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Beginner's Guide まったくの初心者が、オーデマ ピゲでラグジュアリーの意味を知る

AP(オーデマ ピゲ)はブティックだけでなく、APハウスと呼ばれる、さらにリッチな時計購入の場を持っていることをご存じだろうか? きっと皆さんはご存じだったろう。しかし、私は知らなかった。

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ロンドンのオーデマ ピゲ ハウスを訪れる前日、「オーデマ ピゲの発音は?」と、必死にググった私が知っていたのは「場所がわかりにくい」ということだけだった。プロである私は絶対に間違えまいと思っていた。しかし、約束の時間になり、季節外れの暖かく風のある10月下旬の平日の午後、ロンドンのロックダウン明けの買い物客がベルサーチからプリマークまでさまざまなブランドのエンボス加工されたバッグを持って行き交うなか、有名な高級住宅街のボンドストリートを歩き回り、愚かにも迷子になった自分に気づいてしまった。APハウスの連絡先に電話してみると、おもしろいことがわかった。クラブハウスの外に掲げられた緑色の旗が熱心なAPファンに目的地に着いたことを知らせるのだ。それはヨットの帆のように巻かれた状態で掲げられていた。その旗はブランドのよき世話役であり、無意識のうちにAPハウスをよりエクスクルーシブで秘密の場所にする方法を知っていたのだ。

 APの時計をお持ちの方、またはそれらが大好きで欲しい方、またはお酒を飲みながらそれらを見たい方、あるいはお酒を飲まずにただそれらを見たい方、皆APハウスに行けばすべてが叶う。ハロッズに行ってもいいが、ここの椅子のほうが座り心地がいいし、たくさんスコッチを飲める。実際、かなり飲めるのだ。

The exterior of the AP House

 私はHODINKEEの記者として行ったのだが、特別に時計もAPのこともほとんど知らない好奇心旺盛な初心者として訪れることになっていた。訪問に先立ち、APがロイヤル オークを製造していることは知っていたし、ロイヤル オークを愛する人たちがいることも知っていた。それ以外に馬鹿げていると思う人たち、両方の感情を同時に持つ人たちがいることも知っていた。その両面を持ちながらいくつか所有している人もいる。何ヶ月も前、私が時計について学び始めたばかりの頃、時計コレクターであり、概してファッショナブルと言われるマイケル・ウィリアムズ (Michael Williams)氏にインタビューした時のことを思い出した。彼はロイヤル オークへの複雑な思いを、短いながらも苦悩に満ちた独り言のように語ってくれた。私は終始うなずきながら「いったいロイヤル オークって何??」と書き留めていたのだ。

 10月までに私はこのレベルの無知を脱していたが、まだ十分とは言えなかった。

 私がここに来たのは、もちろんAPについて学ぶためだが、それだけでなくロイヤル オークやAP全般に対して思い入れを持ち、それに基づいて行動する人々とはどういうものなのかを知るためでもあった。これまでの私の時計ショッピングは、ネットで事前に調べ、離婚届を出される前にどれくらいの金額を時計に使えるかをさりげなく試してみるというものだった。もちろん、ここで私は何も買うつもりはない。少なくとも今日は。しかし、この正反対のショッピング体験をしてみたかったのだ。本当の買い物をするわけではない体験で、自分の気まぐれ(と割り当て担当の女性)以外の誰にも相談することなく、好きな態度で買い物ができるように扱われているあいだに。

 私の担当者はシルクのヒョウ柄スカートにスエードのブーツを履き、ボブヘアを無造作に肩の上で揺らしていたが、これは冷たく見えがちなスタイルを成功させた数少ない例(唯一の例?)だった。彼女の腕にはCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフがつけられていたが、私がつけている100ドルのルーシュ(Luch)をチャーミングに褒めてくれた。もし“チャーミングオリンピック”があったなら、この女性は金メダルを持って表彰台に一人で立つだろうし、銀メダルや銅メダルの人との差は、カテゴリーをなくすほど歴然としただろう。

 ここで言うのもなんだが、APハウスで唯一じっくり話したこのシボーン(Siobhan)という女性と2時間過ごしたあと、ブランドの担当者から「彼女の言葉を引用してはいけない」と言われた。これはグランドキャニオンに行ったあとでグランドキャニオン社から「ピンク、オレンジ、広大という言葉を使ってはいけない」と言われたようなものだ。しかし制約のなかで仕事をすることも多いし、私のAPハウスでの経験はたとえ抽象化されたとしても、その豊かな複雑さはおのずと伝わると確信している。

