Photos by James Stacey
つい数週間前にロレックスは、少なくともつい最近まではほとんどやっていなかったことをやった。ロレックスは通常の見本市の枠組みを超えてアニバーサリーウォッチを発表したのだ。このブランドは予想もつかない大胆さをもって我々を驚かせ、おそらく今年もっともホットな時計を発表した。
ロレックスはル・マン 24時間レースの第100回大会を記念して、特別なデイトナを発表した。Watches & Wonders 2023で発表されたすべての新機能(シンメトリーな新ケース、メタルで縁取られたベゼル、ダイヤルレイアウトの変更、新型ムーブメント)を取り入れたこのデイトナの最新モデルは、まさに…あらゆる意味で別格だ。
思い出してほしいのだが、ロレックスは過去にもアニバーサリーモデルを発表している。カーミット・サブマリーナー(ブラックダイヤルにグリーンのベゼルインサートを施したもの)やプラチナのデイトナだ。これらの時計と新作デイトナ “ル・マン”との違いは、それぞれが既知のデザインをベースに新たに表現されたものだということである。そしてそれはロレックスがオマージュを好まないからだ、と、私たちはそう思っていた。
2023年のWatches & WondersからリデザインされたデイトナのHands-On記事
この新型デイトナはロレックスが独自の方法で過去に回帰したデザインを採用している。ヴィンテージモデルのオマージュでも完全復刻でもない。過去をユニークな手法で振り返り、新しいリュクスを表現したデイトナなのだ。では、その過去とは何か? それは、ポール・ニューマンのスタイルと初代デイトナの美学をミックスしたもので、それ自体がル・マン 24時間レースにルーツを持つものだ。
デイトナ 24時間レースの起源
ル・マン 24時間レースは、地球上でもっとも歴史と権威のある耐久レースである。そしてロレックス デイトナはこの地球上で最も有名な機械式クロノグラフであり、その起源はル・マンに遡るが、別の24時間耐久レース(想像にお任せする)にちなんで名付けられた。
というのも、オリジナルのロレックス デイトナ Ref.6239は当初、デイトナとは呼ばれていなかった。また1963年に誕生したこのモデルのマーケティングと広告でも、この時計を“デイトナ”とは呼ばなかったのだ。その代わり、広告では “ル・マン”と呼ばれるクロノグラフについて言及している。
そう、ロレックス デイトナは誰がどう見ても、当初はロレックス ル・マンと呼ばれる予定だった。1960年代半ばにロレックスがデイトナ24時間レースのスポンサーになったおかげで、最終的にはデイトナがその名を冠するに至ったのである。
しかし、約60年前にその地位を確立したのはル・マンだった。だから6月に発表されたこの新しいデイトナはル・マン 24時間レースの100周年を祝うと同時に、ロレックスのコスモグラフがまさに同じ名前で呼ばれるようになってから60年という節目の時計でもあるのだ。
ロレックスのオマージュのバリエーション
はっきり言って、私たちはこのモデルをオマージュと呼ぶつもりはない。しかしこの新しいクロノグラフのデザインには、ロレックスの過去のモデルを指し示すイースターエッグ(隠れ仕様)が数多く隠されている。例えば、Ref.6239とRef.6263の両方の様式にしたがった初のリバースパンダ仕様(ブラックダイヤルにホワイトのインダイヤル)、Ref.6239 デイトナ “ル・マン”(Aクラスの俳優によって有名になった、赤いアクセントとユニークなタイポグラフィが特徴的なファンキーダイヤルの派生モデル)である。
デイトナに大金を払うのであれば、その対象は歴史的に重要なものであるべきだと私は考えている。
– ベン・クライマー HODINKEE創設者ではノン・ニューマンのブラックダイヤルのデイトナと、ニューマンのブラックダイヤルのデイトナの違いとは何か? 実は違いは多い。伝統的なノン・ニューマンのデイトナは多くの点で初期のホイヤー カレラによく似ている。標準的なマットブラックダイヤルにホワイトのハッシュマーク、そしてハイコントラストなホワイトのインダイヤルに標準的な数字のプリント(インダイヤルのフラットな“4”のタイポグラフィを含む)である。そんなところだろうか。
