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Historical Perspectives シグマダイヤルとは何か。そしてなぜそれが重要なのか?

シグマダイヤルの問題は、世の中にあふれている情報のほとんどが間違っていて、もっと単純明快だということだ。そこで私は、シグマダイヤルが本当に登場したのはいつなのか、そしてそれはなぜ登場したのかを深く掘り下げてみることにした。そのストーリーは思っていた以上におもしろかった。

本稿は2017年2月に執筆された本国版の翻訳です。

ヴィンテージウォッチは細かなディテールが非常に重要だ。実際、それが基本的にすべてなのだ。リダイヤルやサービスダイヤルは時計全体の価値に大きな影響を与えるため、文字盤の独創性を評価するとなると二重の意味を持つ。これは、1970年代に製造された時計の文字盤で時折見られる、“SWISS”や“SWISS MADE”のテキストを囲む、奇妙で小さな丸いマークをめぐるさまざまな疑問にも説明がつく。これらの小さなマークは、実際にはギリシャ文字の小文字であるシグマで、これが施された文字盤は“シグマダイヤル”と呼ばれる。問題は、シグマダイヤルについて、世の中にあふれている情報のほとんどが間違っていて、もっと単純明快だということだ。そこで私は、シグマダイヤルが本当に登場したのはいつなのか、そしてそれはなぜ登場したのかを深く掘り下げてみることにした。そのストーリーは思っていた以上におもしろかった。

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 シグマダイヤルに関する最初の俗説は、これらの小さな文字は、1970年代初頭のある時期にスイスが突然時計メーカーに課した、強制的なマークという説だ。だがシグマは時計職人たち自身が選んだ識別なので、これは真実とはかけ離れている。より具体的に言えば、これは金産業振興協会(L'Association pour la Promotion Industrielle de l'Or、APRIOR)と呼ばれる、ゴールドウォッチ製造業者の業界団体に加盟していた、数少ない時計職人の手によって施されたものなのだ。シグマダイヤルがすべてのブランドで見られないのはそのためである。1973年、スイス時計協会(Federation of the Swiss Watch Industry)は、伝統的な時計の本質的価値を高めるために、ゴールドパーツを時計に使用するのを推進するという明確な使命を掲げ、この活動を先導していった。

APRIOR ad sigma dial

APRIORの広告。名高いスイス時計の精度に加え、ゴールドパーツの価値を強調している。

 当時、スイス時計業界で何が起きていたか、正確な背景を把握する必要がある。世界中が経済不況に直面していた状況下でクォーツムーブメントが台頭し、機械式時計は技術的に廃れそうになっていた。そして古きよき機械式時計の深い価値を強調するには、その本質的に価値のある部品に言及するのがいちばんよかったのだ。このような論理は、最初はひねくれたものに聞こえるかもしれないが、1970年から1974年のあいだにほぼ5倍に高騰した金価格と関連づけるとそうでもない。シグマの記号は、時計の針・インデックスが純金製であることを証明するものだった。“シグマでサインされた時計は、永く使える投資である”と、APRIORはマーケティングキャンペーンで強調している。

APRIOR dial ad

シグマダイヤルの目的を明確に記述した、APRIORマニフェストのクローズアップ。

Rolex daytona sigma dial

1974年に製造されたロレックス デイトナ Ref.6263にある、ふたつのシグマ。

 結局のところ、シグマイニシアチブは完全に説得力があるとは言えないまでも、かなり論理的に聞こえる。というのも、1950年代半ばまでオメガが採用していた“OM”規約(これはAPRIOR結成と同時に発表された、金無垢スピードマスター アポロ XI Ref.BA 145.022-69で見られる)にとても類似していたため、発表当初に誇ったような革新性はAPRIORにない。オメガはゴールドで製造された文字盤だと象徴するべく、OM(Or Massifの略で、ソリッドゴールドの意)を選んだのである。これは針やインデックスには関係しないが、概念的には非常に近い。ただおそらく、APRIORの推論にOMマークが影響を与えたという証明を見つけることはできなかっただろう。

Omega Speedmaster Apollo XI reference BA 145.022-69

金無垢のスピードマスター アポロXIの文字盤下部に、その特徴的な“OM”という文字がはっきりと見える。Photo: Courtesy OmegaForums

 しかし、APRIORが正式に結成されたのは1973年であるが(規約自体は1972年に起草された)、シグマのシンボルはすでに1971年8月に商標登録されている。これが、最初のシグマダイヤルを1973年とする多くの資料に見られる混乱の原因となっている。時計そのものを見れば(通常はこれが最良の証拠だ)、1973年の開始日が完全に間違っていることが証明できる。

 確かに、1970年製の製造番号を持つロレックスの時計には、すでにシグマダイヤルを持つものがたくさんある。つまり1973年やAPRIOR創設以前のシグマダイヤルだけでなく、マーク自体の商標登録以前に、シグマダイヤルが存在していたことになる。これは商標が申請され、より広範な計画が立案されるまでの数カ月間、ひとつの文字盤メーカーが主導権を握っていたからかもしれない。

