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In-Depth スウォッチグループ、ETAムーブメントの販売を巡ってCOMCOと対立

問題は、セリタが機械式時計ムーブメントの開かれた市場で本当にETAと競合できるかだ。

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過去6年間、スウォッチグループのニック・ハイエック(Nick Hayek)CEOは、2020年の元日が特別な喜びの日になることを期待していた。

 なぜならその日、スウォッチグループとスイスの独占禁止当局にあたるCOMCO(スイス連邦競売政策委員会)との2013年の取り決めの条件に基づき、スイス製機械式時計ムーブメントの市場が自由化されることになっていたからだ。1983年の創業以来初めて、スイス最大の時計会社であるスウォッチグループは、時計ムーブメントを誰にでも販売する(もしくは販売しない)自由を手にするはずだった。

 しかし、それは実現しなかった。

 期限のわずか12日前に、COMCOは、2013年の取り決めが一時的、あるいはひょっとすると永久的に、事実上無効になったと宣言したのだ。決定が発表された際に休暇中だった方は気付かなかったかもしれない。しかし消費者にとっては、新たなモデルの発表と実際の発売との間に既に存在するタイムラグが、COMCOの決定でさらに延びる可能性がある。

スウォッチグループのニック・ハイエックCEO(2018年)。

 2013年以降の機械式時計市場の変化のため、COMCOは「(2013年の)決定を取り消すか、修正して」、いわゆる「第三者」顧客(すなわち、スウォッチグループ以外の企業)へのムーブメントの販売をスウォッチグループが中止できるようにするかどうか検討していたという。

 COMCOは過去1年間、スイスの機械式ムーブメント市場に、取り決めが通用するほど十分な競争性があるかどうかを調査していたという。COMCOによると、調査は詳細不明の「遅れ」のためにまだ終わっていない。今年の夏には終える予定だという。

新たな状況を踏まえると、
 COMCOが現在、ETAに対して顧客への
 ムーブメント提供を全面的に禁止している
 のはおかしなことだ。

– – スウォッチグループが2019年12月18日に出した声明

 そのため12月19日、COMCOは、2013年の取り決めの期間を2020年12月31日まで1年間延長するという仮処分を下した。その結果、市場の規制は解かれず、スウォッチグループが想定・計画していたような、機械式時計ムーブメントで今年やろうとしていたことを実行する自由はなくなった。

 さらに、スウォッチグループは実質的に、従業員250人以下の小規模企業を除いて、あらゆる企業へのムーブメント提供が禁止された。COMCOは、2013年の取り決めに基づくスウォッチグループの義務は2020年も法律上で効力を持つと裁定した。しかしながら、COMCOが命令を出すのが遅れたために「納品が一時的に停止する」と事実上認めた。

 この決定はスイスの時計産業に衝撃を与え、混乱と論争の嵐が巻き起こった。

COMCOのアンドレアス・ハイネマン(Andreas Heinemann)委員長。

 最初に反応したのは、もちろんスウォッチグループだ。COMCOの発表の前日、11のパラグラフからなる声明で罵りの叫びを突きつけ、決定は「馬鹿げており」「理解不能」で「受け入れられず」、「スイスの時計産業に害を及ぼす」ものだとした。COMCOは「その権限に違反しており、事実上、ETAを市場から追い出している」とスウォッチは言う。この規制機関はもはや独立性を失い、スイスの機械式ムーブメント市場におけるスウォッチグループの主要なライバルであるセリタと共謀している、とほのめかしている。

 ムーブメントの新規発注に対応するには少なくとも12ヵ月かかることから、スウォッチグループは、COMCOの複雑な命令のために、2021年までいかなる企業にもムーブメントを提供することができないと述べている。


なぜここまで遅れたのか?

 COMCOは実際に、時計産業の内外を問わず、あらゆる方面から非難を浴びている。調整期間が6年あったにも関わらず、市場自由化延期の決定がそれほど遅れたのはなぜなのか? COMCOはなぜ業界の生産スケジュールを無視したのか? 公式のプレスリリースやそれに伴う説明文書において、仮処分に関する文言が分かりにくいのはなぜか?

