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Hands-On 映画『TENET テネット』の時計は?劇中で使われたハミルトンのモデルを紹介

2つの小道具が、秘密の、時間を超えた映画への窓を開く。

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最近の記憶の中で、『TENET テネット』ほど秘密に包まれた映画はなかった。世界中で一般公開されているにも関わらず、私はまだ見ていない。ニューヨークではまだ映画館がオープンしていないし、仮にオープンしていたとしても、心の準備ができているかどうかも分からない。しかし、大の映画好きの私は、予告編を初めて見た時から『TENET テネット』を見ようと心に決めている。クリストファー・ノーラン監督は、今日、名前だけで観客を引き寄せることができる唯一の監督かもしれない ― 現代のヒッチコック、キューブリック、またはスピルバーグのようなものだ。

 ハミルトンのマーフウォッチが誕生したのは 、クリストファー・ノーラン監督の「インターステラー」においてだった。この映画でプロップ(小道具)マスターを務めたリッチー・クレマーと私の会話を覚えている人もいるかもしれない。マーフウォッチがどのようにして作られたのかについて、また、ハリウッド映画でのプロップウォッチの製作や使用についての話をした。今回は、『TENET テネット』 で使用されたプロップウォッチの実物2つを試すことができ、映画のプロダクション・デザイナー(PD)であるネイサン・クローリー氏(『インターステラー』『ダンケルク』『ファーストマン』のPDも務めた)に、この時計がどのように機能し、どのようにして生まれたのかについて話を聞くことができた。彼と話したのは映画が公開される前であり、厳格なNDA(秘密保持契約)があったため、ここでのネタバレはないと言っておこう。

 私がこの時計を受け取ったときには、まだ映画は公開されておらず、この映画に関することは何もかも厳重な秘密と謎のベールに包まれていた。時計を受け取りにアパートの玄関に行くと、二人の制服姿の男と装甲車が出迎えてくれた。アビエーターグラスをかけた一人の男は、私を見て「IDをお願いします」と言った。私はIDを提示して、書類に署名し、ファスナーで留められた巨大な青いバッグを受け取った。この一連の経験は想定外ではあったが、映画の雰囲気にぴったりだった。

 時計の箱を開けて、まず気付いたのはその重さだった。今年の初めにハミルトンは、『TENET テネット』 に登場する時計にインスパイアされた、2つの特別仕様のビロウゼロをリリースしたが、それらはPVDコーティングされたチタン製だ。だが、これは違う。『TENET テネット』のプロップウォッチのベースとなった、このビロウゼロは、ハミルトンのラインナップの中にもある既存モデル(リドリー・スコットの映画『オデッセイ』でも使用されていた)で、PVD加工されたステンレススティール製のカタログモデルだったのだ。 

 これらはプロップウォッチであることを心に留めておくことが重要になる。プロップウォッチとは、その名の通り、映画やテレビの制作に使用される小道具のことだ。時計の場合、それは "ダミー "と呼ばれるものを使用するか、時を告げる機能のない時計を使うことになる。 『TENET テネット』 の場合、この2つの時計は、独自の方法で機能するという意味では、部分的なダミーと言えるが、それでも時を告げないことは確かだ。

 この時計は、映画のプリプロダクション(撮影前の準備段階)の早い段階から構想されていた。脚本とプロットに基づいて、この映画のために特別に時計を作る必要があることが明らかになった。ハミルトンに与えられたのは、クローリーとノーランが必要とするものを作るための十分な情報だけだった。「何を」は知らされていたが、「なぜ」は決して明かされなかった。ビロウゼロのミリタリー調の外観が決め手となり、クローリーとノーランは、これをもとに改造していくことにしたのだ。そのアイデアは、カウントダウン/アップ機能付きの赤・青2色の大きなデジタルディスプレイをダイヤルに搭載することだった。この時計の製作にまつわる大げさなまでの秘匿性を考えると「ハミルトンにとっては奇妙に見えたかもしれない」とクローリー氏は言う。「彼らは私たちがなぜ、10から0までカウントダウンし、また逆にカウントアップする時計を2色で作れと言っているのか分からなかっただろうし、また、それを欲しがる理由も検討がつかないはずだからです」

