2024年の時計業界は、なんだか静かな1年だったと思う人も多いだろう。大手ブランドの新作発表は控えめであったし、2025年こそ“大物を投入する”という噂もあるくらいだ。独立系ブランドでさえ同様の印象だ。2024年の新作からお気に入りを選ぶのも、正直ちょっと難しい。ただもし時計の世界を、“話題の新作”や“手に入るかどうか”、“その時計を買えるかどうか”なんてことだけで見ているなら、大事なものを見逃していると思う。ちょっとその話をさせて欲しい。
数カ月前、シンガポールにいた時のことだ。私は午前中のミーティングを終えたばかりで、興奮が冷めやらなかった。そこではウォッチメイキング史上最も驚異的なタイムピースの数々を目にすることができた。それはまるで夢のような体験で、名だたるブランドからまだあまり評価されていない時計師たちの作品まで揃っていた。ウォルター・プレンデル(Walter Prendel)氏が誰だったか、最初に正解した人には一杯奢ろう(ズルはなしだ)。多くの時計師たちはすでにこの世を去っているが、ホテルのロビーに戻ると、The Hour Glassが主催するIAMWATCHの会場でゲール・ペテルマン(Gaël Petermann)氏とフロリアン・ベダ(Florian Bedat)氏を見かけた。彼らはまさに時計業界で新たな一歩を踏み出したばかりの名前だ。
その日、ゲール氏とフロリアン氏に初めて会ったばかりだったが、私は彼らの隣に座って話始めた。するとラウル・パジェス氏が加わり、彼のビーナス製ヴィンテージムーブメントを搭載した独特なタイムオンリーレギュレーターウォッチについて話し合った。次いでシルヴァン・ピノー(Sylvain Pinaud)氏が加わり、やがてレミー・クールズ(Remy Cools)氏、フランク・ヴィラ(Franc Vila)氏、マニュエル・エムシュ(Manuel Emch)氏もやって来た。全員が席につき、話はますます盛り上がった。カリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏やレジェップ・レジェピ氏、そしてほかにも数人の時計師たちが顔を見せたり、共に一杯飲んだりした。私たちはスツールや椅子を引っ張り出し、廊下を塞ぐほどの人だかりをつくった。そして新たな参加者が加わるにつれて、会話は自然と英語からフランス語へと移り変わっていった。
こういう状況には慣れている。もし自分が典型的なアメリカ人ではなかったら、今ごろフランス語か、もしかしたらイタリア語くらいは習得していただろう。でも言葉がわからなくても、ただ座って笑顔を浮かべ、素晴らしい仲間たちと過ごす時間に喜びを見出すことには慣れている。そのうち冗談はますます賑やかに、そして(おそらく)おもしろくなっていった。するとゲール・ペテルマン氏が身を乗り出し、冗談をすべて訳し始めた。私は彼に“訳さなくても大丈夫、本当に平気だから”と伝えた。すると彼は、私が一生忘れられない、そして心から感謝する言葉をかけてくれた。
「僕がかつてランゲで働いていた時、ドイツにいて会話(ドイツ語)についていけず、しばしば疎外感を感じていたのを覚えている。君には同じ思いをして欲しくないんだ。それは大切なことだから」
こういう小さなことというのは本当に大切だと思う。IAMWATCHのレポートでも触れたけれど、ペテルマン氏、ベダ氏、パジェ氏、クールズ氏といった面々が次世代の素晴らしい時計を生み出してくれることに、私たちは安心していい。ただ少し時計の話は脇に置いておこう。時計は買えるか買えないか、手に入るか入らないか、いいか悪いか(それは好みにもよるけれど)で評価されるものだ。素晴らしい時計は、それ自体が語りかけてくるはずだ。だけど人は違う。大切なのは“人”なのだ。そしていい人たちは特別だ。たとえばゲール氏のように。
