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Historical Perspectives 脱進機の開発にまつわる略史

数世紀前から、数々の技術者が取り組み続けてきた脱進機の開発。その歴史を、順に追いかけてみよう。

本稿は2015年5月に執筆された本国版の翻訳です。

 脱進機は時計製造史において大変興味深く、重要な発明だ。その働きは複雑に見えるかもしれないが、簡単な実験を通じてよく理解することができる。手にコイル状のバネを持っていると想像して欲しい。もう片方の手でゼンマイを圧縮し、素早く離す。ゼンマイのエネルギーはすべて、そのままただちに放出されてしまう。もう1度実験を繰り返そう。今度は指を使ってバネのスプリングを1回にひと巻きずつ解放する。エネルギーは制御されながら放出され、このとき指は脱進機の役割を果たしている。

最新の製造技術と素材が、脱進機の開発に素晴らしい可能性をもたらした。

 脱進機の進化を考察することで、時計製造の歴史をより深く理解することができる。腕時計においては、脱進機を介して主ゼンマイから微量のエネルギーが分配される。主ゼンマイとは大きなバネのことで、時計のリューズを手で巻いたときや、自動巻き機構によって巻き上げられることで動力を得る。主ゼンマイとヒゲゼンマイは別物であり、ヒゲゼンマイはテンプの振動を制御するための小さなゼンマイである。

 何世紀にもわたって脱進機の開発に費やされてきた、研究の多様さには驚かされる。そのなかには非機械式の脱進機、クロックに特化した脱進機、普及しなかった既存の脱進機のバリエーションなどが含まれる。現在主流となっている脱進機は、精度、信頼性、またはその両方において大きな進歩を遂げてきた結果だ。ここでは、懐中時計や腕時計に使用されてきたポピュラーな機械式脱進機に焦点を当ててみよう。


13世紀ごろ: バージ脱進機、発明者不詳

 最も古い機械式脱進機として知られるのがバージ脱進機である。この脱進機の発明以前は、水時計が主流だった。バージ脱進機は摩擦停止脱進機に分類され、ガンギ車が振動するときにはほとんど常にテンプと接触している。同脱進機における最大の問題は、テンプが振動する際に輪列を短時間逆回転させる必要があることで、摩耗や精度の低下を招くことにあった。バージ脱進機はヒゲゼンマイよりも前に開発されたが、後期の同脱進機では精度を高めるためにヒゲゼンマイが使用された。


1695-1726年: シリンダー脱進機、発明者 トーマス・トンピオンとジョージ・グラハム

 シリンダー脱進機は1695年にトーマス・トンピオンによって発明され、のちにジョージ・グラハムによって改良が施された。シリンダー脱進機がバージ脱進機に比べて大きく改善された点は、輪列を逆方向に短時間駆動させるという問題を解決したことである。だが、シリンダー脱進機は摩擦停止脱進機であり、これが過度の摩耗の原因となってしまっていた。

 イギリスのメーカーはシリンダーをルビー製にすることで、この問題に対処した。これによって耐摩耗性は向上したものの、脱進機は衝撃に対して格段に弱くなった。これはテンプの輪列全体がルビー製シリンダーによって支えられていたことが理由だった。ブレゲはその配置を変更することによって改善を施し、ルビー製シリンダーがテンプを支えることがないよう工夫した。この構造はブレゲの多くの製品に採用され、大きな成功を収めた。


1700年ごろ: デュプレックス脱進機、発明者 ロバート・フック

 デュプレックス脱進機の導入によって摩擦の影響はそれほど顕著ではなくなったが、それでも摩擦停止脱進機であることに変わりはなかった。デュプレックス脱進機は精巧に製造された場合、シリンダー脱進機よりもはるかに精度が高かった。しかしテンプを取り替えずに脱進機を調整することは容易ではなかったし、デュプレックス脱進機に自己機動性はなく、衝撃を受けると止まってしまう可能性があった。


