trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

WATCH OF THE WEEK ヴァルカン クリケットで自分の声を見つけることができるまで

私は静かな男だ。でも、音の大きさで有名なアラームウォッチに引かれたのだ。

ADVERTISEMENT

Watch of the Weekでは、HODINKEEのスタッフや友人を招いてある時計を好きな理由を説明してもらう。今週のコラムニストは、Instagramのアカウント@books_on_timeで、ゴージャスでオフビートなヴィンテージウォッチを紹介しているマニアックな愛好家だ。彼はRescapementの寄稿者であり、Collectability、Revolution、WatchTime India、そして今回のHODINKEEなどさまざまな媒体に寄稿している。StrictlyVintageWatches.comで彼の文章を読むことができる。

私は、人目を引くような時計は敬遠する傾向がある。これは私の性格と関係があるのかもしれない。あまり外交的ではないからだ。
 
 子供の頃からコミュニケーションに苦手意識を持っていた。知り合いに自分の考えを伝えるだけでも時間がかかったり、疲れてしまったり。基本的な人付き合いもずっと苦手だった。人前で話すこと? 恐ろしい。口を開けば、大きな自信喪失に襲われることもしばしばだ。ほかの人が自分の情熱について雄弁に語るのを見て、自分もその話に参加できる自信を持ちたいと思ったものだ。しかし、自分の言葉につまずいたり、下手なことを言ってしまうのではないかという不安から話を聞くことに甘んじることがよくあった。

A Vulcain Cricket watch on a wrist

Image credit: Wind Vintage

 だから、ヴィンテージウォッチ収集の道を歩んできた私が、昆虫の名前を冠し、その音を聞いた誰もが驚くような機能を持つ時計に魅了されるとは、夢にも思わなかったのだ。
 
 今日、多くのコレクターがクリケット(=コオロギ)を「大統領の時計」として知っている。実際、私もHODINKEEの記事 「 A Vulcain Cricket With Presidential (or Vice-Presidential?) Provenance 」と「歴代アメリカ合衆国大統領の時計完全ガイド」で初めてヴァルカンのクリケットを知ったのだ。しかし、オメガのスピードマスターがムーンウォッチ以上の存在であるように、クリケットもまた国家元首が身につける時計以上の存在だ。
 
 例えばアラームウォッチとして初めて成功した。ほかにもアラームウォッチの試みはあったが、ヴァルカンのクリケットのような大きな音を出すものはなかった。なぜそれが重要なのかを理解するためにはアラームという機能の歴史を知ることが役立つ。

Two watches laid over a newspaper article

最初の機械式アラームウォッチは、1787年にレヴィ・ハッチンズ(Levi Hutchins)が作ったとされている。さらに実用的なアラームウォッチは、ヨーロッパでは1847年にアントワーヌ・レディエ(Antoine Redier)が、アメリカでは1876年にセス・E・トーマス(Seth E. Thomas)が特許を取得した。しかし、この機能が広く応用されるようになったのは、宗教上の義務や労働の義務を公に知らせる太鼓や鐘楼にまで何世紀もさかのぼる。
 
 1898年6月、グラスヒュッテのメーカー、デュルスタイン社(Dürrstein&Co.)がアラーム付き懐中時計の特許を申請し、翌年4月に認可されることになる。1901年、ヴァシュロン・コンスタンタンはパティアラのマハラジャから特別なアラームウォッチの注文を受けた。もともとはミニッツリピーターであったが、ヴァシュロンはこれをアラームに改良したのである。1914年、エテルナが初の機械式アラームウォッチを製作し、話題となった。最も重要なアラーム付き懐中時計は1910年代にマハトマ・ガンジー(Mahatma Gandhi)が所有していたシルバーのゼニスだ。

A Vulcain watch

Image credit: Wind Vintage

 1947年12月、ニューヨークのウォルドーフ・アストリアホテルで発表されたヴァルカン クリケットは時計の歴史に大きな1ページを刻んだ。当時のレポートによると、この時計は長いウェイティングリストができるほど需要があったようだ。ビジネスマン、パイロット、旅行中のセールスマンたちは旅行用の時計を捨てて、クリケットを買い求めた。このモデルは商業的に大成功を収め、「LIFE」「Esquire」「The New Yorker」などの一流誌をはじめ、世界中の多くの出版物に取り上げられた。今でも、もっと評価されてよいニッチな時計だ。

 アラームウォッチ時代の最盛期には、競合メーカーがフルラインナップを展開した。誰もがこの素晴らしい機能に関連するブランドになりたかったのだ。ジャガー・ルクルトは1950年代に自動巻きアラームキャリバー(時刻表示のみとカレンダー表示の両方)を初めて発表し、トラベルクロックやデスク用などさまざまなアラーム時計を発表している。ア・シルト(A. Schild)のコスト効率の良い大量生産されたキャリバーは、最終的にヴァルカンというマニュファクチュールにとって最大の脅威となり、1960年代には非自社製ムーブメントを利用するようになる。時代を超えて2019年になると、パテック フィリップはパイロットウォッチの外観を備えたトラベルウォッチからインスピレーションを得たRef.5220P-001を発表した。それはたまたまアラーム機能(ブランド初)を組み込んでいた。今日、あなたはこのブランドのラインナップのなかでほかのモデルよりも短い待ち時間で素晴らしいアラームウォッチを確保することができる。22万5000ドル(日本円で2988万7000円)ほどかかるけれど。

