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Inside The Design 時計のダイヤルはなぜゴチャゴチャするのか?

デザインの世界では、ミニマリズムが贅沢とされている。だが、時計の世界ではそれが全く逆だ。

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ちょっとロレックスのGMTマスターのダイヤルを思い浮かべてみて欲しい。数字をあしらった青と赤のベゼルが、その顔を包み込み、ダイヤルの中央からは、独特の形状の4本の針が外側に向かって伸びている。数字の代わりに、長方形、丸、三角といった煌びやかな図形が配されている。この時計は控え目とは程遠く、むしろ真逆だ。しかし、それでもなお、このGMTは、全くミニマリズム的とは言えない独自の方法で、ミニマリズム的だと言うことができる。

 確かに矛盾はしている。GMTマスターのダイヤルはさまざまなものであふれ返っているが、作られた当初は驚くほど効率的なデザインであったのだ。ロレックスは、1955年にGTMマスターを、異なるタイムゾーンを行き来するパンアメリカン航空のパイロットのために作った。パイロットたちは、日付や昼夜の区別をつけながら、異なる2ヵ所の時間を知ることができる仕事用の時計を必要としていたのだ。その結果として生じるダイヤルの視覚的煩雑さは、機能性に直接結びついており、デザインされた当時のGMTマスターは、使用意図を考慮して可能な限りミニマルに仕上げられていた。

現代の“ペプシベゼル”のGMTマスターIIは、1955年のオリジナルモデルと非常に似通っている。

 今日では、地球の裏側の時間を知らせてくれる時計を必要としている人は誰もいない(スマホで事足りる)。1000分の1秒を測定したり、水深を測ったり、今日が何日かを思い出させてくれる時計を必要とする人もほとんどいないが、そうした機能は望まれているかも知れない。時計は、機能的な時計以上のものへと進化してきたが、ダイヤルのデザインについては、概して機械的な過剰さや装飾にこだわり続けていることが多い。問題は、なぜそうなのか、ということだ。

 時計というものにデザイン的観点からアプローチする者として、私は、なぜこれほど多くの時計が過剰な機能を備えているのだろうかと疑問に思ってしまう。クラフトマンシップとセンスで成り立っている業界で、その美的標準が、なぜあからさまなマキシマリズムとなるのか。毎年のように時計メーカーは、クロノグラフ、日付ウィンドウ、天文学的な複雑機構、スケルトンダイヤル、宝石などを採用した新型モデルを発表してくる。時として、時計メーカーは、エンジニアリングとスタイルを誇示をするべく、時計を複雑にしたいがために複雑にしているのではないかという気にすらなってくる。

 しかし、それらを非難することは難しい。時計は売るために作られるのであり、誰も同じ時計を二度買いたくはない。時計ショー、ホリデーギフトシーズン、決算上の収益といった大量消費主義的な過剰な売買に恩恵を受けていることを考慮すると、何かもっと新しく、より良い、違ったものを作りたいという誘惑を無視することはできない。だが、それだけでなく、多くの時計メーカーがミニマリズムの概念に抵抗を感じるもう一つの理由は、デザイナーの多くが、自身の作品の説明にその言葉を使われることに対して抵抗感を抱くのと同じものではないかという気がする。そもそもアバンギャルドな芸術運動に起源をもつミニマリズムという言葉は、現在では、余分なものが削ぎ落されたものであれば、何にでも使える包括的な表現のようになっている。それは、デザインのプロセスや芸術的な構想というよりも、美学を表すものになっており、高級な腕時計を誇示したい高級時計メーカーにとっては問題となる。

 高価ではない、ファッション性重視のブランドが、ごく基本的な職人技に洗練されたデザインレイヤーで覆い隠すだけで、ミニマリスト的スタイルを謳うことができるのだ。明らかな例外はあるが(例えば、ブルガリのオクト フィニッシモコレクションは、控えめでありながらも退屈ではない)、シンプルであると同時に、高級時計の製造にふさわしい努力と配慮を伝えることができるダイヤルづくりの方法を理解している高級ブランドは、あまりない。

 今日において、腕時計は機能的なアート作品であり、そのダイヤルは、個人的好みやブランドのレガシーを表現するものだ。時計メーカーは、自社のデザイン精神の歴史に結びついた基本原則に忠実である。高振動クロノグラフで有名なゼニスのジュリアン・トルナーレCEOにとっては、自社の多くの腕時計にクロノグラフを搭載することは譲れない。「100分の1秒クロノグラフや、スリーカウンターといったいくつかの機能や複雑機構があり、当然のこととして、ダイヤルはより詰まったものになります」とトルナーレ氏は、最近発売したデファイ 21 スペクトラムについて語っている。このシリーズにおける他の明確な特徴としては、宝石をあしらったケース、明るいレインボーカラーのPVDコーティングを施したムーブメントなどがあり、それらをスケルトンのダイヤルを通して見ることができる。それは誰から見ても抑制とは真逆のものだが、しかしトルナーレ氏にとっては、この視覚的な不協和音は目的があってそこにある。「ダイヤルの奥にある素晴らしいエンジニアリングも見ていただきたいということがスケルトンモデルの一番の理由です」

