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実際の宇宙飛行士が使っているオメガのスピードマスターを目にする機会はそうそうない。おそらく最大のスピーディトロフィーは、ゴールドでできたアポロ11号のオメガ スピードマスターだろう。1969年に初めて人類が月面着陸に成功したことを記念して、最初の26本を宇宙飛行士に贈ったものだ(1本目はニクソン大統領に、2本目はアグニュー副大統領に贈られたが、ふたりとも辞退せざるを得なかった)。
そして昨年、初めてこのアポロ11号スピードマスターの実物を見た。これは2022年6月に行われたヘリテージ・オークションにて、宇宙飛行士のマイケル・コリンズ(Michael Collins)のアポロ11号 スピーディが76万5000ドル(当時の相場で約1億円)で落札された際に見る機会を得たのだが、私はいろいろな意味で衝撃をうけた。まさに歴史に残る1本だったからだ。
しかしその時計が売れたあと、おかしなことが起きた。宇宙飛行士ウォーリー・シラー(Wally Schirra)のゴールドのアポロ11号 スピーディが同年10月に現れ、190万ドル(当時の相場で約2億4983万1000円)で落札された。そしてその直後、スコット・カーペンター(Scott Carpenter)のアポロ11号 スピードマスターが、ディーラーであるエリック・ウィンドの提供により市場に出回った。そしてつい先週、本当におかしなことが起きたのだ。シラーのスピーディを出品したオークション会社が、ガス・グリソムの家族に贈られた個体、アラン・ビーン、そしてロナルド・エヴァンスの3人の宇宙飛行士のスピードマスターをオークションに出品したのである。そしてまだ終わらない。さらにフィリップスは、来月行う香港のセールで、ピート・コンラッド(アポロ12号の船長)のスピードマスターを出品するとも発表したのである。
わずか1年足らずのあいだに、7人の宇宙飛行士のアポロ11号 スピーディが世に出てきたことになる。わずか26本しかないうちの7本だ(さらにアポロ11号のミッション終了後、8人ほどの宇宙飛行士にもプレゼントされた。つまり1014本あるアポロ11号 スピードマスターのうち、約34本が本物の宇宙飛行士のものであると証明されたことになる。まあそれでも34分の7は多いのだが)。
今がゴールドのアポロ11号 スピードマスターを買うのにベストなときなのか、それとも最悪なときなのかと考えさせられた。
この質問には2通りの方法で答えることができる。まず、何気なく見ている者として、また小さい世界の奇妙なことを執筆して生活としている者として、これは驚くべきことだということだ! 全部で26本しか存在しないのだから我々は1年足らずで約25%を占める7本を目にしたことになる。また入札希望者であれば、それぞれの例を評価・吟味して好みのものを選ぶこともできる。それか好きな宇宙飛行士がいるのであれば、その宇宙飛行士のスピーディを狙ってみるのもいいだろう。
逆に考えると、このスピーディの新鮮さが少しでも消えてしまうのだろうか? コリンズのものが出たあと、さらに市場で6回もお祭り騒ぎになったのを見て、昨年にコリンズのスピードマスターを装着して感動した自分がちょっとバカらしくなった。
ふたつ目の視点には、ある種の真実があるかもしれない。コリンズのスピードマスターがオークションで落札されたあと、すぐに個人間で約100万ドル(当時の相場で約1億3150万円)で再販されたとバイヤー(コレクターとしても有名で、Talking Watchesの卒業生でもある)から情報が入っている。そして噂は広まった。さらに10月にはオメガミュージアムと著名なコレクターとの激しい入札合戦が繰り広げられ、シラーのスピーディが190万ドル(当時の相場で約2億4985万円)で落札。スピードマスター プロフェショナルのオークション記録を更新したのだ。
