チューダー ブラックベイ 54は、私が時計界隈に足を踏み入れて以来、無意識のうちに待ち望んでいた時計だ。私のことを知っていて、私の時計の趣味をちょっとでも理解している人なら、私が現代のチューダーを望むという考え自体、現実からほど遠いと思うだろうが、とにかく説明させて欲しい。なにも私はチューダーの37mmダイバーズウォッチが天から降ってくるのを待っていたわけではないが、それほどハードルの高くない私(が理想とする)の条件を満たすモダンなツールウォッチを望んでいた。頑丈で、スポーティな外観で、直径36~38mmのサイズを。そして最も重要なのは、オフィス以外でも時計のイベントでない場所でも、実際に身につけたいと思えるほどデザイン性が高く、見た目もクールであることだ。
私は現代のチューダーに対して、感情を揺るがすような魅力を感じたことはない。私にとってチューダーはいつだって踏み込んではいけない領域だった。決められたとおりにツールウォッチを使うのをよしとする男性の世界といった感じだ。華やかさもなければ色気もない。BB58(39mm径)は万能で素晴らしい時計だが、私の好みからするとやはり大きすぎる。同じようにスポーティな満足感を求めるほかの女性には最高の選択になるとわかっていながら、私は個人的なレベルでBB58に寄り添うことができなかった。
ツールウォッチに関しては、36~37mmのサイズレンジが私の好みだ。存在感があり、適度な重量感もあり、それでいて手首全体を包み込み、時計が主役になってしまわない、その絶妙な立ち位置が好きなのだ。普段、私は腕時計に、ひとつの豪華主義的要素ではなく最後の花を添える役割を求めている。
私は36mmのエクスプローラー Ref.112470を持っていて、文字どおり毎日つけている(セルペンティをつけている日は別なのは、おわかりだろうが)。私はこれが完璧だと思っている。しかし、もっとあからさまに実用的な雰囲気を持つモダンなツールウォッチを探すのは不可能に思えた。ベゼルが付いていて(沸騰したお湯が抹茶の旨みをいちばん引き出す最適な温度まで下がるまで待つ時間の計測など、極めて日常的な使用のために)、遠目に見てもツールらしく見えるものが必要だった。それだけ私はツールウォッチクラブの一員になりたかったのだ!
時々、開放的な気分になると37mmのロレックス サブマリーナーのリリースを夢想するが、ふと現実に戻り、36mmのヴィンテージチューダーのサブマリーナーがあることを思い出し、それから37mmのヨットマスターを思い出す。それに33mmのチューダー ミニサブがある。ヴィンテージ風のチューダーダイバーズウォッチに関する記事を書くにはミニサブ抜きには語れない。私はミニサブが大好きで、価格も手頃だ。1年以上前から購入を検討していたが、ロレックスがもっと小さいサブを作ってくれないかと時計の神様に(無駄だとはわかっていながらも)祈るたびに、チューダーのミニサブでロレックスの小さな心の隙間を埋めようと足掻いていたのだ。しかしベビーダイバーは別のジャンルである。90年代のベビーダイバーはシャカシャカ音を立てて、ゆるくて自由で、ほとんどオモチャのようだ。タグ・ホイヤーのベビーダイバーに身を包んでキャメロン・ディアスになりきるのも楽しいが、本音を言えば、重厚でどっしりとした力強さを感じさせてくれる時計が欲しい。
実は4月にWatches & WondersでBB 54が初めて発表されたとき、私はあまり注目していなかった。ベン、ジェームズ、ダニー、そして私がHODINKEE Radioでショーの初日の報告をするまでは、展示会疲れの靄の中で、そのニュースをなんとなく聞き流してしまった。彼らは当初、このリリースにある種の戸惑いを感じていたようだった。37mmのブラックベイは必要なのか? 誰に向けた時計なのだろうか? と。
そのときにピンときた。チューダーは革命を起こしたのだと。この時計はピンクダイヤルやダイヤモンドのベゼルのような罪深いほど浅はかな性別に対する固定観念に毒されていない、より小さい時計をいつも探している私やほかのすべての女性のためのものだったのだ。BB58の成功と、チューダーがヴィンテージにインスピレーションを得た極めて完成度の高いダイバーズウォッチを製造する能力を高く評価されている事実も相まって、本モデルは注目を集めるに違いない。しかし同時に小径のツールウォッチにまつわる話題の裾野を広げ、より多くのモデルを生み出すという課題を解決する可能性を秘めた時計でもあった。
いや、この民主的なサイズの時計が女性を取り込むために意図的にデザインされたとは思わない。むしろチューダーが真の歴史的プロポーションを持つブラックベイを作ることは、現在の時計愛好家の欲求を考えれば理にかなっている。しかし37mmという直径は、その土俵を自然に広げてくれる。私はこの時計が女性向けであることを強調することなく、私の射程圏内に入ってきたことを嬉しく思っている。それとチューダーの本気度も感じられる。今こそ当該モデルのマーケティングのプロモーションがさらに必要だと思われるが、焦らず待ちたい。
