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Breaking News 復活! ユニバーサル・ジュネーブが、ブライトリングと同じオーナーシップでリスタート

ブライトリングとパートナーズグループは、歴史ある時計ブランドを買収し、“目の前の課題と、我々が守るべき深遠なる遺産を十分に認識した上で”再出発するとしている。

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 過去10数年のあいだに、1度消滅した時計ブランドの多くが再スタートを切ったが、そのなかでも特に“白鯨”、つまり多くの人がそれを渇望し続けたブランドが、ユニバーサル・ジュネーブである。今日、ユニバーサル・ジュネーブが生まれ変わり、長年夢見てきた復活が現実のものとなった。ブライトリングのオーナーグループであるパートナーズグループは、1989年以来ユニバーサル・ジュネーブを所有してきた香港の持ち株会社ステラックス・ホールディングスからの買収を発表した。

 ブライトリングのCEOであるジョージ・カーン氏は「我々は興奮するともに、目の前にある課題と、我々が守るべき深遠なる遺産を十分に認識している」と語った。

 「ユニバーサル・ジュネーブは、かつて時計界のクチュリエと称され、自社製ムーブメントと神話的モデルで名を馳せました。同ブランドは時計愛好家が完璧な復活を夢見ていたブランドなのです」と、パートナーズグループの共同創立者であり、ブライトリングの取締役会会長であるアルフレッド・ガンター氏は付け加えた。パートナーズグループはチューリッヒに本社を置く民間投資会社で、ブライトリングの筆頭株主でもある。 ブライトリングの所有権が最初に変わったのは2017年で、シュナイダー家が株式の過半数をCVCキャピタル・パートナーズに売却した。 2022年、パートナーズグループはブライトリングへの出資比率を高めて同ブランドの筆頭株主となり、ブルームバーグの報道によると、その評価額は45億ドルとなった。当時、ブライトリングは2027年にスイス証券取引所に上場する計画があると報じられていた。

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 ユニバーサル・ジュネーブの歴史は、1894年にスイスのル・ロックルでユニバーサルウォッチとして創業したことに始まる。間もなくジュネーブに支店を開設し、1930年代に正式にユニバーサル・ジュネーブと改称。その頃には、コンパックスコレクションに代表されるクロノグラフで業界をリードするブランドとなっていた。1940年代にはアメリカのパテック フィリップの代理店であったアンリ・スターン・ウォッチ・エージェンシーがユニバーサル・ジュネーブの販売を開始し、ブランドの品質の高さを証明。1950年代から60年代にかけて、ユニバーサル・ジュネーブは時計の最先端を走り続けた。そしてマイクロローター自動巻きムーブメントを発表し、1954年には前途有望な若手デザイナーであったジェラルド・ジェンタの最初のデザインのひとつである、ポールルーター(旧ポラールーター)を発表した。

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 しかし、他の多くのスイス時計ブランドと同様、いわゆるクォーツ危機は、この誇り高きマニュファクチュールの最終的な崩壊を告げるものとなった。ユニバーサル・ジュネーブはブローバと提携し、クォーツを追求する前に音叉技術を使い始めたが、1970年代と80年代のユニバーサル・ジュネーブは、かつてロレックスやホイヤーなどと競合する時計を製造していたブランドとはかけ離れたものだった。

 1989年、香港の投資持株会社ステラックス・ホールディングスがユニバーサル・ジュネーブを買収。それ以来、1994年のブランド創立100周年記念、そして2005年の再デビューと、何度か不運な再デビューを試みてきた。ブランドは現在も時計を製造しているが、1940年代から1960年代の黄金期の時計とは似ても似つかない。それでもコレクターたちは長年にわたってユニバーサル・ジュネーブに対する関心を保ち続け、フォーラムやソーシャルメディア、そしてもちろんこのサイトを通じて、ヴィンテージブランドに対する研究、学識、熱意を分かち合ってきた。

 実業家や愛好家がユニバーサル・ジュネーブを買収しようとしているという噂は、何年ものあいだ、たびたび流れていた。こうした噂はたいていステラックスが現状に満足し、売却する気がないことを示唆するものだった。そして今、ジョージ・カーンCEO率いるブライトリングの首脳陣は、スイス時計業界で最も期待されているブランドの復活を担当することになったのである。

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ユニバーサル・ジュネーブのバックカタログには、ジェラルド・ジェンタの初期デザインのひとつである“ポールルーター”のようなアイコニックウォッチがある。

 カーン氏の経験は貴重なものとなるはずだ。2017年にブライトリングの指揮を執って以来、売上は急増し、現在では売上高でスイスの10大ブランドのひとつとなっている。モルガン・スタンレーによると、2022年には売上高が10億ドルに迫り、前年比で約40%増加したといわれている。ブライトリングの成功は、製品ラインの簡素化、より控えめなサイズの時計の製造、歴史的に重要なモデルへの注力に起因する。このマーケティングと美的センスの一新は、マニュファクチュールキャリバーB01クロノグラフのような開発で示される、ブライトリングの継続的な技術革新によって補完されている。彼はユニバーサル・ジュネーブのリニューアルにも同様の方式を採用するつもりだ。

 「これほど豊かなストーリーを持つブランドを再建することは、すぐにできることではありません。ブライトリングとユニバーサル・ジュネーブが別々のメゾンとして運営できるよう、専門のチームを発足させる予定です」とカーン氏は語った。

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“ニーナ・リント”コンパックスは、ユニバーサル・ジュネーブにおけるもうひとつのクラシッククロノグラフだ。

 ユニバーサル・ジュネーブのバックカタログには、愛好家に愛されたモデルが数多く掲載されている。1940年代のトリコンパックスから、1950年代と60年代のポールルーター、60年代のスポーティな“ニーナ・リント”や“エリック・クラプトン”まで、それぞれに愛用者のコミュニティがある。個人的には、これらは私のお気に入りのヴィンテージウォッチだ。どういうわけか、私は横のドアから時計の世界に忍び込み、ポール・ニューマンが何であるかを知る前にニーナ・リント コンパックスが何であるかを知ることとなった。

 ユニバーサル・ジュネーブの適切な復活は、パートナーズグループとブライトリングにとって大きなチャンスである。そのヴィンテージウォッチは、ロレックス、オメガ、ホイヤー、ブライトリングと並び、時計製造の黄金期であるミッドセンチュリー期を代表する最高の時計として語られているからだ。

  新オーナーはユニバーサル・ジュネーブの重要性と歴史を理解しているようで、ミッドセンチュリーのデザイン、自社製キャリバー、革新の歴史について言及している。このブランドの復活には、こうした歴史のすべてを活用し、スイスの時計製造における偉大な名声を復活させる計画があると聞いている。

 私たちは、ブライトリングがユニバーサル・ジュネーブの復活のために何を用意しているのか、楽しみにしている。とりあえず、今のところはその名が復活したことだけでも素晴らしいことだ。