しかし先週売れた3本は、ビーンのものが30万2500ドル(日本円で約4055万円)、エヴァンスのものが29万6738ドル(日本円で約3980万円)と、明らかに低い金額で落札されている。グリソムのほうはオークションでリザーブすら満たせず、販売後すぐにプライベート・トリーティで約37万5000ドル(日本円で約5025万円)で売れたと聞いている。数年前の結果と比べて、2倍、3倍はいうに及ばず、オークションの予想下限を超える値段がついたとしても、コレクターはスピードマスター疲れを起こしているのかもしれないと感じた。
宇宙飛行士のスピードマスターを3本も、それに同じオークションに次から次へと連続して出品するなんてバカげている。英雄的な宇宙飛行士の話から、このスピーディが3本同時に売られているという物語にすり替わってしまうのは、ちょっと変ではないか? 少なくとも私はそう思った。昨年、シラーのものが売却されたとき、私は売却前にそのことを書いてシラーの人生を掘り下げ、そしてシラーを個人的に知っているという委託者に話を聞いた。しかし今回は事情が違った。
まずシラーのスピードマスターは、これまで公のオークションに登場したことがなかった(コリンズのものも、2021年に亡くなった彼の遺産から出たものだった)。以前にも書いたが、市場に出たばかりの時計というのは、ひねくれているコレクターでさえも興奮させることがある。そのシラーの委託者は宇宙記念品のコレクターとして知られ、シラーの未亡人からこの時計を譲り受けたという。さらにシラーはスピードマスターがNASAに認定される以前の1962年のシグマ7ミッションで、“宇宙で最初のオメガ”と呼ばれるCK 2998を着用したことでも知られるなど、時計の世界においても重要な人物なのだ。これらすべての要素が重なったことでオークション当日はあの入札合戦となったというわけだ。
グリソムはこの3人の宇宙飛行士の中で、最も有名な飛行士だろう。オメガは、グリソムがエドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィーとともにアポロ1号で死亡したあと、彼の家族にアポロ11号 スピードマスターを贈っている。それでも彼の時計はオークションでリザーブに到達することはなかった。
宇宙飛行士の時計はやはり特別だということ
オークション終了後、グリソムの時計をプライベート・トリーティで成立させた、ふたりのディーラー兼コレクターを見つけることができた。私の疑問である“アポロ11号 スピードマスターを買うのにベストなときなのか、それとも最悪なときなのか”ということに対する彼らの答えは簡単だった。今が素晴らしいときであると。彼らはこの出合いに感激しており、長い目で見れば新たな取引になると考えているようだった。また昨年の大きな成果がなければ、本来なら個人所有で止まってしまっていたかもしれないこの時計が、世に出てきたこともいい方向へ考えているようだ。
また過去にアポロ11号 スピードマスターでコリンズのような結果が出たため、入札者が怖気づいたり、入札に踏み切れなかったりしたのではないかとも言われた。この物語の教訓か? 見つけたら必ず入札してほしい。運が向いてくるかもしれないから。
私は彼らに共感する。なぜなら1年足らずのあいだに7本もオークションに登場したアポロ11号 スピードマスターは、客観的に見ても非常にレアでカッコイイからだ。この時計は私のお気に入りのスピードマスターであり、かつ大きなゴールドのスピードマスターだ。それが常にクールであるからというだけでなく、月への到達に貢献した宇宙飛行士にとっては本物のトロフィーだったからである。
また宇宙飛行士のアポロ11号 スピードマスターがあと数本流通していて、近々オークションに登場する可能性があるという話を聞いている。しかしこの1年で7本を見たとしても、この盛り上がりを見れば、もうしばらくは宇宙飛行士のアポロ11号 スピードマスターを見ることはできないかもしれない。なにしろ26本しかないのだから。今回がコレクターにとって最も重要なスピードマスターを手に入れる最後のチャンスだったのかもしれない。
ここ数年、市場価格の一部は本当に希少で特別で重要なものと、そうでないものを反映することから、一時的に剥離してしまったことがあった。だが月面着陸に成功した宇宙飛行士に贈られた記念のスピードマスターであれば? それは常に特別なものなのだ。
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