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Historical Perspectives オーデマ ピゲと超薄型自動巻きトゥールビヨンキャリバー2870について

超薄型時計の進化は、オーデマ ピゲの革命につながる。

本稿は2015年10月に執筆された本国版の翻訳です。

ウォッチメイキングの歴史を考えれば驚くべきことではないが、時計製造における本当の意味での“初めて”は、正直なところそれほど多くはない。1750年に登場したレバー脱進機は基本的に現代のすべての時計に何らかの形で搭載されているし、ミニッツリピーターは基本的に18世紀末までに現在の形になっている。そして最初のパーペチュアルカレンダーウォッチは、おそらく1764年にトーマス・マッジが作ったものと言われている。時計製造の歴史は、非常に長い時間をかけて積み重ねられた小さな改良の歴史である。だからこそオーデマ ピゲの自動巻きトゥールビヨン、Cal.2870のような時計が興味深い存在として、語り継がれる価値のある物語としてあり続けている(これが搭載されたリファレンスナンバーの25643は、ムーブメントの名前よりも知名度が低い。この理由は後述する)。Cal.2870を忘れてはならないもうひとつの理由は(本質的な興味のほかに)、数少ない真のベンチマークウォッチのひとつであり、今に至るまでより現代的な時計を評価する際の基準となるからだ。

 で、それは何なのか。これは自動巻きトゥールビヨンでありながら、シリーズ初の自動巻きトゥールビヨンウォッチでもあり、また“最も薄い”をどう定義するかにもよるが、間違いなく史上最も薄い自動巻きトゥールビヨンウォッチであるということだ(執筆当時)。それだけでなく、この時計はシリーズ初のトゥールビヨンウォッチであることを主張してもおかしくない。1986年4月に発表された、オーデマ ピゲのCal.2870/Ref.25643は、全体の厚さがわずか4.8mmしかない。これほどまでに薄いトゥールビヨンムーブメントを作った当時は、CADや放電加工機械、LIGA技術のようなものがトゥールビヨン(ほかの超薄型のものも)を製造するはるか前のことだった。さまざまなメーカーの手に届かない範囲にあり、ほとんど不可能な挑戦だった。

audemars piguet 2870

 もちろん、非常に小さなトゥールビヨンは以前にも作られていた。ジェームス・ペラトンは1927年に、直径わずか23.6mmのムーブメントを作り、その後ル・ロックルで彼の弟子であったフリッツ=アンドレ・ロベール=シャルル(彼はペラトンの後任として、同地の時計学校の校長を務めている)が5年の歳月をかけて、直径わずか19.7mm、キャリッジが8mmという信じられないほど小さなトゥールビヨンムーブメントを製作している。直径に関しては、現在もこの記録は破られていない。ロベール=シャルルはそれをわずか23.8mmの時計に収め、1945年に時計を完成させた。

…しかし、これらのムーブメントはすべて、その希少性や独自性から注目されるのであり、またこれらのムーブメントに共通するのは、直接的に収益を上げるのではなく、製作者の信用を得るための手段として、極少数しか製造されなかったということである

 腕時計に装着できるワンオフトゥールビヨンを製造することは、当時のメーカーの技術力の範囲内であったことは明らかだが、トゥールビヨンムーブメントを腕時計に搭載できるよう小さくすることのほうがはるかに大きな問題だった。2870が登場するまでは、一般で市販されるトゥールビヨンウォッチはほとんど存在していなかったのだ。パテック フィリップは1940年代から50年代にかけて、腕時計用のトゥールビヨンムーブメントを時折製造していたが、その数はごくわずかで、特別な顧客のためか、あるいはスイス天文台クロノメーターコンクール用に製造していた。1947年、オメガはトゥールビヨンムーブメントのCal.30Iを発表した。これはパテックのトゥールビヨンキャリバーと同様、天文台クロノメーターコンクール用であった。ご覧のように、これは視覚的な魅力を念頭に置いて設計されたのではなく、正確さと歩度の安定性を重視して設計されており、また市販もされていない。合計12個が製造され、1950年にはCal.30Iがスイス天文台クロノメーターコンクールで優勝した。現代の多くのトゥールビヨンとは異なり、Cal.30Iは7.5分で回転するキャリッジを備えていた。これらは、パテック製のごく少数の天文台トゥールビヨンとともに、腕時計用トゥールビヨンの第1世代であり、パテックもオメガのトゥールビヨンも、1980年代までケースに入れられることはなかった。第2次世界大戦前と大戦直後のトゥールビヨンウォッチには、ほかにも非常に珍しい例がある。フランスのリップが有名なトノー型Cal.T18をベースに、いくつかのトゥールビヨンムーブメントのプロトタイプを製作したほか、ラインハルト・マイスによると1930年、エドゥアール・ベランがブザンソンの時計学校でリップエボーシュから腕時計用トゥールビヨンを製作したという話もある。そして信じられないことに、ジラール・ペルゴは1890年にクロノメーターのデテント脱進機を使って30mm/13リーニュのトゥールビヨンムーブメントを製造している。しかし、これらのムーブメントはすべて、その希少性や独自性から注目されるのであり、またこれらのムーブメントに共通するのは、直接的に収益を上げるのではなく、製作者の信用を得るための手段として、極少数しか製造されなかったということである。