An illustration of an Audemars Piguet watch

そこは天井の高い開放的な空間で、ヘリンボーン張りの床、銅製のペンダントランプや琥珀色のガラスを使ったスタンドランプが置かれている。ボンドストリートに面した大きな窓にはライトグレーのカーテンがかかっている。奥の壁にはウイスキーのボトルが並び、これも銅のような色で誘うように光っている。家具はグレー、ブラウン&グレーで統一されており、非常にクラブ的な雰囲気を醸し出している。大きな部屋とテレビのある小さめの部屋がある。卓球台の上には赤いネオンのハートにピンクのネオンで“Wanting You”と書かれたトレーシー・エミン(Tracey Emin)の作品が飾られていてポップな色彩を添えている。あらゆる面でエレガントな空間だが、別の見方をすれば東欧の首都にあるホテルのロビーのようでもある。しかし、『キング・オブ・メディア(原題:Succession)』の最初のエピソードで御曹司のローガン・ロイ(Logan Roy)がまさにこのようなホテルに滞在していたことを考えると、この雰囲気づくりはうまくいっていると言えるだろう。ところが彼はここでは絶対に買い物をしないだろう。彼はこんな楽しくて無意味なことに時間を費やすことはない。ハロッズのAPブティックに直接行って、欲しいものがないとかマネージャーにゴマをするために生まれてきたのではないとか文句を言いながらも、とりあえず何かを買って、最後のシーンでは頭を下げたことを台無しにしてそれを使っているだろう。

 私は広い部屋の2人掛けのテーブルに案内され、大理石の筒のなかで冷やされたクラウディー ベイ ソーヴィニヨン ブランがなみなみとグラスに注がれた。初めてのデートのほとんどが、相手が実際に私に興味を持ってくれた希なケースであっても恥ずかしくなるものだったが、そんな温かい好奇心を感じた。シボーンは私がどこから来たのか、どんな文章を書いているのか聞いてきた。そしてもちろん、私が飼っているオーストラリアン・キャトル・ドッグの数え切れないほどの写真を見たいと言ってくれた。私の一言一言が注目され、私の話すニュアンスの変化に合わせて長いまつ毛が共感を持って瞬いた。私のジョークに笑ってくれて、私の兄についての短い説明から、彼がコロラド州に住んでいることを正しく推測してくれた。昼食はミシュランの星を獲得した中華料理店「ハッカサン」からで、私の好物のジンジャービーフとガーリックシュリンプをいただいた。私は注目されていると感じた。

A room with a large dining table and many upholstered chairs

 すべてが私の好みに合わせて作られているように見えたが、特に驚くべきことではない。高級時計店をオープンするなら、時計関連出版社のライターが来たときに、安物のシャルドネと冷やし中華を出して、ノーブラのカフタンを着たチェーンスモーカーに案内させるようなことはしないだろう。私はおそらくこの場の最高の扱いを受けたと思う。でも、はっきり言うがAPハウスには誰でも予約して来ることができるのだ。APの時計を持っている必要はない。Shopifyを9万株持っていることを証明する必要もない。そして、もしあなた自身がドアを入れば、私の“欲しかったもの”を“知らなかったもの”に変えてしまう魔法をかけられないとしても、少なくとも飲み物は提供されるだろう。

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 徐々に、そして自然にオーデマ ピゲの話になった。私は時計の初心者なので質問は初歩的なものだ。オーデマ ピゲは年間何本の時計を作っているのか(だいたい4万3000本)、ロイヤル オークとAPの違いは何、といった質問だったが、入門者向きにとても丁寧に説明してくれた。ロイヤル オークは1972年に発売された八角形の時計で、ジェラルド・ジェンタ(Gérald Genta)がデザインしたものだ。私は彼が誰なのかまったく知らなかったが、批判することなく説明してくれた。

 「あなたの手首の時計は何? いくらしたの?」と私はシボーンに尋ねた。ローズゴールドとブラックの彼女の時計をつけて「これは本当にカッコいい」と言っても、誰も笑ったり、「プリティ・ウーマン」で変身前のジュリア・ロバーツのような気分にさせたりはしなかった。またオーデマ ピゲの発音や、どんな有名人がつけているのかを尋ねても誰も苦言を呈さなかった。

