懐中時計。シルバーオパライン文字盤、31本の針、上記の63の機能を9枚のディスクで表示。手巻きムーブメントのCal.3752搭載、直径72mm×厚さ36mm、1万8000振動/時、クロノグラフ作動時日差±2秒、245石、部品2877点、パワーリザーブ約60時間。総重量960g。特注品のため価格は不明。
話題の記事
Business News LVMH、F1との10年間にわたるパートナーシップを発表
Introducing 国産初の腕時計にオマージュを捧げた、ポータークラシックとセイコー プレザージュのコラボモデル
Hands-On ノモス グラスヒュッテが新ムーブメント搭載のタンジェント 2デイトを発表