HODINKEE創設者のベン・クライマーが、ポール・ニューマン自身によって有名になったアイコニックなクロノグラフについて深掘りした記事。
ニューマンダイヤルは、より豊かな視覚的魅力とコントラストを持っている。ダイヤル外周のハッシュマークは、ホワイト地に鮮やかなレッドで描かれている。ダイヤル内側はフラットなブラックカラーだ。ホワイトのインダイヤルはニューマン以外のモデルと共通だが、ここで重要なのはその内側であり、標準的なものは何もない。まず端が四角いインナーマーカーと、シャープなエッジを持つまるでアール・デコ様式のユニークな数字のタイポグラフィである。これらの特徴を総称してエキゾチックダイヤルとして知られているが、それを見れば納得だ。
このニューマンダイヤルのデイトナは、当時特に人気があったわけではない。だがニューマンはデイトナのなかで最も認知度の高いモデルとなっている。これらの時計がオークションに出品されると高値で取引されるのが通例であり、現代の時計コレクション界隈においてもその人気は衰えていない。
ポール・ニューマンは時計界で最も重要な人物であり、彼の死後に時計界に与えた影響は計り知れない。ポンプ式プッシャーを備えたRed.6239 ニューマン・デイトナであれ、後期のRef.6263のねじ込み式プッシャーのデザインにせよ、彼自身が当時のロレックスで最も売れ行きの悪かったモデルのひとつをアイコニックな存在に格上げしたのである。それは影響力がなせる業だ。
この2023年モデルはロレックスがル・マンとニューマンから少しずつヒントを得て、お祝いムードにふさわしい外観に仕立て上げたものだ。まず赤いアクセントが使われていることだが、これは普段目に付きやすい場所にあるわけではない(本モデルではベゼル)。またブラックセラミック製ベゼルは、旧モデルのブラックアクリル製ベゼルの質感を模倣したものである。
スタンダードなブラックダイヤルにホワイトのインダイヤルを組み合わせた意匠は初代Ref. 6239 デイトナ ル・マンを彷彿とさせる。インダイヤルのシンプルなタイポグラフィと全体的にシンプルなデザインは、現代のデイトナパッケージのなかでは限りなくその外観に近い。エキゾチックな雰囲気が感じられるのはプッシャー類の内側を見たときだ。内側のマーカーは、ヴィンテージ・ニューマンのダイヤルに見られるような四角い外観を持つ。そしてこのデザインキューを復活させることは、極端に言えばデイデイト “emoji(絵文字)”の登場と同じくらい意外なことであった。
アニバーサリーを正攻法で祝う
ロレックスがアニバーサリーを祝うとき、特別なものになるのがデイトナというモデルの性である。そしてそれは通常プレシャスメタル(貴金属)のケースの採用を意味する。今回はホワイトゴールドが選択されたが、これは大正解であった。というのもホワイトゴールドはスティールのような外観を持ちながら、時計を密かに格上げしてくれるからだ。
2013年にプラチナ製のデイトナが発表されたとき、一般の時計愛好家たちは少し物足りなさを感じていた。人々はその年のカレンダーを指折り数えて待ち望んでいた。スティール製ケースもセラミックベゼルもパンダダイヤルも欲しかった。その期待とは裏腹に、彼らはまるで異質なものを手に入れ、その時計が流行するのには時間がかかった。
これは非常に変わった出来事だったが、その主な理由はサプライズ要素と期待感の欠如にあった。我々はデイトナを祝うのは3月でもう終わりだと思っていた。ロレックスはデイトナをいくつかの点で改良し、新たな高みに到達させ、やり切った感があったからだ。新しいベゼル構造、よりラグジュアリーなダイヤルレイアウト、そして新しいムーブメントは、私たちが本当に求めていたもののすべてだった。そしてプラチナモデルにはシースルーバックを採用し、さらなる進化を遂げた。ロレックスにシースルーバックだって? ショッキング過ぎて言葉もない。
だから、ル・マンが突然現れたとき、我々は驚いただけでなく、即座に歓喜した。この時計は発売直後から我々を魅了した。懐古的デザインのインスピレーションとプレシャスメタルの要素をすべて備え、我々が目にして初めて何が必要だったか気づかせてくれた。もちろん、これを手にする人はごく限られるが、それは何も自分だけではないだけに遠巻きに手放しで賞賛できるものだ。