 控えめでフレンドリーな販売担当者がやってきて自己紹介をしてくれた。イギリス市場の責任者であるダニエル・コンプトン(Daniel Compton)氏に会い、彼もまた私のルーシェを褒めてくれた。私はAPとその時計、そして時計全般について、今感じていること、考えていること、興味を持っていることをまったく自由に表現することができた。当然でしょう? ここにいる皆が私を愛してくれているのだから! 親切な人たちの声に応えて、私はつい最近脱進機の意味を学んだことを明かした。私は何も間違っていないように思えた。

 販売担当者は、ベルベットが敷かれたトレーを持ってきた。その上にはCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフがあり、ひとつは18Kピンクゴールドでスモークブルーのラッカー仕上げダイヤルにアリゲーターストラップ、もうひとつはホワイトゴールドでスモークバーガンディダイヤルのものだ。ラッカーについて話をしたが、ラッカーを何層にも重ねることで、あの強烈でゴージャスな色が生まれるそうだ。最初は美しいと思ったが自分には合わないと感じた。だが、長い時間その色に浸っているうちに、だんだんと魅了されてきた。ロレックスでも同じような経験をした。実際に見て扱うまではそれらに影響されることはないと思っていたのだが、そうではなかった。

 APは私にとって洗練された威厳のあるものというよりは男性的でスポーティなものだという点で、ウブロに少し似ていると感じた。ウブロはどちらかというと生意気な10代の息子で、11.59は責任感のある、とてもセクシーな父親のように感じた。私はまだパテック フィリップを自分の手首に装着したことはないが、外観の点では好ましいと思う。しかし彼らは非常に冷徹な咳払いをする執事、マティーニ、ベルベットの寝台、そして多額の遺産(広告にも表現されている)を含む富の循環から来ているように見える。このAPウォッチは、まだ私の手の届く範囲ではないが、より親しみやすく、屋外のソファがたくさん置かれた中庭でペンドルトンのブランケットにくるまって、たぶん犬(犬種は未定)の隣で飲む赤ワインを連想させた。パテック フィリップは買うときに肩をすくめられるかもしれないが、こちらもそうしたいと思う。もし私が11.59を買ったら、それは私の手を握ってもう片方の手を私の肩に置いてくれるような気がしたのだ。

A luxurious room with a large sectional sofa and many candles

 すばらしいエスプレッソを飲みながら、髪をボブに切るべきかどうかの相談をした後、さらに広範囲のツアーに案内された。私の好きなイギリス人ラッパー、デイブの額に入った写真があった。彼はAPが好きで、同じイギリス人ラッパーのストームジーから18金ローズゴールドのロイヤル オーク・ダブルバランスホイール・オープンワークをプレゼントされたこともあるのだ。それから工房に行って2人の時計職人に会った。そのうちの一人は私が欲しいかどうかわからないエルメスのブレスレットをしていたが、私は見惚れてしまった。待って、なぜ私のブーツは床に張り付いているの? 誰かがコーラでもこぼした? ロンドンのAPハウスは誇張なしにこぼれたコーラを掃除しないなんて考えられない場所だ。この床は時計の中に埃が入らないように、埃を閉じ込めるように設計されていると聞いていた。私は随分と内部に入ったような気がしたが、実は特別に内部にいるわけではなかった。APハウスを訪れた人のなかで時計に興味を持つ人がいれば、この奥の院に招待されるかもしれない。私はどのような仕組みなのか、または私が実際の顧客だったらどのように案内されるのか、わかり始めたように感じた。

 APハウス・ロンドンは2年前からあるが、世界にもいくつかあり、香港、バルセロナ、マドリッドなどにある。ニューヨークではミートパッキング地区に間もなくオープンする。APの時計は製造可能数を上回る数を販売することができるだろうし、その多くは欲しい人が行列を作るほどの憧れのアイテムだ。そのため、APファンが欲しい時計を待っているときにAPをテーマにした上質な場所があるとうれしいだろう。特に今回の場合はハリーズ・バーやアナベルといった有名なクラブの近くにあるので、そこにいる人々も加わっている可能性がある。もしかしたら、APハウス・ロンドンで待っているあいだに販売員がベルベットやレザーで覆われたトレイを持ってきて、2本あるいは3本の時計を置き、彼らは予定外の時計を購入するかもしれない。彼らは時計を買いに来て社交や帰属意識のために滞在する。それとも社交や帰属意識のために来て、時計のために残るのだろうか?

