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数週間前、Watches & Wondersのためにスイスに到着した直後、私は直感に反して行動した。すぐにスイスを離れたのである。幸運なことに、私は年に数回スイスを訪れる機会に恵まれているものの、いつも予定がぎっしり詰まっており、スケジュールされたアポイントメント以外に寄り道する余裕はほとんどない。でも今回の旅は違った。珍しく自由な時間ができたため、私はフランス・アヌシー近郊のアルプス地方へと向かい、インディペンデント・ウォッチメーカーのレミー・クールズ(Rémy Cools)氏のアトリエを訪れたのである。
レミー・クールズ氏。
クールズ氏が若き天才であることは疑いようがない。27歳にして、自身のインディペンデントアトリエを運営し、年間わずか12本の時計を生産している。アトリエで彼とともに働いているのは記事中に登場する彼のガールフレンドただひとりである。さらに、彼は製作工程の多くを自社内で完結させる方向に動き始めている。もちろん、ネジやケース、ヒゲゼンマイといったパーツをインハウスで製作するのは何百万ドルもの設備投資が必要となるため現実的ではない。しかし、それでも私がクールズ氏を訪ねた際、彼は誇らしげに新たに導入したハース社製CNCマシンを見せてくれた。この機械によって、彼はさらに高いレベルでの独立性を確保できるようだった。
インハウス製造だからといって、それだけで美観や時計製作の完成度が保証されるわけではないことは、これまでにも数多くの例で見てきた。しかしトゥールビヨン アトリエに関しては、その心配はまったく無用である。前作のスースクリプション トゥールビヨン(40mm×15mm)よりも小型化され、さらに洗練されたトゥールビヨン アトリエはプラチナケースに収められ、サイズは39mm×12mm(うち3mmはサファイアクリスタル)となった。この時計はクールズ氏が若き発想をいかに短期間で成熟させ、より完成度の高い製品へと昇華させたかを示す興味深い例である。さらに言えば、彼の世代のインディペンデントウォッチメーカーによる作品のなかでも、個人的なトップ3に入る1本だ。
これは優れた時計師であれば誰しもに期待される進化だが、だからといって容易なことではない。クールズ氏の歩みには初期のラフで職人的なファーストウォッチから、より洗練された作品へと進化したジュルヌの姿を少し重ね合わせることができる。しかし彼は、それを驚くべきスピードで成し遂げたのである。近年、こうした成長を支えるインフラが時計業界に整備されているとはいえ、それでもなお彼の進化は称賛に値する。
また彼がたったふたりのチーム(なお、愛らしいダックスフントのガストンは人数に含まない。精度測定機のところまで案内してくれたが、ヒゲゼンマイの振動の実演はできなかった)だけでこれだけのことを成し遂げている点も印象的だ。
これら初期の時計には、少なくとも私の目にはいかにもフランス的な影響が色濃く表れている。ジュルヌと同様にクールズ氏は自らをブレゲの系譜に連なる存在と見なしており、その精神は彼のスタイルにも反映されている。彼は自らブリッジやメインプレートを切削して手作業で仕上げを施している(このレベルの時計であれば当然のことだ)。オフセットされたデザインにより時・分表示は文字盤の上半分にまとめられ、吊り下げられたアワートラックはブリッジによって支えられ、ダイヤルメインプレートにビス留めされている。そのデザインには、どこかスチームパンク風のインダストリアルな感覚と、アルチザンな美しさが交錯しているのである。
トゥールビヨンブリッジも同様に、文字盤の6時位置付近に向かって吊り下げられている。トゥールビヨンの直径は13.2mmでムーブメント内部に深く沈み込む設計となっており、豊かな奥行きを生み出している。文字盤を構成するメインプレートは、ロージーサーモンカラーもしくはイエローゴールドで仕上げられており、プレートやブリッジにはグレイン仕上げが施されている。またトゥールビヨンの開口部周囲には深く鋭い面取りが施され、表側からもそのていねいな仕上げが確認できる。