 「このような透明性の欠如のために、メディアでの報道が一部矛盾し、不協和音が生じている」。スイスのニューヨーク・タイムズに例えられる「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)」紙のアンドレア・マーテル(Andrea Martel)記者はそう記す。「しかし明らかなことがひとつある。決定は遅すぎた。(COMCOは)2020年以降の期間に間に合うような決定が出せなかった。時計産業の生産プロセスの中に不透明な6ヵ月間を生み出し、それが今、さらに6ヵ月延長された。納品の中断に対処しなくてはならない顧客こそが敗者だ」

ビール/ビエンヌのスウォッチグループ本社。(画像:ウィキペディア)

 「COMCOはスイスの時計産業に不利益をもたらしています」。チューリッヒ州立銀行のアナリスト、パトリック・シュウェンディマン(Patrik Schwendimann)はSwissinfo.chでそう語っている。「2020~21年の計画に深刻な問題が生じる顧客もいるかもしれません」

 スイス時計協会FHも議論に加わる。

 「私は今回の決定が、スイス時計の輸出減少の一因になるのではないかと心配しています」。FHのジャン=ダニエル・パッシュ(Jean-Daniel Pasche)会長はSwissinfo.chでそう語った。「いくつかのブランドやサプライヤーが、十分な量のスイス製機械式時計が市場に出回っていないと話しています。しかし、スイス時計を製造するにはスイス製のムーブメントが必要なのです」

 新年を過ぎても、COMCOを巡ってはいまだに活発な論争が繰り広げられており、COMCOが今年の夏に決定を出すまでそれは続くことだろう。その中心にあるのは、明確な答えのない単純な疑問だ。過去6年間で、スイス製機械式時計ムーブメントの市場は本当に競争が激化したのだろうか? それとも、6年前に市場占有率が75%だった(スウォッチグループ傘下でムーブメントを製造する)ETAは今でも支配的な勢力なのだろうか?

ETAキャリバー2824の改良型「ETA C07.611」。

 つまり、機械式時計ムーブメントのスイス市場が開放されたら、セリタは本当にETAと競合するのだろうか?

 スウォッチグループにとって、その答えは全く明白だ。「2019年、セリタは100万個(ETAのおよそ2倍)の機械式ムーブメントを製造・供給しており、当分野で新たに市場を牽引する存在となった」。スウォッチは12月18日の声明でそう述べている。「スイスの機械式ムーブメント市場は根本的に変わった。ETAはもはや市場のリーダーではない」

 COMCOはそれほど断定的ではなく、より広い視点に立っている。セリタはETAの2倍の機械式ムーブメントを第三者に販売しているかもしれない。しかしETAはスイスの機械式ムーブメントの生産で群を抜いており、生産量はセリタの6倍となっている。

 ETAが1年間に製造している機械式ムーブメントは推定600万個で、そのうち550万個がスウォッチグループ内の18の姉妹ブランドに提供されている。残る50万個は、グループ外の企業に販売されている。さらに言えば、セリタはETAの模倣者として頭角を現し、ETA 2824および2892ムーブメントを模造している。COMCOが市場を自由化した際に本当にETAの強力なライバルになるような準備を、ETAの後追い企業が整えているのだろうか?

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「もううんざりだ…」

 COMCOとスウォッチグループは、この問題で10年間争っている。現在の論争を理解するには、そもそものきっかけや背景を理解しておくべきだろう。

 ある意味では、ニックの父であるニコラス・G・ハイエック・シニアが自分の「テーラー」と呼ぶジルド・ゼニア(Gildo Zegna)から、面倒な電話がかかってきたことから始まった。ゼニアは、自身の名を冠したイタリア高級ファッションブランドを率いている。

 スウォッチグループの会長だったハイエック・シニアは長年、スイス時計産業の参入障壁がとても低いという事実に不満を抱いていた。業界にはその知的財産や技術を保護する権利がある、と彼は語っていた。しかしETAが機械式時計ムーブメントで独占的な市場シェアを有していたため、会長はムーブメントを第三者に販売せざるを得なかった。そのために、ファッションや宝飾のあらゆるブランドや、有象無象のブランドが独自の時計製品を立ち上げることが可能な状況だった。

ブレゲが「マリー・アントワネット」No. 160をまさしく現代に蘇らせた「ブレゲ No. 1160」を手にするニコラス・G・ハイエック。

 そのため2009年12月、ハイエックは突然、「ETAはもはや、スイスの時計ビジネスへの参入を目指すあらゆる者たちのワンストップショップではない」と発表した。機械式ムーブメントや部品の販売を、自分自身が選んだ顧客(つまり機械式時計の製造に投資している時計会社)だけに制限するつもりだと宣言したのだ。この宣言はスイスの時計業界全体に衝撃を与え、多くの企業はハイエック親子が自分たちを切り捨てるのではないかと心配した。