Rolex Datejust 1603

この1972年製のデイトジャスト リネンダイヤルのRef.1603が証明しているように、ロレックスは1973年以前から間違いなくシグマの記号を使っていた。

 もう1度その商標を見てみると、2003年まで継続的に更新され、2007年にAPRIORが正式に消滅している。しかしロレックスを見ると、シグマダイヤルは1970年代の終わりごろに姿を消したようだが、よく指摘される1975年という区切りよりは遅い。素晴らしいのは膨大な数のヴィンテージロレックスの時計により、シグマダイヤルが作られた時代をかなり簡単に追跡できることである。しかし、残念ながらシグマの謎を包括的に理解することはできない。実際、APRIORに加盟していたほかの多くのブランド(常時5~9社のメンバー)に、スターン社やジンガー社などのダイヤルサプライヤーがシグマダイヤルを提供していたからだ。そのなかでも、パテック フィリップ、IWC、そしてヴァシュロン・コンスタンタンといった名前が最もよく知られているだろう。

Patek Philippe Nautilus original ad

この広告には、ステンレススティール製のノーチラス Ref.3700に備えられたシグマダイヤルがはっきりと写っている。

 ぱっと見ただけでも、パテック フィリップのノーチラスとゴールデン・エリプス、IWCのインヂュニア、ヴァシュロン・コンスタンタンの222(角型モデル)など、1970年代の前述した3ブランドといった最も権威あるモデルの多くに、シグマの記号を採用していたことがわかる。興味深いことにロレックスの時計と同様、これらのすべてが純金製のケースを持っていたわけではない。多くの場合、SS製の時計は金無垢でできた針・インデックスによりそのメリットを得ていた。

Patek Philippe Reference 3587 Beta 21

Cal.ベータ21を搭載したパテック フィリップ(こちらのRef.3587)も、よくシグマダイヤルを載せていた。

 これらのブランドを見ると、パテック フィリップのノーチラス、ヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズの両方が1990年代までシグマダイヤルを採用していたため、そこからシグマダイヤルが使われるようになった本当の時系列をより深く知ることができる。この重要な情報によって、シグマダイヤル神話の最後のひとつを払拭することができる。これらの文字盤は必ずしもサービスダイヤルというわけではなく、特定のブランドで使用された時系列と一致する限り、完全に正しいのだ。理想を言えばシグマの記号を使用する明確な基準を示したいのだが、私が見つけることができた最後のシグマダイヤルが2000年に生産された時計に配置されたということを除いて、明確なことは何もわかっていない(ここで注意しなければならないのは、文字盤はロット単位で製造するため、これが2000年に製造されたというわけではなく、おそらくそれ以前に製造されたということだ)。

Vacheron Constantin Overseas 42040

1997年製のヴァシュロン・コンスタンタン、シグマダイヤルを持つオーヴァーシーズのリストショット。Photo: Courtesy Puristspro

 こんな不明瞭な消失にもかかわらず、シグマが何であるかを理解し、それをどこで見るべきか(そしてどこで見るべきでないか)を理解することに、真の価値があると強く信じている。例えば、シグマダイヤルを乗せた1960年代の時計は間違いなく不正なものだ。そしてこの記事を書くために調べた参考書でも、よく目にする。

APRIOR ad sigma dial

APRIORマニフェストの2ページ目には、ケース、ブレスレット、さらにはハングタグにもシグマの記号が付いている。間違いなく調査はまだ終わっていない。

 シグマダイヤルを振り返ってみると、APRIORの取り組みを評価しなければならないが、同時にシグマダイヤルの真のストーリーを正直に語る必要がある。それは決して時計産業全体で想定していた全面的な対策ではないこと、そして1970年代に起きたクォーツ危機を意味のある形で防ぐことはできなかったということだ。

 永続的な問題は、時計のいくつかの小さな部品が貴金属で作られているかどうかを知ることが、エンドユーザーにとって真に価値のあることだという基本的な前提に関連している。この種の知識はAPRIORが期待していた感情的な重みを伴わないので、私には欠陥のあるもののように感じられる(ほとんどの顧客はシグマの存在にも気づいていなかっただろう)。結局のところ、時計を溶かしてスクラップ価格で売ることだけを目的として、時計を買う人がいないことを願うしかない。まあたとえそうされたとしても、12個のインデックスと3本の針というゴールドの重さは、それほど価値があるものではないだろう。

 これはふたつのことを物語っている。なぜシグマダイヤルがスイス時計業界にあまり長い歴史を残せなかったのか、そしてなぜクラフツマンシップの魅力に焦点を絞ることがスイス時計業界にとって長期的には正しい選択だったのか、ということだ。しかし、ここでひとつ教訓が得られる。それは複雑なヴィンテージウォッチの世界では、あらゆる間違った情報が出回っている上にどんなテーマであっても多くの背景があるため、常に少し余分に調べることが必要だということだ。