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VINTAGE WATCHES なぜ初期のロジェ・デュブイについて知っておくべきなのか?

インディペンデントウォッチメーカーが90年代に発表したオマージュ コンドッティエーリは、奇抜さではなくシンプルさを追求した1本だった。

Photos by Tiffany Wade

シンプルな3針時計の魅力は、ごまかしが効かないところだろう。

 フィリップ・デュフォー、ロジャー・スミス、レジェップ・レジェピといった独立時計師が手がける時刻表示のみの時計が、多くの人の心に響くのはそのためかもしれない。これらの時計は、自分たちのあり方に満足している。部品点数が少ないため、時計が完成するときも身につけるときでさえも、ひとつひとつに細心の注意が払われている。

Roger Dubois hommage condottieri

 今回紹介する、90年代半ばに登場したロジェ・デュブイ オマージュ コンドッティエーリも、これと同じ考え方であり、しかもそれ以上の存在感を放っている。豪奢なボックスと付属の書類をめくり、手に取って装着したらその違いを実感できるだろう。雪のように白いエナメルの文字盤、ヴィンテージの懐中時計を再構築した重厚なムーブメント、そして付属のボックスと、大きな紙の天文台証明書が付属している。

 90年代半ばに自身のブランドを立ち上げたデュブイにとって、オマージュ コンドッティエーリはステートメントピースだった。40年間時計職人として働いてきた(そのうちの20年間はパテック フィリップで働いていた)彼は、派手な複雑機構やギミック溢れるデザインの陰に隠れて何かを主張する必要はなかった。いいや、時計の市場においては、最も優れた時刻表示のみの時計1本があれば、十分すぎるほどの主張ができるといえよう。

デュブイを簡単に紹介
Roger Dubois hommage condottieri

 ロジェ・デュブイは、1950年代にロンジンで時計製造のキャリアをスタートした。若き時計師がアフターセールス部門で、ロンジンの黄金時代を支えた、美しい13ZN クロノグラフの修理に励む姿が目に浮かぶ。彼はやがてパテックに移り、14年間コンプリケーションの修理に携わったのち、自身の修理工房を設立した。1995年、デュブイは自身のブランドを立ち上げ、引退する2003年まで携わり続ける。

Roger Dubuis hommage h37

オマージュとシンパシー。どちらもフィリップス提供。

Roger Dubois sympathie

 初期のデュブイには基本的に、ラウンドケースを持つオマージュと、シンパシー(いまだにどんな形と呼べばいいのかわからない。スクエアとか?)というふたつのコレクションラインがあった。オマージュ派かシンパシー派かを聞けば、その人がどんなひとかよくわかる。私は伝統主義者だからオマージュ派だ。スタイルエディターのマライカは? ずっとシンパシー派だという。

 私にとって、これら初期のデュブイで最もシンプルなもの、つまりオマージュ コンドッティエーリは、ロジェ・デュブイが表現したジュネーブの時計製造の精神を最もよく表していると思わせるものだ。

イタリア語で“リーダー”を意味するコンドッティエーリ

 時計とは、ときにその野心的な名に恥じないような存在になりえる。

 一見するとオマージュ・コンドッティエーリは、時刻表示のみ、ホワイトエナメル文字盤、そして40mmの大振りなサイズ感が特徴の、非常にシンプルなモデルだ。新生デュブイブランドとして90年代半ばに初めてつくられた時計であり、今でも最高傑作と評される時計のひとつだ。

Roger Dubois hommage condottieri enamel dial
Roger Dubois hommage condottieri enamel

 デュブイのように長らく時計師として活躍し、数本の指先に多くの人が持つ四肢の技術よりも多くの技術を身につけると、その技術を使って最小から最大のものまでつくれるようになる。その後のデュブイブランドは(特に時計師デュブイが引退したあと)、デザインからコンプリケーションまで、すべてにおいて極限のものを追求するようになる。現在では、非常に賑やかなエクスカリバーと、“ハイパーウォッチ”と呼ばれるコレクションがその特徴となっている。

 だが最初の数年間は、デュブイは奇抜さではなくシンプルさを追求した。パテック時代に受けたインスピレーションが、初期の時計に随所に見られる。オマージュ コンドッティエーリの焼成エナメル文字盤は美しいスノーホワイトであり、それが非常に控え目な塗装が施されたローマ数字インデックス、ブルースティールのリーフ針とマッチしている。

 エナメルにはほんの数行のメッセージがあり、6時位置にあるスモールセコンドの上には、“Bulletin D'Observatoire”という文字が書かれ、この時計の特別な部分、つまり搭載されたムーブメントのことを示唆している。このCal.RD27だが、実はタバン社製のポケットウォッチ用ムーブメントを完璧に作り直したものである。デュブイは、タバン社のCal.507の新古品を入手して、ジュネーブシール(Poinçon de Genève)を掲げることができるよう再構築した。

Roger Dubuis rd27 caliber hommage condottieri

オマージュ コンドッティエーリのシースルーバック。

tavannes 507

タバン社のポケットウォッチ用Cal.507 。こちらはeBayで、60ドル(日本円で約8000円)で購入可能だ。

 これには最高レベルの仕上げ(ジュネーブストライプ、ポリッシュ仕上げの歯とネジ、面取り)のほか、ブレゲヒゲゼンマイとスワンネック緩急針の追加など、さまざまな改造が加えられた。しかもコンドッティエーリは、フランスのブザンソン国立天文台にて計時性能の認定も受けている。時計とセットで付属する、ビュルタン・ド・マルシェ(歩度証明書)をご覧いただきたい。

