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論争を呼んだあのチューダーのP01は、2019年のバーゼルワールドでデビューを飾った。そのデザインには賛否両論あり、チューダーのファンを二分した。型を打ち破ったチューダーを称賛し、ブランドのミリタリーモデルのルーツへの実験的挑戦を認めようとする意見と、反対にこのP01は典型的な美しい実用時計とされるブラックベイからかけ離れ過ぎているという意見に分かれたのだ。
私たちは、最近チューダーのジュネーブ本社でこの時計の元になったオリジナル・プロトタイプを手に取る機会に恵まれた。それは、60年代に米国海軍からの時計受注を目指して始まったチューダーの“コマンドー”プロトタイプ開発計画から生まれたものであったが、その時計は量産されることはなかった。その理由は、ベゼルのロック機構があまりにも複雑すぎて手間が掛かるからだと私は推測する。軍からの契約は、コストパフォーマンスを考えてシンプルで頑丈な物を提案するメーカーが受注する傾向が高い。P01がそうでなかったと言っているわけではなく、このプロトタイプ開発のフェーズではそれ以上話が進まなかったのだ。
60年代というのは、実験的な挑戦が繰り返された時代だった。文化的な視点でその時代を見返してみると、平和、愛そして幸福という概念が人のイマジネーションを覆いつくしていた時代である。しかしながら、防衛産業の中ではその流れを理解しつつも、自由に全く新しい試みに挑戦していたのである。
冷戦が、これまでの常識を超えるテクノロジーの開発に集団、あるいは国を挙げて取り組む努力を加速させていた時代である。過去には決して想像できなかったような結果を出すためには、これまでにはないデザインを作り出す必要があったのだろう。このP01もまさにその考え方から生まれた時計である。これはもちろん、スイスで開発・生産されたものだが、基本的なデザインの哲学は60年代の米国海軍の流れを汲んだものになっている。
ここで思い出して頂きたいのは、テストパイロット(正確には宇宙飛行士)のウィリアム・ナイトがベルX-15でマッハ6.7をたたき出していた時代が60年代だったということである。破られない記録はない、という時代だった。そして、同時に忘れてはいけないのは、人類が初めて月面に降り立った時代でもあったということだ。
以上がこの“コマンドー”オリジナル・プロトタイプの時代背景であり、60年代の多くの実用時計は同じような感性を共有している。
時計全体の繊細な艶、時間の経過と共に味わいを増したブラッシュ仕上げのケースの質感。 そして現代のP01とは異なるマット仕上げのダイヤル。この仕上げは意図的にそうしたと私は考えており、ケースよりもむしろ文字盤に無反射加工を施したのではないだろうか。
ケースとダイヤルの比率を見ると、ベゼルにロック機構を取り入れたためにケースが相当大きくなっている印象だ。この時代のケースは、今日の防水技術がなかったため元来大きくなりがちだった。メタルケースという観点でいうと、このコマンドープロトタイプのケースはオメガ プロプロフのようなロック機構付きベゼルの一体鋳造ケースと同じ種類であり、コンテンポラリーなロレックス サブマリーナーのケースとは異質のものである。
P01が、プロトタイプから進化した最大のポイントがベゼルのロック機構だが、これははるかに操作性が向上していて、正に近代技術の賜物といえるだろう。見た目について、チューダーはオリジナルにあったベゼルロックを作動させる爪の位置を示す三角矢印を、P01では省いている。また短針をクラシックなメルセデス針からブランドを代表するスノーフレーク針に変更し、ロゴもバラから現在使われているチューダーのロゴに置き換えた。
チューダーは米国市場から長らく撤退していたが、2013年に高級製品群を引っ提げて再上陸した。もともと、実用時計を含むすべての時計は高級品のひとつであることに間違いはないが、ここでの意味は、今のチューダーは、特許技術を用いて米国海軍に時計を再度納入することを目論んでいる訳ではないということを明確にしておきたい。
このコマンドーが作られた当時は、米国海軍が顧客の一つだったことは事実である。近年、米国でこのブランドが再登場すると、2種類の異なるファンが生まれた。一方はブランドが持つミリタリーの歴史は気にせず、ほぼパーフェクトともいえるモダンでラグジュアリーな作りのダイバーズウォッチ・ブラックベイを支持する層、もう一方はこのコマンドーを生み出した軍隊との歴史的な関係性から、メーカーを尊敬している層である。このブランドに対する評価の分かれ方自体が、このP01が発売されたときの意見の賛否に表れていると私は考えている。
いずれにせよ、このオリジナルのプロトタイプを見れたことで、チューダーがこれまでどんなメーカーだったのかということを思い返せたことに感謝している。それと同時にチューダーにとって重要な要素の一つになった、このモダンなP01を世に送り出したことにも深い敬意を表したい。どれ程有名な方々が役員に名を連ねていたとしても、この大胆かつリスクを恐れないP01の市場投入という決断を可能にしたのは、このブランドがどこから来たのかということを忘れていなかったからにほかならないだろう。
チューダーP01に関するより詳細な情報は、公式サイトにアクセスしてください。
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