2024年11月、チューダーはペラゴスの軍用モデルから派生した最新作を公開した。当初は2021年のFXD マリーン・ナショナーレ(フランス海軍)と2022年のFXD ブラック(通称U.S.N.)を踏襲していたが、今回のペラゴス最新作は、GMT機能とそれに対応する24時間ベゼルを備えることで、FXDをダイバーではなくフランス海軍パイロットのためのプラットフォームとして再構築した結果、当初のコンセプトから大きく離れたものとなった。これに意外性のあるカラーリングを加えることで、やり過ぎだと感じる人もいれば、あと一歩足りないと感じる人もいるが、そのあいだにいる層の人にとっては完璧なチューダーが生まれることになる。
ちなみにトラベルウォッチの完全なマニアであり、ペラゴスの大ファンである僕は、ペラゴス39をつけて航空機の14A席でこの記事を書きながら、この新モデルを実際に見てみたいと思った。
同僚のマークがIntroduction記事でこの発表を取り上げており、その記事には詳細なスペックも掲載されているため、ここでは簡単に触れるだけにしよう。ペラゴス FXD GMTのサイズは、幅42mm、ラグからラグまでの全長は52mm、厚さ12.7mmである。FXDがほぼオリジナルの寸法を維持している(クロノグラフモデルは43mm)ので、ほとんどは予想どおりだが、チューダーのGMTモデルであることを考えると、この厚さにはいくつかの背景がある。それについては、のちほど説明しよう。
グレード2のチタンケース、クローズドケースバック、このモデルの特徴である“ハメ殺し”ラグ、そしてペラゴス LHDの温かみを取り入れた配色に加え、(フライヤーの)GMT針にはリッチなオレンジの差し色が施されている。ベージュの夜光は、FXD GMTにおけるもっとも議論を呼ぶ要素のひとつとなっているが、この美学はオリジナルのFXDやブラックバージョンとはまったく異なる印象を与える。一方で、アリンギ・レッドブル・シリーズのカーボンケースにブルーやレッドを用いたモデル、あるいはチューダーのサイクリングチーム向けモデルよりは予想しやすいものとも言える。
当初、プレスリリースの画像を見た印象では、FXD GMTには何か物足りなさを感じていた。レンダリング画像の色合いも、これがペラゴスだというコンセプトも、僕にはあまり響かなかった。それと同時に“これはダイバーズウォッチではないのか?”という疑問が湧いてきた。
知ったかぶりなのは自覚しているが、これまでにもダイビングを想定していないペラゴスを見てきたし、FXD GMTがパイロットの使用を意図して開発されたことを考えれば、GMTダイバーズ(200mの防水性能はそのまま)の形式に則ったのは理解できる。というのも、ダイバーズGMT(潜水経過計測ベゼルと24時間計が内蔵されたタイプ)は、ヘリコプターを操縦しながら使用するには手間がかかりすぎるからだ(と僕は推測しているが、実際に試させてくれる人はいない)。ちなみに、ヘリコプターの話はほぼ冗談だ。要するにこれはGMTウォッチであり、ペラゴスでもあるということだ。フランス軍内の特定の用途や背景とのつながりは、多くの時計愛好家にとってはそれほど重要ではないだろう(ちなみに、グリーンのファブリック製ストラップに付属するサイン入りソフトキーパーは、軍章を付けたくなければ取り外し可能だ)。
機能の話に戻ると、24時間ベゼルの利点は別のタイムゾーンを表示する際にリューズで針を操作する必要がない点だ。GMT針をUTCに固定したままベゼルを回転させれば、UTCからの時差(時間単位)に基づいて別のタイムゾーンを簡単に表示できる。このレイアウトでは、UTCを常に確認することも可能だ。機能的に、FXD GMTはブラックベイ GMTやロレックス GMTマスターIIと同等の能力を備えている。
余暇にダイビングを嗜む立場から言わせてもらえば、特にダイビングコンピュータのバックアップとして使用するのであればこのベゼルをダイビングに利用することは十分可能だ。ペラゴス好きとしては、ダイバーズウォッチとして設計されていない新モデルが登場するたびに少し驚かされるが、チューダーがペラゴスを現代的なスポーツウォッチデザインの“すべてを盛り込んだ”ようなシリーズへと拡大している以上、GMT機能の追加はそれほど驚きではない(特に、先に触れたサイクリング FXDと比べればなおさらだ)。
GMT機能はチューダーの自社製ムーブメントMT5652-Uに由来している。これはブラックベイ プロに搭載されたムーブメント(“U”はMETASマスタークロノメーター認定を示す)を基にしている点で興味深い。さらに興味深いことに、このムーブメントは最近のブラックベイ 58 GMTに採用されているもの(厚さ12.8mm、MT5450-Uを採用)とは異なる。
