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2023年、ティファニーは出版社のシュタイデル(Steidl)と提携し、ブランドのアーカイブコレクションに収められた品々を掲載したコーヒーテーブルブックを発表した。この本は『ザ・ティファニー・アーカイブス(The Tiffany Archives)』という名のとおりティファニーの歴史を詳細に記したもので、アメリカを代表する宝飾ブランドとしての歩みを振り返っている。そのなかには128ctという圧倒的な輝きを誇るティファニーダイヤモンドなど、世界的に有名な品々が紹介されている。そして今、ブランドはその時計製造の歴史におけるティファニーダイヤモンドと言える存在を入手したのだ。
アーサー・ロストロン(Arthur Rostron)船長のティファニー製懐中時計には、128ctでイエローのクッションシェイプダイヤのようなわかりやすい価値はない。実際のところこの時計は機能していないようで、時針しか付いていない。
Image courtesy of Getty Images.
この時計がタイムオンリー(計時のみ)の懐中時計として史上もっとも高額な部類に属する理由は、その歴史的背景にある。この時計の出自は1912年にさかのぼり、ニューヨーク社交界で名を馳せた3人の女性によって購入され、自分たちと約700人の命を救った男性への贈り物として贈られた。
1912年4月15日、カルパチア号のアーサー・ロストロン船長は、ニューヨークから現代のクロアチアに位置する港町リエカへ向かう航海の途中でタイタニック号からの遭難信号を受け取った。「ただちに来てください。氷山に衝突しました」というメッセージだ。カルパチア号はタイタニック号から3時間半の距離にいたが、ロストロン船長は乗組員に対して氷の流れを突き抜けて全速力で航行するよう指示。生存者を救助するための準備を命じた。船長の決断力が大きな要因となり、彼とその乗組員はタイタニック号の救命ボート20隻を発見し、700人以上を安全に救助することができたのである。
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タイタニック号の公式な生存者数は705人であることを念頭に置いてほしい。タイタニック号の事故で生存できたのは、ほぼ間違いなくロストロン船長のおかげだと言える。
当然のことながら、ロストロン船長は世界中で英雄として称賛された。感謝の意を示すため、この事故の生存者であり未亡人となったニューヨークの上流社会に属する3人の女性、マデリン・タルメージ・アスター夫人(Madeleine Talmage Astor、ジョン・ジェイコブ・アスター4世の妻)、マリアン・ロングストレス・セイヤー夫人(Marian Longstreth Thayer、ジョン・B・セイヤーの妻)、エレノア・エルキンズ・ワイドナー夫人(Eleanor Elkins Widener、ジョージ・D・ワイドナーの妻)は、Touchon & Co.製造のこのティファニーの懐中時計をロストロン船長に贈った。
ケースバックの内側には、次のように刻まれている。「1912年4月15日、タイタニック号の生存者3人、ジョン・B・セイヤー夫人、ジョン・ジェイコブ・アスター夫人、ジョージ・D・ワイドナー夫人より、心からの感謝と敬意を込めてロストロン船長に贈る」。この時計自体は20世紀初頭に流行した超薄型の男性用懐中時計の優れた一品であり、当時の上流社会で人気を博していたスタイルを踏襲している。Touchon & Co.はジュネーブを拠点に最高品質の時計を製造するメーカーであり、オーデマ ピゲ、ルイ・エリゼ・ピゲ、ルクルトなどからエボーシュ(ムーブメントの基盤となる部品)を調達していた。
ティファニーは先日、この懐中時計を11月に開催されたオークションを通じて取得したことを発表した。このオークションはタイタニック号およびホワイト・スター・ライン社関連の記念品を専門とする英国のオークションハウス、ヘンリー・オルドリッジ・アンド・サン(Henry Aldridge & Son)によって実施された。価格は156万ポンド(197万ドル、日本円で約3億800万円)であり、タイムオンリーの懐中時計として史上最高額のひとつとなるだけでなく、タイタニック号関連の遺物としても新たな記録を樹立した。これまでの記録保持者には、ジョン・ジェイコブ・アスター(John Jacob Astor)の所有していたウォルサム製懐中時計(今年4月に150万ドル、日本円で約2億3500万円で落札)や、2013年に140万ドル(当時のレートで1億3720万円)で落札されたバイオリンが含まれている。
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この懐中時計は1912年5月31日、ニューヨーク市にあるアスター夫人の邸宅で催された昼食会の席で贈呈された。この昼食会は、アスター夫人が夫の死後初めて主催した社交イベントとして知られている。このティファニー製の懐中時計はその後70年以上にわたりロストロン船長とその家族の手元にあり、その歴史的背景にさらなる価値を加えている。
ティファニーはアーカイブ購入で注目を浴びることを得意としており、特にLVMH傘下となってからはその傾向が顕著である。LVMH傘下のティファニー時代の最初の大規模な広告キャンペーンではジェイ・Z(Jay-Z)とビヨンセ(Beyonce)が登場するなか、ロビンエッグブルーのバスキア(Basquiat)の絵画が大きな話題を呼んだ。この絵画、Equals Piはアルノー家によって1500万ドルから2000万ドル(当時のレートで約16億円から22億円)で購入され、現在はニューヨークのフィフスアベニューにあるティファニーの旗艦店に展示されている。
ロストロン船長の懐中時計は、来月ロサンゼルスで開催されるLVMHウォッチウィークで展示される予定である。そのあいだにティファニーの時計職人たちが、せめて時針と秒針の適切な代用品を見つけてくれることに期待したい。ブランドによれば、この時計はその後も主要なイベントや店舗オープニングで展示される予定とのことだ。
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