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VINTAGE WATCHES パテック フィリップ 5970 永久カレンダークロノグラフのコレクターズガイド

“最後のレマニア”は、その製造中止から10年以上経った今も、現代のコンプリケーションパテックの王者として君臨し続けている。

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 今回撮影したパテック フィリップのRef.5970Gは、HODINKEEのプライベートオークションで販売中だ。時計にはボックスと書類一式が揃った状態である。この例や、このようなコンプリケーションパテック、あるいは一般に入手困難な時計に興味を持っている方は、privatesales@hodinkee.comまでご連絡を。

すべて聞いたり読んだりしたことがあるはずだ。レマニアをベースにしたパテック フィリップ パーペチュアル クロノ最後の1本のことを。これはパテック フィリップが製造したなかで最も優れた時計かもしれない。ジョン・メイヤー(John Mayer)は、“これ以上よくならないほどですね…これまでで最高に素晴らしいものです”と表現した。さらにRevolutionのWei Koh(ウェイ・コー)氏はこのリファレンスについて“これまでにつくられたなかで最も美しいクラシックな腕時計”と主張している。Ref.5970を絶賛する声は確かに多い。それはなぜか? その理由はムーブメントの重要性、文字盤のプロポーション、ケースのサイズ、アメリカンクーリエタイプライターのフォントなど、数え上げればきりがないほど、時計業界(のインターネット上)に散在している。5970を理解するのは簡単な作業ではないが、多くの人にとってはパテックのクラシカルなスタイルと複雑機構、現代的なパッケージのなかで欠陥なく完璧に表しているのだ。


パテック フィリップ Cal.27-70 Q

 時計製造技術にこだわる時計愛好家に5970の話をすると、まず最初に話に上がるのが内部のムーブメントだ。“最後のレマニア”といった発言を何度も耳にすることになる。2000年半ばから後半にかけて製造されたこの時計は、実はかなり古いスイスの時計製造の慣習であるエボーシュの使用までさかのぼることができる。

The movement of a Patek Philippe reference 5970G

 20世紀の大半、スイスの時計製造はレマニア、バルジュー、フレデリック・ピゲのようなムーブメント専門メーカーが製造した同じベースムーブメントを多くのメーカーが使用するという、共同作業によって時計を組み立てていた。これはウォッチブログやコメンテーターがこぞって、“自社製”キャリバーがいかに重要かを強調していた時代よりも前のことである。世界最高峰の時計メーカー、パテック フィリップもまた同じ方法だった。例えば1518と2499はバルジューベースのキャリバーを採用しており、その後の3970では今や伝説となったレマニア CH27に移行している。

 オメガはオーデマ ピゲやヴァシュロン・コンスタンタンらと同様に、3970や5970に搭載されたベースキャリバーを最初のスピードマスター用ムーブメントであるオメガのCal.321に採用した。実際にVCは、ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955 クロノグラフで、いまでもCH27のバージョンを使い続けている。

The movement of a Patek Philippe reference 5970G

 レマニアベースのパテック Cal.27-70 Qに結び付いたロマンチシズムはエボーシュスイスの時計製造の歴史に根ざしているが、さらに言えば多くのコレクターは、あとに続く“自社製”のCal.29-535 PS Qよりも優れていると考えている。パテックはレマニアムーブメントを大幅にモデファイしてCal.27-70 Qを開発dした。これまでに製造されたベースキャリバーのなかで最高傑作との呼び声が高い。最も満足のいくようなリューズの巻き上げを実現し、クロノグラフの動作では独特な感触のクリック感を備えている。ジョン・メイヤーが最初のTalking Watchesで、5970Gを見ながら“これ以上よくならないほどですね…これまでで最高に素晴らしいことです”と言ったのは、彼が“レマニアキャリバーは、パテックが今後行うどんなことよりも優れているかもしれない”という感覚を指しているのだ。

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文字盤のプロポーションとディテール

 5970が、今後パテックから発表されるどんなモデルよりも優れているかもしれないといえるもうひとつのポイントは文字盤にある。3970と比較してケース径が大きくなったことで文字盤の余分なスペースも増えて、そのスペースを活用するためにパテックのデザイナーは懸命に努力したと、ティエリー・スターン(Thierry Stern)氏は語っている。同氏によると、チームは“できるだけシンプルにするために取り組み、約20種類ほどのダイヤルを試した”という。その結果は私の目や多くのコレクターの目から見ても、まさに完璧としかいえない仕上がりだ。

