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In-Depth 高精度ムーンフェイズウォッチが映し出す、美しくも無意味な狂気

月にまつわる語呂合わせは時計界でも定番だ。


上の写真のジャガー・ルクルト レベルソ ハイブリス・メカニカ キャリバー185 クアドリプティックは朔望月(Synodic)、近点月(Anomalistic)、交点月(Draconic)の各月齢サイクルを表示する、1111年に1日の誤差しか生じないムーンフェイズだ。

ムーンフェイズ機構に少しでもロマンスを感じるなら、簡単に好きになれるものだ。実際2000年前の機械式コンピュータ“アンティキティラ島の機械”に登場していることから、ある意味では機械式時計よりも古い複雑機構と言えるだろう。

アリストテレス大学によるアンティキティラ島の機械の復元模型。Image, WikimediaCommons.jpg );テッサロニキ技術博物館所蔵。

 かつて、ムーンフェイズはほかの複雑機構と同様に実用的なものだった。人工的な照明が発明される前は、月の光がどれほど大きな違いをもたらしていたかを忘れがちだ。当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、かつて夜は暗かったのだ。街や都市による“光害”のせいで、我々のほとんどはそのような経験をすることができなくなった。

 今日において、ムーンフェイズは機械式時計のように時代錯誤な過去の遺物であり、実際に時代錯誤なものの上に時代錯誤なものがある。しかし、故ジョージ・ダニエルズ(George Daniels)が著書『ウォッチメイキング(Watchmaking)』の中でルモントワール機構に触れて述べているように、“このメカニズムがまったく不要であるという事実こそが、その魅力を増している”のである。

 ムーンフェイズ機構は、理論的には現在の月の位相を示すことを目的としている。月が特定の位相(例えば新月)に戻るまでの時間を“朔望月”といい、平均すると29日12時間44分2.8秒となる(実際の長さは月の軌道の偏心のために、月によって7時間もの差があるが平均値は正確だ)。これは10進法表記では29.530589日となる。標準的なムーンフェイズ機構は、1日1回進める59個の歯を持つムーンフェイズディスクを使用することで29.5日の概数にされるが、これは約2年半後に表示が丸1日誤差が生じてしまうことを意味する。

 現実的には、あなたがオオカミ男でない限り問題にはならないだろうが、精度を追求することは、時計製造の面白さの大部分を占めており、これまでの数十年間、独立系を問わず時計ブランドは、こぞってムーンフェイズ表示の精度を追求してきた。

 その最初の一歩がIWCだった。IWCのムーブメント開発責任者であるクルト・クラウス(Kurt Klaus)氏は、1980年代に傑作“ダ・ヴィンチ”の永久カレンダー/クロノグラフムーブメントの開発に携わっていた際に、高精度なムーンフェイズ表示を開発した。彼は、122年ごとに1日の誤差が生じる輪列を設計した野田。現在、IWCの永久カレンダーは577.5年に1日の誤差の精度を誇る。

 お次にドイツのメーカーによる高精度なムーンフェイズを予想した読者は聡明である。A.ランゲ&ゾーネは2002年に122年に1日の誤差の精度を誇る“ランゲ1・ムーンフェイズ”を発表したが、遡ること1999年には、それを上回る限定モデル“1815 エミール・ランゲ・ムーンフェイズ”を発表した。このモデルはプラチナ製が150本、ピンクゴールド製が250本作られ、ムーンフェイズ表示は1058年に1日の誤差の精度である。“リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー・テラルナ”も同じ精度で、テルリウム(地球、月、太陽の相対的な位置関係を示す天文複雑機構)の最も美しい作品のひとつである。

リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー “テラ・ルーナ”

リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー “テラ・ルーナ”のムーブメント側、太陽の位置をテンプ(右下)が示す。

 現時点では、物事はどちらかと言えば少しずつ進んでいるようだ。というよりも、そうならないうちににどんどん進化しているというべきかもしれない。また目下、独立時計師たちが本領を発揮している。なぜかはわからないが、恐らく上場企業の株を手に入れるために芸術を追求するのではなく、芸術そのものを追求する傾向があるからかもしれない(企業が企業のように経営することを責めることはできないが)。

 例えば、オックス・ウント・ユニオール(Ochs und junior)のムーンフェイズは、完全な朔望月を29.5306122449日と計算する輪列を使用しているが、これは実際の朔望月の29.530589日にはわずかに及ばない。つまり、ムーンフェイズに1日分誤差が生じるまで3478.27年(同社調べ)かかることになる。これは人間の実用的な生活の範囲をはるかに超えているだけでなく(3400年前、ギリシャのミケーネ文明は全盛期で線文字Aが使われていた)、わずかな超過分の誤差を人間が知覚しようにも、たとえ人間の一生(あるいは数回分の寿命)をかけても、感じ取れないほど誤差が小さいのだ。

ジャガー・ルクルト アトモスコレクションの“アトモス・ハイブリス・アーティスティカ・マルケトリ置時計”。

 もし人間の動作に影響されない、安心できる永続性を感じさせる時計をお望みなら、アトモスクロックがおすすめだ。JLCの“クラシック・ムーン・アトモス”は、29.530568日分の朔望月に近似した輪列を使用しているため、3821年で1日分の誤差しか生じない。しかし、リビングルームでも夜の街でも会話のネタになるようなものが欲しいなら、もっと精密なムーンフェイズウォッチが存在する。

 ダイヤルの開口部を介して月の可視部分を表示する従来のムーンフェイズ表示に対する批判の1つは、1ヵ月間に実際に月を見たときに見えるものを正確に表現していないというものだ。例えば、半月は地球から見ると月面をほぼ一直線に結んでいる。これは球体を横から見ると片方の半球が明るく、もう片方の半球が暗いからだ。この問題を解決するために球体のミニチュアの月を使用したムーンフェイズ表示が発明された。最も正確なのは、独立時計師のクリスティアン・ファン・デル・クラウーの作品だ。彼の球体ムーンフェイズ機構の誤差は、1万1000年に1日の精度を誇る。

 しかし、少しずつ改良していくという考えを吹き飛ばすような製品を求めているのであれば、アンドレアス・ストレーラー氏(Andreas Strehler)に相談するといいだろう。彼は独立時計師に興味がない限り、ほとんど知られていない名だが、今後も破られることのないムーンフェイズ精度の記録を探しているのであれば、Sauterelle à lune perpétuelle(ソートレル・ア・リューン・パーペチュエル)を知っておく必要がある。

アンドレアス・ストレーラー “ソートレル・ア・リューン・パーペチュエル”

 この腕時計は、ストレーラーとギネスブックの認定によれば、1日分の誤差が生じるのは2045万年かかるという。2045万年前と言えば、現生人類が存在しないほど遠い昔である、実際、ホモ属の初期のメンバーがアフリカから無防備な状態で地球の表面に出てきたばかりだった。長期に渡り次の満月がいつなのかを教えてくれる時計の決定版である。不死身のオオカミ男とそれを愛する人々にとっては心強い時計といえるだろう。