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Auctions 今問題になっているレコード樹立のオメガ スピードマスターについて、我々が知っているすべてのこと

オメガとフィリップスは、オメガの元従業員が関与した詐欺容疑の被害者だと主張している。

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我々が知っていること

記録的なヴィンテージのオメガ スピードマスターが現在、元オメガ職員3名を含む犯罪行為の疑いで捜査が行われているとして話題になっている。これはもともと、2021年11月のフィリップスで340万ドル(当時の相場で約3億8600万円)という記録的な価格で落札されて話題になった、トロピカルなオメガ スピードマスター Ref.2915-1、通称“ブロードアロー”から端を発する。

 ご存じの方も多いかもしれないが、このニュースは4月にPerezcopeがトロピカルなスピードマスターに関する調査結果を発表したことから始まった。しかし6月1日、チューリッヒの新聞ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)が報道した記事には、犯罪組織がさまざまなヴィンテージスピードマスターを集めてバラバラのパーツで組み立てた、“フランケンシュタイン”ウォッチがオークションに出品されたという一連の出来事があったと詳細に報じたのだ。オメガは、この時計が共謀者グループによる組織的な犯罪行為だったと述べており、その中にはオメガミュージアムとブランドヘリテージの元責任者を含む、3人の元従業員も含まれているという。フィリップスとオメガの両者はそれぞれ別の声明で、自分たちは組織的な犯罪活動の共同被害者であると述べた。

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2021年11月、記録的なスピードマスターに下されたハンマー。

 NZZによると、すべてはこの時計がジュネーブで落札される数ヵ月前、スイスのディーラーが美しいトロピカルダイヤルを持つスピードマスターを買い求めていたことから始まった。文字盤はこの時計の目立つ特徴だったが、時計に合っていないほかのパーツで構成されている状態だった(そのディーラーは、約5万ドル<日本円で約697万9000円>で購入したとされている)。時計は売るに売れず、代わりにある別のディーラーがそれぞれの年代に合ったパーツ、つまり文字盤とケースの製造年代が一致しているものを調達し始めた。

 業界関係者に話を聞いたところ、この談合にはスイスのフリブールに拠点を置くディーラー(彼のInstagramとeBayのアカウントによる)と、主に予備パーツを取引する別のスイス人ディーラーが、関与するオメガの元従業員と共謀したとのこと。元職員がオメガのアーカイブにアクセスしたことで、ディーラーはこの時計の適切なムーブメント番号を把握し、その番号が刻まれた新しいムーブメントブリッジを調達することができたとされているのだ。その後ディーラーは、この時計をオークションに出品。そのロットには、時計の新しいブリッジに刻まれた番号と一致するムーブメント番号が記載された、オメガのアーカイブから引用した何かも提供されていたというのだ。なお真正証明書およびアーカイブ(オメガの時計職人が時計の真贋を確認するための精密検査を行い、本物であることを証明するもの)は、販売時には提供されなかった。

 これに伴い、新たなベゼルとクロノグラフ秒針が時計に追加され、文字盤や針の位置も再調整された(最初に市場に登場したとき、文字盤には後年のトリチウム夜光が使用されていたが、その時代の正しい姿であるラジウム夜光に見えるよう再度塗布されていた)。このベゼルは、フィリップスが売却したのちの2018年にオメガがミュージアムのために購入した別のスピードマスターから調達したものと見られていると、Perezcopeが4月の鑑識調査で、まず指摘した。オメガから話を聞いたあと、Fratello Watchesのロバート=ジャン(Robert-Jan)氏は、“フランケンシュタイン”スピードマスターの構成部品について新しいレポートを提供している。

 フィリップスの広報担当者はHODINKEEの取材に応じた際、「私たちはその真贋について、100%納得がいかない限り時計を提供しません」と回答している。「先週まで、誰もこのオメガの時計が本物ではないと指摘しておらず、販売時に専門家や熟達者、さらにはメーカーによって調査が行われながらも誰もそれを懸念する声を上げませんでした」。販売前にフィリップスは、ムーブメント番号の製造日、シリアルナンバー、ムーブメントが取り付けられていた時計のモデル、(アーカイブの引用に記載している)販売日の確認をオメガから得たとしている。

 私が話を聞いた多くのディーラーやコレクターによると、オークションに出品されたときから、この時計がオリジナルであるかどうかについて疑問の声が上がっていた。特にベゼルは危険信号を発していて、後期のRef.2915-2のものだとわかるという。さらに、ダイヤルは以前のものであると認識している人もいた。

frankestein omega speedmaster

Image: Courtesy of Phillips

 さらに不可解なのは、当時の市場価格が約20万ドル(当時の相場で約2195万円)だったと思われていたところ、340万ドル(当時の相場で約3億8600万円)というオークション結果になったということだ。ここ数日で、オメガはこの時計の重要性と希少性を、オメガミュージアムの責任者と納得したうえでフィリップスで落札したことを公表している。オメガの声明によると、この人物は“仲介者と連携して、オメガミュージアムのために時計を購入した”という。セール当日、この個体はオマーンやテキサス、中国などから入札されるなど激しい競争となったが、最終的には中国が落札した。

