Photos by Kasia Milton
私の時計に対する果てしない情熱のなかで、常に私の心をとらえて離さない時計が何本か存在する。それは所有したことがある時計でもなければ、憧れの時計でもない。むしろ私の脳の奥底の狭小ワンルームのアパートを占有する時計たちだ。たまにその存在を忘れ、そこから大音量の音楽や叫び声が聞こえたり、犬の鳴き声が聞こえたりする。もっともオーソドックスなパネライのラジオミールもそのひとつだ。具体的にはクッションケース、ダークサンドイッチダイヤル、(経年変化を模した)フォティーナを特徴とするラジオミールである。
しかし、直径36〜40mmまでの腕時計を身につけて日々を過ごす私がラジオミールに手を伸ばすのを躊躇っていたのは、そのサイズが原因だった。パネライおよびラジオミールの美学、ヴィンテージのインスピレーション、歴史が好きなのであって、時代遅れだとか2006年的だとかはどうでもよかった。ただ好きだったのだ。しかし直径45mmというサイズは、私がこの時計を使いこなすには現実的に困難であった。そして、そのような問題を抱えているのは私だけではないだろうと思う。
長年にわたり、パネライは42mm径のコンパクトなラジオミールを限定発売してきた。しかし、それらのモデルはまるで暗闇のなかを行き交う船のように、現れてはすぐに消えてしまった。そして今年、Watches & Wonders 2023が開催された。パネライが発表したものを完全に誤解していた年のことを、私はこう呼びたい、……2023年と。
というのも、3月にパネライは40mm径のラジオミール クアランタ ゴールドテック(ホワイトダイヤルにゴールドのアクセントを加えたゴールドモデル)を発表し、W&Wの開幕とともに大きな注目を集めたからだ。そのサイズとスタイリングの組み合わせは、私がラジオミールに求めていたものをすべて表現していた……、スティールケースでないということ以外は。
そして今年、私の憧れてやまないパネライは、90年代に発表された民間用ラジオミールの伝統的なデザインエスプリを受け継ぎ、私が納得できるサイズに落とし込んだSS製のラジオミール クアランタを発表した。
SS製のクアランタと長時間一緒に過ごす機会が訪れたときすぐに飛びつき、40mmのラジオミールを常に着用し続けた。お別れのときは、外すのが本当に惜しかった。もちろん最終的には返却せざるを得なかったのだが……。気を取り直して、装着していたときの感想を述べよう。
ア・ウィーク・オン・ザ・リスト
実際に時計を見る前に、その時計にある種の期待を抱くのはおかしなことだ。実はこの春、ゴールドのクアランタをひと目見ようと思い、パネライのブティックに赴いたのだが、そこでSS製のモデル(ブラック、ブルー、シルバーホワイトのダイヤルバリエーション)を見て「これらは一体何ですか?」と丁寧に尋ねた。
動画レビューにあるように、私はブラックダイヤルのモデルに引かれた。ダイヤルは通常生産のラジオミールとは異なり、(以前取材したマット仕上げとは対照的な)サンレイ仕上げが施されている。ミッドセンチュリー期のイタリアンダイバーズの伝統を受け継ぐ、このような象徴的な時計をダウンサイズするのであれば、何かを犠牲にしなければならないだろう。40mmになったことでツールウォッチらしさは失われ、若干ドレスアップしたアプローチが加わった。
変更点はダイヤルの質感だけではない。通常であればアラビア数字の“3”が配置される3時位置には、ブラックを背景色としたデイト表示が、9時位置にはスモールセコンドがそれぞれ配置されている。このふたつの要素によって、スイープ運針する秒針を確認することができ、また日付を知ることができるため、通常のパネライよりもはるかに機能的な時計となっている。
しかし私はパネリスティであり、純粋な機能は求めていない。そのためダイヤルに3と9がないのは寂しいが、12と6はサンドイッチダイヤルの効果(ダイヤルが夜光塗料のプレートの数ミリ上に重なっている)をうまく演出している。
“落ち着く”という言葉はいささか強いかもしれないが、全体的に直径40mmというサイジングがこの時計を信じられないほど着用しやすくしており、これらの変更は許容範囲内だと私は考えている。ある意味、40mmのサイジング、パネライの特徴であるワイヤーラグ、サンレイ仕上げ、11mm以下の厚みは、パネライのドレスウォッチジャンルへの挑戦に感じられた。
結婚式にこの時計を着用することはないだろうが、絶対にないとは言い切れない。このモデルにはSS製のブルーとホワイトのダイヤルもあり、ほかのオプションはドレス感のみを強調している。そういえば、この時計にはローズゴールドの針が付いており、これはチューダー ブラックベイ フィフティ-エイトに見られるようなギルトの印象を与えている。私はこれが嫌いというわけではないが、少し野心的過ぎるように感じた。もし針がもっとステンレススティールらしい色であったなら、SS製ケースに対してより効果的だっただろうと思う。