Roger Dubuis Hommage Condottieri Box and Papers

初期のデュブイのフルセットは、パテックレベルの豪華さである。

 証明書にロジェ・デュブイの名前が掲載されているだろう。それはデュブイ自身が、この超厳格な基準で時計を調整していたからだ。そして、この証明書でさえもステートメントである。これは普通の紙ではなく、王室の勅令のような感じの、大きな羊皮紙でできている。当時、ジュネーブシールとブザンソン証明の両方を取得するブランドは、デュブイを含めても数社しかなかったといわれている。

初期のデュブイにおける市場価値
Roger Dubuis pink gold hommage

2022年11月、フィリップスにて9万6000ドル(日本円で約1268万9000円)で落札された、ピンクゴールド製のオマージュ コンドッティエーリ。

 イタリア語のコンドッティエーリ(傭兵という意のCondottieroではない)とはリーダーを意味し、デュブイがこのオマージュに込めた想いを文字どおり表現したものである。今日でも、オマージュ コンドッティエーリは、デュブイのコレクター、および多くの初期のインディーズ愛好家にとって、まさに最高の宝物である。RD27のキャリバーにはそれぞれ番号が割りあてられているが、30番台以上のムーブメントが一般に販売されているのを見たことがないほど。

 こちらの写真のものと似たホワイトゴールド製のコンドッティエーリは、市場が飽和状態にあった2021年11月に、フィリップスで59万2200香港ドル(日本円で約997万4000円)で落札されている。この大きな結果を、“まあ2021年11月にみんなフィリップスにお金をつぎ込んでいたからね”と思って気にかけようとしていなかったのだが、その後、昨年11月に、PG製のコンドッティエーリがなんと75万6000香港ドル(日本円で約1273万3000円)で落札されたのだ。その頃、世の中の盛り上がりはそこまでではなかったのだが、この初期のデュブイは、その喧噪を切り抜けることができた。

 ほんの数年前、3万5000ドル(日本円で約462万7000円)で売れたものがあるのに、これが10万ドル(日本円で約1322万円)の時計だと主張するつもりはない。しかし、このデュブイのような重要な初期のインディーズやネオヴィンテージの時計は、現代における大量生産の時計のように、価格が暴落することはない。そしてもし初期のデュブイを買うのであれば、やはりオマージュ コンドッティエーリが今でもおすすめである。

 ほかの初期デュブイの、オマージュやシンパシーが28本限定生産であり、それらはすべてケース素材と文字盤の組み合わせでカウントされている(例えばサーモンダイヤルのホワイトゴールド製、H40クロノグラフなら28本、その次にホワイト文字盤の28本、ブラック文字盤の28本といった具合。これはA Collected Manによってこのカタログが見事に完成したため、信じてほしい)。

 ムーブメント番号からわかるように、オマージュ コンドッティエーリのほうが断然レアだ。もちろん、それぞれが時計師自身の手によって調整されたものであるといることは、いうまでもないだろう。

 ロジェ・デュブイというブランドに一体何が起こったのか、その話はまた別の機会にしよう。ただ、それは「ビジネスマンとビジネスをするほとんどの時計師にとっては、避けられない運命といえるほどよくある話だ」。JX Su氏は、2017年にデュブイ氏が亡くなったとき、追悼文にこう書いている。2008年にリーマン・ショックが訪れたとき、同社は負債を抱えていた。新興メーカーに何億円も投資をして、実際にはそれほどうまく機能しない、数十個の自社製ムーブメントを製造していたからだ。やがてリシュモンは同社の株式を買い取り、経営をコントロールした。現在も大枠の形は異なるものの、リシュモングループ内で存続している。

 私のなかではオマージュ コンドッティエーリのような初期のデュブイの作品は、同ブランドがつくりあげた最高の逸品だ。そして今日に至るまで、それらは高いレベルの水準を確立し続け、コレクター性も維持している。

HODINKEE Vintageの更新について
Roger Dubois hommage condottieri wrist

数週間前、毎週水曜日にお届けしていたVintage Watchesコラムを変更して、より裏で多くの時間を費やし、ユーザーに最適な時計を紹介していくとお伝えした。なぜなら、世界最高といわれる時計のなかには、インターネットに掲載されることのないものもあるからだ。その場合、非公開で(あるいはメッセンジャーのWhatsAppで)簡素に取引されている。

 この時計もそのひとつだ。HODINKEE Shopには掲載されていないのだが、我々がこの時計を所有しており、そして我々のプライベートセールスチームを通じて購入することができる。このオマージュ コンドッティエーリ(あるいはほかの初期型デュブイ)に興味がある方は、privatesales@hodinkee.comまでご連絡を。

 これからも、我々が愛する時計のストーリーを伝え続けていこう。またHODINKEEの時計になることもあれば(今週のように)、そうならないときもある。

 ここではヴィンテージウォッチに焦点を当てるが、この初期のデュブイのように、80年代や90年代に生まれた“ネオヴィンテージ”ウォッチも含めて、このカテゴリーのコレクションは確実に広がっていると感じている。販売するしないにかかわらず、我々はこの機会を、カーテンを開けてオープンにし、市場で見かけるクールな時計を紹介する機会だと思っている。特に、見過ごしてしまいそうなほど、控えめな時計であればなおさらだ。