ADVERTISEMENT
数週間前、オメガは新しいスピードマスター スーパーレーシングを発表したが、よりエキサイティングなニュースは、ムーブメントの技術革新である新しいスピレート™システムだった。オメガによると、この新機構により日差0〜+2秒の精度を実現したとのことだ。最終的には、オメガはスピレート™システムを量産化し、他モデルにも横展開する計画だ。
一介の時計ライターで時計師ではない私は、HODINKEEのテクニカルマネージャー、職場では“主任時計師”と呼ぶトラヴィス・ハインズに電話をかけ、新しいスピレート™システムを理解する手助けをしてもらうことにした。この新技術がなぜこれほどまでにエキサイティングなのかを理解するために、まず時計の精度を調整するとはどういうことか、そして従来の調整方法を理解した上で、スピレート™システムがどのようにそれを改善したかに迫った。
まず、時計を調整するとは何を意味するのだろうか?
現在、時計の調速機構には一般的にふたつの方式が採用される。
「まず一般的に見られる調整方法は、緩急針を使用する方法です」とトラヴィスは言う。「これは現在でも業界で広く使われています。ヒゲ受けとヒゲ棒からなる2本の調整ピンでヒゲゼンマイを挟み、それらが取り付けられた緩急針のアームを上下に動かすことで、ヒゲゼンマイの全長を短くしたり長くしたりします。伝統的に、これが時計の精度を調整する最も簡便な方法です」
もうひとつの一般的な調整方法は、ロレックスのマイクロステラ機構やパテックのジャイロマックスに代表されるフリースプリング方式である。これはヒゲゼンマイに緩急針が介入(接触)しないことを意味する。「その代わりに、テンワ自体に取り付けられた錘(おもり)や偏心ネジによって緩急を調節しています」とハインズは言う。「テンワに取付けられた偏心錘は、フィギュアスケート選手のようなものだと考えてください。フィギュアスケーターは、腕を引き込むとスピードが上がり、腕を出すとスピードが落ちますよね? それと同じことを、テンワにある小さなネジが実行しているのです。テンワの輪の中心に向かって重心をかけると、スピードが上がり、時間が早く進みます。反対にその錘の重心を外側に向けると、スピードが遅くなるというわけです」
なるほど。だけど、それとオメガに何の関係がある? 彼らはどんなテンプを採用しているのか?
オメガは2008年にSi14シリコン製ヒゲゼンマイを発表した。他のメーカーも、ニヴァロックスなどの従来の合金に比べて耐磁性や耐熱性に優れているシリコンを採用するようになった。それ以来、オメガはヒゲゼンマイの調速にフリースプラング方式を採用してきた。しかし、これがなかなか難題なのだ。
「この方式の最大の難題は、重心を変えるときに超精密な作業を要求されることです」と、ハインズは言う。「1mmでも誤差が生じると、片方の錘が重くなってしまうため、調速に悪影響を与えることになります。新しいスピレート™システムは、私の見立てではテンプは工場出荷時に固定され、調整そのものはヒゲゼンマイ調整システムで実施することになるのではないでしょうか」
スピレート™システムは、ヒゲゼンマイに柔軟な“ブレード(刃状の部品)”を取り付けることで機能し、ヒゲゼンマイの剛性に影響を与えるよう簡単に調整することが可能だ。
スピレート™システムは、オメガの標準的なシリコン製ヒゲゼンマイに柔軟なブレードを取り付け、そこから長い“尾”を伸ばしてテンプ受けに取り付けられている。この取り付け部分は、スネイルカム(下の画像ではネジのように見える)で調整することが可能だ。このブレードはヒゲゼンマイに接続されており、ヒゲゼンマイの剛性を調整する役割を担っている。
その仕組みの詳細をご紹介しよう。
スピレート™システムは、上図の赤で囲った部分を指す。赤と緑の矢印は、ヒゲゼンマイに作用するブレードの向きを指している。このブレードの底に、ふたつの部品が取り付けられているのがわかるだろうか。ひとつ目の太い部品がヒゲゼンマイだ。ふたつ目の細い“尾”はカーブして調速機(「+/-」が刻印されている)に取り付けられ、さらにカーブしてテンプ受け(「0.1s/d」と刻印されたスネイルカムの下)に取り付けられている。
ハインズによると、調速アームとスネイルカムがヒゲゼンマイの調節を可能にしているとのことだ。調速アームは直接調整することで大きな調整ができ、スネイルカムはオメガがうたう10分の1秒単位の微調整を可能にし、全体として日差0〜+2秒までの調節を可能にしているそうだ。スピレート™システムの“尾”の取り付け位置をテンプ受けで調整すると、“尾”部分が柔軟なブレードを押したり引いたりすることで、弾性を強めたり弱めたりすることが可能だ。ブレードはヒゲゼンマイに取り付けられているため、ヒゲゼンマイに作用する。例えば、“尾”の取り付け位置を近づけてブレードを押すと、ブレードの張力が高まり、ヒゲゼンマイの剛性が上がることで振動が速くなる。
