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One to Watch エルヴェ・シュルフター氏による“生命の木”プロジェクトは、最も純粋な時計づくりを用いて世代を超えた時間を想像する

数十年にわたる経験と、業界最高峰のひとりから手ほどきを受けたシュルフター氏は、過去・現在・未来をカバーする、独創的かつエモーショナルなウォッチシリーズの第1弾を発表した。

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Photos by Mark Kauzlarich


オリジン・ストーリー

50代から始まるオリジン・ストーリーを持つ人はそうそういない。しかしエルヴェ・シュルフター(Hervé Schlüchter)氏は44歳のとき、一念発起して生まれ変わったかのように見えた。尊敬され安定したキャリアを捨てて自身の情熱に従い、ビール/ビエンヌに自分のアトリエを開き、純粋な時計製造のビジョンを追求したのだ。

 どのような飛躍を遂げたにせよ、シュルフター氏が腕時計を熟知していたことは確かだ。彼はポラントリュイにある時計学校で時計製造について学び、2000年にボヴェに入社。その後十数年にわたって昇進を重ね、ボヴェの製造工場であるディミエ 1738のディレクターに就任した。2016年にブランドを去るまでのあいだ、シュルフター氏は何十種類もの時計やキャリバーをデザインしたり、携わった。

ビール/ビエンヌにあるエルヴェ・シュルフター氏の工房

ビール/ビエンヌにあるエルヴェ・シュルフター氏の工房にて。

 2017年に自身の“ラボラトリー”を立ち上げたシュルフター氏だが、当初は自身の名で活動していたわけではない。彼はその代わりに、アルケミストのリリース(Chapter 1: Cu29)を含む、ほかのブランドの特別なプロジェクトのために、ハイコンプリケーションでメカニカルな先鋭的時計に注力をしていた。しかし彼は自分の時計を作るという夢を追求する前に、真の古典的な時計製造技術を学ぶ必要があると気付き、それを学ぶのに最も適していると考えられる人物、フィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)氏を探し当てた。

フィリップ・デュフォー氏とエルヴェ・シュルフター氏

フィリップ・デュフォー氏とエルヴェ・シュルフター氏。Photo: courtesy Hervé Schlüchter

 ふたりの時計職人は親交を深め、シュルフター氏は週の1日か2日をデュフォー氏と過ごしながら自身のプロジェクトに取り組んだ。伝統的な技術を駆使して、このような古典的な技術を築き上げようとする姿勢に批評の目が向けられた。2022年3月、シュルフター氏は自信を持って自分の名を冠した工房を設立。ほかにふたりの時計職人を雇い、これらの新しい技術と長年のアイデアを取り入れ、それを実現する手助けをさせたのだ。

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我々が彼を好きな理由

ビール/ビエンヌ、シュス川沿いの歴史的建造物にある彼の工房で待ち合わせをしたとき、シュルフター氏は少し忙しそうだったが、同時にとてもワクワクしているようだった。彼の指(時計職人の白衣はいうに及ばず)は、私が中断させた進行中の作業の証拠として汚れていた。この日は師と尊ぶフィリップ・デュフォー氏の75歳の誕生日の前日で、シュルフター氏はこの日のために師匠に贈る最初の腕時計(ユニークピース)を完成させようと全力を尽くしていた。

エルヴェ・シュルフター氏

 ただ時計は仕上げをし完璧になって初めて完成するものであり、この時計はもう少し手間がかかるだろうとシュルフター氏は語る。でもそんなことはこの際どうでもいい。どこで技術を学んだか、誰を高く評価しているかにかかわらず、シュルフター氏の作品はそれ自体で成り立っているのだ。

 シュルフター氏は数週間前に初の腕時計を正式に発表している。それはニューヨーク・タイムズ紙にまで及ぶほど、数カ月の歳月をかけて好奇心を募らせたなかでのリリースだ。レサンスィエル(L'Essentiel)と名づけられたこのモデルは、シュルフター氏が“哲学的なレギュレーター”とも呼んでいるもので、悲しみと喜びが混ざり合って生まれたものである。シュルフター氏の亡き父は、自身の父がいつも身につけていたような懐中時計を作ってくれと彼に頼んでいた。しかし父親が亡くなる前に計画を練ることもできず、2カ月後にシュルフター氏の息子が生まれた。これがきっかけとなり、世代を超えたプロジェクト“生命の木(The Tree of Life)”にインスピレーションを与えた。同プロジェクトは3世代にわたって3本の時計を製作する予定だという。

エルヴェ・シュルフター レサンスィエル

Photo: courtesy Hervé Schlüchter

 レサンスィエルは子ども時代を包括する時計であり、気ままな性格を反映し、そして日々の生活を思い出させるものだとシュルフター氏は教えてくれた。彼はすべてのデザインを文字盤から始め、それに合わせてムーブメントを作るのだそうだ。これはアンティド・ジャンビエ(Antide Janvier)が1800年に製作したレギュレーターからインスピレーションを得たという。アベンチュリンでできた24時間回転ディスクが時を告げ、太陽と月の模様がゴールドとシルバーでプリントされている。このディスクにはオーナーが選んだメッセージも入れられる。どんなものでも、できる限り時計をカスタマイズすることができるが、広報画像ではHodie Nunc(明日と今日)と、Amor & Gratia(愛と感謝)という言葉があしらわれている。