私は本当に運がいい。特別な人たちと同じ時間を過ごす機会、そして年間を通して何百万ドルもの価値がある特別な時計を手に取る機会にも恵まれている。そんな経験をとおして、自分が本当に大切に思うことが何なのか、少しずつわかってきた気がする。最近、ある友人(自分自身も思慮深いコレクターだ)がこう言った。君はたくさんの時計を見てきて、何がよくて何がそうでないかを理解しているから、そこそこいいものを手に入れることに満足できなくなるんじゃないか、と。確かにそのとおりかもしれない。でも実際には、これを仕事として続けられていること自体が幸運だと思っているし、HODINKEEで働くことが、どれほど多くの扉を開いてくれるかもよくわかっている。それに私は、だいぶ上手く見分けられるようになったと思う。自身の興味や情熱を本当に理解してくれる人と、ただ単にお墨付きが欲しいだけの人を。ビジネスだからそこに善悪の判断はない。でもだからこそ、前者は特別なのだ。
時計について言えば、良い時計とそうでない時計を分ける基準を明確にするのは難しい。見て、触れて、じっくり観察し、その仕組みや成り立ちを理解しようと努めることで、ようやく見えてくるものがある。その時計自体が(あるいはそうあるべきだが)すべてを物語る存在であり、心を動かすものでなければならない。時計について文章を書くとき、私は感動したものに焦点を当てる。そして多くの人に憧れを抱かせるようなライターでありたいと思う。それはかつて私自身がHODINKEEの読者だったころと同じように。
私は相変わらず、あまり時計を買わない。ほとんど買わないと言っていい。昨年は何本かのスピードマスターやグランドセイコーを試してみたり、とても特別なランゲを買うチャンス(友人へ、そのことについて話し合いたい)や、ほかにもいくつか気になるものがあった。でも結局、どれも見送ることにした。その代わりに“擬似体験”を楽しみ、その経験をみんなに届けることができた。それは本当に特別な経験だ。私の記事を読んだあと、実際に時計を購入したという話を聞くたびにいつも驚かされるし、そういう人には心からおめでとうと言いたい。そしてそれが叶わなかった人たちには、私が少しでもその体験をうまく伝えられていたならうれしい。
今年は高額な時計だけでなく、私のような者でも真剣に購入を検討できるような手ごろな価格帯の時計について、もっとしっかり取り上げていきたいと思っている。実際2024年は1年を通じてその隙間を埋めるような時計はいくつか登場した。M.A.D.1S、テオ・オフレのスペースワン、マッセナ・ラボとラウル・パジェス氏によるコラボレーション、そしてファーラン・マリがドミニク・ルノー(Dominique Renaud)氏やジュリアン・ティシエ(Julien Tixier)氏と共につくり上げたセキュラーパーペチュアルカレンダーなど。2025年はこういった取り組みがもっと増えることを期待しているし、それによって私自身、架空の自分ではなく、本当の自分に忠実でいられるような気がしている。
しかし、もし時計そのものだけが大事だと思っているなら、それは物語の半分、いやそれ以下しか見えていないのかもしれない。本当のストーリーとは時計が生まれる前後、そしてその周りに広がるすべての要素だ。そこには、彼らがなぜこの仕事に情熱を注ぎ、どれほどの技術や情熱を持っているのかが詰まっている。彼らがどのように時間を過ごし、どんな友情を育み、どんな趣味や家族との時間を大切にしているのか...そのすべてが、私たちが憧れる“時計”という作品に影響を与えている。それは人との接し方にも現れる。重要なのは文字盤に書かれた名前ではなく、その名前の向こう側にいる人間なのだ。
正直なところ、こうした時計師たちはすでに業界のセレブとも言える存在だ。ジュネーブで毎日何十人もの人が彼を訪ねてくる状況で、レジェップがどうやって仕事を進めているのか、私にはまったく想像がつかない。その一方で私の友人のなかには、コレクションの一部を手放している人もいる。パンデミック後の熱狂が落ち着いた今、かつて大好きだったブランドとのつながりを感じられなくなってしまったからだ。こういった状況を避ける一番良い方法は、自分の心に響く仕事をしていて、たとえ彼らが何も売るものを持っていなくても、自分がそもそも買い手ではなくても、一緒に時間を過ごしたいと思えるような人物を見つけることだ。
