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エレベーターのドアがサッと閉じると、グリーンとゴールドに包まれた。シャープな着こなしの係員がパネルのボタンを押す。驚くことに、僕たちは下へ向かっている。スイスのジュネーブの、かすかな明かりが灯るロレックス本社の地下深くにある見知らぬ世界へと。
特別な板チョコに仕込まれたゴールドチケットを引き当てたわけではなかったが、僕の頭のなかではジーン・ワイルダー(Gene Wilder)の、「どの方向へ進んでいるのか……この世では知るすべもないのです」という歌詞が繰り返される。幸いにも乗っているあいだ、閃光灯や不気味な刈り取り機や漕ぎ手といった類いは登場しない。エレベーターのドアが開くと、病院のようにも見える長い廊下があった。廊下の右側は床から天井までの窓になっており、活気ある工場のジオラマっぽいものが見える。
広々とした廊下へ足を踏み出すと、ガラスの向こうで繰り広げられる風景はロレックスの品質保証の中核をなす、「ロレックス高精度クロノメーター」認定として知られる厳密で緻密で徹底的なスイス時計の検査プロセスであることが知らされる。
その名にふさわしく、ガラスに近づいて様子を見ると、バーコードのついたロレックス時計がトレーに乗せられてさまざまな評価段階を経ている。認定段階を次々に進んでいくという意味では大規模に自動化されたプロセスであり、小さなトレーにはロレックスのいずれかのリファレンスが乗り、パワーリザーブ、精度、自動巻き性能、そしてもちろん防水性能などについて詳細な検査を受けている。
ロレックスは1950年代末に「ロレックス高精度クロノメーター」認定の検査プロセスをコンセプトとして確立させたが、1日当たりの誤差±2秒という精度仕様を正式に定めた2015年に、このプロセスを有効とした。クロノメーターの業界基準は、通常ではCOSC(スイス公式クロノメーター試験)が認定しており、最低レベルとしてムーブメントが1日当たり-4から+6秒以内の誤差で時を刻むことを認証している。「ロレックス高精度クロノメーター」がCOSC認証の規定するムーブメントの精度幅を超えた精度を誇るのは確かだが、ここではそうした数値以上のことが起きている。
第三者機関として運営されるCOSCは、15日間をかけてムーブメントを所定の基準(自動巻きムーブメントなら国際規格ISO 3159など)に照らし合わせて認証する。このプロセスでは、ムーブメントの位置(3つの位置を考慮)や温度といった多くの要因を考察する。仕様詳細はこちらでお読みいただける。しかしここで重要なのは、ロレックスのムーブメントがCOSC認定を受けたのちに「ロレックス高精度クロノメーター」仕様準拠の認定を受けているという事実だけでなく、この認証は、ムーブメントがケーシングされた状態であることを要求している点だ。COSC認証の場合、ムーブメントは最終製品である時計への搭載前に認証され、複雑機構やモジュールを含まない状態であることが多い。
ロレックスのキャリバーは、COSC認証を通ったのちにジュネーブへと戻り、そこで時計のケースに収められ(ダイヤルや針などといっしょに完全な時計として組み立てられる)、バーコードを振られてから一連の試験へと送られる。そして±2秒の誤差評価(実際の装着状態に近づけるべく7つの静止した姿勢と1つの動的軌道で評価)だけでなく、パワーリザーブの持続時間と作動状況(リザーブの完全な持続時間をテスト)や、自動巻きシステムが適切に機能するかが評価され、最後に防水機能が表示通りであるかがテストされる。
公平を期すために言っておくと、ロレックスは実際にはISO規格に従ってダイバーズウォッチの防水性能を表示の125%でテストしている。つまり、サブマリーナーに300m防水と表示されていれば、ロレックスはそれを水深375mまでテストしているということだ。
僕はこれまでにもいくつか製造施設を見てきたが、ジュネーブの地下深くにある洗練された白いカタコンベ(地下墓所)のような場所で実施されるロレックスの認証プロセスの眺めは、これまでにはない次元のものだ。自社製品を実証し、自分たちが作ったものをこれほど高い信頼度にまで押し上げることができるのは非常に素晴らしい。「ロレックス高精度クロノメーター」認証プロセスは、同社の製造品質を際立たせている。試験プロセスで不合格となるムーブメントはいくつあるかを聞いたところ、それに関してはいかなるデータも明かすことができないということだったが、その数は非常にわずかだと語ってくれた。