 さらにオメガの声明は“その偽物の遺産は、利益を得た者が仲介業者を通じて行われた非常に水増しされた入札を正当化することを可能にし、それは関係者が売却から生じた利益を回収し、分配することを可能にしたのです”と続けている。

 「この事実を突きつけたあと、彼らは詐欺を働いて犯罪的な行為をしたことを認めました」と、レイナルド・アッシュリマン(Raynald Aeschlimann)CEOはNZZの取材で語った。オメガは声明の中で、関係者全員を刑事告訴するとしている。

 一方フィリップスはまず、Bloomberg紙に対して、スピードマスターがオークションに登場した時点では犯罪行為の疑いがあることを認識していなかったと最初に述べた。機密保持義務があるため、フィリップスは委託者の身元を明らかにしていないというのだ。そして6月初旬現在、フィリップスはHODINKEEに対し、法的機関からまだ連絡を受けていないが、そのような事態が発生した場合にはもちろん対応する予定だと話した。

 フィリップスの広報担当者は、「フィリップスは業界をリードする最高レベルのデューデリジェンスプロセス(対象に対して正当な調査・検討などをすること)で高い評価を得ています」と言う。続けて「KYC(顧客の本人確認)プロトコルと真正調査において最高水準を維持すること。フィリップスは出品されたすべての時計に対し、徹底的かつ詳細なチェックを行い、当社が納得できると判断した時計は、すべての面において本物であることを誇りに思っています。そしてひとつひとつのパーツも本物であることも保証します。つまり、時計とそのすべての部品が、時計が製造された時点でつくられている必要があるのです」


何を意味するのか
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Phillips.comに掲載されたスピードマスター。

この疑惑は、緊密に結びついた犯罪者グループが、自分たちが持っているアクセス権を利用して仕組んだ一連の事件であり、そのすべてが彼らの莫大で不当な利益のために利用されたものだ。それは間違いなく、元オメガの従業員からディーラーまで全員、関係者が犯罪詐欺に関与したとして告発されている。

 業界関係者に話を聞いたところ、そのディーラーらの評判はすでにあまり芳しくなかったとの声もある。ひとりは主にパーツを扱っており、もうひとりは今回の疑惑の中心にあるスピードマスターのように、フランケンシュタインのホイヤー、ユニバーサル・ジュネーブ、オメガのほかのモデルといった腕時計をしばしば組み立てていたことが知られている。

 今回の事件は高価なヴィンテージウォッチを、特にオークションで購入することのリスクと、これまで以上に多くの資金が流入することを痛感させるものだ。現在では、時計業界の最大のステークホルダーである2社までもが、詐欺の疑いをかけられた被害者だと主張している。

 一連の出来事はすでにほかの人々にも悪影響を与えている。現在オメガは、ヴィンテージウォッチの真正証明書とアーカイブからの引用の発行を一時的に停止せざるを得なくなった。さらにほかのヴィンテージスピードマスター市場にとっても心配の種となった。この特定の時計はその記録的な結果によって(たまたま)明るみに出たが、ほかのヴィンテージスピードマスターがオリジナルであるかどうかという疑問を投げかけることにほかならない。というのは、オメガミュージアムでヴィンテージのパーツやコンポーネントを入手できる個人が、その部品を盗んで時計を組み立てたと実質的に非難されているからだ。これが単独の出来事だった可能性はほぼない。過去数年間で市場に登場したオメガの腕時計を疑問視する声も多い。私が話を聞いた中では、最も早く疑問がかかるモデルとして“アラスカ・プロジェクト”のようなプロトタイプのスピードマスターを挙げた人もいた。(SJXの)JX Su氏は、詐欺の疑いはそれほど重要ではなく、フランケンウォッチはすでにこの分野で横行しているとまで言っている。

 またオークションハウスは、買い手ではなく売り手を代表しているということも認識させられる。というのもフィリップスの販売条件には、“売主の代理人として機能する”ことを明記しているからだ。この条件はさらに、“各ロットに関するフィリップスの知識は、一部売主から当社に提供された情報に依存しており、フィリップスは各ロットについて徹底的なデューデリジェンスを行うことはできず、また行うこともない”としている。落札希望者は自らの責任として、検査と調査が求められるのだ。ここでフィリップスは、これは複数の当事者による詐欺の疑いによる被害者であると述べている。しかし実際にオークションハウスは売主の代理人であり、たくさんロットが売れた場合にのみ報酬が得られる。時計の世界では多くのバイヤーが、この力とそれが生み出すインセンティブに気づいていない。

 ほかのオークショニアと同様、フィリップスも“条件”をつけてオーサーシップ(出どころがどこか)保証を提供している。基本的には、その時計が本物のオメガであることを、5年のあいだであれば返金する保証をしている。

 フィリップスの広報担当者は、「当社で提供しているすべての時計は、それが本物ではないと判明した場合に購入者に返金する権利を与えるという、本物保証をセットにして販売を行っています」と述べている。「当社の記録を調査したところ、その時計がメーカーあるいは研究によって得た学識をもとにした一般的なコンセンサスによって本物ではないと判断された時計が、当社に返却された例はひとつもありませんでした」。