 しかし文字盤に使われているのはアベンチュリンだけではない。この時計にはグラン・フー・エナメルとギヨシェ彫りも施している。エナメルで外側のトラックとサブダイヤルをドーム状にし、中央のダイヤルはハンドギヨシェ彫りのジャーマンシルバー(maillechort:洋白。素材はニッケル、銅、亜鉛の合金)を採用。彼はこの技術を習得したいという夢を叶えたのだ。わかりにくいかもしれないが、針、ブリッジ、ピニオンから文字盤、仕上げに至るまで、時計のほぼすべての部品をシュルフター氏あるいは彼の弟子によって作られており、しかも驚くほどそれがよくできている。

エルヴェ・シュルフター レサンスィエルのディテール

Photo: courtesy Hervé Schlüchter

エルヴェ・シュルフター レサンスィエルのムーブメント

Photo: courtesy Hervé Schlüchter

 このムーブメントは、ほぼ間違いなく史上最高のムーブメント仕上げ職人の下で見習いをした人に期待されるように、完璧に仕上げられている。しかし時計のレギュレーターデザイン(およびハック機能のメカニズム)以外にも、構造的な観点から見ると、本物の時計マニアが好むであろう独創的なディテールが数多く存在する。古い懐中時計のリューズやラチェットホイールの周りに見られるウルフティースが見られ、歯車の回転方向に沿って面取りされ、サンレイ仕上げで磨かれている。またジャーマンシルバー製の香箱受けと約60時間のパワーリザーブを持つ香箱をセット。ブリッジは湾曲しており、互いを引き立たせるように配慮されている。さらにシュルフター氏は“ムスターシュ”レバー脱進機とギョーム型テンプを選んだが、これは彼の細部へのこだわりと歴史への愛を物語るものだ。

エルヴェ・シュルフター レサンスィエルの設計図

 これらはすべて直径39mm、厚さ10.37mmのケースに収められている。25本の限定生産で、素材はステンレススティールだ。シュルフター氏は、人間工学に基づいて考え抜かれたプロダクトを作るために多くの工夫を凝らし、さらに文字盤とムーブメントの魅力を損なわないようシンプルなケースデザインを作り上げた。レサンスィエルの最終価格は、税抜きで7万8000スイスフラン(日本円で約1270万円)だ。

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 デザインの観点からいえば、この時計は必ずしも私のスタイルでないことは認める。ダイヤル側ではただでさえ読みにくい時刻表示に、非常に多くの技術が詰め込まれており、少々わかりにくいパッケージになっている。またこのムーブメントには興味深い部品やスタイル、仕上げの方法が数多く取り入れられており、装着感とコンパクトなサイズにおいては成功しているが、その小さなフォーマットは必ずしも素晴らしく多彩な技術に最適なキャンバスというわけではない。オーナーの経験にとってもシュルフター氏の努力にとっても残念なことだが、より大きなサイズの時計(あるいは、かつて彼の父親が頼んでいた懐中時計)には見られないような構造や仕上げに多くの時間を費やしている。だからといって作りのよさの質を考えればこの価格はリーズナブルに思えるし、その事実から目をそらすことはできない。そしてこのようなことを言っても、シュルフター氏は私を責めることはないだろう。

スイスにある、エルヴェ・シュルフター氏の工房

 スイスの工房でシュルフター氏と過ごした数時間のなかで最も気に入ったのは、人間関係を重視する彼の姿勢だった。これらの時計は非常にパーソナルなもので、ほかの多くの時計職人にも言えることだが、彼が父、息子、そして自分自身のために時計をデザインしたという話を思い返すと、私がこれまで聞いてきた多くの物語よりもずっと生き生きとしたものに思える。

 だからこそシュルフター氏は、自分の時計に興味のある人は誰でも彼の工房を訪れてその工程や将来の計画を見に来るべきだと主張している。もちろん顧客とは長い関係を築き、将来の作品も買ってもらいたいと考えている。でもそれは強制ではない。彼はまた、独立時計製造の多くが次のジュルヌ、デュフォー、あるいはその他のビッグネームのフロントに入ることを望む、投機的な買い手によって支配されていることをよくわかっていると、私に言った。シュルフター氏は、彼のストーリーが(そして彼の時計が)正しい理由で共感を呼ぶのであれば、むしろ彼のもとを訪れる人々に時計を売りたいと考えているようだった。

エルヴェ・シュルフター レサンスィエルのリストショット

Photo: courtesy Hervé Schlüchter


次に来るもの

次にどんな展開が待ち構えているか、特に独立時計師のものであれば常に気になる疑問だ。ときには最初の時計に十分な関心を寄せてもらうことで、いつか次の時計を検討したいと思うこともある。しかしシュルフター氏の生命の木プロジェクトで言及されているように、決してひとつの時計だけを対象としたものではない。

エルヴェ・シュルフター氏

 しかし、ここで厄介なことがある。私は知らんぷりする態度をとるのは嫌いなのだが、次に製作するふたつの時計の写真やデザインを見てきた。多くを語ることはできないが、それらはレサンスィエルと同じ美的な足跡をたどるもので、さらにより複雑で、なおかつ信じられないほど創造的な時計だった。

 シュルフター氏は、私がこれまで見たこともない複雑機構を作り出しており、また彼も同様にこれまでにないものだと確信していた。特許権保護が下りるのを待っており、それが極秘にしている理由のひとつなのだ。しかしそれは素晴らしくもユニークな複雑さを極め、時間の有限性を痛感させ、また小さな瞬間を祝うことを思い出させてくれるものだ。私はそれがいつの日か世に出ることを心待ちにしている。

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エルヴェ・シュルフター氏についての詳細は、彼の公式ウェブサイトをご覧ください。