The Patek Philippe reference 5970G

 余分なスペースは、日付を読みやすくするために6時位置のインダイヤルを少し大きくしている。これにより副次的な効果として、ムーンフェイズディスクの美しさも際立つようになった。さらに3970と比較すると、文字盤端のスペースも確保していて、重なりが少ないミニッツスケールとクロノグラフスケールもすっきりしているようだ。

 ダイヤルのフォントは5970の伝説の一部でさえある。モダンすぎず、過度にヴィンテージ感もないこれらのフォントは、パテックのパーペチュアルクロノのデザインコードとして知られているものの重要な部分だ。メイヤー氏は2回目のTalking Watchesで、このフォントをアメリカンクーリエタイプライターと名付けた。続けて「まるで映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』に出てきそうな腕時計です。見た目の芸術性が高く、とにかく美しいと思います」 と説明している。

A Patek Philippe reference 5970J

スペックについて

 5970は2004年から2010年まで生産、2011年にはいくつかのシリーズの最終モデルが販売されたとパテックによって確認されている。生産数はブランドの確認が取れていないが、とはいえ現在コレクタビリティ社に所属し、以前はパテック フィリップ USA(また正式にはアンリ・スターン・ウォッチ・エージェンシー/Henri Stern Watch Agency)にいたたジョン・リアドン(John Reardon)氏いわく、5970本のうち約2800本が4種類の金属すべてで生産されたのではと推定している。

 ハイレベルなパテックコレクターにとって、1518と2499は長いあいだ最高峰と考えられてきた究極のモデルだ。大まかにいうと全金属での1518の生産量はわずか281本で、2499はわずか349本しかない。これらの時計は非常にレアで、市場のごく限られた一流のコレクターの手にしか回らない。このようにいうのはいささか滑稽だが、パテックの永久カレンダー クロノが“到達できる”ことと同じぐらいに、1518と2499の合計630本と照らし合わせると5970はもっと近づきやすく、計算すると4.4倍も手に入れやすいのだ。

 理論上、5970は2004年から2010年までパテック フィリップの永久カレンダークロノグラフのオプションとして使用され、このファミリーの歴史のなかで最も短命なリファレンスとなった。ケースサイズは直径40mm、厚さ13.5mm。同じムーブメントを搭載している、直径36mmで厚さが同じだった従来のRef.3970よりひと回り大きくなっている。5970の寸法はコレクターにとってちょうどいい領域と考えられていて、3970よりも快活としていなくて後続のRef.5270ほど堂々とはしていない。なかのムーブメントはもちろん、レマニアベースのパテック フィリップ Cal.27-70 Qで、ユニークピースやスペシャルシリーズを除き、5970R、5970G、5970J、5970Pからなる4つのスタンダードリファレンスが用意されていた。


5970R
A Patek Philippe reference 5970R

  2004年に発表したふたつのリファレンスのうち、最初に発表された5970Rは、もちろん18Kローズゴールドのケースに、それにマッチした針とアワーマーカーを備えているのが特徴だ。およそ6年から7年という比較的“長い”生産期間を考慮すると、RはGと並ぶ一般的な5970であり、最も多い1000から1250本程度つくられたと推測される。

 私の目には、ケースのディテールがRGのバリエーションにとてもよく映えていると思う。イエローゴールドの明るさと、ふたつのホワイト素材(WG、プラチナ)オプションのコントラストがないことで、ケース造形がある程度隠されているようだ。5970Rの落ち着いた色調と豊かなトーンのなかにある、繊細に彫刻されたラグはとても評価できる。パテックはデザイン上の工夫をラグに施し、それを隠すことで知られているが、これはよく観察して研究することで初めて明らかになる部分だ。5970(のラグ)は全体的に細長くて爪のような形をしているため、明らかにヴォーシェ社製ケースのファーストシリーズ、2499に回帰しているようにも見える。またRef.1578の“スパイダー”ラグの要素もあり、文字盤から離れたところにはっきりとした突起がある。全体的に見て、5970のラグのシェイプは、わずかに参考にしながらも完全に新しいものであった。

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5970G
The dial of a Patek Philippe reference 5970G

 WGのバリエーションは5970Rと同様、2004年にリファレンスを開始して合計で1000から1250例ほどつくられたとしている。どの時計も一般的という表現は適切ではない。2000年代半ばから後半にかけていう“標準的な生産”の時計としては、この言葉を使うのがあまり好きではないほどに、1000本の時計が流通することはまだ比較的希だ。