 しかし、ヴィンテージウォッチが“本物”かどうかは複雑な問題である。オメガが主張した声明の中に、“この時計は一般にフランケンシュタインウォッチと呼ばれる、ほとんど本物のオメガのパーツからなる集合体です”とある(オメガはNZZに対し、新しいシリアルナンバーのブリッジはオメガのオリジナルパーツではないと伝えている)。この時計が“本物”のオメガであることを意味するのかどうかは、解釈のわかれるところかもしれない。さらにパーツが交換可能なヴィンテージウォッチである以上、100%本物だと主張するのは難しいだろう。

 さらにこの状況は、オークション業界やより広いヴィンテージウォッチに内在する、透明性の欠如の危険性をも示している。これらの時計のアーカイブの引用を発行したブランドヘリテージ部門の従業員が関与しているため、ディーラーやオークションハウスがこのような深刻な詐欺の疑いを暴くと期待するのは無理がある。しかし、委託者の身元はオークションハウスにしか知られておらず、どこまで委託者を調査するかは彼らにかかっている。

 もうひとつの疑問は、入札中に何が起こったかということだ。この時計のエスティメートは8万から12万スイスフラン(当時の相場で約960万7000円~約1441万円)だった。とても楽観的に見られているこの業界でさえ、300万ドルを超える結果を想像するのは難しかった。オメガの説明によると、仲介業者を通じて行われた‟非常に水増しされていた”入札により、関係者が利益を得ることを可能にしたという。オークション当日にこれらの関係者がどの程度の不正行為を行っていたのか、そしてほかに誰がこの時点で彼らの活動を発見できていたのかは、さらなる調査によって答えが出る可能性があるようだ。

 ある元オークションハウスの専門家に話を聞いたところ、ここ数年、ブランドがオークションで入札する際にはその場にいることがベストプラクティス(最も優れたと評価される手法)と見なされるようになった。そうすればそのロットへの関心が公に知られるようになるそうだ。ロレックスは過去数シーズンのオークションでこれを行っているし、オメガでさえ歴史的なモデルの入札時には会場に入っていた。例えば2018年、エルヴィスの時計を落札した際にはミュージアムの元館長である人物が会場で競り落としていた。

 これらの問題はオークション業界にとって未知のものではない。2007年にもオメガは、アンティコルムが開催したシングルブランド、“オメガマニア”のセール後、別のスキャンダルに巻き込まれた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は‟時計メーカーがオークションにどう介入するか”という記事で、オメガがオークションにかけられた300ロットのうち80ロットで入札し、そのうち47ロットを落札したと報じた。その販売の前後には、いくつかのロットのオリジナリティを疑問視する声もあった。オークションで自社の時計を購入することは、1989年に開催されたテーマ別セールの“アート オブ パテック フィリップ”にまでさかのぼる。これはブランドが、二次市場における自社の時計の認知度を高めるために長年使用してきた戦略だ。今回のスキャンダルはブランドがオークションで自社の時計を競り落としたというよりもはるかに深い、オークションにおける透明性の欠如という同じ根本的な問題をはらんでいるのだ。

 関係者の疑惑の行動について簡単に説明すると、実質的な監視や透明性の義務がないままに、多くのお金と権力があまりにも少数の個人の手に渡ってしまったということだ。ほかに事情があったのかどうかはまだわからないが、いずれにせよこれらの悪人とされる者たちは、自分たちの利益のためにこれを利用することができたということである。刑事制度は関係者らに正義の鉄槌をもくだすように思うが、おそらくこの一連の出来事は現在の構造や制度の脆弱性に注意喚起するものだ。そしておそらく、ヴィンテージウォッチや時計オークションの世界が必要とする透明性をもたらすことができるかもしれない。

 以下は2915-1 ブロードアローのオークションに関する、オメガの声明文の全文である。

オメガとフィリップスは、この特定の時計をオークションで販売した組織的な犯罪活動の共同被害者であります。

フィリップスが主催したオークションでは、オメガミュージアムおよびブランドヘリテージの元責任者が仲介者と協力してオメガミュージアムの時計を購入しました。オメガのショーケースのコレクションには絶対に欠かせない希少で必要な時計であり、このオークションでは何としても購入すべきだと主張しました。

実際のところこの時計は、ほとんどが本物のオメガのパーツで構成・組み立てられた、通称“フランケンシュタイン”と呼ばれる時計であります。この時計は現在進行中の調査において重要な証拠であり、この時計のディーラーを明らかにしなければなりません。

その偽物の遺産によって、利益供与者たちは仲介業者を通じた高額な落札を正当化することができ、その結果関与した者らは売却から生じる利益を収集・分配することができたのです。

現在のところ、3人の元従業員が関係しており(その中にはオメガミュージアムとブランドヘリテージの元責任者も含まれています)、現在も進行中のオメガ内部調査において、この出来事を認めています。