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How To Wear It カルティエ タンク サントレのスタイリング

ヴィンテージウォッチを今っぽく仕上げる。

Photos by Fujio Emura

 スタイルエディターのマライカ・クロフォードが愛用の腕時計をより最高の状態にするための方法を紹介するHow To Wear Itへようこそ。このセクションではスタイリングのコツから現代におけるファッションの考察、歴史的な背景、ときには英国流の皮肉も織り交ぜて、その魅力をお伝えしていこう。

タンク サントレは、ほぼ完璧な時計である。これはシリーズにとって、少々自己中心的な要素が含まれている。なぜなら、まあサントレを手に入れることができるのは幸運に恵まれているということだからだ。幸運に恵まれずサントレを手に入れられなかった人は、ほかのクラシックで美しいドレスウォッチ、例えばサントスやタンクなど、変わったシェイプの時計で代用することもできるだろうが、これらのルックは私のなかで、サントレのためにスタイリングしたものである。

 このシリーズの第1回の記事で述べたように、私は当初の方針を守り、コレクターの世界以外ではあまり知られていないような時計を含めて紹介することにする。デイトナやスピードマスターに限らず、腕時計に慣れていなくてどんなものがあるのか興味がある方もいるかもしれない。あるいは熟練の時計愛好家が、隠れた名作であるカルティエウォッチを現代風にアレンジしたスタイリングで楽しみたいのかもしれない。

 1919年に初めて製造されたタンク サントレは、これまでのカルティエコレクションのなかで最も古いモデルのひとつだ。時計の専門家でオンラインオークションプラットフォームLoupe Thisの共同設立者であるエリック・クー(Eric Ku)氏は、 「このデザインは非常にシンボリックなもので、基本的にもう100年以上、ずっと同じ形で存続しています」 と説明する。今回の撮影に使用した、こちらの1941年製のサントレはクー氏から貸りたものだ。「今の基準から見ても本当に大きな時計ですよね。この1941年製のモデルとまったく同じサイズの、1919年に誕生したオリジナルのサントレが100年前のものであるという事実は驚くべきことなのです」

 この時計のサイズ(正確には44.7mm×23mm)は、その時代のパリのデザインとトレンドファッションから生まれたものだ。忘れてはならないのは、カルティエはジュエリーメゾンであるということである。彼らは常に宝石やアクセサリーという枠組みのもと時計を生産し続けたからこそ、シェイプやプロポーションにこだわり、そして成功したのだろう。

 しかしサントレはカルティエにとって、決して大規模に生産された時計ではない。「間違いなくアフィシャナド(イタリア語で愛好家の意)のための時計です。誤ってサントレを買うことはないでしょう」とクー氏は笑いながら話す。デザインは細長い長方形と、比較的シンプルなつくりだ。しかしこの時計は見た目よりも微妙にニュアンスがある。「わずかに湾曲しているため、ケースの大きさのプロポーションが合っていなければなりません」と同氏。「ふたつの平行なブランカード(フランス語で担架を意味し、ケース側面が担架のハンドルに似ていることからその名がついた)を持つタンク ルイと精神的には似ています」

Close-up of Tank Cintrée

Tシャツ&シューズ/セリーヌ バイ エディ・スリマン。

 この個体の文字盤のサインは非常に小さなブロックレタリングで書かれている。クー氏はこの時計が第2次世界大戦が終わる前につくられたことを思い出した。「初期のカルティエにはブロックフォントのものがあり、この文字盤はサインが筆記体になる前に印刷されたものです。カルティエがこの10年で、それを復活させたことに気づくでしょう」。クー氏はさらに、サインの大きさは当時の文字盤印刷の品質による可能性が高いとも説明してくれた。「初期のカルティエの文字盤には多くのバリエーションがあります。複数のサインがあってどれも少しずつ違っていたのです」