手首の上で1週間過ごして
W&W後の本拠地で、他人の意見に惑わされることなく、自分の言葉で本能的に実感できる静かな時間を過ごすために私は初めてBB 54を試着した。私は彼女(BB 54)を装着し、真新しいT-fitクラスプ(ロレックスのグライドロックと同様、長さの微調整が可能)を留めた。するとどうだろう、この趣味に真に打ち込み、時計を試着したときに感じるアドレナリンの波動が実際に身体的な感覚を引き起こしたのだ。それは私だけだろうか? とにかく稲妻が体を突き抜けるようなことが起こったのだが、私の手の届かないもの(ダイヤモンドがセットされたセルペンティなど)を試着したときに経験するような、より慎重で大人びたものだった。それは私が求めていたものがすべて丸く収まったような感じだった。時計の神様が届けてくれたのだと思った。オメガ ディープシー プラネットオーシャンのような荒々しさを感じさせないダイバーズウォッチだ!
37mm×11.24mm(ラグからラグまでは46mm)のブラックベイ 54は、1954年にチューダーが発表したブランド初のダイバーズウォッチ、チューダー オイスタープリンス サブマリーナー Ref.7922から由来する。この時計は一般に販売されていたが、カタログには掲載されなかったというのが興味深い。Ref.7924 ビッグクラウンは1958年に発表され(果たしてBB58の由来となった)、市販もされたが、やはりカタログには掲載されなかった。パンフレットに印刷された最初のチューダー サブマリーナーは実はRef.7928であった。
チューダーに言わせれば、私の愛するBB 54のヴィンテージインスピレーションの源泉はRef.7922だ。歴史書を深堀りしてみると、より希少で間違いなく興味深い要素があることがわかるのがRef.7923だ。手巻きムーブメントを搭載した7922の兄弟モデルで、チューダーとロレックスの両ブランドを見渡しても唯一という手巻きサブモデルである。数年後、1956/57年に製造されたRef.7923は、ダイヤルに“SELF-WINDING”のスマイル表記ではなく、直線書きで表記されている(それもそのはずで、このモデルは自動巻きではなかったのだ)。6時位置に刻まれた“ROTOR”、“SELF-WINDING”の表示の代わりに、ダイヤルには“SUBMARINER”、“SHOCK-RESISTING”の表記が刻まれ、針は初代サブマリーナーに使用されていたメルセデス針とは対照的なペンシル型が採用されていた。
チューダーは2015年開催のOnly Watchですでに、より伝説的な手巻きモデルRef.7923を参考にしている。そしてある意味、BB 54はその2015年のタイムピースの進化版であると同時に、先代のRef.7922にインスピレーションを得たRef.7923をお手本にしているのだ。
BB 54の真の実力は、完全に現代的なムーブメントを搭載しながら、本格的なヴィンテージ感を備えている点にある。時、分、センターセコンドを表示するマニュファクチュールムーブメントのCal.MT5400を搭載し、パワーリザーブは約70時間を誇る。また、ヴィンテージ風であるにもかかわらず、“フォティーナ(フェイクパティーナ/経年変化)”風では明らかにない。チューダーの大成功を収めたBB58と真っ向から比較したくなるのが人情というものだ。 このふたるの時計は非常によく似ているが、比較すべき点はサイズの違いだけではない。BB 54は58よりもはるかにスリムですっきりしている。ハッシュマークがなくなり(時間を測るのが少し難しくなる)、12時位置に赤い逆三角形がなくなり、リューズが大幅に小さくなり、金メッキのアクセントが減ってクールなトーンになり、ダイヤルはマットではなく光沢のあるサテン仕上げになっている。
HODINKEEオフィス内の噂に聞いたところでは、ダイバーズウォッチ愛好家のあいだでは、この点が本当に論争になっているそうだ。しかし大多数はマット仕上げのダイヤルを支持しているそう。私はこのツールウォッチ界隈の新入りなので、艶っぽいダイヤルが好きだと率直に言おう(私のエクスプローラーRef.114270も同意見だ)。でも、もし私が少数派だとしたら、なぜチューダー(そしてマットダイヤルを製造するほかのすべてのブランド)は最終的にそれらの製造を中止するのだろうか? この艶っぽいダイヤルを作る時計ブランド連合は、ラグジュアリーアイテムとしての強い美徳を表すためにこれらのダイヤルを作っているのだろうか? というのも、本来自分たちのルーツに忠実であり続け、人々がマットダイヤルを望むのであれば、それを提供するのが賢明だからだ。それともチューダーがBB 54に艶っぽいダイヤルを採用したのは、チューダーがツールウォッチに特化したブランドではなく、より高級志向のブランドに変貌しつつあることを意味しているのだろうか?