 試作の段階で、複数の針とデジタルディスプレイを一緒にするのは不可能だということが明らかになった。その後、アナログの針を使わずにデジタル表示だけを行うことが提案されたが、それは却下された。クローリーとノーランのプランでは、針とデジタル表示の両方をもつことが前提だったため、代替案を考案する必要があった。その結果は、最終的に、映画製作の中でのみ使用する特別仕様となった。それぞれに針が異なった一定の時間を表示する大量の時計がオーダーされ、デジタル表示に対応するように針の向きを固定し、合計で各色40本ほどの時計が作られた。現代の技術の進歩を考えると、なぜわざわざこんな面倒なことをしたのかと不思議に思うかもしれない。クローリーが言うには、「私たちはデジタル的な処理はしたくなかったし、時計のダイヤルのCG版を作るつもりもありませんでした。全てカメラの中でやりたかったんです」とのことだ。

  テネットウォッチの最終デザインが、まさに今の姿だ。2針のダイブスタイルのアナデジウォッチで、デジタル表示は赤、または青で点灯する。先に述べたように、この時計は機能しない ― まあ、少なくとも針は動かない。また、アナデジウォッチ(ブライトリングのエアロスペース、オメガX-33、またはG-SHOCKなどがある)のように見えるが、そのようには機能しない。前述したように、機械式であろうとなかろうと、内部にムーブメントがない。この場合、ムーブメントの機構がデジタルプレートを通って破壊してしまうからである。企画から製作まで約4〜6ヵ月かかったが、デジタルでない既存のハミルトンの時計にデジタル表示を統合したという事実を考えると、実際に機能するモデルを作るのには十分な時間がなかったのだろう。

赤色のバリエーション(電源オフ)。納品時には、ワイヤーを時計に固定するための輪ゴムが巻かれていた。

 どうやら、青と赤のデジタルディスプレイは、照明条件によって光り方が違うようだ。日中では青の方が目立ち、赤の方は日陰になると目立つ。また、赤のディスプレイを点灯させるためにはかなりの電力が必要で、赤のモデルには、ケースバックに配線が接続された外部バッテリーが付いていることに気付くだろう。青色のモデルでは電池が時計の内部に隠されている。 80本以上の時計が必要だったことに加えて、何かあったときのためのバックアップも用意された。マーフウォッチと同様に、テネットウォッチでもデジタルタイミング機能の設定や、撮影中、シーンに対応した正しい時針が選択されているように確認するなど、時計の操作を担当する技術者が必要だった。クローリーの言葉を借りれば、「時計が撮影のスピードを落とすことがあってはならない」ということになる。私の調べた限りでは、そんなことは起こらなかったようだ。

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 ケースはブラックPVDコーティングを施したSS製で、ダイヤルはマットブラックにダークグレーのアラビア数字を配した、ほぼラッカー仕上げのような質感だ。針は幅広のアロースタイルで、内側の部分にサンドブラスト加工が施され、グレーの濃淡がある。ハミルトンのテネット特別仕様モデル、ビロウゼロとは異なり、こちらには秒針が無い。プロップウォッチ専用のデジタルカウントダウンタイマーが搭載されているためであり、これは特別仕様モデルにも、他のどの市販モデルにも搭載されていない。

 さまざまな角度からこのプロップウォッチのダイヤルを見ると、ひび割れや傷のある部分が見えてくる。ダイヤルは2つのパーツから成るように見え、ミニッツトラックは中央のダイヤル部分から分離しているようだ。これは、アラビア数字を含むダイヤルの中央部分がカウントダウン表示を含むためだ。ダイヤルのこれら2つの部分の隙間から青や赤の光が覗いているのを実際に見ることができる。上の画像を見ると、数字のゼロのところからブルーライトが滲み出ているのが見える。

 前述したが、赤バージョンは外部のバッテリーパックから追加電力の供給を必要とする。バッテリーが外付けで、電子配線を介して時計に接続されていることを考えると、手首に着用することは少し困難だ。バッテリーパックは、プラスチック製で黒の長方形のよくあるタイプである。赤バージョンのカウントダウン機能に電源を入れるオンオフのスイッチが付いていおり、バッテリーからの配線は、ケースバックのエングレーブ部分の小さな穴を通って時計に入る。これにより、おそらく防水性は無くなるが、このような時計では問題にはならない。バッテリーの電源を入れると、ダイヤルに00:00の表示が現れる。