 数週間後、私はスイスのスウォッチグループ本社でハイエック・シニアと面会し、ムーブメントの業界への供給制限について本気なのか尋ねてみた。

真の意味で代替品となるのはセリタのみ。
 他社は品質の問題で苦労しているか、
 ETAには遠く及ばないと時計ブランドから
 見なされているかのどちらかだ。

– – アンドレア・マーテル(ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング紙)

 彼は好戦的な雰囲気だった。「いいですか、生産能力もないのに時計ビジネスに参入したがる輩にはうんざりしているのです。私のテーラーも同じです。彼の名前はここに書いてありますよ」と、自分のスーツジャケットの「Ermenegildo Zegna(エルメネジルド・ゼニア)」のラベルを指しながら言った。
「彼がある日電話をかけてきて、『ハイエックさん、時計を作りたいと思っています。そちらでお会いできますか?』と言ったのです」

 「一体どうして時計をつくりたいと? スーツやシャツを売って、既に十分なお金を手にしているのに。なぜ時計なのか?」とハイエックは尋ねた。

 「なぜならBain & Co.(ベイン・アンド・カンパニー)が、時計づくりにはさらに稼げる余地があると話したからです」。ゼニアはそう答えた。

Zegna x GP = ムーブメントの差し止め。(画像:FHHアーカイブ)

 ハイエックは「時計づくりではたくさんの資金を失うこともあるし、あなたはそれについて何も知らない」とゼニアに言った。

 「そして、私は彼のために時計を作ることを拒否しました」とハイエックは語った(ゼニアはそれでもひるまず、ラ・ショー・ド・フォンにあるジラール・ペルゴのイタリア人オーナー、故ジーノ・マカルーソに電話した。そして両者は時計製造の契約を交わした)。

 ハイエックは、問題について以下のように説明した。

 「今、もし『ジョー・トンプソン』という時計を作ろうと思ったら、数社あるエタブリスール(すなわち、プライベートブランドの時計メーカー)のどれかへ行けば、彼らが製造を引き受けてくれるでしょう。あなたは「『ジョー・トンプソン』の時計が1万個必要だ」と言い、エタブリスールは私たち、すなわちETAにムーブメントを発注します。そして彼らはニヴァロックス社(同じくスウォッチグループ傘下)からヒゲゼンマイを入手し、あなたのために『ジョー・トンプソン』の時計を製造します。私はそれを止めることはできません。彼らに納品するように強制されているのです」

 「私が今言っているのは、ムーブメントも、エボーシュも、ヒゲゼンマイも、あらゆるものの提供をやめるということです。本物の時計職人やメーカーは別ですが。私にはそれをする自由があります」


拒否権

 ハイエックは、アメリカの自動車産業のように、スイスの時計業界も自らの技術を保護することを望んでいた。「ゼネラル・モーターズへ行き、『アメリカ製のジョー・トンプソンの車を製造して欲しい。でもエンジンはシボレーでなければ駄目だ』と言えますか? そんなことをしたら、『くたばれ』と言われるでしょう」

 それが、ハイエックが新規参入者に言いたかったことだ。しかし彼らだけではなく、独自の時計を作っているとうたいながら、実際にはそうではない時計ブランドにも彼はうんざりしていた。彼らは広告やプロモーションに大金を投入しているが、機械式時計の製造にはほとんど、もしくは全く投資をせず、その代わりに、ETAに依存している。
「どのブランドも、独自のムーブメントや時計を製造していると公の場で声高に主張しています! もしそうなら、一体どうして私たちからの提供が必要なのでしょうか?」

 彼は販売を制限することで、ファッションブランドの延長ビジネスに気軽に利用させないようにし、またETAの時計ブランドの顧客に自前のムーブメント製造を始めさせ、産業基盤を底上げすることを望んでいた。

ゼネラル・モーターズへ行き、
 「『ジョー・トンプソン』の車をつくりたいから、シボレーのエンジンを納品してくれ』と言うことができますか? 
 『くたばれ』と言われるでしょう」

– – ニコラス・G・ハイエック・シニア(2010年の発言)

 しかし、彼にそのような権利があるのだろうか?