この時計にはふたつのバリエーションが用意されている。ひとつはサーモンピンクゴールドのダイヤルを備えたモデルで、ややモダンな雰囲気を漂わせる。もうひとつはYG仕上げのモデルである。ここで撮影された2本はいずれもスティール製のプロトタイプケースに収められているが、ムーブメントの仕上げに関しては市販版も同様になる予定だ。サーモンピンクゴールドのダイヤルはロジウムメッキ仕上げのムーブメントと組み合わされ、モダンな印象をさらに強調している。ただ私自身は、自然とYGバージョンに引かれたのである。
若き時計師であるクールズ氏が、フランス・モルトーにある名門リセ・エドガー・フォール時計学校で学び(教師にはフローラン・ルコント氏、卒業生にはテオ・オフレ氏、シリル・ブリヴェ・ノードー氏、ハゼマン&モナン氏らが名を連ねる)、いわば“フランス的名作”に寄り添うスタイルを強く打ち出すのは、至極自然な流れといえる。
ブリッジの造形はブレゲの懐中時計に見られるものに似ており、簡素でありながらも輪列の動きをオープンに見せるデザインが特徴だ。またゴールドムーブメントに対して施された控えめなホワイトのアクセントも、全体の仕上げに絶妙に調和している。ムーブメントは1万8000振動/時で駆動し、パワーリザーブは約55時間を誇る。
クールズ氏は、今回合計36本の時計を製作しており、ふたつのバージョンに均等に振り分けられている。彼が話していたところによればクライアントはアメリカ、中東、アジアの各地域でほぼ均等に分かれているとのことであり、現代のコレクターたちの多くがサーモンダイヤルのバージョンに引かれるであろうことも十分に予想できる。数年前、私はサーモンカラーの美学が過剰に持てはやされすぎたと感じた時期があったが、現在ではこの系統の時計も供給が落ち着き、特定の顧客層に向けたよりバランスの取れた存在へと落ち着いてきたように思う。
ここで改めて強調しておきたいのはこの時計の厚さが12mmであり、そのなかには3mmのボックス型サファイアクリスタルも含まれているという点である。実際に腕に着けたときの装着感は非常に快適で、現代的な適度なサイズ感に見事に収まっている。どうやらそう感じたのは私だけではないらしい。2024年秋にシンガポールで開催されたI AM WATCHでクールズ氏に会った際には、この時計はすでに全数顧客に割り当て済みだった。彼が買い手を見つけるのは当然のことだと感じたが、価格は15万9000ユーロ(日本円で約2600万円)と軽い価格提案ではない。
歴史的に見ても、ハイエンドなインディペンデントウォッチにおいては2万ドル(日本円で約290万円)以下や5000ドル(日本円で約70万円)以下の価格帯の時計と比べて、価格に対する感度はやや低い傾向があるのは確かである。しかしそれでも多くの人にとって、彼の価格設定はやや強気に映るだろう。この価格にはわずかふたりのチームでこうした時計をつくり上げるためのコストが反映されているのかもしれない。今後も彼がウォッチメイキングとビジネスの両面で成長していくというなかで、クールズ氏の価格設定もクールダウン(駄洒落だ)する可能性もあるだろう。とはいえ、2019年時点で12万2000ドル(当時の相場で約1330万円)だったテオ・オフレのトゥールビヨン・ア・パリと比較すると、その価格差はどうしても目に留まってしまうのである。
とはいえ、いまそれを心配する必要はない。クールズ氏が時計を納品し終えて次なるプロジェクトへと移行するなかで、36人の顧客たちは非常に満足することだろう。2027年には、彼が新たな時計を発表する予定であり、彼自身の言葉によれば、それは歴史的なフランスのウォッチメイキングに結びつく伝統工芸の要素を取り入れたものになるという。彼はその伝統工芸についていくつかヒントを与えてくれたが、それを明かすことはできない。それでもなお、その時計がどのような姿になるのかを想像するのは難しい。今回のより成熟したデザイン言語への最初の挑戦を大いに楽しませてもらっただけに、彼のこれからには大いに期待している。
詳しくは、レミー・クールズの公式サイトをご覧ください。
Photos by Mark Kauzlarich
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