 このイエローゴールドの1941 サントレは、昔のハリウッドの華やかさや完璧なスーツ姿の男性を連想させるスタイリッシュな名残りを持つ。雰囲気はクラシックなチャコール仕立てに身を包んだ『北北西に進路を取れ(原題:North by Northwest)』のケーリー・グラント(Cary Grant)、もしくは白いTシャツとハイウエストのズボンというオフスタイルのパイオニアだったマーロン・ブランド(Marlon Brando)に似ている。それか『太陽がいっぱい(原題:Purple Noon)』のアラン・ドロン(Alain Delon)とか。ハリウッドではないがとてもシックだ。また個人的に気に入っているのは、イギリスのテレビドラマ、『ブライズヘッド再訪(原題:Brideshead Revisited)』のセバスチャン・フライト(Sebastian Flyte)卿だ。こちらもハリウッドではない(1981年制作)が、純粋に魅力を放っているため名誉ある賞に値すると思う。

 私はひとつの小さなアクセサリーで全体の服の印象が変わることを強く信じているし、実際心から確信もしている。また外の世界に向けて表現しようとしていることのすべてを変えることができる。見た目の雰囲気や全体的な態度を変えることができるのだ。十分な頻度で着用することで、自分の延長線上にあるような存在にもなる。

 いくつか例を挙げよう。(わざと)不揃いに結んだシルクのスカーフは、非常にまとまりを見せつつもさりげなく無頓着であることもアピールしている。サングラスは観察しているようで観察されたくない見栄を張った盾のようなものだ。宝石は純粋な装飾品であり実用的な目的はまったくないため、(おそらく無意識のうちに)何らかのステータスを表そうとしている。最後の例えは理解しがたいだろうが事実だ。すべては心理的なマインドプレイなのだ。

 ではこのカルティエ サントレは何を示唆しているのだろう? その高い価値にもかかわらず、GMT ペプシのようなものよりもはるかに地味な存在である。一般的にサントレを認識する人ははるかに少ない。知る人ぞ知る時計なのだ。それが私に憧れの作品と思わせてくれる。しかし憧れのスタイリングとは必ずしも頭からつま先までのフォーマルな服や、フルルックのデザイナーズウェアを意味するわけではない。20世紀前半の作品を2023年の日常のワードローブに取り入れるのは楽しいし、さらにカッコいいだろう。

 最近のドレスウォッチは大衆ではそれほど流行していないが、しかしカルティエはタイラー・ザ・クリエイター(Tyler the Creator)氏やティモシー・シャラメ(Timothée Chalamet)氏といったセレブリティのおかげで、コレクターコミュニティの内外で人気を博している。彼らは、これらのヴィンテージカルティエピースが現代的な美しさを保ち続けていることを証明している。


ルック1: デコントラクテ(ゆったりとした)スーツ
Model in a Dior suit and Tank Cintrée

スーツ/ディオール メンズ、タンクトップ/ヘインズ、ベルト/セリーヌ バイ エディ・スリマン。

 ディオール メンズのアーティスティック・ディレクターであるキム・ジョーンズ(Kim Jones)氏は、ストリートウェアとラグジュアリーの融合に大きく貢献した究極のディスラプター(既存ラインを破壊するという意)である。2017年、ジョーンズ氏はシュプリームとのコラボレーションでディオールのカプセルを製作。ご存じのとおり、ファッションコラボレーションという底なしのムーブメントを巻き起こした先駆者だ。しかしジョーンズ氏が先だった。常に若者文化に触れて将来を見据えていたジョーンズ氏は、特にルイ・ヴィトンでの在職期間中、ラグジュアリーなスポーツウェアやテクニカルウェアをシャープなテーラリングとミックスすることが多く、ファッション全体の流れを変えてきた。今では誰もが真似しようとしている巧みなハイ・ロー・ミックスを用いて。

 エレガンスさとは古いものである必要はなく、アップデートして新しくすることができる。ハンフリー・ボガート(Humphrey Bogart)の映画を見たり、ダイアナ・ヴリーランド(Diana Vreeland)のロマンティックでグラマラスなハリウッドのデザイン展のカタログをめくったりするのが大好きだが(見ることをおすすめする) 、自分が経験したわけでもない時代に時間を費やして嘆いてばかりいても仕方ない。

 私はある時代から特定のディテールや全体的な立ち居振る舞いを拝借して、それを自身の個人的なスタイルに合わせて提案する。キム・ジョーンズ氏がスニーカーをラグジュアリーヘリテージブランドが手がけるありふれたアイテムに変えたのと同じように、あるいはラルフ・ローレンがアイビーリーグスタイルをプレッピースタイルに変えたのと同じように (これの詳細は後述)、あるいはカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)氏が90年代の消費に合うツイードスーツとパールを作ったのと同じように、現代的なものにしておきたい。もちろん小規模ではあるが、これらの伝説があなた自身の(おそらく深く埋もれている)クリエイティビティな才能の情報源となるようにしてほしい。

