trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

Just Because 月齢、潮汐、そして洪水について

古くてわかりにくい複雑機構が、新たに緊急性を帯びたように感じる。


ADVERTISEMENT

ニューヨークに住んでいると、自分が水辺の街に住んでいることを忘れがちになる。マンハッタンは水に囲まれ、すべての区が少なくとも水辺に接しているにもかかわらず、多くのニューヨーカーは何ヵ月も水を見ることなく過ごすことができる。2012年にはスーパーストーム・サンディの高波と高潮が重なり、ロウワーマンハッタンが浸水し、その地域が停電になったことで、我々は大西洋に近いことを鮮明に思い知らされたのだ。私のアパートはイーストリバーから数ブロックのところにあるのだが、ほんの数時間で「ウォーターフロントの好立地」から「自家用ボート」になり、再び電気がつくまでに一週間もかかった。

2012年、ニューヨークのハリケーン「サンディ」。満潮が近づき、氾濫し始めたイーストリバー。写真は筆者が無分別にも撮影したもの。

 潮の満ち引きや地球と太陽に対する月の位置は、我々にとって少し抽象的に感じるかもしれないが、地球上で最もパワフルで抗しがたい力であることは言うまでもない。地球、月、太陽の相対的な位置を示す時計は、潮の満ち引きのサイクルと満潮と干潮を実際に示す時計がどのように機能するかを理解する鍵になるのだ。

 まずはじめに、よく目にするムーンフェイズ機能だ。月は地球の周りを1周期(太陽と地球の間に引いた線に月が戻ってくる時間)で回っており、地球の軌道の周期的な変動により1年を通じて周期月の長さが異なるが、平均すると約29.53059日だ。月は地球から見ると常に同じ半球に見え、詳細なムーンフェイズ表示では目立つ月の海や巨大なティコ衝突クレーターなどの地形が描かれている。

Omega Speedmaster Moonphase Master Chronometer
Dial closeup showing moon disk, Omega Speedmaster Moonphase Master Chronometer

オメガ スピードマスター ムーンフェイズ マスター クロノメーター。ムーンディスクには、月の上半分を横切る「海」(実際は溶岩の平原)と、6時位置にティコ衝突クレーターの明るい光線が映し出されている。

 最も単純なムーンフェイズの機構では、ふたつの月が描かれたディスクとその縁にある59個の歯で構成されている。ディスクは1日につき1歯ずつ進むため、月のディスクは29.5日の間に満ち欠けすることになる。しかし、これはあくまでも目安であり、約2年半で丸1日ずれてしまう。

Rolex ref. 6062

黄金期のムーンフェイズ。ロレックス Ref. 6062、1948年から1953年にかけて500本のみ生産され、そのうちの1本は約5億円の“バオ・ダイ”である。

 しかし、時計職人は不正確さを嫌い、さまざまな会社や独立時計師によって、非常に高精度なムーンフェイズ表示が開発されてきた。現在、ムーンフェイズ表示は122年に1日の誤差、あるいはそれよりもっとずっと高い精度で日常的に製造されている。

月の位置に対する潮汐のふくらみを示す模式図。画像はウィキメディア・コモンズより。

 月が地球の周りを回るとき、その重力によって海水は引っ張られ膨張する(例えばスーパーストーム・サンディのときの不幸なロウワーマンハッタンのように)。潮の膨張のなかを回っているところでは、高潮になる。直感に反して、潮の膨張は月の真下だけでなく、地球の反対側にもできる。つまり、1日に2回の満潮と2回の干潮があることになる。太陽と月が一直線に並ぶと両者の重力場の効果が加わり、大潮と呼ばれる異常な高潮(spring tide)になる(spring は「湧き出る」が語源で季節とは関係ない)。また、太陽と地球と月の位置が90°の角度をなすと小潮(neap tide)となり(「neap」はアングロサクソンの語源で「弱い」という意味)、潮位が非常に低くなる。高潮は、場所や地形によっては非常に高くなる。最近の記録はカナダのファンディ湾で、干潮と満潮の差は最大50フィート(約15メートル)にもなった。

Lange & Söhne Richard Lange Perpetual Terraluna
Lange & Söhne Richard Lange Perpetual Terraluna, rear view

リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー “テラ・ルーナ”、背面図。太陽の位置はテンプで示され、地球は24時間で1回転し、月は旧暦の1ヵ月で1周している。

 地球、月、太陽の相対的な位置を示す時計は「テルル」と呼ばれる。非常に希少なコンプリケーションのひとつだが、天体に感動するのであれば、これに勝る機能はそうそうない。その希少性から、リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー “テラ・ルーナ”やボヴェのリサイタル22のような高価なトーキングピースになりがちだが、私はいつもプラネタリウムウォッチ(これも極めて希少で一般に高価)よりも魅力的だと感じている。プラネタリウムウォッチはすばらしいが、肉眼で見える内惑星(水星、金星、地球、火星、木星、土星)に限定しても、手首上にあるものと対応させて理解するには努力がいる。一方、テルルは、空に見える月さえあれば、「Music Of The Spheres(コールドプレイの楽曲)」の一部を手に入れたような気分にしてくれる。 

 もちろん、潮の満ち引きは独立した複雑機構であり、テルルの時計に組み込まれている必要はない。満潮と干潮の時刻は場所によって異なるため、タイドグラフ(潮汐表示)を搭載した時計を使用する場合は、現地の潮汐表を参考に自分の住んでいる場所に設定する必要がある(ニューヨーク市の最後の大潮は1月3日、次は2月1日だ)。私のお気に入りは、非常に複雑なヴァシュロン・コンスタンタンのレ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600だが、ほかのブランドでも機械式の潮汐表示を手に入れることができる。IWCは2020年にポルトギーゼ・ヨットクラブ・ムーン&タイドを発表している。

 満潮(もちろん干潮も)時刻が毎日異なるのは、月が公転しているためだ。毎日、月は公転軌道に沿って約13°移動するため、毎日、どの満潮や干潮(潮のふくらみの対称性のおかげで1日に2回ある)も前日よりわずかに遅くやってくる。ニューヨーク市の潮汐表によると、1月28日の満潮は午前4時16分だが、29日は午前5時23分となる。

The Bovet Récital 22 Grand Récital

ボヴェ リサイタル22 グランドリサイタル(ワイルドな夜光ショットは、hands onでご確認を)。

タイドグラフのコンプリケーションは、ムーンフェイズ表示よりも日常的な関連性は低いが、曖昧で楽しい複雑機構だと私は常に思っている。船乗りやヤドカリでもない限り、潮の満ち引きを気にする必要はないのだから。しかし、少なくとも私にとっては、これまでにはなかったような緊急性を帯びてきたのだ。海の干満は年を追うごとに、毎日漁に出る漁師や詩人だけでなく、我々皆にとっての関心事となりつつあることを思い知らされる。