 2010年、彼はCOMCOに対し、この件に関して調査し、決定を出すように求めた。自分に有利な決定が下される自信がある、と語っていた。

 実際にそうなった。ハイエックは自分の勝利を知ることなく2010年6月に亡くなった。しかし2013年、長い調査を経て、COMCOは「スウォッチグループが、一定の条件下で段階的に機械式ムーブメントの提供を減らすことができることを原則として受け入れる」という決定を出した。

 市場でのスウォッチグループの支配的地位を解消することを意図した計画の下、両者が合意した方法に従い、その時点での第三者顧客へのムーブメントの販売を段階的に(2015年に75%まで、2017年に65%まで、2019年には55%まで)削減することをETAに認める内容だった。ETAが納品しなくてはならない顧客やムーブメントの数量も指定されていた。

 現在の対立にとって重要な点として、合意文書には、スウォッチグループは2019年12月31日に第三者への全ての販売義務から解放されると記されていた。

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唯一の代替案

 COMCOは、6年という期間は、機械式時計ムーブメントの代替業者が開発を進め、ETAの生産減による穴を埋めるのに十分だと判断した。しかし実際には、そうではなかった。

 NZZ紙のアンドレア・マーテルはこう記している。

 「2013年にムーブメントの完全生産を宣言した様々な企業が、業界から消えた。他社はいまだに品質の問題に苦労しているか、単にETAに遠く及ばないと時計ブランドから見なされているかのどちらかだ。今のところ、セリタが唯一の選択肢となっている」

 これには2つの理由がある、とスイスの情報筋は語る。ひとつは、機械式時計ムーブメントの生産への投資が大変であること。高価な時計ムーブメントを少ない量で連続して生み出すのは第一歩に過ぎない。「ムーブメントの王」である老舗と品質や価格で勝負できる、産業レベルの数量まで生産を増やすのは、それとは全く別の話だ。大きな資本投資や多くの試行錯誤、それに時間が必要となる。

ラ・ショー・ド・フォンにあるセリタの製造拠点。

 特に、中国経済の減速やスイスフランの高騰により、2015~16年にスイスの時計市場が落ち込んだときのように、2年間を超える市場失速が起きたら大変だ。

 当時の不景気は2つのことをもたらした。まず、2010~14年の中国ブームで伸びていた機械式ムーブメントの需要がしぼんだ。ブランドは自社の時計生産を減らし、ムーブメントの発注を取り消したり、減らしたりした。その結果、セリタのほか、Soprod(ソプロード)やSTPといったETAに拮抗しようとしていた小さな会社が打撃を被った。

 またETA自身も無傷ではいられず、COMCOが今でも「2013年の友好な取り決め」と表現している内容に圧力がかかることになった。2016年には、COMCOとの取り決めにおいて初めて、COMCOが要求する数量のムーブメントをETAが販売できなかった。

 経済の減速に対して、「第三者顧客の一部から大きなパニック的な反応がありました」。2017年3月に会った際、ニック・ハイエックは私にそう語った。80~90万個のムーブメントが割り当てられていたETAのある上位顧客の2017年の発注量は7万5000個だった。割り当て数が12~13万個だった別の顧客からは、2017年に1個も発注がなかった。「いまだに未発注のものが100~150万個分あります」とハイエックは語っていた。

 そのような状況を受け、スウォッチグループはCOMCOに対し、新規顧客へのムーブメントの販売を認めるように求めた。「私たちは『いいですか、他社からの需要があるのですから、(発注の不足分を)補うために他の第三者にもっと提供したいのです』と言いました」とハイエックは話した。

セリタSW 330-1を備えたオリスの「アクイスGMTデイト」。

 しかし、駄目だった。COMCOは要求を却下した。スイスの情報筋によると、COMCOは、スウォッチグループに自由市場でのムーブメント販売を許した場合に仕事を失う可能性のあった、経営不振のETAの競合他社を保護したかったのだという。

 ハイエックは、ETAに発注の義務がない顧客に、一定数量のムーブメントを提供することをETAに求めるCOMCOの制約条件に不満を募らせ、不平を漏らしていた。しかしながら、そのような事態も間もなく終了することを知り、慰めとしていた。