 ハイウエストでダブルプリーツのバギードレスのパンツはキャサリン・ヘプバーン(Katharine Hepburn)のような気分にさせてくれるため、私はよく履くのだが、スウェットシャツやスニーカーと一緒にも履いている。私は気分や感覚を体現するために着飾っているのであって、1930年代のハリウッドを代表する女性を文字どおり真似するつもりはない。

 このSS23 ディオール ダブルブレストスーツはよりフォーマルな精神を反映している。しかしこのユニークなデザインはクリスチャン・ディオールのクチュール織りのラベルがアクセントとなっていて、ダブルカラーの効果を生み出す袖のスタイルを模倣した取り外し可能なインナースカーフを備えており、決して伝統的なものではない。白のリブタンクトップとスニーカーで風合いを崩して、堅苦しくない印象にしてみた。

 コスチュームを着ているような格好ではなくかっこよく見せたい。『クルーレス』のシェール・ホロウィッツがトニー・カーティスに夢中になっていたころのように、つまりマーロン・ブランドのパロディのようにはなりたくないのだ。

 下のルックは『グッドフェローズ』のレイ・リオッタ(ヘインズのタンクトップ) 、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)のデコントラクテ(袖のスカーフ)と、タイムレス(時計)とでも言おうか。

Model in a Dior suit and Tank Cintrée

スーツ&シューズ/ディオール メンズ、タンクトップ/ヘインズ、ベルト/セリーヌ バイ エディ・スリマン。


ルック2: スウェットとペニーローファー
Model wearing sweatsuit and Tank Cintrée

スウェット/チャンピオン、パーカー/スタイリスト私物、シャツ/ディオール メンズ、スウェットパンツ/ノア、シューズ/ジーエイチバス。

 ドレスウォッチにスウェットパンツとは現時点では古いニュースのように感じられることはわかっている。少なくとも私にとってはそうだ。しかし成功の方程式を繰り返しても問題はないだろう。

 それがうまくいく理由とは、完全に時代錯誤なものと現代のカジュアルな(手抜きだという人もいるかもしれないが)アプローチにありがちなものとの対比が作用していることにある。しかしスウェットもまた、時計にとってはシンプルなキャンバスとなるためうまく機能しているのだ。すっきりとしたグレーを背景に、時計に輝きを与えてくれる。

 スウェットスーツが持つ無造作な感じとカルティエ サントレが持つ意図的な緊張感は、私が考えるところのファッションの融合という最適な領域に当たる。それはアイビー/プレッピーファッションが始まって以来、何度も繰り返されてきたある種の自由な態度を表している。高価な(または高価そうな)アクセサリーをつけてまったく気取らない服装を身につけることは、ある種の富に対する派手なアプローチを暗示している。まるで私はもっとたくさんあるから超高価な時計をつけていても気にする必要はないとでも言いたげに。メアリー=ケイト・オルセン(Mary-Kate Olsen)氏のボロボロになったエルメスのケリーバッグを思い出す。本格的な高級アイテムをバンバン使うことで、それを気にしなくても十分快適であることを知らしめているのだ。

 スウェットスーツはジム用に取っておく必要もなければ、ソファに座って焼きグリンピーススナックを指が油っぽくなるまで食べ続けるために用意するものでもない。昇華させたり重ねたりして、本格的な服へと変身させることができるのだ。スウェットの下にボタンダウンのシャツや対照的な色のパーカーを重ねるともっといいかもしれない。私は70年代のチャールズ・ヒックス(Charles Hix)や、ウォーミングアップ中のバレエダンサー、ミハイル・バリシニコフ(Mikhail Baryshnikov)氏の写真を参考にすることが多い。

 私のアドバイスとしては、ヴィンテージのドレスウォッチを過ぎ去った時代のスタイルへ感謝の意を込めて身につけ、残りの部分をクリーンで現代的なスタイルにすること。しかしこのクラシックなジーエイチバスのローファーのように、時計と同じように伝統を打ち破るプレッピーな定番アイテムとして、さらにひねりを加えてみるのもいいかもしれない。

