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How They Made It ジャガー・ルクルト 熟練を極める女性職人

エナメル装飾職人ソフィー・ケナオン(Sophie Quenaon)氏はいかにしてレベルソの伝説の秘宝を作り出したか。

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ジャガー・ルクルトのレベルソは90年のあいだ、隠された秘密でファンを魅了してきた。この時計は特徴的なアール・デコ調のダイヤルをひっくり返すと裏面に意外なものが現れる。そこにあるのは個人的なメッセージ、一族の紋章、愛する者の肖像(名もない情婦、ペット、家族の城といったありとあらゆるものを私たちは目にしてきた)。そして今年、レベルソ誕生90周年を記念して、近代アートの巨匠ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)、フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)、グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)らによる3作品への称賛をジャガー・ルクルトが形にする。この時計にふさわしい、永遠に失われ隠されてしまったと考えられていたが最近になってようやく再発見された作品たちである。

Jaeger-LeCoultre Reverso watch

 ギュスターヴ・クールベの『レマン湖の眺め(View of Lake Léman)』は1876年、フランス人画家だった彼が亡命を強いられてスイスにいる間に描かれたものであり、その荒天の場面はこの湖の北岸とダン・ジュ・ミジ山に連なる山々を描いている。1892年にノルマンディーにある地方美術館ミュゼ・ドゥ・ヴュー・グランヴィル(Musée du Vieux
Granville)に寄贈され、保管室で不遇の時を過ごしていたこの絵は1945年に贋作だと宣告され、収納庫にしまい込まれた。2015年になってようやく美術館のキュレーターが施設の歴史を文書にまとめようとしたことで再度日の目を見た。2017年、クールベの専門家であるブルーノ・モッティン(Bruno Mottin)氏によって最終的にこの作品が本物であることが証明された。

A painting of a filed inside of a box

 グスタフ・クリムトの『婦人の肖像(Portrait of a Lady)』(1917)の発見をめぐる物語は、この絵画の下に潜む作品と同様に非常に興味をそそるものだ。この“二重の”肖像画には2人の女性が描かれていて、1人の女性の下にもう1人が隠されている。1900年頃に描かれた最初の女性は若くして亡くなったクリムトのミューズである。クリムトが亡くなった年、彼女の死をなおも悲しんでいた彼はこの肖像の上に現在わたしたちが目にしている婦人を描いた。以来多くの陰謀に囲まれた『婦人の肖像』は美術品盗難にあう運命にあった。1925年からイタリアのピアチェンツァにあるリッチ・オッディ近代美術館(Galleria d’Arte Moderna Ricci Oddi)に展示されていたこの絵は、1997年に盗み出され、ついには損傷を受けて永遠に失われてしまったと考えられてきた。しかし2019年にこのギャラリーの敷地で働く庭師が壁を覆うツタのなかから隠されていたこの絵を発見した。ところが驚いたことに、それはごく最近そこに置かような良好な状態であった。この消失は現在に至るまでロマンチックなものではないにしても謎のままである。美術館の副館長エウジェニオ・ガッゾーラ(Eugenio Gazzola)氏はこの作品を“二度失われた宝(a treasure lost twice)”と呼んだ。一度目には元の肖像画が下層に隠されて永遠に失われ、二度目には絵が盗まれて数十年にわたって世間から失われた。

 フィンセント・ファン・ゴッホは『モンマジュールの夕暮れ(Sunset at Montmajour)』を南フランスのアルルで1888年に描いた。それは彼の代表作である『ひまわり』と『ファン・ゴッホの寝室』も生み出した重要な時期であった。ゴッホはその2年後にこの世を去り、『モンマジュールの夕暮れ』は彼の兄弟のコレクションに加えられた。ノルウェーのコレクターが1901年にこの絵を買い取ったが、まもなく贋作だとされ、コレクターの家の屋根裏部屋に追いやられた。贋作だという風評はゴッホ美術館がこの絵を拒絶した1990年代にまで長らく続いていた。しかし2011年から2013年にかけて、最先端のコンピューター解析や化学検査、X線検査のおかげでようやく本物だと認められ、ある専門家はこの絵画を“生涯に一度の発見”と評した。

Three enameled watch cases

 これらの傑作をジャガー・ルクルトがレベルソ・トリビュート・ヒドゥン・トレジャー(レベルソ・トリビュート・伝説の秘宝)と名付けたトリオの時計に再現した。どれもグラン・フーエナメルと細密画の技法によって作られ、ダイヤルにギヨシェをあしらったものだ。作品を時計の小さなダイヤルに適切に再現するのはエナメル装飾マスターのソフィー・ケナオン(Sophie Quenaon)氏。スイスのジュウ渓谷にあるジャガー・ルクルトの本社で働く彼女と彼女が率いる3人のエナメル装飾職人チームはアート作品を数ヵ月かけて調査し、最初にキャンバスとなるレベルソのケース形状とともに仕上がりの色を決めた(最終的に選ばれたのは1930年代のオリジナルのケース仕様に非常に近い小さめでより角張った形だった)。

A woman at a desk with a microscope

ソフィー・ケナオン(Photo by Johann Sauty)

 ケナオン氏は、アール・ヌーヴォーの巨匠アルフォンス・ミュシャ(Alfons Mucha)の作品を描いた懐中時計や、ミニッツリピーターへのシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の描写などジャガー・ルクルトの最も重要なエナメル装飾アイテムを手掛けてきたが、『レマン湖の眺め』は彼女にとって初のクールベだった。