現実的に考えて、2023年に37mmのダイバーズウォッチを作るとしたら、たとえそれが200m防水であったとしても、この時計を本当にダイビングに使用すると想定していないのも無理はない。非常にコンパクトであるため、水中ではほとんど読み取れないと推測されるからだ。ということは、この時計はチューダーが別のブランドへと進化する次の段階なのだろうか? しかしチューダーにはチューダーの、ロレックスにはロレックスのよさがあるのではないだろうか。
リベットについてはどうだろう? そう、ブラックベイ 54にはブレスレットのサイドにフェイクリベットが残されている。気になるかといえば気にならない。気付かなかったかと聞かれれば気付かなかった。よし、この話題はこれでおしまいだ。
BB 54はほんの少し洗練された感じがする。これはチューダーの最初の腕時計をモチーフにしたもので、アイデアとして本来クールなものだが、過度にフェイクヴィンテージに偏ることなく、オリジナルのデザインの信条に忠実であることに成功している。
チューダーがどのような路線を走ろうとも(35または36mmのレンジャーの登場が間近に迫っていることを匂わせている)、本モデルが登場する前に、埋めるのに苦労していた自身のギャップを確実に満たしたことは間違いない。
競合モデル
歴史的にタグ・ホイヤーのカタログの多くはモータースポーツや航空に焦点を当ててきた。時計に詳しい人ならアクアレーサーをよくご存じだろうが、ただ少なくとも私にとってはアクアレーサーがタグ・ホイヤーの時計として最初に思い浮かぶものではないことは確かだ。しかしアクアレーサー プロフェッショナル 300は、誰もが認めるブランドが36mm径で製造した数少ないダイバーズウォッチだ。実際、タグ・ホイヤーは自動巻きのアクアレーサーを30mmで製造しているので、サイズ多様化曲線のずっと先を進んでいることになる。
ホイヤーは1978年に初のダイバーズウォッチシリーズを発表。1000シリーズの魅力をもとに、ホイヤーは1982年に2000シリーズを発表し、それは1998年まで販売された。タグ・ホイヤーは2005年に2000シリーズのフルモデルラインをアクアレーサーとしてリニューアルし、2000シリーズのアクアレーサーはアクアレーサー300mに再編された。
36mm径のタグ・ホイヤー アクアレーサー プロフェッショナル 300は自動巻きムーブメントのCal.5を搭載。波打つダイヤルが特徴的な豊富なカラーバリエーションを用意している。価格は39万6000円(税込)。
2015年に初登場したオリス ダイバーズ 65は、ミッドセンチュリーにインスパイアされたモダンなダイバーズウォッチとして傑出した存在だ。透明性の倫理に基づき、私はオリスのダイバーズ 65ラインとは何の繋がりもないことを誓おう。この記事を書くまで、私はダイバーズ 65について、ブレスレットが非常に細くなっているという事実以外、何も知らなかった。しかし私は自分なりにデューデリジェンスを行い、いくつかの市場調査を実施した結果、この時計が実際のスペックと価格帯の点で、BB 54に対抗する強固な競合モデルであることを理解するに至った。オリスは間違いなくチューダーよりも知る人ぞ知るヘリテージブランドだが、ここで指摘すべきは両ブランドがヴィンテージ風ラインナップを通じて力強いカムバックを果たしたということだ。
この36mmサイズの65は、オリスではもう廃盤となっているので、中古で手に入れるしかない。実際、現在同社のウェブサイトで購入できる最小サイズのダイバーズは38mmである。このモデルはダイバーズ 65の“コットン・キャンディ”の傘下にあり、明らかにカラーOP(オイスターパーペチュアル)ダイヤルを意識したものとなっている。これらには厳密には何の問題もないが、私は36mmのステンレススティールにブルーダイヤルとブラックベゼルのほうがはるかに魅力的だと感じている。
