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11月6日にジュネーブで開催された、クリスティーズのPassion for Time オークション終了後に始まった長期にわたる係争に決着がついた。オマーンのコレクター、ムハンマド・ザマン(Mohammed Zaman)氏の時計を取り上げたこのシングルオーナーセールは、終了直後にザマン氏がジュネーブで起こした民事訴訟の対象となっていた。
この訴訟の審問会は12月11日に予定されていたが、延期。現在、両当事者はこの係争を終結させる和解に達している。
「Passion for Time オークションに対する規制は和解合意により完全に解除され、取り引きを完了することができるようになりました」。クリスティーズの広報担当者はHODINKEEの取材に対し次のように述べている。「この結果を辛抱強くお待ちいただいた皆様にご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます。また、ムハンマド・ザマン氏とクリスティーズとのあいだにある信頼関係を回復できたことを喜ばしく思います」。なお、和解の詳細については公開されていない。
オンラインと会場でのオークションが終了した直後、クリスティーズはPassion for Timeの入札者に入金を控えるよう通告していた。この通知は、12月11日に予定されていた審問が開かれるまでのあいだ、売却を一時規制する差し止め命令がくだった結果であった。
この和解は、オークション開始前から続いていた混乱に終止符を打つものである。オークション直後に紹介したように、コレクターであるムハンマド・ザマン氏の時計が出品されたシングルオーナーセールはほぼ1時間遅れで始まった。開催前に、オークショニアはセールのすべてのロットが第三者保証の対象になっていることを発表した。これは、競売中にロットが事前合意した価格に達しなかった場合、第三者がそのロットを落札することを意味する。オークションの途中で予想落札価格は上方修正され、落札後に再びブロックに戻されて入札がやり直されたこともあった。その一連の出来事に、観衆は混乱と苛立ちを覚えていた。
オークション当日、1013番のパドルが第三者保証人の代表となり、大半のロットを落札したようだ。その他の時計の多く(最も高額なロットも含む)は、身元が明らかでないもうひとつのパドルに渡った。
ヨーロッパにおけるクリスティーズ時計部門の責任者であるレミ・ギルマン(Remi Guillemin)氏によると、第三者保証は競売前夜から具体化し始めたという。その後、私は保証人が2022年11月にクリスティーズで行われたジャン・トッド(Jean Todt)氏の時計コレクションのオークションに関与し、多額の手数料を得た米国のファンドであることを知った。
一連の出来事は時計業界に少なからず混乱を招くものだったが、ザマン氏自身はこの結果に満足しているよう見えただろうと思う。彼は同日の午後、クリスティーズの主要な時計オークションで入札し、特にあるロットを100万ドル以上で落札しているところを目撃されている。
しかしその裏で、ザマン氏はジュネーブの民事裁判所へと訴えを起こし、Passion for Timeによる会場とオンラインでの販売額を合わせた総額4000万ドル(日本円で約57億円)以上の時計への支払いと譲渡を一時規制していた。
訴訟の正確な詳細は明らかにされていないが、ブルームバーグ誌は利害関係者が“違法または反道徳的な手段によって結果が左右されたオークションに関しての否認請求”を行うことができるスイス民法に基づいて提訴されたと報じている。
Passion for Timeは数字だけを見ると、特に時計市場の低迷を考慮すれば成功と呼べるものだったと言える。会場での取り引き総額は3790万スイスフラン(日本円で約62億6700万円)にのぼり、高額ロットの多くが好成績を収めた。例えば、デュフォーのグラン・ソヌリとプチ・ソヌリは512万スイスフラン(日本円で約8億5160万円、当初の予想落札価格は400万~600万スイスフラン)、マーロン・ブランドのGMTマスターは458万スイスフラン(日本円で約7億5712万円、当初の予想落札価格は100万~200万スイスフラン)で落札された。全ロットの約70%と同様に、これらふたつのトップロットはセール中に修正された予想落札価格のなかでやや低めに落札されており、第三者保証価格で売却されたことを物語っている。これは、両モデルが前回市場に登場した際に達成した実績(マーロン・ブランドは2019年に190万スイスフラン、デュフォーのソヌリは2021年に470万スイスフラン)を上回るものであった。
上位12ロットは合計2000万スイスフラン(日本円で約33億円)で落札され、当初の予想総額であった1780万ドル(日本円で約25億3500万円)を大きく超えた。これらの多くは過去数年間に市場に出回った時計であり、Passion for Timeで達成された数字はかつての売上を更新するものであった。
しかし、たとえこの結果によって、ザマン氏の訴訟が“世界的に重要で、比類なきコレクション”(カタログにそう書かれている)である自分のコレクションをもっと高く売ることができた、あるいはもっと高く売るべきだったと考えたひとりのコレクターによる自責の念からきたもののように見えたとしても、クリスティーズにまったく過失がなかったとは言い切れない。クリスティーズはザマン氏に、同氏のコレクションがさらに高値で落札される可能性があると思わせたのではないかと一部では言われている。さらに、競売開始の遅れに加え、土壇場でまとまったかのように見える第三者保証の連絡が不十分だったことが入札希望者に不満を残した。保証がある以上、オークションはほとんど予定調和であり、会場で行われていたのは実質的にショーに近いものだった。
おそらくクリスティーズは、2024年に延期されたOnly Watchをめぐる騒動の直後に発生したPassion for Timeのツケをすでに支払っていると思われる。その数週間後、パトリック・ゲトライデ(Patrick Getreide)氏のOAK Collectionを対象とした大きなシングルオーナーセールが開催された。しかしパトリック・ゲトライデ氏のOAK Collection:Part Iの結果は極めて芳しくなく、最低予想落札価格の920万ドル(日本円で約13億1000万円)に対してわずか660万ドル(日本円で約9億4000万円)の落札にとどまった。市場が低調であったことや、一部のトップロットに対する懐疑的な意見などその他の要因もあったことは間違いない。しかし、クリスティーズによるPassion for Saleの対応が影響していないとは言い切れない。だが、クリスティーズ・ニューヨークのオークションは非常に好調であった。
しかし、今回のクリスティーズによる失策は戦略的なものであったかもしれない。同社はザマン氏とゲトライデ氏のセールを立て続けに開催することで、多くのユニークな時計を市場に溢れさせた。ひとりのオーナーによる大規模なセールを積極的に行うのは、時計オークションのマーケットリーダーであるフィリップスに追いつくための試みだろう。そして今年、クリスティーズのシェア獲得戦略はおおむね成功した。両オークションハウスの世界総売上高は約2億1600万ドル(日本円で約307億6000万円)。これは、フィリップスが記録した2022年(2億2700万ドル、日本円で約323億2780万円)の数字からすると見劣りするが、それでも市場が低迷するなかで好調な結果を示したことに変わりはない。しかし、クリスティーズの戦略が今後も継続可能かどうかは別の問題である。
Passion for Timeの影響が今後も残るかどうか、それはまだわからない。だが、両者とも、この混乱と論争を呼び起こした一連の出来事の終結に前向きであることは間違いない。
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