 私は潜在的な訪問者を想像した。ある日、彼は快楽主義でブルゴーニュを嗜んだあと、サンシーカー社(ラグジュアリーヨットメーカー)に立ち寄り、予約したばかりの2022年モデルのプレデター 60 EVOのミニチュア版の滑らかな船体に手入れした指を貪るように走らせる。ふと顔を上げると、あの旗が目に入り、ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シンの広告を見たことを思い出す。アポイントを取り、セールスマンとお酒を飲みながら、驚いたことに二人ともクロイドンの出身だったことを1時間ほど話し、「ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シンをたのむ」と言ってクレジットカードを出すのかもしれない。「約1万人の億万長者たちの話だ!」と笑う人はいないだろう。APハウス・ロンドンの親切な人たちは「今はありませんが、あなたのご趣味は最高ですね。もっとお話ししましょう」と言うだろう。そして結局、その人は11.59を買うかジャンボを待つか。そんなことはどうでもいい。重要なのは彼がここでは主役になれることだ。ガールフレンドとケンカしても、ここに来て遅くまで卓球をして、スタッフもゲストも含めてみんなでクラブに行く。大切なのは彼がAPファミリーの一員になったことであり、お金で買える経験と買えない経験をすることだ。

 初心者の皆さん、もう一度言う。ここに来るのにAPの時計を持っている必要はない。会費も収入の条件も、かっこいい仕事をしているかどうかの審査もないのだ。もしAPウォッチを持っていない人がマッカランの18年もののシェリーオーク シングルモルト・スコッチウイスキーのケースを飲み干すほど頻繁に現れたらどうなるか、誰も試したことがないのでそれはわからない。もし誰かが試してみたいと思ったなら、あとでぜひどうなったか聞きたいと思う。特に私のためにこっそりボトルを持ってきてくれるなら。

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 私が来たとき、客は私一人だけだった。私が座っているとさらに2人が入ってきた。北部から来たという青いドレスシャツを着た年配の男性とロンドンから来たという若い男性で、靴底がカウボーイ リブアイのように分厚いすばらしいスニーカーを履いていた。北部出身の男性はスティール製のロイヤル オークを身につけていて「妻はAPの傘をもらったのに自分はもらえなかったのでほしい」と言っていた。これはちょっとした騒ぎになった。ロンドンっ子はスニーカーはグッチだと言った。彼はゴールドとブラックセラミック製のロイヤル オーク オフショアをつけていた。二人はいつから知り合いになったのかと聞くと、会ったばかりだと笑っていた。私はこの二人が友達になるのだろうかと考えた。年上の北欧人が年下のロンドンっ子を射撃に連れて行ったり、年下のロンドンっ子が年上の北欧人をショーディッチのクールなカクテルバーに連れて行ったりするのだろうか。

A large piano

 私も傘をすすめられたが、持ち帰るには大きすぎると言った。私の申し立てはよりいいもので報われた。オーデマ ピゲのブラックレザーのイタリア製バックパックだ。今や私の持ち物でいちばんの物だ。一方で、APハウスに来た人全員がプレゼントをもらえるわけではないということも感じた。傘の紳士はとてもいい人だが、あの傘のために何倍ものお金を払っていたと確信している。また、シボーンが私にバッグをくれたのは、実際に私のことを好きになってくれたからだと思いたい。しかし自分に嘘はつけない。彼女が私にバッグをくれたのは、私がこのウェブサイトに書いているからであり、私が帰った後、彼女は「まったく! あのHODINKEEの女性は絶対に帰らないんじゃないかと思ったわ!」と思ったのかもしれないのだ。ともかく私はよりうれしい方の話を信じることにした。それは自分で決めたという感じではない。ある意味、自分が好かれているという感じに満足して帰ったことは否定できない。私とAPハウスの間で交わされたことが本当だったかどうかを言っているのではない。ただ、私にはその違いがわからないし、わかりたくもなかったのだ。知らなくてもいい、ずっと。それがラグジュアリーというものじゃない?

サラ・ミラー(Sarah Miller)氏は北カリフォルニア在住のライター。 彼女のツイッターはこちら@sarahlovescali 。彼女のサブスタックの登録もぜひ。彼女がHODINNKEEで執筆した記事はこちら

Illustrations by Andrea Chronopoulos

詳細は、オーデマ ピゲの公式サイトをご覧ください。