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Second Opinions 最近のレディースウォッチでは満足できない。ヴィンテージのオメガが、その可能性を示す

オメガのデ・ヴィルが次々と発表したレディースウォッチのデザインは、1970年代から80年代にかけて新たな高みに到達した。その理由と、ウォッチメーカーが今日そこから学べることをご紹介しよう。

本稿は2022年11月に執筆された本国版の翻訳です。

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1984年、オメガはデ・ヴィル テニスという時計を発表した。18Kイエローゴールド製で、ケースはテニスラケットのような形をしていた。シャンパンカラーダイヤルとベゼルにダイヤモンドをあしらった、スポーティかつ非常にグラマラスなモデルだ。また、テニス・モントレ・エ・ビジュ セットの一部として、全面にダイヤモンドのパヴェが施されたモデルもあった。さらに、1986年には宝石のないツートンカラーのバージョンも発表されている。

De Ville Tennis

デ・ヴィル テニス。

 そしてデ・ヴィル シンボルが登場した。ツートンカラーの32mm径ケースで、ダイヤルには陰陽のシンボルが描かれていた。まるで『ホーリー・マウンテン(原題:The Holy Mountain)』のセットから盗まれたような、あるいはラム・ダス(Ram Dass)の瞑想リトリートのロゴのような、サイケデリックなお守りみたいだった。ムーブメントはクォーツだったが、そんなことはほとんど気にならないほど、デザインが素晴らしかった。

Omega Symbol Watch

デ・ヴィル シンボル。

 これらの時計はともに、私が女性用ウォッチデザインにおけるひとつの頂点だと思うもの(機械式ではないにせよ)を象徴している。デ・ヴィルは1967年にシーマスターのカテゴリーから脱却し、独自のファミリーを形成した。グルーヴィーで実験的な時計デザインがここから始まったのだ。1970年代から80年代にかけて、デ・ヴィルはその本領を発揮する。そして、私の見解ではそれ以来、デ・ヴィルの右に出る時計は存在していない。

 とても残念なことだ。

 業界全体としては、女性用時計のデザインはまだ後回しにされている感がある。私たちには“選択肢”が与えられているが、それはたいていあまりエキサイティングなものではなく、また限られた枠のなかにしか存在しない。たとえば、サイズを小さくしてピンクにするという方法もある。マザー・オブ・パールのダイヤルの可憐なクォーツウォッチを選ぶこともでき、ブルガリのセルペンティ セドゥットーリ トゥールビヨンのようなハイジュエリーや、ヴァシュロン・コンスタンタンのトラディショナル・パーペチュアルカレンダー・ウルトラシンのような高級時計を買うこともできる。

 現在のユニセックスのトレンドは素晴らしいが、ある意味では女性が“男性用腕時計”を身につける機会を与えられているように思える。多くのメンズウォッチは、女性はおろか、ほとんどの男性にとっても大きすぎる。小さな時計にも、大きな時計と同じような配慮とイマジネーションを働かせたらどうだろう。これはそんなに難しいことだろうか?

 パテック フィリップが最近発表したレインボーのアクアノート・ルーチェに対して、ある投稿者がコメントで釘を刺していた。「カタログのなかに“女性向け”の商品があるだけでは十分ではない。実際に女性消費者を興奮させ、話題を呼ぶような作品でなければならないと思う。そのいい例が、昨年発表されたオーデマ ピゲ ロイヤル オークの34mmセラミックモデルで、久しぶりに女性消費者に焦点を当てた真にエキサイティングなリリースだった」。私はこの意見に10点満点をつけたい。

 オメガは、この問題を解決し得る唯一の存在である。オメガには女性用時計に関する非常に豊かな歴史がある。アンドリュー・グリマ(Andrew Grima)とジルベール・アルベール(Gilbert Albert)はともに前衛的なジュエリーデザイナーであり、70年代の女性用時計デザインのトレンドを生み出し、オメガのために時計を製作していた。グリマの悪名高いアバウト タイムコレクションは、大胆で、彫塑的で、格調高いものだった(何しろ彼は英国女王のためにジュエリーを作っていたのだから)。時計は彼のジュエリーと同じように、質感のあるゴールドに大きな半貴石をあしらった抽象的なフォルムで、有機的な雰囲気を醸し出していた。これらのデザインは時代を先取りしたもので、一流のジュエリーデザイナーと大手スイス時計ブランドとのコラボレーションの賜物であった。