Portrait of model in a Tank Cintrée

スウェット/チャンピオン、パーカー/スタイリスト私物、シャツ/ディオール メンズ。

ルック3: プレッピーへの回帰

 ミュウミュウ、セリーヌ、グッチなど、ランウェイにはプレッピーがあふれている。プレッピーというかアイビーというべきか、1950年代のアメリカの大学生が着ていたファッションから生まれたものだ。ブルックスブラザーズのボタンダウン、ポロシャツ、チノパン、ローファーなど、カジュアルでWASPish(ワスプ的)なフォーマルアプローチが特徴だ。プレッピーは何年にもわたりさまざまな変遷をたどってきたが、戦後日本におけるアメリカのワークウェアとアイビーウェアの融合はその最たるものであった。

 実際プレッピーを定義するのはかなり難しい。なぜなら全体を分解すれば、それはユニクロのベーシックの集まりにすぎないからだ。つまりプレッピーは、明らかに典型的なものに当てはまらない多くのものと同様に、より態度が重要なのだ。

 プレッピーがこれほどまでに文化的な現象になったのは、間違いなく林田昭慶氏の『Take Ivy』である(もちろん、リサ・バーンバック/Lisa Birnbach の『Preppy Handbook』も同様だ)。プレッピーは細部に宿るということに気がつく。アイビーリーグの学校のキャンパスで袖をまくってシャツを重ね着し、肩や腰にセーターを巻いている、アメリカンな男たちのイメージだ。クルーの練習に行ったり、海に入るためにチノパンをまくったりなど。それは実用性から生まれる、全体の表情とスタイル(無造作な気楽さ)である。しかし、ここからスタイルノートを取るために、プレッピーやイェールクラブのメンバーである必要はない。しかしプレッピーでなくても、またイェールクラブのメンバーでなくても、ここからスタイルのヒントを得ることができる。

Model in Celine T-shirt and Levi's jeans and a Tank Cintrée

Tシャツ&シューズ/セリーヌ バイ エディ・スリマン、ジャケット&ジーンズ/ヴィンテージのワット・ゴーズ・アラウンド・カムズ・アラウンド(WGACA)。

 セリーヌのクリエイティブディレクターであるエディ・スリマン(Hedi Slimane)氏は、プレッピーと芸術性という、完璧に実現することがほぼ不可能なふたつのものをフレンチドレッシング(ミックス)している。だから私たちは皆呪われているのだ。しかし、もしあなたが大胆にも挑戦するのであれば、おじいさんの古い時計、お父さんの古いバーシティジャケット、そしてあなただけのヴィンテージ501(この場合はホワイト)リーバイスと、セリーヌのTシャツをミックスすることが、このスタイルを実現する最善の方法である。

 スリマン氏はキム・ジョーンズ氏と同じように現代のスポーツウェアからインスピレーションを得ているが、セリーヌの1970年のパリのブルジョワ的レガシーを活用して、プレッピーを現代フランス風にアレンジして表現している。これはまさにエリック・ロメール(Eric Rohmer)の『昼下りの情事(原題:Love In The Afternoon)』である。

 しかしスリマンの姿勢は永遠にロックンロールで、セリーヌのためであれ、以前のサンローラン在職中のときも、さらには2000年初頭にディオール・オムにいたときであれ、彼はその中世的なニューウェーブのルックに永遠にこだわり続けている。

 私がこのルックと試みで気に入っているのは、言葉は悪いが、“マイルドでプログレッシブな男性的な着こなし”をしているという点だ。これは男性が小さいTシャツとタンク サントレを男に着せるのがカッコよくて、1周して完璧にマーロン・ブランドのようなファッションを着る時代になったということだ。

 男性がリビエラのパジャマを着て、ベルベットのスタブス アンド ウートンのモノグラムの室内スリッパを履いていた時代を懐かしむ一方で、頑張りすぎているようにも見える最も簡単な方法は、風刺的にその恰好をすることだ(ただしそのような大胆な行動がマッチする個性の持ち主は例外だ)。その代わりに、さまざまな時代や原型のディテール、ピースをミックスするのがベストだ。そしてこれらのスタイルは義務ではないことを忘れないでほしい。クリエイティブで自分を表現する方法であり、それを楽しみながらやってみてほしいのだ。

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