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Hands-On タグ・ホイヤー アクアレーサー バンフォードを実機レビュー

グレード2チタンの風合いが独特な、バンフォードによるアクアレーサー。

デザインとは本当に些細なことで印象が変わるもので、それは決して奇抜なものや誰も見たことがない素材を使うことが全てじゃない。僕はこのことを、最近見た時計で強く実感していて、特に藤原ヒロシさんが手掛けたタグ・ホイヤー×フラグメントデザインやブルガリ・ブルガリや、ジョージ・バンフォードの作品は僕の感性にピッタリとハマった。

 今回取り上げるのは、昨年、当サイトでも取り上げて話題を呼んだ、タグ・ホイヤー アクアレーサー バンフォード リミテッドエディション。タグ・ホイヤーとバンフォードのコラボレーションは今回で2度めとなり、限定モデルは、そのどれもが即完売となってきた。特に、前回発表された、カーボンケースのホイヤー モナコは本当にカッコよかった! バンフォードは、やはりこのあたりの素材使いがとても上手だ。モナコに使われたカーボンにしても、今回のチタンにしても、2020年代の時計業界としては特に珍しいものではない。むしろ2010年代に頻繁に使われた素材なのだが、なぜこれほど新鮮な見た目になるのだろうか? 僕なりに解釈したことをお伝えしたいと思う。

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バンフォードが手掛けたホイヤー モナコ。蛍光ブルーの表示が近未来的で、ブラックのケース&ダイヤルと好相性だった。500本しか作られなかったのが悔やまれる。

 まず、この時計のデザイン的な特徴は、ザラザラとした梨地の灰色のケースとベゼル12時のトライアングルと針などに挿されたオレンジ、これに同心円状に広がるアズラージュ加工が施された文字盤だ。差し色や文字盤もさることながら、本機のバンフォード感を強めているのはやはりグレーのチタンケースだと思う。彼は、今回グレード2チタンをケース素材に選択。これはいわゆる純チタンと呼ばれるもので、特有のグレーカラーとくすぶったような質感を宿す。チタンを時計のケースに採用するのは珍しくもないが、昨今主流なのはポリッシュなどの仕上げを自在に施せるグレード5チタン(チタンに他の金属を加えた合金)であり、チタンでもSSと遜色ない高級感を醸し出せる。そこへいくとグレード2チタンは、チタンの特性である切削効率の悪さの影響をモロに受けて、基本的に表面への加工は難しい。純チタンの質感がそのまま出てしまうわけだが、バンフォードはそこをうまく利用したというわけだ。

 冒頭にも触れたが、チタンを用いた時計というのは2021年の今、別に珍しいものではない。むしろ、1982年にIWCとポルシェデザインがコラボレーションして発表したオーシャン 2000や、1970年に登場した史上初のチタンウォッチであるシチズンのX-8など、過去の時代に新鮮だった素材ではないだろうか? 

 僕がこの時計に惹かれたのは、こうした腕時計の歴史とはかけ離れたところで、このアクアレーサーが純チタンを纏ったことも理由のひとつだ。なぜなら、それは新しい価値観だから。現代の仕上げ技術であれば、チタン(グレード5)をSSのように高級感ある見た目へと変化させることが可能と述べたが、それは2000年代に興り、2010年代にひとまず完成の域に達したものだと思う。つまり、今それをバンフォードがこの時計に用いる理由がないのだ。ピカピカのチタンウォッチを作ったところでつまらないのである。純チタンのザラザラと荒々しい質感こそが、彼の求めたものだったのだろう。再仕上げが困難、など素材としての負の特性などは、痛快なほどお構いなしだ。

 さて、チタンという素材そのものについて少し調べてみると、実は、チタンとは未だ発展途上の素材。リシャール・ミルなどをはじめとして、多くのラグジュアリーブランドがチタンをベースに新たな合金の製造にトライしているのが現状だ。近年の例だと、リシャール・ミルに顕著なタイタリットやチタンカーバイト、IWCのセラタニウムなどが続々登場。一方、今日の民間月面探査プログラム「HOKUTO-R」では、シチズンが製造したスーパーチタニウムが月着陸船の脚パーツの一部に採用予定など、チタンを巡る技術はまだまだ発展途上なのだ。こうした素材としての背景をバンフォードが知っていようがいまいが、今、純チタンをセレクトすることのセンスは、僕としてはグッとくるものがある。

 バンフォードとコラボレーションをした以上、このアクアレーサーに安パイな個性は皆無だ。タグ・ホイヤーは、それを許容するからこそアヴァンギャルドなのだ。どちらかというと、同社の中でもエントリーウォッチ的役割を担うアクアレーサーが、こんな挑戦的な姿で登場したことは拍手だ。この時計が素晴らしいのは、使い古されたチタンという素材で、時計の新しい顔を見せるという事実を示したことだと思う。

 過日、バンフォードは、自身のインスタグラムで“欲しかったけれど買い逃してしまった時計”として、モナコ V4を上げた。あの時計も技術的な革新性もさることながら、ミニマルながら尖った見た目が彼の好みに刺さったのだろう。同じ方向のアプローチが、今回のアクアレーサーからも垣間見える。

 我々も含め時計愛好家の間では、単にチタン製やカーボン製であるだけで時計をもてはやす時代は終わっている。過去10年間が、各社で最新素材の開発が盛んになった時代だったとすれば、これからの10年はそれらの素材から時計の個性を表現するためにどんな素材を選び取るのかが重要になるのかもしれない。鈍く存在感をたたえる純チタン製のアクアレーサーを見て、僕はそんなことを考えた。

タグ・ホイヤー アクアレーサー バンフォード リミテッドエディション:価格 42万円(税抜)、世界限定1500本;直径 43mm;防水性能 300m

その他、詳細についてはIntroducing記事をご参照ください。

タグ・ホイヤー公式サイト。

Photographs:Keita Takahashi