1750年ごろ: レバー脱進機、発明者 トーマス・マッジ

 レバー脱進機は信頼性が高く、精度も高い。加えて、それまでの脱進機に比べて、製造や調整が比較的容易であることも特徴であった。これらの要因から、レバー脱進機は今日世界で最もポピュラーな脱進機となっている。もしあなたが機械式時計を使っているなら、その時計はレバー脱進機を搭載している可能性が高い。そんなレバー脱進機のアキレス腱は摺動摩擦を利用するために潤滑油が必要なことで、これは時間の経過とともに劣化し、精度に悪影響を及ぼしてしまう。


1775年: クロノメーター/デテント脱進機、発明者 ジョン・アーノルド

 脱進機は、時計がクロノメーターとみなされるだけの精度を出すために大きな役割を担っている。より高い精度を得るためには、テンプは振動したまま(離脱したまま)にしておく必要がある。デテント脱進機は、この考え方を応用して精度を大幅に向上させているのだ。テンプの振動中、脱進機からの振動を伝えるためにテンプに触れているのはほんのわずかな時間だけだ。しかし残念ながら、デテント脱進機の信頼性はあまり高くない。衝撃が加わると止まってしまうし、自己起動性もない。このふたつの理由から、腕時計には不向きとされている。デテント脱進機はしばしば、マリンクロノメーターに使用された。


1974年: コーアクシャル脱進機、発明者 ジョージ・ダニエルズ

 1974年、ジョージ・ダニエルズはコーアクシャル脱進機を発明した。同脱進機はその仕組みにおいて、摺動摩擦の代わりに放射摩擦を用いている。この動画で、彼がその違いを説明している。この改善によって、コーアクシャルは一切の注油なしで動作することができるようになった。興味深いことに、オメガが生産するコーアクシャルは、ロッキング動作の“クッション剤”として少量の潤滑油を使用している。レバー脱進機と比べて製造と調整がとにかく困難なため、ジョージ・ダニエルズはメーカーにコーアクシャル脱進機への関心を持ってもらうのに苦労したという。


未来への展望

 今日においても、精度と信頼性を高めるという同じ目標を掲げて脱進機の開発が続けられている。新しい製造技術と素材は、脱進機の開発に素晴らしい可能性をもたらした。

 シリコンの反応性イオンエッチングは、1970年代から半導体産業で使用されている手法だ。深掘反応性イオンエッチング(DRIE)はこの製法を改良したもので、高アスペクト比でより深いエッチングを可能にしている。DRIEは1990年代に導入されて以来、微小電子機械システム(MEMS)に広く活用されている。MEMSを使用したデバイスの例としては、携帯電話に搭載されている、体の向きを検出する加速度センサーなどが挙げられる。DRIEはその極めて高い精度とシリコンの材料特性を考えたときに、腕時計部品の製造に理想的な製法なのである。

 そしてもうひとつの最新製造技術がLIGA(Lithographie, Galvanoformung, Abformungのドイツ語頭文字)である。これは、リソグラフィを用いて精密な電気メッキと成形を行うMEMSプロセスを指す。これは導電性の金型に電気メッキを施して部品を成長させる製法であり、減法ではなく加法製造だと考えられる。なお、金型は精密なリソグラフィによってミクロンレベルの精度で作られる。この製法で作られた部品は、一般的にニッケルか金が使用されている。

 ジラール・ペルゴのコンスタント・エスケープメント(上図)は、現代の製造技術によって新たに開発が可能になった脱進機の代表例である。厚さ14ミクロンのシリコン製ブレードの製造は、従来の方法では不可能に近かっただろう。またドゥ・ベトゥーンは近年、機械的共振と磁気を利用して極めて高い周波数を実現するレゾニーク脱進機を開発した。ヴォーシェ社も、シリコンの引張強度を利用した革新的なジェネカン脱進機を発表している。その他多くのブランドや独立系メーカーによっても脱進機の開発は続けられている。このようにその規模と多様さから、脱進機の開発は時計業界がこれまでに経験したことのないほど激しいものとなっていると言える。

 脱進機開発のエキサイティングな点は、精度と信頼性を向上させる余地がまだ多分に残されていることだ。今日の時計技術者たちは、何世紀も前の技術者たちが取り組んでいたのと変わらない根本的な課題に取り組んでおり、その勢いは一向に衰える気配がない。

Images for this article courtesy of the Horological Society of New York.

参考文献