ゼニスの新しいデファイ スペクトラム クロノグラフは、明らかにマキシマリストだ。

 このゼニスの時計は私の暫定的な推論を裏付けており、多くのブランドにとって、飾り立てたダイヤルはその職人技を示すものなのだ。それは、車1台の値段を上回る物の価値を証明するためのひとつの方法だ。「時計業界には、より複雑になるほどそのブランドの価値が高くなるという歴史的な考え方があるため、実際よりも物事を複雑にしようとしているのです」と、挑発的なスイスブランドであるH.モーザーのエドゥアルド・メイランCEOは述べる。「それが何世代も時計メーカーに影響を及ぼしましたが、私はそれが正しい方法だとは思いません」

H.モーザーのメガ・クールにもダイヤルにロゴは入っている……だが、辛うじて見える程度だ。

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 2013年にH.モーザーの事業を引き継いだメイラン氏は、ブランドを基本的な部分に至るまで洗練させようと試みてきた。そして6年前、H.モーザーは、超ミニマルなコンセプトウォッチ、ベンチャーを発表。ダイヤルに細い2本の針以外何もない、2万6500万ドル(約290万円)の腕時計だ。ベンチャーは、H.モーザーのスタンダードな標準的な時計よりもさらにあからさまなミニマリズムを標榜しているが、このブランドは全ての時計が、これと同じような削ぎ落しのDNAを受け継いでいる。メイラン氏は、H.モーザーのダイヤルから“Swiss Made(スイス製)”の文字を取り払い、時計の機能を示す文字も全て取り去った。「これは全てマーケティング用の文字であり、取扱説明書をダイヤルに載せているようなものです」」と彼は言う。ダイヤルに最後まで残るのはモーザーのロゴだが、これさえも消される危機にある。「それを取り去るべきかどうか、我々はずいぶん自問してきましたが、ブランドもコミュニティーもそれを受け入れる準備をしておくべきでしょう」

 最近発表されたメガ・クールで、モーザーの担当チームは、ロゴを取り払いたい者と残したい者との妥協点をとった。カラフルなダイヤルには、透明のエナメルで走り書き風のブランドシグネチャーがプリントされており、それが光を受けると微かに光る。この透明なプリント工程によってモーザーの時計は、メイラン氏がが考える時計デザインのプラトニックな理想に一歩近づくことができる。「機能そのものが署名の代わりとなるロゴのない製品を作ることができれば、それが勝利だと言えます」と彼は言う。

 メイラン氏のミニマリズムに対する考え方は、モダニズム運動に根ざしており、その実践者には、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ、レイ&チャールズ・イームズといった有名な建築家やデザイナーがいる。ドイツのデザイン学校であるバウハウスから生まれたモダニズム主義を簡単に定義付けると、機能は形に影響を及ぼすべきであり、デザインは使用される素材を表現するべきであるという考え方だ。ディーター・ラムスのようなデザイナーの作品にそれを見ることができ、ブラウンのデザインディレクターを数十年にわたって務めた彼の製品には、確固たる実用性が備わっている。

 ラムス氏のデザインしたほぼ全ての製品に言えることだが、彼の腕時計は、純粋で、かつ実用的だ。その目的はシンプルで、手間をかけずに時間を知らせることにある。サンセリフ体のすっきりとした数字と先が鈍角な針をもつA10は、その目的を果たしている。そしてブラウンのA50は、その考えをさらに一歩進め、数字を全て取り除いた。ラムス氏ののデザインに対する考え方は、“より少なく、しかしより良く”という彼の有名な持論に基づいている。この態度が抑制の効いた美学をもたらしたのだが、しかし彼の作品は単に見た目だけのものではなかった。「ミニマリズムは最終目標ではなく、アプローチの結果です」とデザインスタジオ、オーダーの共同設立者であるジェシー・リード氏は言う。「そして、そのアプローチとは、端的に言えば、自分がしようとしているものが何であれ、それを分かってもらうのに必要なものだけが最後に残るまで、不必要な全てを取り除くということです」