audemars piguet 2870

 オーデマ ピゲのCal.2870がいかに画期的であったかを示すために、その背景を紹介しよう。まず第1に、それまで誰もが自動巻きトゥールビヨンを連続生産していなかったし、基本的に私が知る限り、連続生産の商業的な作品を意図したトゥールビヨンウォッチは、これまで誰も作ったことがなかった。市場にこれほど多くのトゥールビヨンが出回っている今では信じられないかもしれないが、1986年ごろは、トゥールビヨンを搭載した腕時計は極めて珍しく、ほんのひと握りしか存在しなかった。そのため2870は必然的に、技術的に画期的なムーブメントだった。直径7.2mm、厚さ約2.5mmという、非常に小さくて超軽量なチタン製トゥールビヨンキャリッジを備えており、トゥールビヨンの製造でこのような素材が使用されたのは初のことだった。その結果、キャリッジは非常に軽く(わずか0.134g)、キャリッジに必要なエネルギー量を削減することができ、このような非常にフラットな腕時計に、非常にフラットなゼンマイを搭載することを可能にしたのだ。

diagram audemars piguet 2870 tourbillon cage

自動巻上げシステム用振動子のピボット(図式はオーデマ ピゲ アーカイブ提供)

 自動巻きシステムも非常に珍しい。ムーブメント設計上の理由もあったが、時計を可能な限りフラットに保つという目標のために、ムーブメント直径いっぱいのローターを使用することはできなかった。代わりに、Cal.2870は“ハンマー”巻き上げシステムを採用していた。これは、プラチナとイリジウムでできたローターが完全に回転するのではなく、小さな弧を描いて揺れる仕組みだった。時計のダイヤル6時位置の開口部からはこのハンマーの動きが見える。巻き上げ式のリューズはなく、時計を軽く振ってゼンマイを充電し、針合わせは裏蓋にセットされた小さくて平らなリューズを使って手動でセットする。

audemars piguet 2870
audemars piguet caliber 2870

 しかし、Cal.2870の最も変わった特徴は、輪列のデザインだろう。従来のムーブメントには、“ボトムプレート(地板)”がある。地板とは、ムーブメントのダイヤルに面した側のこと。地板と呼ばれるのは、時計職人が時計を分解する際、一般的に時計の表側を下にして作業台に置くため、ムーブメントの一部が底になるからだ。対してトッププレートは時計職人から見て上にあるもので、ブリッジのムーブメントのなかのブリッジを意味することもあれば、実際のトッププレート(4分の3プレート、またはフルプレート)を意味することもある。輪列のピボット(軸)は通常、片側が地板に、もう片側がトッププレート(またはブリッジ)に取り付けられた石で動いており、全体がケース本体の内部に収まっている。しかし、オーデマ ピゲの2870には、ブリッジや従来の地板がまったくない。代わりに、自動巻きシステムと輪列のためのピボットは、ムーブメントのトッププレートとして機能するケースバックにはめ込まれた石のなかで作動する。同じ原理を採用した数少ない時計のひとつがピアジェのCal.900Pだ(さらに、針と文字盤を輪列と同じ高さに配置するなどの革新的な技術も導入された。もうひとつ、1979年に発表されたクォーツ式のコンコルド デリリウムは、ケース厚1.98mmと非常に薄いケースが採用されていた)。それもあって、2870はモデル名ではなく単にキャリバーナンバーで呼ばれることが多い。本当の意味で、ムーブメントが時計なのだ(ちなみに、Cal.2870の完全な技術的内訳に興味がある方は、いつものようにウォルト・オデッツが最初に解説している)。

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audemars piguet caliber 2870