なぜ興味深いのか? それはブラックベイ プロの厚さが14.6mmであるのに対し、FXD GMTは1.9mmも薄いからだ。この差は腕時計の世界では大きな違いといえる。これはチューダーがムーブメントのパッケージング技術をさらに向上させた結果なのかもしれない(実際、FXD GMTのダイヤルは風防に非常に近い)。あるいは、ブラックベイ プロの厚さは単にムーブメントの厚みだけではなく、ブラックベイ プロにブラックベイシリーズの本質を体現させるための意図的なデザインだったのかもしれない。
ともあれ、薄型化をマイナスに捉える人はほとんどいないだろう。時計愛好家にとって、新しいモデルを評価するときに厚みは欠かせないポイントだ。その意味で、FXD GMTの驚くほど薄いプロファイルは、チューダーにとって大きなアドバンテージになると僕は考える。もしGMTが標準的なFXDよりも2mm厚かったとしたら、市場の反応がどうだったか想像してみて欲しい…。
実際に手にしてみると、配色やGMTらしさに対する最初の懸念はすぐに消えた。個人的にはペラゴス 39に近い配色のほうが好みだが、FXD GMTは実物で見ると非常に魅力的で、焼けたような夜光とオレンジのアクセントの組み合わせは、写真で見たときの印象を大きく上回る調和を見せていた。この週末、オリジナルのペラゴス LHDと並べられたFXD GMTを見る機会もあったが、そのカラーリングはLHDに非常によく似ていた。
そう、もし僕がデザインの責任者だったなら、新モデルはもっともニュートラルな配色(ブラック/ホワイトやブルー/ホワイトなど)からスタートし、そのあとでほかの色をラインナップに加えるだろう。ブラックのFXDが成功した例を見れば明らかだ。チューダーは色の選択において非常に明確な意図を持っており、特にスタンダードモデルやダイバーズモデル以外では、もっともオーソドックスな配色から始めることはほとんどない。
今年初めのWatches & Wondersで展示された“モノクローム”ブラックベイのような、よりオーソドックスなモデルよりもずっと前に、僕たちはブラックベイのギルトアクセントを見ることができた。初代FXDはブルーダイヤルで登場したが、ブラックベイ 58 GMTはギルトアクセントとレッド/ブラックの配色が採用されている(初代ブラックベイやブラックベイ 58の仕様を忘れないでほしい)。
この配色が大きな魅力だと感じる人もいれば、理想的な配色が登場するのを待つあいだ購入を保留にする人もいるだろう。もちろん、僕はチューダーの未来を見とおす水晶玉を持っているわけではないが、彼らが配色の展開について決まった戦略を持っているわけでもないだろう。初代ペラゴスは何年もかけて複数の配色が登場したが、39については今のところ1色しかない。そのため、この先どうなるかについては、僕の推測も皆さんと同じ程度だ。
手首につけてみると、FXD GMTはこれまでに試したどのチタン製FXDとも同じくらいつけ心地がよい。時計本体は低く平らに収まり、フィット感も抜群だ。ラグの長めの形状も、付属の面ファスナー式ストラップでうまく調整できる。繰り返しになるがこれは完全に主観的な話であり、人それぞれの手首の形状次第だ。FXDは僕の理想よりも少し大きめに感じるがそれでも非常に装着しやすく、バランスの取れた美しい時計だ。
FXDのサイズが気にならない、つまり実際に試着してしっくりきたのであれば、FXD GMTに客観的な欠点を見つけるのは難しいだろう。ベゼルは48クリックの双方向回転式で、その操作感はとても心地よい。2種類の夜光(時刻用がブルー、GMT用がグリーン)は明るく、識別が容易だ。また200m防水と日付表示も備えている。それ以外は基本的にFXDの特徴そのままであり、標準的なブラックFXDモデルは、現在世界で最高のスポーツウォッチのひとつだと断言できる。ただし僕のように、もう少し小さくてストラップやブレスレットの自由度が高いモデルを好むならペラゴス 39を選ぶほうがよいかもしれない。
話が脱線した? たぶんそうだろう。個人的にはFXD GMTは僕の理想とするチューダーGMTではないが、それでもきわめて魅力的なモデルであり、これまでのFXDのなかでももっとも気に入っているモデルのひとつだ。39よりも大きい時計を選ぶのであれば、複雑な機構を備えていてもまったく問題ない。
最後に、どんな時計も、たとえ人気が高いモデルであってもほかのモデルとの比較を避けてとおることはできない。そこでいくつかの競合モデルについて考えてみたい。FXD GMTは仕様が1種類のみで、価格は65万1200円(税込)。この価格帯には多くの競合が存在する。GMTウォッチの現状については今後別の記事で詳しく掘り下げる予定だが、今回はざっくりとした価格帯でフライヤーGMTに絞って考えてみる。
