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How They Made It ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ウェストミンスター・ソヌリ -ヨハネス フェルメールへ敬意を表して-

ポール・ニューマンのポール・ニューマン デイトナか、この懐中時計か。


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本稿は2021年10月に執筆された本国版の翻訳です。

ヨーロッパ美術史上、最も有名な人物のひとりである彼女、『真珠の耳飾りの少女(原題:Girl With A Pearl Earring)』は、オランダの画家ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)が1665年ごろに完成させた作品だ。フェルメールは自然主義的な光の描写で知られており、『真珠の耳飾りの少女』は彼が手がけたなかでもっとも象徴的な作品である。彼女の素性は不明だがこの作品には熱狂的なファンが多く、そのうちのひとりがこの驚くべきユニークな懐中時計をオーダーした。この時計の蓋に描かれた絵画は、現代のエナメル細密画の分野でもっとも有名な画家のひとりであるアニタ・ポルシェ(Anita Porchet)氏が2年の歳月をかけて完成させたものである。

デルフトのヨハネス・フェルメールによる1665年の作品、『真珠の耳飾りの少女』。画像はハーグのマウリッツハイス美術館提供。

 絵画そのものに限らず、精巧なエングレービングが施された98mm×32.6mmの重厚なゴールド製ケースなど、外装の芸術性はそのメカニズムに匹敵するほど素晴らしい。その内部にはグランおよびプチソヌリ、ミニッツリピーター、トゥールビヨン・レギュレーター、ウェストミンスター・チャイムを搭載したCal.3761が収められている。フルストライクモードでは、毎正時とクォーター(15分)をチャイムで知らせてくれる。最初にクォーター、追って時間を知らせるチャイムが鳴る仕組みだ。またミニッツリピーターによって現在時刻を知らせてもくれる。

エナメル加工は非常に難しい技術であり、名画にオマージュを捧げたエナメル細密画の制作にはあらゆるエナメル細工のなかでもとりわけ厳しい修行が必要とされる。インターネットの普及によって、エナメル細密画を以前に比べてはるかに手軽に見たり鑑賞したりすることができるようになったが、リピーターやグランドソヌリを搭載した時計同様、実際に目にする機会は滅多にない。美術館にも素晴らしい作品が所蔵されているが、近代的な作品のほとんどは個人のコレクションに収まっている。

 2年という歳月は、ひとつのプロジェクトを遂行するには長い時間のように思えるかもしれないが、私にはこれほどのものは200年かかっても作れないだろう。この細密画は原画に忠実で、その完成度の高さは言葉では言い表せないほどである。人物の表情はもちろん、彼女の顔やターバン、イヤリングに当たる光の戯れも、宝石のように鮮明に再現されている。

 作業は顕微鏡越しに行われ、ここで使われる最高級の筆はたった1本のクロテンの毛からなっている。この特殊な技法は“ジュネーブ様式”と呼ばれることもあり、特に下絵を保護するために透明なエナメルを上塗りすることを指す。ジュネーブがエナメル細密画で知られるようになったのは、17世紀後半のことだ。フランスでのたび重なる迫害からユグノー(フランスのカルヴァン派プロテスタント)がジュネーブに脱出したとき、時計職人だけでなく、金細工やエナメル細工の職人たちも集まってきたのである。

 時計のサイズが大きければ、絵画の再現も容易だろうと考えるかもしれない。しかしヴァシュロンによると、この作品においては原画のプロポーションを正確に反映させるなど数多くの難題が待ち受けていたという。光から影への繊細な変化は、原画ではごく自然に描かれているように見える。しかしもちろん、それらは決して簡単なものではない。ポルシェ氏はフェルメールが得意とする光の表現と、使用されている色の再現を同時に行わなければならなかった。フェルメールは天然のウルトラマリンを含む非常に高価な顔料を使ったことで知られている(『真珠の耳飾りの少女』の背景色はもともと非常に深い緑色だったが、何世紀も経つうちに緑の色調を与えていた2種類の有機顔料は色あせてしまった)。

 エナメルの本来の姿はガラスの結晶であり、手作業で適切な細かさに挽かなければならない。ポルシェ氏は感触はもちろんのこと、乳鉢のなかでエナメルが立てる音で適切な状態に仕上がったかどうかを判断する。焼成時にエナメルが泡立ったり、ひび割れたりする可能性がつきまとう、非常に慎重さが求められる作業だ。フェルメールの細密画には20回の焼成が必要で、その工程の一部には、色合いを確認するためにさまざまなエナメルをテストで焼成することも含まれている。何十年も経験を積んできたポルシェ氏の腕を持ってしても、リスクを軽減することはできても完全に排除することはできない。

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 ポルシェ氏のサインは、彼女がこの作品に取り組んだ期間(2018年から2020年)とともに描かれている。細密画の左下部には、原画へのオマージュとして“d'apres J. Vermeer”(J.フェルメールに倣って)と記されている。

時計のサイズが大きいため、彫金師が手を加える余地も十分に残されている。モチーフは極めて伝統的なもので、ケースの側面にはパターン化されたアカンサスの葉とチューリップの組み合わせが彫り込まれている。チューリップは、オランダの芸術家へのオマージュとしては極めて的を射たものだ。オランダはチューリップの名産地であると同時に、“チューリップバブル”(チューリップの球根の価格が大幅に上昇し、その後1637年に価格が暴落した)でもよく知られている。これはバブル崩壊のもっとも古い例とさ れている。装飾品としてのアカンサスの葉の歴史はさらに古く、ギリシャ・ローマ建築の時代まで遡ることができる(例えばコリント式の円柱などに見られる)。