こういう人間に焦点を当てた視点は、10年間ジャーナリストとして働いてきた経験から来ているのかもしれない。私の仕事はずっと人とその経験を追いかけることだった。サウスダコタ州の田舎町に何度も足を運んだのも、単にストーリーを伝えるためだけではなく、そこに暮らす人たちを心から好きになったからだ。あるいは私が10万ドル以上の時計を買える日は、永遠に来ないだろうと自覚しているからかもしれない。その現実を受け入れることでむしろ解放された気分になり、時計業界を別の角度から見られるようになった。だからこそ今、私の興味は時計そのものではなく、その時計をつくった人に向かっているのだ。
たとえば、2023年のドバイウォッチウィークでのスティーブン・マクドネル(Stephen McDonnell)氏の講演だ。あまりの内容に、ジェームズと私は言葉を失うほど圧倒された。あれはきわめて貴重な洞察と、それを生み出す希少な頭脳の完璧な結晶だった。あの瞬間、マクドネル氏と1日一緒に過ごして、彼がどんなふうに世界を見ているのか知りたいと思った。
今年こそ、それが実現できるかもしれない。そしてマックス・ブッサー氏のチーム全体もまた、毎年私が接するなかで最も誠実で温かい人たちだ。いずれにせよ、スティーブン・マクドネル氏の才能とマックス・ブッサー氏の優しさとビジョン、そして彼のチームへの僕の心からの敬意が重なり合い、今ではMB&F LM シーケンシャルが私の夢の時計になっている。
あるいはファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ氏が撮る、美しいお気に入りの場所の写真かもしれない。それらをとおして、彼がどのようにそのビジョンをブルガリのデザインに反映させているのかが見えてくる。また彼のジウジアーロセイコーへの愛やデザイン、歴史の広い世界を恐れずに受け入れるそのスケッチも印象的だ。彼はローマンメゾンの枠を超えた視野を持っている。
最後の部分、つまりブランド中心主義に縛られないその自由な視点こそ、私がファブリツィオ氏とブルガリをさらに愛する理由だ。
そしてHODINKEE Japanの仲間、関口 優、和田将治、佐藤杏輔たちだ。彼らは、私がジョン・永山氏や大塚ローテックに関するストーリーを書く手助けをしてくれただけでなく、日本の伝説的なショップへの忘れられない訪問という夢のような体験を提供してくれた(この話はまた別の機会にしよう)。そしてホーマー・ラファエル・ナルバエス(Homer Rafael Narvaez)氏、ジェイ・リウ(Jay Liu)氏、エリオット(Elliott)氏、ケン(Ken)氏、そしてほかのTokyo Watch Clubの仲間たちなど、彼らは1週間何の迷いもなくガイド役を引き受けてくれた。
あの週、私たちは本当にたくさんの素晴らしい時計を見た。ただそれ以上に、遅い夏の暑さに汗をかきながら気軽な居酒屋やバーで飲み食いしたり何杯ものつけ麺を楽しんだ時間が、私にとっては何よりも意味のあるものだった。
だからこそ、HODINKEE Magazine Vol.13では業界の伝説的存在であるジャン-クロード・ビバー(Jean-Claude Biver)氏について書いた。これまで彼については数えきれないほどの言葉が費やされてきたから、もう語るべきことは残っていないように思えるかもしれない。
誇りを持って言えるのは、これまで語られたことのないジャン-クロード・ビバー氏の個人的なストーリーの新たな側面を示せたと思っていることだ。そしてそれは、彼が70代にして(再び)新しいブランドを立ち上げることを選んだ理由に対する理解を、読者に深めてもらえるものだと信じている。
もし人がいなかったら、時計師、デザイナー、コレクター、そしてコミュニティ(世界的な時計クラブであるRedBarの仲間たちや、世界中で出会った人たち)、時計業界そのものが存在することはなかっただろう。もし私と友人でありながら、ここで名前を挙げなかったとしても、この文章を書きながら君のことを思っていたことは知っていて欲しい。この時計の世界を特別なものにしてくれるすべての人に、心から感謝する。
今年もまた会おう。共に素晴らしいストーリーと、忘れられない思い出をつくろう。きっと最高の時計もいくつか登場するはずだ。
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