The Patek Philippe reference 5970G on the wrist

 このリファレンスはほかの3つとは異なり、まったくといっていいほどコントラストがない。針、アワーマーカー、ムーンフェイズのディスクをブルーで統一し、全体的にモノトーンに仕上げているのだ。私の好みだが、これは5970に非常によく似合っている。前述したようにパテック パーペチュアル クロノのなかでケースサイジングがまさに適切だが、直径40mm、厚さ13.5mmですら少しでも躊躇するのであれば、5970Gがその答えである。この4モデルのなかで最もつけやすいバリエーションであり、手首につけてもそれが人に気付かれないように振る舞える唯一のモデルだと思っている。


5970J
A Patek Philippe reference 5970J

 一見、18KYGでできた5970Jはケース素材のなかで最も“普通”に見えるが、5970Jの魅力はそれだけではない。ここで詳しく説明したリファレンスの前のパーペチュアル クロノ、特に1518と2499を照らし合わせると、5970Jは一般的なバリエーションであると予想するかもしれない。しかし、4つの金属のなかで最も希少であるといわれているのだ。このあたりはブランド側の確認が取れていないため、推測の域を出ないのだがご了承を。これはパテックが2004年に、RGとWGという2つの貴金属で5970を発表したのだが、Jはそれよりあとの2008年ごろ、おそらく1、2年間だけしか提供されなかったという可能性があるのだ。その結果、リファレンスの中で最も“普通”な貴金属でできた時計は、推定100~300例のみしか生産されなかったのだ。

 5970Jはまさにパテックのパーペチュアルクロノに求められるものだ。YGにより、すでにクラシカルな時計を、さらにクラシックな印象にしてくれる。ケース金属や針、インデックスなどは、我々が愛してやまない1518や2499と同じようにムーンフェイズディスクのゴールドの月や星とマッチしていて、何か特別なものがあることは間違いない。


5970P
The Patek Philippe reference 5970P

 (5970Pは)5970の“生産終了記念アイテム”だと何度も呼ばれていたプラチナバージョンだ。2009年と2010年にしか提供・生産されていないという、Jに次ぐ2番目に希少なリファレンスである。5970Pは、黒い文字盤を持つ唯一のレギュラー生産モデル。4本のなかで最も収集価値が高いといわれてきた。“ファイナルラン”といわれる5970Pは、300~500本生産されたと予想される。

 5970Pの細かい特徴は、タキメータースケールに“120”と入っていることが挙げられる。プラチナの時計が最後に生産されたためか、文字盤6時位置の下にある“SWISS”の表示が、クロノグラフの目盛りの外側に配され、そして“120”の数字が含まれるようになった。ユニークでやや小さすぎるディテールだが、一度見たら忘れることはできない。

The Patek Philippe reference 5970P on the wrist
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“特別”なバリエーション

 大体において5970はすっきりとしているのだ。ダイヤルやケースシリーズがないというのは技術的には間違っているのだが、実際にはダイヤルもケースも1シリーズしか存在しない。別の言い方をすれば、2499には4つの明確なシリーズのバリエーションがあるように、コレクターはリファレンスを世代にわけていないということだ。5970のケースと文字盤は4つのリファレンスとケースメタルのすべてにおいて手が加えられいないと見なされる(Pにある“120”のわずかなバリエーションを除いて)。明確にいうと、5790には“特別”ものがたくさんあるということだ。

A special Patek Philippe reference 5970G with salmon dial

2013年5月、クリスティーズでサーモンダイヤルの5970Gが316万香港ドル(当時の相場で約3975万3000円)で落札された。

A special Patek Philippe reference 5970J with champagne dial

2013年12月のクリスティーズにて、シャンパンダイヤルを持つ5970Jが35万3000ドル(当時の相場で約3444万9000円)で落札された。

 5970には挙げるべき特別なバージョンがいくつかある。その初回の生産分は4セットだ。最終的には、2010年ごろにパテックは4つの“新しい ”バリエーション(標準的に製造する金属をそれぞれ1つずつ)を購入する機会を顧客に提供した。セット内容は、サーモンダイヤルの5970G、サーモンダイヤルの5970P、シャンパンダイヤルの5970J、そしてブラックダイヤルの5970Rの4セットだ。12時位置にはローマ数字、1、2、4、8、10、11時位置にはバーではなくドットマーカーを配し、さらに今までにないダイヤルカラーを取り入れているのが特徴だ。さらに2015年にロンドンで開催されたパテックのグランドエキシビションでは、ある特定のパテックの顧客がさらに2つの特別な5970を手にすることができた。リファレンスが正式に廃止されてから4年後のことである。その提供された時計とは、深いブロンズトーンのサーモンダイヤルをセットした5970Gで、その例はアフメド・ラフマーン(Ahmed Rahman)氏のTalking Watchesで登場した。このコンビは、よりオーソドックスなバーインデックスを採用して、5970Gのサーモンダイヤルと2010年に登場したセットモデルとを区別化させた。