防水ドレスウォッチとしてスタートしたシーマスターが、なぜ『007 ゴールデンアイ』でピアース・ブロスナンが着用していたオメガのシーマスター 300M プロフェッショナルになったのか。その答えは私にはよくわからないが、ボンドウォッチにこだわる人々にとっては、この時計がロレックスに代わるオメガの始まりであり、それは大きな意味があるのではないだろうか。
1957年、オメガはシーマスター 300と名付けたダイバーズウォッチを発表した。この時計は平均的な小振り(39mm)のミッドセンチュリーダイバーズウォッチに見えた。かなり古典的でクレイジーでも何でもない。 しかしピアース・ブロスナンの90年代のボンド・シーマスターは、技術的には1957年のシーマスター 300の精神的な後継機だが、見た目はまったく違っていた。波打つように大胆で紛れもなく90年代風だった。私はシーマスターをウィリアム英皇太子のトレードマークだと思っているが、文化的なお手本は人それぞれあるだろう。
とにかく、この比較のポイントは小型(ぽい)ダイバーズウォッチについて語ることだ。1990年代の36mmバージョンが欲しいなら、残念ながらクォーツモデルを選ぶしかない。あるいは36.25mmバージョンを買うという手もあるが、これもオリスと同様中古で買うしかない(誰かここに意図を感じないだろうか?)。Cal.2500を搭載し、4000ドル(日本円で約57万3000円)前後で購入できる。
最終的な考え
サイズに規定があってはならない、ということをはっきりと言っておきたい。自分が心地よいと感じるものをつけよう。私は女性が大きな時計をつけるスタイルに憧れを抱くものの、精神的にも感情的にもまだそこまでには至っていない。 今のところ、私は39mm以下の時計を愛用している。いつかヴィンテージゴールドのサブマリーナーを腕にゆったりと自信をもってつけ、40mmを躊躇していた自分を笑い飛ばす日が来るかもしれない。だが今のところ、私は36~37mmで快適につけていられることに満足している。
現代の時計デザインに関して言えば、私は意図的に女性のためにデザインされた時計と、BB 54や37mmのロイヤル オーク、36mmのOPのような、すべての人に平等な時計とのあいだで揺れ動いている。もし、私がそのすべてを望んでいるとしたらどうだろう。すべての人のニーズに応え、人々のニーズが必ずしも白黒はっきりしたものではないことを理解することなのかもしれない。何と人生とは灰色なのか! 女性のなかには自分のことを考えて意図的に作られた製品、いうなればよりジュエリーに近く、時計っぽくないデザインに共感する。もっとニュートラルなアプローチを好む人もいるし、より頑丈で“マスキュリン”な外観を好む人もいる。誰が何を身につけるのが相応しいかという話はもうやめて、いつでも好きなときに好きなものを身につけるということにしてはどうだろう。
BB 54は、より思慮深いコンパクトなデザインのシンボルであり、私の小さな現代の奇跡だ。確かに、BB 54は厳密には“モダン”というよりは、基本的にはRef.7922の再現であり、コール・ペニントンが私に鋭く指摘したように“精神的後継機”なのである。37mmサイズのクールで堅牢な現代的ツールウォッチとはどのようなものだろうか? 時計ブランド各社に告ぐ。さぁ、競争の始まりだ!
詳しくはチューダー公式ウェブサイトをご覧ください。HODINKEE Shopでは、チューダーの中古時計を多数取り扱っております。
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