 彫金作業自体には6カ月を要したというが、当然ながら彫金師はいきなりエングレービングに取りかかったわけではない。非常に詳細な参考図面の作成や、ライオンの頭部については3Dレンダリングを行うなど、かなりの準備が必要だった。ケースのエッジは微細なゴールドの“パール”で装飾され、それらは縁にある正方形の切り抜きから始まっている。それらに手で回転させる特殊な道具で丸みをつけていく。当然ながら、彫刻師は規則正しい正確な形を作るために常に同じ圧力をかけなければならない。その後、ブラシとダイヤモンドペーストを使って手作業で“パール”を磨き上げる。

 ケースに施された最もドラマチックな装飾のひとつが、リューズとチェーンをつなぐボウ(弓型のパーツ)部分である。小さな掛け時計ほどの大きさがあるこの時計を実際に持ち歩くには、文字どおりの意味でも、比喩的な意味でも、非常に深い懐(ポケット)が必要だろう。ボウは吼える2頭のライオンの頭をかたどっており、1986年にシンガポールが採用したライオンのシンボルによく似ている。ヴァシュロンはこの時計がどのような要望のもとに作られたかは明言していないが、もしかしたらシンガポールのクライアントのために作られたのかもしれないなと思っている。

クライアントが誰であろうと、裕福であるだけでなく(また時計に強い非常にこだわりを持ち、洗練された趣味を持っていて)、非常に忍耐強い人でなければならないだろう。ヴァシュロンによれば、このプロジェクトは2013年に始まったという。

 ミニッツリピーターは通常ふたつのゴングを鳴らし、グランドストライク(グランソヌリ)は3つのゴングを鳴らす。しかしもうおわかりだろうが、この時計には通常という概念が微塵もない。この時計には5つのハンマーがあり、4つのゴングで時を告げ、すべてサイレント・セントリペタル・レギュレーターで制御されている。この時計の精密な仕上げについて語るのはフレッド・アステア(Fred Astaire)のダンサーとしての腕前が半端ではなかったとわざわざ言うようなものだ。ギヤの歯も含め、すべての部品が最高レベルで仕上げられている。全体で806個の部品が使用されている。

 なかなか素敵な機能のひとつに“ナイトモード”がある。これはクライアントの要望で追加されたもので、この機能を作動させると時計は午後11時から午前5時までのあいだだけ無音になる。またフルグランドストライク、スモールストライクを選択でき(スモールストライクを選択した場合、時間と15分の刻みではなく、15分の刻みのみとなり、エネルギーの節約に役立つ)、サイレントモードも備えている。またミニッツリピーターとして“必要に応じて”チャイムを鳴らすこともできる。

Cal.3760。(文字盤の下)12時位置に、秒針のピボットを持つカドラチュアがある。これはワンミニッツトゥールビヨンのふたつのピボットのうちの片方にもなっている。

 テンプの振動数は1万8000振動/時(クラシックな懐中時計に見られる振動数)で、トゥールビヨンは1分間に1回転する。秒針はトゥールビヨンのピボットに取り付けられている(これはワンミニッツトゥールビヨンの常套手段である)。分針の長さは35mmとあまりに長いため、軽量化のためにゴールド製ではなく(見た目はそう見える)、Pfinodalと呼ばれる銅、ニッケル、錫の軽合金製となっている。

ダイヤルはグラン・フーエナメル。

 この時計のクライアントは匿名を希望しており、最終的な価格も非公開となっている。もし数百万ドルに及んでいたとしても私を含め誰も驚かないだろう。それでもここまでのものを持つ人物となると、それほど肩肘張らず(この言葉をタイプしながら思わず笑ってしまった)、極めて貴重な作品を、いや、“いくつもの”極めて貴重な作品を最高の状態で愛用しているに違いない。もちろんコレクションに優劣はないが、ポール・ニューマンのポール・ニューマン デイトナを冒頭で挙げたのは、その対比が非常に印象的だったからだ(ハハハ)。時には対価を払うことで、芸術性、技術、独創性そのものよりも自慢する権利など時計製造以外の部分で価値を得ていることもある。純粋に時計としての価値を考えれば、この時計はこれ以上ないほど素晴らしいものだと言わざるを得ない。

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ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ウェストミンスター・ソヌリ -ヨハネス フェルメールへ敬意を表して-。アカンサスの葉、チューリップ、パール装飾のエングレービングが施された18Kゴールドケース、98mm×32.6mm。フェルメール作『真珠の耳飾りの少女』を模したエナメル細密画、アニタ・ポルシェ作。ダイヤルはグラン・フーエナメル、ブルーエナメルのアラビア数字、ゴールドカラーのPfinodal製針。

ムーブメントはCal.3761。手巻き式でグランソヌリ、プチソヌリ、ウェストミンスター・カリヨン、ミニッツリピーターを搭載。グランドストライクモードでは16時間のパワーリザーブ。1万8000振動/時(2.5Hz)のトゥールビヨン・レギュレーター。パワーリザーブは80時間。総パーツ数806個。58石。

レ・キャビノティエの特別注文品、価格は未発表。

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