Grima's De Ville Emerald

アンドリュー・グリマによるデ・ヴィル エメラルド。

Gilbert Albert De Ville

ジルベール・アルベールによるデ・ヴィル マイユ・ドール

 2022年初め、オメガの「Her Time 宝物のような時間たち」という巡回展示を見学した。この展示では19世紀までさかのぼり、女性用腕時計を美しく、心を込めてキュレーションしていた。エナメルのポケットウォッチから、1918年に製造されたマルグリット(18Kのソリッドゴールドにダイヤモンドと花のモチーフがあしらわれ、伸縮可能なブレスレットにセットされていた)、1955年のレディマティック(21mm径ケースの自動巻き腕時計で、クロノメーター認定を受けた自動巻きキャリバーとしては世界最小のローターを搭載していた)に至るまで、さまざまなモデルが紹介されていた。ダイヤモンドやルビーをあしらった秘蔵のジュエリーウォッチもあった。そのアグレッシブなデザインに目を奪われる、トリニダードという三角形の時計もあった。それは銀色に輝き、硬質で、スペースエイジのバーバレラ(フランスのSFコミック、『Barbarella』の登場人物)のようだった。

 対照的に、オメガ デ・ヴィル プレステージの最新コレクションは、シンプルなラウンド型のドレスウォッチだ。全体がイエローゴールドのものもあれば(これは加点ポイントだ)、ステンレススティールとのツートンになったものもある。小さいサイズは、カルティエのパンテールみたいにキュートで気楽だ。イエローゴールドのプレステージ(27.4mm径)だったら、手首にゆったりと巻いて、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)のようにクールにキメたい。グリーンのアリゲーターストラップが付いた27.4mm径のツートンカラーも魅力的だ。特にダークグリーンのストラップは、ゴールドのベゼルを完璧に引き立てる(オメガはこの色のコンビを完璧に理解しているようだ)。マザー・オブ・パールのダイヤルは、なくてもいいかな。

De Ville watch
De Ville watch

 総じて、私はこれらの時計についてまったく申し分ないと評する。しかし、「Her Time 宝物のような時間たち」展で見られたような、先進的なビジョンや奔放さには欠けている。どのブランドから出てきてもおかしくない。個人的には、オメガらしさをもっと強調して欲しい。

 コレクターとして、そしてファンとして私が切望するのは、過去のデ・ヴィルのスタイルへの回帰ではなく、デ・ヴィルの精神への回帰である。解放し、試み、楽しむという精神だ。70年代や80年代のデ・ヴィルから感じられるのは、女性たちが目が肥えたセンスと個性的なスタイルを持っていたという事実だ。展示会場を歩きながら、私はそれを痛感した。展示されている作品のどれもが、私の“あとで記事にしなければならない時計”のメモリーバンクに保存すべき、新たな宝物のピースだったのだ。

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 多くの女性コレクターが現代的な時計よりもヴィンテージウォッチを好むのは、近代的なブランドのほとんどが新しいものを生み出そうとしないからだ。デザイナーが、女性用の時計にも男性用の時計と同じくらい投資する世界を想像してみてほしい。現在の常識からはかけ離れすぎていて、およそ考えられないことだ。

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 これは文字どおり、どのブランドでも実現できることだ。しかし、女性用時計にほかのブランドよりも多くのリソースを割いているオメガに限っても、男性にはクラシックなスピードマスターやシーマスターがあり、さらに月面着陸記念やジェームズ・ボンド(James Bond)、アメリカズカップなどを祝う新作が絶えず発表されている。しかし、それに相当するものが女性向けにはほとんどない。

 この業界全体に言えることだが、私はもっと内面的にも外面的にも興味深い新世代の小型時計(女性的な呼称が必要なら、それはそれで構わない)を見てみたい。クォーツをやめて、しかるべき機械式ムーブメントで販売して欲しい。アヴァンギャルドなジュエリー・デザイナーを呼び戻してもらいたい。あるいはファッションデザイナーだったらどうだろうか? これまでの通説では、この種の時計製造には“市場がない”とされてきた。誰もやっていないのに、どうしてわかるというのだろう?

 今のやり方はインスピレーションに欠けているばかりか、私から見て本質的でもない。根拠の薄い思い込みに依存している。それは惰性となって続いていく。美しくも魅力的で、クールで優れたデザインの製品さえ作れば、性別を問わずあらゆる人々がそれを買い求め、愛し、象徴的な存在となっていくだろう。

 1990年代初頭、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)はペリー・エリスのために悪名高い“グランジ”コレクションをデザインし、その大胆不敵な先進性と、女性の服はすべて清楚でかわいらしくあるべきいうヴィクトリア朝的な概念のひとつである不文律をまったく無視したスタイルで、業界に衝撃を与えた。ジェイコブスは解雇されたが、彼のランウェイショーはファッションを大きく変えた。今日、女性用時計に携わる人で、歴史を作ることと引き換えに解雇されても構わないと思えるような人はいるだろうか?