ADVERTISEMENT

 アラームウォッチの豊かな歴史のなかでも、ヴァルカンのアラームウォッチは1940年代後半から50年代前半にかけて多くの広告に登場し、大きな話題を呼んだ。そのダイヤルはリンドン・ベインズ・ジョンソン(Lyndon Baines Johnson)がテキサス州選出の上院議員時代に着用していたことから、現在ではコレクターのあいだで“LBJダイヤル”と呼ばれている。その後、副大統領、大統領を経てパテック フィリップ、ロレックスと移り変わり、最終的には歴代大統領で最も興味深く多様な腕時計のコレクションを持つに至った。ティファニーのサイン入りパテックやアバンギャルドなハミルトンのペイサーなど、彼は頻繁に同僚や従業員に時計を贈っており、特にアラームウォッチを好んでいた。

An old advertisement for Vulcain watches

Image credit: Ad Patina

 LBJダイヤルは、クリケットシリーズのなかで最も早くから採用され、その後数十年にわたりブランドが提供する最高のダイヤルのひとつであり続けた。シルバーの美しいセクターダイヤルにラジウムで塗られたアラビア数字が配されていた。12時位置には縦長のひし形を置き、数字を引き立たせていた。このセクターリングはラジウムの効果で時計によって独特のパティーナを生むことがある。中央のトラックは5分単位で分数を表示し、ダイヤル外周にある明確なブルーのデシマルトラックは、アラーム機能を正確に設定するために使用される。LBJダイヤルには、細かな差異が見られる。分目盛りに数字がなく、代わりに外周に10、30、50と表示されているものがある。また、“Vulcain ”のフォントが現行モデルよりも若干細い。長年にわたり、これらのモデルの美しさは私に最も語りかけてくるものだった。ヴィンテージディーラーであり、クリケットの熱狂的なコレクターでもあるエリック・ウインド(Eric Wind)氏の助けを借りてようやく手に入れた1本によって、この時計に対してより深い理解を得ることになった。

 また、クリケットには別の鑑賞の仕方があることがすぐにわかった。1本1本がユニークな音を出すのだ。同じキャリバーの120であっても、また同じケーススタイルや素材であっても、それぞれのクリケットは文字通り独自の声を出すのだ。

A Vulcain cricket watch on a leather strap

私のクリケットが届いたとき、アラームがとてもアグレッシブで大きかったのをはっきりと覚えている。それまでにもいくつかのアラームウォッチ(クリケットも含む)の音を聞いたことがあったが、この特定のモデルの音量は明らかに大きかったのだ。その音は銅合金の膜と穴の開いたスティール製ケースバックを通して30秒もの長い間響き渡っていた。その音響効果は、音がどこから聞こえるのか探ろうとする人たちの足を止めてしまう程だ。この時計は、社交的でない人(特に職場や公共の場で、時計の音という不合理な妨害について説明しなければならないことが多々ある)に適した時計とは対極にあるものだったのだ。
 
 しかし、この時計は私にもっと積極的になることを迫ってきた。同じような時計好きの人たちとネット上でも交流したいと思うようになったのだ。例えば隣町で行われる作家のサイン会などの機会があれば、パテックのヴィンテージドレスウォッチについて話を始めようと、わざわざ足を運んだものだ。ヴィンテージウォッチフェアのために州の反対側まで行き、時計ディーラーと会話を始めようとして失敗したことを思い出し、大笑いした。私のぎこちなさは伝染し、世界の専門家たちは追い詰められた一対一の会話から抜け出そうと必死になっていた。思い出すと背筋がゾクゾクするが、私はこの辛い思い出を後悔することなく笑い飛ばした。

 チェックリストに印をつけるよりも、さらにこうした時計に執着するようになった。広告を探し、特許を探し、カタログを探し、オリジナルのプレゼンテーションボックスを探し始めたのだ。もっと情報を得たいと思った。最初のクリケットがきっかけで、さらにクリケットを手に入れ、ヴィンテージウォッチの収集と研究に拍車がかかっていった。

A close up of the crown of a Vulcain Cricket watch

Image credit: Wind Vintage

 クリケットは、私を奇跡的に自信に満ちた外向的な人間に変えてはくれなかったが、ほとんどの社交の場面で私の手首に装着されている。私はまだ自分の言葉に戸惑い、時折自分の考えていることを明確に表現するのに苦労しているが、自分が話すべきときにより快適に過ごせるようになった。友人や家族、あるいは見知らぬ人であっても、もっと積極的になれるよう努力した。読者の多いメディアにこのような個人的な要素を入れることが大丈夫かどうか考えた。そんな私の迷いを友人に相談したところ、彼はこう答えた。「HODINKEEの読者の多くは同じようにコミュニケーションに苦労しているかもしれない。だから時計なんだよ」。その瞬間、気負いがなくなった。
 
 私はしばしば、何らかの社交の場面に巻き込まれることがわかっているとき、クリケットを身につける。手首にあるそれを見ると、たった30秒だとしても、その場でいちばな大きな音を出せるのだと自分を勇気づけられるのだ。

この記事を執筆するにあたり、ご協力いただいた以下の方々に感謝します。Ad Patinaのニック・フェデロウィッツ(Nick Federowicz)氏、Europa Starのセルジュ・マイラード(Serge Maillard)氏、Rescapementのトニー・トライナ(Tony Traina)氏とニック・グルド(Nick Gould)氏、 Wind Vintage.のエリック&クリスティン・ウィンド(Eric and Christine Wind)氏。