 「でも2019年には終わるのです。2020年以降は、機械式ムーブメントを自由に扱えます」と彼は語っていた。


再考

 スウォッチグループが問題に巻き込まれる可能性が初めて表面化したのは、1年半後のことだった。期限が切れる13ヵ月前の2018年11月、COMCOはスウォッチグループとの取り決めの「見直し手続き」を開始した。「2020年以降、時計メーカーの機械式時計ムーブメントの需要を満たすための代替源が十分に得られない可能性があるという指摘に基づき、手続きを開始した」。COMCOは2018年の年次報告でそう説明した。

 「当事案に関する現在の情報を踏まえると、COMCOが当時下した決定の取り消しや修正の必要性について判断するのは不可能だ。判断のためには、現在の市場や競合の状況を分析する必要がある。分析は、開始したばかりの手続きの一環として実施される」

 COMCOは、明らかに再検討を始めたのだ。

 期限が迫る中、COMCOは2019年を通じて調査を実施し、決定を求めるスウォッチグループの要請を無視した。
「状況の緊迫性についてCOMCOの関心を引こうと繰り返し試みたが、うまくいかなかった」とグループは語っている。通常ならばムーブメントを受注するはずの2018年9月~2019年8月に、グループは6回「公式に」COMCOに訴えたと述べている。「近づく期限を考慮し、時計製造業界の他企業もCOMCOに注意を促したが、無駄に終わった」とスウォッチグループは言う。このような不確定な状況のため、ETAは2020年分の受注や発注確定ができなかった。

 最終的に、スウォッチグループがとうとう自由になるという2週間前にCOMCOは沈黙を破り、2020年まで決定を先延ばしすることを決めた。


次なる展開は?

 既に述べた通り、COMCOの発表はある部分で混乱を呼んだが、別の部分は明確となった。そのひとつとして、元の取り決めでは「市場の状況が予定通りに進展しなかった場合、COMCOは決定をくつがえす権利を有する」とされていた。COMCO自身の見解では、そうではないことが明確となった。

COMCOのパトリック・デュクレー(Patrik Ducrey)理事。

 COMCOは、ETAムーブメントが入手できないことについて、ETAの顧客の不満にほとんど同情していないことも明確になった。「ETAの顧客は2013年以降、ETAが2020年1月から機械式ムーブメントを提供しないという事態に備えなくてはならなかった」とCOMCOは言う。「COMCO事務局は、その事実に各メーカーへの注意を繰り返し向けてきた」

 また、品不足という申し立てにも疑義を抱いている。「本当にムーブメントが不足するのでしょうか? 私にはあまり確信がありません」。COMCOのパトリック・デュクレー理事は、決定延期の発表後にロイターにそう語った。「グレーマーケットも存在していますし、ブランドには在庫があります」

2020年以降、機械式時計ムーブメントに
 関する時計メーカーの需要を満たす
 代替源が十分にないかもしれないという
 指摘がある。

– – COMCOの2018年版報告書

 スイスの情報筋によると、COMCOの懸念は、スウォッチグループがムーブメントの自由市場で何をやるのかという点にある。第三者へのムーブメント販売をやめ、中国ブームのときに希望を語っていたように、グループブランドに独占的に集中させるつもりなのか?(チューリッヒ州立銀行によると、機械部品の売上はスウォッチグループにとってわずかなもので、総収益の0.6%にすぎない) もしそうだとすると、同グループに代わって業界に必要な範囲のムーブメントを提供できる業者は十分にいるのだろうか?

 もしくはそれとは逆に、過去6年間でムーブメントの生産を削減してきたスウォッチグループが、生産を再度急増させるのだろうか? そして自社ムーブメントを有利な価格で入手できるようにし、セリタや小規模なサプライヤーに対抗して、重要な顧客を積極的に取り込んでいくのか? 情報筋によると、それがCOMCOが最も心配するシナリオだという。

 セリタの顧客についてはどうだろうか? もしETAが、同程度以下の価格ながら高品質のムーブメントで誘いをかけても、彼らは忠実な顧客でいられるだろうか? それともETAに切り替えるのだろうか?

 セリタについて言えば、機械式ムーブメントの独自ラインナップを開発し、84億7000万スイスフラン規模のウォッチグループの資源に支えられた、老舗の競合社の真のライバルになれるだろうか?

 COMCOはこれら全ての点を検討中である。今年の夏にどんな行動に出るのか、COMCO自身も含めて誰にも分からない。 

記事冒頭のムーブメントはETA/バルジュー7750。