やはりサイズ、サイズ、とにかくサイズである。クッションケースとテーパーの効いたストラップの感触は、パネライのラジオミールを身につけているという感覚をあますことなく与えてくれ、ただ縮んだラジオミールを巻いただけのようには感じなかった。実際、まるで手首が8インチ(約20cm)あるかのような錯覚を覚えるほどだった(ちなみに私の手首はそんなに太くない)。
私は、これらの時計が伝統という意味でどこから来たのかを思い出すことが重要だと思っている。初期のパネライの時計はイタリア軍のために設計された。水に濡れることを前提に作られた時計だったのだ。クアランタに30mの防水性しか与えないという決断の理解に苦しむのは、この考えを念頭に置いてのことだ。さらに興味深いのは、ねじ込み式リューズを採用していることだ。この特殊なねじ込み式リューズ(私が見たところ防水パッキンはなし)が、チューダーのフェイクリベットブレスのパネライ版なのかどうかは定かではないが、私がクスッと笑ってしまったのは間違いない。もしかしたら実際に水深30mに対応した初めての時計かもしれないが、私はその説を試すつもりはない。
防水性はともかく、このラジオミールは、42時間のパワーリザーブを備えたCal.P.900を収めるクローズドケースバックに至るまで、ツールウォッチのように快適なサイズでありながら、純粋なラジオミールのエネルギーを放つことで、私が求めているものを満たしてくれている。とはいえ、80万4100円(税込)という価格には競合相手がいないわけではない。
競合モデル
こちらも既知のモデルを縮小して発表したあるブランドの例である。チューダーが直径41mmのレンジャー(はるかに小さな34mmのヴィンテージウォッチをリバイバルしたモデル)の39mm版を発表したとき、私たちの多くはサイズダウンに喜んだ。ほぼ放射性物質に近い発光をする夜光塗料とややアンバランスなダイヤルレイアウトで、ラジオミール クアランタのような“近くて遠い”要素を表現しているが、価格は半値ほどだ。価格:40万3700円(税込)
オメガが本モデルを発表したのは数年前のことだ。ヴィンテージ風のデザインに、通常のデザインキューをすべて備えている。しかし、そのすべてが昔の特定のオメガを彷彿とさせるわけではない。その代わりにパネライ風のサンドイッチダイヤルを含め、ヴィンテージウォッチについて私たちが好むあらゆる要素の融合が表現されている。直径40mmというサイズは、シーマスター ダイバー300mに代わるより装着性の高いモデルに本機を仕上げている。価格:101万2000円(税込)
クレイジーな比較に思えるかもしれないが、最後まで聞いてほしい。チューダーがレンジャーを小型化したように、ロレックスもエクスプローラーを元の36mmに戻した。しかし、それに伴い、プロトタイプのツールウォッチにツールっぽさを少し薄めるような変更が加えられた。ダイヤルはよりパンチの効いたアグレッシブなものとなり、ブレスレットは劇的に細くなった。とはいえ、これはエクスプローラー愛好家が求めていた時計であり、彼らはそれを手に入れるチャンスを得たのである。価格:86万200円(税込)
最終的な考え
私は今でもパネライ ラジオミール クアランタについて思い出す。この時計と過ごした(1週間以上の)時間のなかで、パネライがデザイン面でいかに強固な基盤を持っているかを思い知らされた。パネライの時計はひと目で、それこそ遠目からでもそれとわかる。このブランドは2000年代初頭に人気が急上昇し、多くのコレクターの原点となった。パネライから始まり、ほかの時計へとステップアップしていくと言われている。
クアランタは、そのような時計コレクターたちを呼び戻し、そのサイクルを完成させる時計になるのではないか。私はそのことを確信していて、この時計をずっと所有していられるわけではないが、この先またこの時計に戻ってくることは間違いないと考えている。
パネライ ラジオミール クアランタ: 40mm×10.8mm、ラグからラグまでの全長48mm、SS製ケース、ダイヤルはブラック、ブルー、ホワイトの3色、それぞれ針にローズゴールドのアクセント、フェイクエイジング(フォティーナ)加工されたスーパールミノバ、デイト表示とスモールセコンド、ムーブメントは自動巻きCal.P.900、パワーリザーブ42時間、価格:80万4100円(税込)。
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