さらにこのモデルもシースルーバックを踏襲しているが、ダイヤルがとてもクールなだけに気にならない。そして、ベゼルの100のマーク部分にある赤いアクセントはどうだろう? 実際にどんなものなのか? ジェームズ・ステイシーが2023年のデイトナを間近で見て(そして美しい写真を撮って)、この新しいコスモグラフについて感想を語ってくれた。
ル・マン デイトナを実機レビュー
Ref.126529LN デイトナは間違いなく自分の腕で試すことができてよかったと思える時計だ。ひとつ注意しなければならないのは、私が撮影したモデルは販売先が決まっている個体で、カナダ(あるいはその他の国)で今年入手できる数少ない個体のひとつだということだ。そのため、いくつかのステッカーは幸運な持ち主が剥がすために時計に貼ったままにしておく必要があった。しかし、この時計の実物を見てその繊細さには驚かされた。ありふれているわけでも退屈なわけでもないが、標準的なブラックダイヤルのスティール製デイトナとこのモデルを差別化する特徴はすべて私が予想していたよりも静謐でまとまりがあると感じられた。
ホワイトのインダイヤルはダイヤル全体にしっくりと馴染み、レッドのアクセントは実際にはそれほど明るくなく、ホワイトゴールドは数字の上では重たいが(全コマ揃ったこのモデルの重さを量ったところ213gだった)、重すぎると感じるほどではない。私は概してデイトナの大ファンではないことは認めるが、Watches & Wondersで発表された今年初めの最新世代でロレックスが実施した変更が非常に気に入っていることに加え、このリバースパンダダイヤルのデイトナは6桁のデイトナリファレンスのなかでもっとも好きだ。
本記事の読者の多くは私よりもプレシャスメタルのデイトナの経験が豊富だと思うが、私はこのモデルをアイスブルーダイヤルにブラウンのアクセントを効かせた2013年のプラチナ製Ref.116506と比較せずにはいられなかった。Ref.116506のカルト的な人気が高まっていることは承知しているが、あれは非常に派手な存在感を放つ特別なデイトナだ。対照的にRef.126529LNは目立たない存在であり、現時点ではロレックスのカタログのなかでもっとも入手困難な時計のひとつであるにもかかわらず、スティール製ブラックダイヤルのデイトナ以上にカジュアルな注目を集めるとは思えない。
とはいえ、デイトナマニアとすれ違ったら、次の会合に遅刻してしまうかもしれない。
ステイシーからは以上だ。
閑話休題
1カ月前にフランスに上陸して以来、この時計にまつわる話題に注目してきたが、ずっと気になっていたのが、インダイヤルに関するソーシャルメディア上の議論だ。タイポグラフィもマーカーも往年のエキゾチックダイヤルを持つデイトナを彷彿とさせる、と誰もが口を揃えてつぶやいているのだ。
しかし私はそんなことはないと言いたい。確かに四角いマーカーはあからさまな引用だが、それ以上でもそれ以下でもない。数字表記自体は基本的にロレックスが現行モデルのいずれかに使用される同じ数字パッケージの一部であり、ニューマンのスタイリングとの関連を持っていない。さて、私の胸の内を明かしたところで、次の話題に進もう。
現代のロレックスカタログにおける位置づけ
ノン・ニューマンとニューマンがロレックスのコレクションに共存していた昔のように、この新しいモデル(言い忘れていたが、通常生産モデルである)もほかの、よりモダンに寄った仕様のモデルとカタログを共有している。
1960年代から現代に至るまでのデイトナシリーズの全貌(PNDダイヤルを除く)を探る。
では、デイトナのラインナップのなかで、この時計に最も近い兄弟モデルは何だろうか? それはオイスターフレックスのブレスレットにブラックセラミック製ベゼルを備えた、ブラックダイヤルのリバースパンダのようなデイトナだ。このモデルに欠けているのはメタルブレスレット、シースルーバック、ベゼルの赤いアクセント、エキゾチックなスタイルを持つ四角いマーカー、そして純白のインダイヤル(これらはシルバー)である。
この時計が発表されたとき、我々は皆ゴールまであと1歩届かず、何か特別なものが足りなかったということに同意したのではないだろうか。その何かをこの新しい2023年リリースのRef.126529LNは補完しているのだ。
収集性について