A special Patek Philippe reference 5970G with salmon dial

2015年にロンドンで開催されたパテックのグランドエキシビションにて、コレクターに提供されたサーモンダイヤルの5970G。アフメド・ラフマーン氏所有。

 個性的な5970たちの作品の世界に入るのは、ほとんどためらってしまう。パテックの特別なリクエストプロセスの性質を考えると、5970のユニークピースがいくつ存在しているのか、我々は知る術がない。しかしジョン・メイヤー以外のギタリストのものを、楽しみながらいくつか挙げてみよう。元祖メガ・パテックコレクターでありギターの名手であるエリック・クラプトン(Eric Clapton)氏は、パテックとともに少なくとも2本の“多分”ユニークピースの5970を製作した。ブレゲ数字とブリックブレスの両方で、クラプトン氏は少なくともカスタム5970Rと5970Gをオーダーした。

a Patek Philippe reference 5970R piece unique for Eric Clapton

エリック・クラプトンがカスタムオーダーした5970Rは、2015年5月にサザビーズで40万6000スイスフラン(当時の相場で約5109万1000円)で落札。

a Patek Philippe reference 5970R piece unique for Eric Clapton

エリック・クラプトンがカスタムオーダーした5970Gは、2021年10月のサザビーズで743万5000香港ドル(当時の相場で約1億490万8000円)で落札された。


価格と価値は、6桁前半から半ばほどなのか?

 パテックの永久カレンダー クロノグラフは、1941年に連続的に生産が開始されて以来、その複雑さと価格においてブランドの頂点に君臨していた。1946年当時、よりスタンダードなクロノグラフのRef.130は600ドル(当時の相場で約9000円)で販売されていたのに対し、Ref.1518は1500ドル(当時の相場で約2万2500円)で販売されていた。現在のパテック フィリップの時計は、現代であれヴィンテージであれ、今あなたが読んでいるようなウェブサイトを取り巻く世界と比較しても大変高価なものである。しかしこれは昔からそうだった。1856年、ティファニーは社内で、パテックの時計に対して“そんなに高価でなければ売ってもいい定番品だ。パテックはかなりひどく誇張しているように見える”と不満を漏らしていたという。

The Patek Philippe reference 5970G on the wrist

 世界最高の製品を提供しながらも利益を増やそうというアメリカ人の感情は非常に強く、ティファニーは1872年に、2010年代の“ダイレクトコンシューマー(D2C)”モードを本格化させようとした。米国の小売業者はこの年、ジュネーブに当時最大規模の時計工場を開設した。しかし1876年に工場は閉鎖された。誰が買ったと思う? そのとおり、パテックは建物とその中身を買収したのだ。この工場売却に伴う契約によって両ブランドの関係はさらに強固なものとなり現在に至る。

 とはいえこれまでも、そしてこれからも、価格とはパテックを検討するうえで重要な検討事項であり、5970のような永久カレンダークロノグラフではなおさらである。7年間、このブランドの最も複雑な腕時計のひとつであった。このリファレンスが希望小売価格8万9600ドル(日本円で約965万円)でカタログ入りした2004年、NYマガジンが“時計には本当に8万9600ドルの価値があるのだろうか?”という記事を掲載した。その10年後、HODINKEEが初めて掲載したReference Pointsで、ベン・クライマーはNYマガジンに搭載されたものと同じ5970Gの二次市場価格を14万5000ドルだと見積もって、“Ref.5970は金と同じくらい(とまではいかないにしても)投資パフォーマンスに優れる時計”と主張した。この9年間で多くのことが変わり、2014年当時のベンでさえ想像もできなかったほど、異常な価格で売られている時計が多くなっている(トニー・トライナが2022年にHODINKEEで執筆した、オークションで100万ドルを超える時計が増加の一途をたどっていると詳述した記事は、最近の記憶のなかで最もお気に入りな記事の1本だ)。しかしコレクターのあいだでは5970の評価がますます高くなっていて、フルセットの例は20万ドル(日本円で約2780万円)を超える価格で取引されている。

All four Patek Philippe reference 5970s

 時計の二次流通市場にはさらに多くのものがあり、永久カレンダークロノグラフは、例えばノーチラスのように価格が高騰することはないがそれはいいことである。ウォーレン・バフェット(Warren Buffet)氏の昔の名言のように、“ショートランの市場では投票機だが、ロングランでは計量機がいい”。そして長い目で見れば、5970の基本要素であるクラシカルなスタイリング、コンプリケーション、パテック フィリップ製、そしてホワイトメタルで提供されるものは、ベンが言ったように金にも劣らないのだ。