このように、スネイルカムは、時計師が従来の調整方法を用いて手作業で再現することが不可能なほど細かい調整を可能にする。カムの外側にある目盛りは、単に見映えのためだけでなく、調整の目安にするためのガイドだ。
「私は新しいイノベーションを見るのが好きなので、この部分にとても興奮しますね。オメガは本質的に、テンワの偏心錘の重心を変えたり、緩急針を使ったりする代わりに、ヒゲゼンマイ自体の硬さを調整する、第3の調速機構を発明したことになります。つまり、ゼンマイが硬くなれば、テンワは速く振動し、柔らかくなれば遅く振動するということです」
スピレート™システムは、オメガとその顧客の双方にとって、オメガの現在のムーブメント調整法に対する改善を意味する。
ハインズによると、テンプの重心を調整して時計を調整する現在の方法は、オメガにとって悩みの種であるという。時計の精度の誤差が大きいことは、顧客からの最も多いクレームにつながるだけでなく、テンワ上の偏心錘をいじって調整するのは手間がかかることなのだ。また、きちんと調整しようと思えば大型の器具が必要となり、ヒゲゼンマイを誤って割ってしまうと、テンプごと交換しなければならないという問題もある。
「ブティックにとっては、誤って壊してしまう可能性のある部品から調整位置を離すことができるので、この方がはるかに有利だと思います」。オメガはスピレート™によって、時計自体(特にヒゲゼンマイ)へのリスクを最小限に抑えながら、ブティックで訓練すれば誰でも精度が出せるほど調整と調節を簡単にしたのだ。
オメガのスピレート™システムは、機械式時計製造の精度の分野に大きな飛躍をもたらすだろう。
オメガは、新モデルのスピードマスター スーパーレーシングにスピレート™システムを導入したが、製造プロセスを量産化し、最終的には同社のムーブメント全体に展開する予定だと表明している。オメガがこれを実現し、システムが期待どおりに機能すれば、計時技術にとって大きな飛躍になるだろうとハインズは期待する。
ハインズは、20世紀初頭にメーカーがスティール製から温度や磁気に強いニヴァロックス合金製のヒゲゼンマイに移行したことと比較して、「これは、従来のブルースティール製ヒゲゼンマイから温度変化や磁気の耐性がより高いニヴァロックス製ヒゲゼンマイへの移行に匹敵する技術革新だといえるでしょう」と述べている。「それによって精度や磁気対策が飛躍的に向上しました。2008年にオメガがニヴァロックス合金のヒゲゼンマイをシリコン製に変更したことよりも、このスピレート™システムは大きな飛躍であるといえます」
「まったくもって素晴らしい発明だと思います。この点は、いくら強調してもしきれません。劇的な変化がない分野に、まったく新しい方式を追加するイノベーションが目の当たりにするなんて、とてもエキサイティングなことだと思います」
ライバルたちよ、どう対抗する?
さて、精度の話題も忘れてはいけない。2014年以降、オメガはマスタークロノメーター認定を全モデルに展開している。マスタークロノメーターの認定を取得するには、オメガのムーブメントはCOSCの認定を受け、ケーシング後、主に耐磁性と精度に焦点を当てたMETASの8つのテストを受ける。ロレックスの“スパーレイティヴ・クロノメーター(Superlative Chronometer)”認定は、日差-2〜+2秒の精度を誇る(ロレックスのクロノメーター試験については、ロレックス社内に招かれたジェームズが、詳しく取材してくれている)。スピレート™システムは、オメガの精度認定を1歩進め、日差0〜+2秒の精度を約束している。
「この発表により、精度の点で競争しようとするブランド、ロレックスやゼニスが思い浮かびますが、彼らは、すでにスピレート™システムに似たもので追随する方法を模索していることでしょう」と、ハインズは語っている。
話題の記事
Hands-On チューダー ブラックベイ クロノ “ブルー” ブティック限定モデルを実機レビュー
Four + One ハロー・パテック、ハローキティ! 彼女はおもちゃのような品から気品ある時計まで幅広く揃えている
Introducing スペースワン×パーペチュアル・ギャラリーによる限定ジャンプアワー(編集部撮り下ろし)