1年に2本も、しかもわずか数カ月違いでデイトナのマンモス級のモデルが発表されるなんて狂気の沙汰である。この種の時計は何年経っても仕様変更されることはないものだ。
3月に行われたコレクションの刷新はインターネットを賑わすほど素晴らしいものだったが、私はル・マンのほうがはるかに大きな出来事だと思っている。なぜなら世界的に市場に出回る数が少なくなる。きっとお目にかかるのもままならず、ましてこの時計を手に入れるのは至難の業であろう。
デイトナが過去を語るということは、カジュアルな時計購買層だけでなく、時計コレクターにとっても潜在的な価値に影響を与えるはずだ。この時計が持つ影響について何人かの専門家に意見を求めた。まずは我らがトニー・トレイナだ。
読者の皆さんにとってその言葉が何を意味するかは別として、私は必ずしも現代のロレックスが“コレクターズアイテム”であると主張するつもりはない。だが、何か候補を挙げろというのなら本モデルはその可能性が十分にあるのではないだろうか。特にロレックスがこのモデルを1年かそこらしか製造しないのであれば(結局のところ、ル・マン100周年を祝うためなのだ)。最初の1本が(悲しいことに)二次流通市場に出回るとき、いくらで売られるのだろうか? 10万ドル? そんなことが重要になるのか? もっと広く言えばこれはおそらく、私たちが近年“ヘリテージモデルは作らない”と豪語してきたロレックスによる、もっともあからさまにヘリテージを意識したリファレンスである。今回の発表と最近のオークション結果(ロレックス自身の入札によるもの)を合わせると、ロレックスがその歴史に誰よりも関心を寄せていることは明らかだ。そして、ロレックスの歴史に関心を持っているほかの人々(私のような、そしてもしかしたらあなたたちも)にとって、それは何よりも重要なニュースかもしれない。
お次はリッチ・フォードンだ(Reference Pointsで共演したことを覚えているだろうか)。
この時計のデザインと発売の決定にはロレックスらしさが遺憾無く発揮されている。今にして思えば2016年にデイトナのベゼルをセラミック製に変更し、さらに今年のWatches & Wondersでベゼルを若干変更したことで、このモデルの美学がプラスチック製ベゼル、手巻きのヴィンテージデイトナに近づくなどの伏線はあった。それでもル・マンは皆を驚かせた。
最新のRef.126500LNがRef.6263のカーボンコピーではないように、時計自体もポール・ニューマンダイヤルから直接すべてを拝借しているわけではない。最初のレンダリング写真よりも実物のほうがよく撮れているし、来年以降の供給状況を見守るのは私にとって非常に興味深いことだ。このような時計はほとんど製造されないと思うし、それはおそらく正しい販売戦略だろう。
結局のところ、約5万ドル(日本円で税込611万500円)の値札は万人向けではないということだ。ホワイトゴールドのブレスレットにホワイトゴールドケース仕様のデイトナであることを忘れてはならない。このモデルは生産数が少なく、ル・マンのアニバーサリーと連動している。ひと言で言えば、“特別”なのだ。さらにもうひと言で言えば“とても特別”だ。そして特別なものには(特にロレックスの)大きな値札がつく。もっとも、この文脈におけるロレックスの価格は最終的には問題ですらないわけだが。
デイトナが二次流通市場に出回り始めたら、相場はいくらになるかは想像するしかないが、私の予想はとしてはかなりのものだ。しかし、その価格設定は興奮と希少性を物語ることになるだろう。このモデルに限っては皆よく知っている概念だと思うが。
本作は2016年にスティールとセラミックのモデルが発売されて以来、もっともホットなデイトナになるだろうか? 意見があれば、教えて欲しい。
ロレックス デイトナ Ref. 126529LN。直径40mm、ねじ込み式リューズとねじ込み式プッシャーによる100m防水。リバースパンダデザインのブラックダイヤル、ホワイトインダイヤル。レッドのアクセントが盛り込まれたセラクロム製ベゼル。ホワイトゴールド製ケースとブレスレット、ロレックス イージーリンク調整システム付きブレスレット。Cal.4131搭載、パワーリザーブ72時間、COSC認定クロノメーター。価格:611万500円(税込)。
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