 彼女は自身のカラーパレットを用意してから、ひとつひとつの絵画の実物を見に行ったが、それは学びにあふれた感動的な体験となった。アート作品に見られるクールベのパレットナイフ使いは「複製品を見たときには必ずしも予想できないようなもので、はるかに力強さがあります」と彼女は言う。その立体感は時計のダイヤルに再現できるものではないが、「オリジナルの絵画にできるだけ近い効果を引き出そうと色や影について試行錯誤します」と彼女は説明し、こう付け加えた。「エナメル装飾は、かなり近くで見ることができるので、実はオリジナルのアート作品や写真よりもはるかに多くのものを与えることができると思います」

A watch case and large printing of a Gustav Klimpft painting
A paint brush and paint
Enamel tiles

 『婦人の肖像』を訪ねるのはより感動的だったと言う彼女は、最初のうちは肖像に初めに描かれた婦人についてほとんど掴めなかったと認める。ところがひとたびオリジナルの絵画の前に立つと、彼女には最初の婦人の帽子やケープ、ドレス(その後すべて失われ、ドレスは花柄シャツに置き換えられた)が見えた。しかし本当に彼女に感銘を与えたのは婦人の表情だった。彼女は「存在感があります」と説明する。「再現するのが最も難しかったのはその眼差しで、それは肖像のなかで非常に重要な部分です。この女性の表情には細心の注意を払う必要があります。それがこの絵のエッセンスなのですから」

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 言うまでもなく、細密画には骨の折れる技術と経験が必要でとても小さく微細な筆が用いられ、なかにはたった1本の毛でできている筆もある。しかし彼女の話によれば、本当に難しいのは適切なカラーとトーンに仕上げること、そして基調となっているあらゆる感情、雰囲気、ニュアンス、激しさを生み出すことのようだ。オリジナルの絵を再現しつつ、クールベのパレットナイフ使いからゴッホの大胆な筆跡まで画家の技術も反映したものでなくてはならない。しかしグラン・フーエナメルのシビアな科学と物理学が合わさるとアートと同程度に科学の話にもなる。ジャガー・ルクルトに30年近くいて、独学で学んだミクロス・メルツェル(Miklos Merczel)氏(今は引退している)のもとで腕を磨いたケナオン氏が当代最高のエナメル職人のひとりとなっているのは当然のことだといえる(以前、彼女は補聴器の技師をしていた。これは本当のことだ)。

A Reverso dial and painted case with paintbrushes

 ケナオン氏は細かなエナメル粉末、金属酸化物、松根油を緻密なレシピによって求める色味になるよう調合した20から25ほどの基本カラーを使って作業を行う。しかしおなじみの原色のルールが当てはまることを期待してはならない。これはエナメルであって、それ自体が生き物なのだ。例えばピンクはエナメルで再現するのが最も難しい色味のひとつで、単に赤と白を混ぜればいいというものではない。「エナメル装飾においては、そうするとグレーになります」と説明してくれた彼女は、作業の際にまずダイヤルにごく薄いエナメルの下地を用意しなくてはならず、それによってさらに複雑さが増す。「焼成するとピンクは透明なエナメルのなかに完全に消え去ってしまう可能性があります。3つの絵はどれも実際にピンクが使われているので、そこが難しい部分でした」と彼女は言う。

 800℃の高温で焼成することで色彩構成が変化するだけでなく、色が流れてしまうこともある。「色が混ざり合ってしまう可能性があるので、異なるゾーンで作業しなくてはいけません」と彼女は話す。「それは複雑で時間がかかる作業です」。求める色味を得るために全部で15から20回ほどの焼成が必要となるが、これに加えて塗装を乾燥させるために200℃の低温で15回ほど焼く工程もある。焼成のたびにダイヤルが損傷するリスクも付きまとい、損傷すれば、まるごと廃棄してもう一度最初からやり直さなくてはならない。クールベはクリムトと同様に難しく、ひとつのダイヤルを仕上げるのに2週間から3週間がかかる。「どれもそれぞれに難しさがあります」と彼女は付け加える。

The dial of a Reverso

 時計のダイヤル自体は華麗なミスティブルーもしくはグリーンの色味が目を引くシェブロン模様のギヨシェが施されている。ジャガー・ルクルトが連結した“W”のモチーフをレベルソに用いるのは初めてであり、この模様は100年の歴史がある手回しの機械で作られる。ミュリエル・ロマンド(Murielle Romand)氏はマニュファクチュールで唯一この器具を使いこなせる人物で、2015年から作業を担っている。シェブロン柄の直線ラインを生み出す機械を使う彼女は「ひと彫りごとに少し上に進み、それから反対側に行き、ジグザグの動きにしています」と言う。彼女は規則的で緻密な計算、調整、溝、ストロークに加えて、たっぷりの忍耐を必要とする極めて細やかな工程を明かしてくれた(彼女はマイクロメカニクスの学位を持っている)。

 適切な作業環境においては、ひとつのダイヤルを仕上げるのにかかる時間はおよそ7時間。「極度に集中しなくてはならないので、この模様に取り組むのは人が少なく雑音も少ない水曜がいいのです」

 これほどの時間と配慮によって作っていると時計がマニュファクチュールを去っていくのを見るのが辛くならないのだろうか? ケナオン氏は作品に深い個人的で感情的な愛着があることを認める。「あまりに長く研究するため、全工程に対して本当に感情的に関わっていると感じます」と彼女は言う。「しかし仕上がったときには達成感があります。ほかの誰かの元へ向かうのを見ることは私にとって素晴らしい喜びなのです」

レベルソ・トリビュート・エナメル・伝説の秘宝、各10本限定、ホワイトゴールド、45.6×27.4mm、手巻き – ジャガー・ルクルト Cal.822/2、パワーリザーブ42時間、30m防水、ブラックアリゲーターストラップ。

ジャガー・ルクルトについての詳細は、公式サイトをご覧ください。