ではこうしたすべては、スキューバダイビング向けというよりむしろ深海向けに設計された新たなディープシー チャレンジとはどのように関連するのか。実は、それほど関連しないことが判明する。
ディープシー チャレンジは、「ロレックス高精度クロノメーター」試験における自動化された多くの分野で適用ができなかったのだ。なぜか。ディープシー チャレンジは厚みがあり過ぎるのが一点、そして3900mという並々ならぬディープシーの防水性能をテストするために使われる機器(実際にテストするのは4388mになる)をもってしても、過去最高記録となるディープシー チャレンジのテストが要求するものには遥かに及ばないというのがもう一点だ。
あるひとつのリファレンスのために、ロレックスは全プロセスを再検討しなければならなくなった。
さらに深く
シンプルなドアを通って僕が連れて行かれた先はもっと狭いスペースになっており、そこで紹介されたのが、ディープシー チャレンジを基本的に手作業で「ロレックス高精度クロノメーター」仕様として認証するチームだ。そのプロセスの最高潮は、ロレックスがComex(Compagnie Maritime d'Expertises)と共同開発した非常に特殊な圧力試験機器だ。Comexは特殊環境に特化した機器の製造で有名なフランス企業である。
Comexの名は、時計業界では飽和潜水の分野で知られており、非常に収集価値の高いロレックスの過去のダイバーズウォッチのいくつかにもその社名が入っている。
ロレックスとComexがこの手の機器で協力するのは今回が初めてというわけでもなく、ロレックスがスタンダードなディープシーに向けた自動化テスト機器を作る際にも同社が協力している。今回のディープシー チャレンジのために、両社はさらに深くまで進むこととなった。
その結果、銀行の金庫室と潜水艦を足して2で割り、ロレックスのケースバックを帽子として被せたような、「超高圧(UHP)タンク」と呼ばれる巨大な金属製機器が出来上がった。このUHPタンクは、水深1万3750m(4万5112フィート)という環境に相当する驚異的な圧力でディープシー チャレンジをテストすることができる。
このUHPタンクは一度に10本の時計を試験することができ、所要時間は3時間20分、機器の前部にあるゲージがテストチャンバー内の圧力を示す(単位はバール)。タンクの内部圧力は最大1750バールまで上げることができ、これは2万5000psiに匹敵する。ググる手間を省くために言うと、そう、これは水深13750mの水圧(2万18.64psi)よりもさらに5000psiほど高い。1750バールといえば、水深5万7000フィートの水圧をさらに少し上回る。確かに超高圧だ。
1万3750m(8.5マイルだ、すごい)が実際どれだけの深さなのかを説明するのに使える比較はいくらでもあるが、こう考えてみよう。ディープシー チャレンジは、陸に閉じ込められたスイスで、地球上のどこにも自然には存在することのないレベルの水圧でテストされるのだ。
それをよく考えてみよう。
そして世界の海底最深部として知られているのが、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵と呼ばれるエリアで、アメリカ海洋大気庁によると水深約1万935mとされている(ウィキペディアでは1万984±25mとなっている)。つまり、25%割り増ししたテストをするまでもなく、ディープシー チャレンジは地球の海底最深部まで行くことが可能だと評価されているのだ。極めて特殊な潜水艦でもなければそこへ行くことが不可能である事実は置いておくとしてだ。
1万3750mの試験を実際に組み入れることでロレックスは、時計が概念上で経験可能な水圧(UHPタンク内は除く)以上の圧力に耐えられるダイバーズウォッチを製造したのだ。
そこが愉快だと僕は思う。そしてすごいことだ。ディープシー チャレンジが装着性では姉妹モデルに劣るにしても、そこがクールなのだ。今後も少量しか作らないであろう単一リファレンスを裏付けるためにしか使用されない、あり得ないレベルの水圧をテストする機器を作ったという点で、ロレックスはいかにもロレックスだ。ロレックスはダイバーズウォッチの誕生時にそこにいたが、哲学的見地から見れば、これはある種の終わりを表している。
エレベーターで空の方向へと戻りながら僕は思った。もうこれ以上深くは潜れないのだと。
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