この価格帯でスポーティなGMTを展開しているブランドは少なく、競争はやや限定的だ。それでも、まず挙げられるのがグランドセイコーだ。たとえば、47万3000円(税込)のクォーツGMTであるSBGN027や、直径44mm、厚さ14.7mmのスプリングドライブGMTである75万9000円(税込)のSBGE201などがある。グランドセイコーのGMTウォッチは幅広く展開されているが、その多くはチューダーよりも価格が手ごろ(クォーツモデルの場合)か、SBGE201のように高価なモデルのどちらかだ。
グランドセイコー SBGN027とスプリングドライブ SBGE201。
チューダーより下の価格帯でも検討に値する競合モデルとして、ロンジンを挙げたい。46万7500円(税込)で手に入るハイドロコンクエスト GMTは、41mm幅のケースに伝統的なダイバーズベゼルを備え、見た目も素晴らしく、フライヤーGMT機能を提供している。チタン製ではなく、FXDのように型破りなデザインではないものの優れたGMTウォッチを生み出している名門ブランドの逸品であることに変わりはない。
同価格帯では、ロンジン スピリット Zulu Time チタンモデルも注目に値する。62万4800円(税込)で販売されており、これは以前企画したHODINKEE限定版の通常生産モデルともいえる。直径39mm、厚さ13.5mmと、チューダーよりわずかに厚いが、ラグ間の全長は46.8mmとかなり短い。つけ心地もよく、堅牢なムーブメント、グレード5チタン素材などの特長を備えている。個人的には、これが現時点でチューダーGMTの市場における最強のライバルだと思う。
ロンジン ハイドロコンクエスト GMTとスピリット Zulu Time チタン。
この話をさらに掘り下げると(以前も同じようなことを言ったことがあるが)チューダーの最大の競争相手は、おそらくチューダー自身だという結論に至る。FXD GMTは、初代ブラックベイGMT(多くの時計の基盤を築いた)、ブラックベイ プロ、そしてブラックベイ 58 GMTといった、同価格帯にある非常に優れたモデルと競い合わなければならない。
もちろん、チューダーに競争相手がまったくいないとは言えないが、ブランドが価格設定において非常に戦略的である点は注目すべきだ。FXD GMTのより直接的な競争相手としてロンジンが挙げられるのは興味深いが、これはあくまでロンジンの最高スペックであるチタン製モデルを選ぶという前提で成り立つ話だ。
チューダー ブラックベイ プロ
はっきり言えば、いまでは15万円以下でしっかりしたフライヤーGMTが手に入る。その流れをつくり出したのはブラックベイ GMTであり、いまや市場は進化を遂げ、チューダーがGMTマスターIIの空白期間を埋める形で築いた価格帯で地位を維持するために、自らと競争しなければならない状況にある。なんという世界だろうか、そしてGMTファンにとってはなんと素晴らしい時代だろう。
これがFXD GMTだ。僕はこのモデルをかなり気に入っている。たとえこれが僕が目を閉じて思い描くチューダー GMTではないとしても、特定の要件に応じてFXDプラットフォームに適切に仕立てられた時計だと思う。個々の時計やフランス海軍とのつながりを超えて、ペラゴスが本質的に、チューダーの現代的なプロフェッショナルラインアップへと進化していることが非常に興味深い。しかもそれは、ダイバーズウォッチという枠を超えたものだ。
チューダーは、ロレックスが長年プロフェッショナルラインナップのために採用してきた戦略を一部取り入れ、自社の関心領域を反映したモデルを展開しているように見える。ロレックスがエベレスト登頂、ダイビング、パンナム航空のパイロット、洞窟探検などをテーマとして掲げていたのに対し、チューダーはダイビング、サイクリング、セーリング、フランス海軍とのつながりを強調している。そしてロレックスが1950年代にパイロット向けに構築した機能を、チューダーは自社のスタイルで表現して追加したのだ。
では次に何が登場するのだろうか? 僕たちはみな、それを知りたがっている。ペラゴス レンジャー? 冗談だ。ただもしかするとカラーバリエーションが増えるかもしれない。これは全員にとっての理想のペラゴスではないかもしれないが、ペラゴスの夢は生き続け、さらに進化を遂げようとしているのは間違いない。
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