ブラウンの時計は、この上なく古典的な“ミニマリスト”と言える。

 ヒラリー・クリントンいった人物や、数十社の企業のシンプルなロゴを手掛けてきたグラフィックデザイナーのリード氏は、 ティボール・カルマンのデザインによる腕時計M&Co.のボドニを着け、アニコーンのコンセプトウォッチをデザインした。言わば彼は、自身が心底モダニズム主義者であると認識しているということだ。ミニマリズムを正しく実現する上で最も難しいのは、失敗が許されないという点だと彼は指摘する。リード氏が言うところの“視覚的汚染”を取り除くには、バランスや何もない余白といった、デザインの基本に対する鋭い目を必要とする。「顔を構成する全てのものには関係性がある」と彼は言う。「全てが調和していなければなりません」。彼はカルマンのボドニウォッチの、明快で効率的なところに惹かれた。「この時計には、存在してはいけないものは何もありません」と彼は言う。「分があり、時間があり、2本の針があり、そして社名が入っている。社名については、それほど重要ではないかも知れません」

 西洋諸国の多くの人々にとって、モダニズムは“良い”デザインの略語になりつつある。そのストイックな影響力は、デザインを学ぶ学生たちに世代から世代へと受け継がれ、彼らは、デザインの規範は主に白人の、そして主に男性の視点を軸に展開しており、それらが削減を擁護しているということを学ぶ。この価値体系は、グラフィックデザインから建築や家具デザインまで、芸術領域を超えて行き渡っており、削ぎ落しの美学は、価値を象徴するものにもなる。例えば、本のデザインにおける余白は、製作費がかなり余分に掛かる。「それが贅沢な余白というコンセプトです」と、椅子からトランプに至るまでの全てをモダンにデザインすることで知られるジョー・ドーセット氏は言う。印刷されたページの端にある余分な余白があるため、読者は自分の親指で文字を覆い隠してしまうことなく本をもつことができるとドーセット氏は説明する。「パルプ紙を使った安い小説本は、文字がページの端まで印刷されてしまっています」

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 ミニマリズムを取り入れるという点では、腕時計は明らかな例外と言える。この業界では、未だに装飾が称えられている。ひとつの時計をデザインして製作するのに、何カ月、時には何年もかかることがあるが、そのような手間のかかる工程を経た最後に、時計メーカーは、自分たちの職人技を披露したいと考えるのだ。それでもなお、削ぎ落されたダイヤルはそれだけで達成感がある。「装飾を凝ったり、ダイアルに色々と詰め込んだりするのは実に簡単なことです」とモバードで製品デザイン部門のシニアバイスプレジデントを務めるアン・カントラ氏は言う。「しかし、ダイヤルから取り払い、それをキャンバスとして表現に使うのは、また別の意識が必要となります。それはシンプルさに対する賛美でもあります」

モバードは1947年から、さまざまな“ミュージアムウォッチ”を作ってきた。

 ラムス氏がA50をデザインする何十年も前に、モバードは、腕時計をいかにしてミニマリズムの限界にまで推し進めるかを模索していた。1949年に、デザイナーであり技師であったネイサン・ジョージ・ホーウィットが、今では有名なモバードのミュージアムウォッチのコンセプトをデザインした。何も書かれていないブラックダイヤルには、2本の針と、12時位置にゴールドのドットがあるのみで、それは日時計をイメージしていた。ホーウィット氏の構想は、時計を最も本質的な部分にまで削ぎ落すことであった。「彼は、それほど複雑でなくても時間を知ることができる方法を探りたかったのです」とカントラ氏は言う。「彼はそこで削ぎ落すことを思いつき、そして、それを概念的に考えることを思いついたのです。ドットを太陽として、針が太陽の周りを回る地球の動きを追跡するムーブメントのようにするという概念です」

 ホーウィットによるミュージアムウォッチのデザインは、素材、色、形状におけるスタイルの違い以外には、何年もほぼそのまま変わっていない。この時計はその生涯の中で、ミニマリズム主義の時計デザインを象徴するものとなり、ニューヨーク近代美術館の永久収蔵品にまでなった。ミニマリズムを信奉する人々にとって、ミュージアムウォッチの息の長さは、簡潔化という取り組み方の主な利点のひとつを浮き彫りにする。「何かを究極の本質にまで削ぎ落すとき、そこに時代を超越したものが生まれるのです」とドーセット氏は言う。「さまざまな意味で、これは正に持続可能なデザインの方法だと言えます。デザインしているものが陳腐化せず、末永く生き残るのですから」

リズ・スティンソン(Liz Stinson)氏は、アメリカ・グラフィックアート協会の発行する「Eye on Design」誌の編集長であり、デザインに関する同氏の記事は、「Wired」、「Curbed」、「Gizmodo」、「Architectural Digest」、「ウォールストリート・ジャーナル」にも掲載されている。

Illustrations by Francesco Muzzi.