 文字盤構成の特徴は、50秒に1度、反時計回りに回転する可視トゥールビヨンである。トゥールビヨンはスタイリッシュな太陽として鎮座し、そこを始点に文字盤を斜めに横切る太陽光のような“光線”を施している。APによるとこのデザインは、ファラオのアクエンアテンとその妻ネフェルティティのエジプトのレリーフ彫刻に由来しているという。両者は、ツタンカーメン王の両親として、西洋文化で死後に(非常に)有名になった人物だ。(時計がリリースされた当時の)1986年は、史上最大かつ初の超大型博物巡回展である『The Treasures of Tutankhamun』が1981年に終わり、大衆文化のなかで非常に大きな話題となったあとのことだ。

akhentaten and their children nefretitit

 今のCal.2870の評価はどうだろう? ここ数年、ブレゲのRef.5377(ペリフェラルローター式、全体の厚さは7mm)、ルミジャーニ・フルリエのトンダ 1950トゥールビヨン(マイクロローター式、全体の厚さは8.65mm)、アーノルド&サンの“極薄トゥールビヨン脱進機(UTTE)”(厚さは8.34mm)、ブルガリのオクト フィニッシモ フライングトゥールビヨン(厚さはわずか5mm)など、極めて薄い手巻きトゥールビヨンが存在しているが、それでも驚くべきことに、これは史上最も薄い自動巻きトゥールビヨンである。“最初のもの”という点において、最終的にこれらのトゥールビヨンを比較して勝者を決めるのは少し馬鹿げているかもしれない。なぜなら、それぞれのトゥールビヨンは、美学、エンジニアリングのソリューションといったユニークな提案をしているからだ。しかし、Cal.2870/Ref.25643は、いかに偉大なモデルであるかということを強調するものである。厚さ約9mm以下の自動巻きトゥールビヨンを作ることは素晴らしい成果だ。1986年に厚さ5mm以下のものを作ったという時点で信じられないことであり、現在でも5mm厚以下の自動巻きトゥールビヨン(あるいはトゥールビヨンすべて)はこれだけだ(編集注記:現在の世界最薄はブルガリ オクト フィニッシモ トゥールビヨン オートマティックの3.95mm厚)。2870はまた、ただひとりで秘匿するのでもなければ、天文台クロノメーターコンクール用に競合製品を打ち負かすためでもなく、裕福層に向けてとはいえ一般消費者のためにイチから製作された、最初のトゥールビヨンウォッチでもあった。スタイルとデザインに重点を置き、当時としては驚くほど先進的な技術を駆使したこの時計は、1986年のオーデマ ピゲにとって画期的なデザイン上の偉業であった1972年のロイヤル オークのように、まさに現代として初のトゥールビヨンウォッチだったのだ。

audemars piguet 2872

 オーデマ ピゲの現代的なトゥールビヨンウォッチは、もちろん進化し続けた。Cal.2870はやや壊れやすく、次のバージョンであるCal.2875には、日付とパワーリザーブ表示が追加され、ラウンドケースのなかにはるかに大きいキャリッジが搭載された。オーデマ ピゲはまた、トゥールビヨンとミニッツリピーターを組み合わせた数少ないモデルのひとつとして、Cal.2872を初めて2003年のカタログに掲載した。ここで示した例はオーデマ ピゲのミュージアムコレクションに所蔵されている、非常に珍しいプラチナ製の個体である(Cal.2870も同様)。

audemars piguet 2872

 最新のカタログにはロイヤル オーク コンセプトのトゥールビヨンモデル、Ref.26223ORがある。これはトゥールビヨンとロイヤル オーク コンセプトのケースを組み合わせた、珍しいリニアトゥールビヨンだ。Cal.2870と比較すると、オーデマ ピゲのトゥールビヨンデザインがここ数年でどれだけ変化したかだけでなく、どのように嗜好の幅が広がったかがわかる。2870はその革新性にもかかわらず、多くの点で非常に伝統的な手法でつくられ、薄さと小さなサイズが自慢のポイントだった。

royal oak concept tourbillon chronograph
audemars piguet royal oak concept tourbillon

 一方、コンセプトは非常に伝統的で繊細な時計づくりと、角張ったとても大胆なスタイリングを組み合わせている。しかしコンセプトと2870は、それぞれの流行において、非常に外向的でデザイン重視の時計であり、話題の種として、オーデマ ピゲのウォッチメイキングについて力強く、特異な主張をするものである。そして2870を見ることで、我々が過去に達成したことをいかに簡単に忘れてしまうか、そして、今日行われていることを適切な文脈で表現するためには、過去のことをよりよく理解する必要があるかを振り返ることができるのだ。

audemars piguet 2870

彼らの歴史的な重要性を考えると、今日でも薄さでは敵わない事実、そしてCal.2870が持つ強烈な魅力を考えると、ほとんど異様なまでに過小評価されたままだ