 青バージョンは、外付けの部品は無いが、やはり重い。46mmのステンレス鋼の塊にバッテリーを詰め込んでいるのだから当然だ。配線のないこのバージョンを装着してみて、どのように腕にフィットするかを確認することができた。時計のサイズを軽く考えがちで、他の人が思うよりも小さいと言うことが多い私でさえ、これを小さいとは感じなかった。この時計は非常に大きい。そのサイズはカウントダウンタイマーのためにより多くのスペースを与え、その結果、非常に読みやすくなっている。劇中における、デジタル表示機能やその目的が分からないのが悔やまれるが(映画を見ていないからだ)、目新しさとしての機能は評価できる。映画を見たことがある人は、きっと理解が深まるだろう。

 ストラップはとても快適だった。これだけの重さのある時計なのに、ラバーストラップはその重さを相殺するように手首に固定する。ピンホールが二列なのもありがたいし、率直に言って、それは必要だったと思う。もう1つ嬉しいのは、一番端のポジションで留めて手首に着けた状態でも、ストラップの端が時計からはみ出ていないことだ。

 どちらの時計も同じエングレービングが施された裏蓋のデザインと、"H"と刻印された特大のリューズが特徴だ。全体的に、この時計は堅牢で、よく出来ていると感じられた。実際の軍用時計ではないことは分かっているが、そのような雰囲気を醸し出している。これを身に着けていると、まるで オーバースペックのG-SHOCKを着けているような感じだ。そして、スパイ活動や秘密の任務に乗り出す準備ができたかのように感じる。時計の唯一の機能であるカウントダウンタイマーをどのように操作するかさえ分かればいいのだが...。

 機能的には、赤がカウントアップ、青がカウントダウンを意味する。私は、映画のプロダクションデザイナーに教えてもらったのだが、それでも機能を操作するのに苦労した。デジタル表示はリューズを介して起動。そこにクリックシステムが組み込まれ、何回クリックするかによって異なる結果が出ることになっていた。私はさまざまな方法でクリックしてみたが、どのようにしても、カウントダウンタイマーを起動させることしかできなかった。1回のクリックでカウンターが起動し、もう1回押すとディスプレイが点灯する。バックライトなしでは青のモデルはターコイズブルーのように見えるが、ライトアップすると、より深くて強い青になる。赤色は標準的な色に見える。赤色のデジタルディスプレイを見たことがある人なら(デジタル目覚まし時計を思えばいい)、お分かりいただけるだろう。大きな違いは、青が点灯するとダイヤル全体が点灯するのに対し、赤は数字だけが点灯することだ。

 撮影中、赤と青のデジタル表示の違いを考慮して、カメラがそれを適切に撮影できるよう、クルーは両方の時計の表示を強化しなければならなかった。繰り返しになるが、これらのカウントダウン/アップタイマーが映画の中でどのような役割を果たしているのかは分からない。NDA(秘密保持契約)のため、クローリーは事実上、この映画について何も話すことが出来なかった。私が知り得たのはディスプレイが "必要不可欠な要素 "ということだけだ。あとは好きなように想像して欲しい。

 全体的に、この時計は私が予想していた通りのものだった。本物の時計は(願わくば)絶対にあり得ない不完全さをもつ、機能しない小道具であり、しかし、それがかえって本来の意図された用途を愛しいと思わせた。私はいずれ映画を見るつもりだが、この時計を間近で見た今、私の目はそれを見つけようとスクリーンに釘付けになるだろう。映画の舞台裏の世界は、とても魅力的だった。そして、この時計とその背景にあるストーリーには、期待を裏切られることは無かった。

編集部注:もちろん、私たちはいろいろな地域に住んでいて、映画館に行くためのルールや規則は地域ごとに異なる。映画館が再開している地域に住んでいて、映画を見たことがある人は、見ていない人にも敬意を払うようにしよう。下のコメント欄にネタバレを入れるのは控えて欲しい。 

Photos:カーシャ・ミルトン