HODINKEEに入社して以来、ほぼずっと、ケース素材といえばスティールでほかのすべてでも同様だった。理由は簡単。スティール素材は安価で(購入先にもよるが1kgの316Lステンレススティールを10ドル以下で購入できる)丈夫で加工しやすく、金やプラチナのような汎用性の問題とも無縁だ。そこには、無骨な個人主義者への愛に訴えるものがある。スティールをアクション映画のスターに例えるならハリソン・フォードのような存在で、「トラブルは御免だが、無理をすれば見た目よりタフだとわかるだろう」という雰囲気を持っているのだ。
しかし、嗜好やシーン、要望が多様化しているため、他の素材や種類の時計が存在する余地は十分にある。業界内のあるベテラン(スイス人)が言った。「私が入社したてのころは、ゴールドとスティールがあったんだ。ジュネーブでは、ビジネスエグゼクティブが車で移動する場合、前の人はスティールのロレックス、うしろの人はゴールドのパテック、それだけだった」と。しかし時代は大きく変わり、今では実にさまざまな合金や素材から選ぶことができる。
古い格言にあるように、金はよいものであり、時計ケースにとても適している。金は人を堕落させるかもしれないが、それ自体は堕ちることはない。シアン化物溶液やアクアレギア(硝酸と塩酸の混合液)が存在する場合を除いて(これらが手首のまわりにある場合はおそらく大きな問題がある)、純金は変色せず腐食もしない。しかし、純金は柔らかすぎるため、ジュエリーや時計のケースに使用することはできない。そこで金の合金を作ることになるのだが、金が腐食しなくても合金によく使われる金属は腐食してしまうので、難しくなる。
イエローゴールドは金、銀、銅の合金で、他にも色のついたゴールドは存在する。私のお気に入りは、金とインジウムの合金であるブルーゴールドだ。レッドゴールドは、ローズゴールドやピンクゴールドとも呼ばれ、金とイエローゴールドよりはるかに高い割合の銅の合金だ。レッドゴールドの赤みに応じて銀を加えることもあるが、銅と金だけの合金であることが多い。
レッドゴールドは時計のケースとして非常に人気があるが、ゴールドにはない変色を起こすのが特徴だ。銅は酸化しやすいので、湿気や汗にさらされることによって、時間が経つと変色が目立つようになる。ヴィンテージウォッチではこれは魅力の一種であるが、新しい時計では特徴ではなく不備であるため、いくつかのブランドでは、それが起こる可能性を減らすための措置が取られている。ロレックスのエバーローズゴールドはその一例で、配合は秘密だが(ロレックスで秘密じゃないことなんてあったか?)、プラチナが含まれていることはよく知られている。プラチナの添加は、変色の原因となる化学的プロセスを抑制するための鍵だ。ランゲのハニーゴールドもその例である。
2013年、オメガは自社製のローズゴールド合金を発表した。そのセドナゴールドは、太陽系の外側にある矮小惑星(海王星の3倍離れた場所)にちなんで名付けられたもので、太陽の周りを回る最も赤い天体のひとつだ。セドナゴールドは、ロレゾール同様、金と銅を使用しているが、オメガはプラチナの代わりにパラジウム(白金族元素)を選択した。レッドゴールドに近い雰囲気だが、セドナが従来のレッドゴールドやローズゴールドと異なるのは、私の目にはハイライトの部分に見える。ピンクがかった赤から、ほとんど白に近い色へと変化する様子は、まさに魅惑的である。
セラミックというと、マイセン磁器やフンメルの置物、割れたティーカップなどを連想し、直感的に時計ケースには向かない素材のように思われる。しかし、セラミックと言ってもたくさんあり、基本的にはよっつのカテゴリーに分けられる。白磁(おばあちゃんのウェッジウッド)、構造用セラミックス、耐火用セラミックス(熱や腐食に強い)、資材用(床タイルなど)、そして最後に、いわゆるテクニカルセラミックスだ。
最後のものは時計のケースに使われるファミリーで、かなりタフだ。戦車の装甲、ボールベアリング、ジェットエンジンのタービンブレード、そして時計ケースなど、最高の鋼鉄にっても過酷な状況で使用されることがあるのだ。時計に使われる最も一般的なテクニカルセラミックスのひとつが、二酸化ジルコニウムである。1960年代から1970年代にかけて、オメガ、セイコー、IWCがセラミックを使用したパイオニアであり、現在もこの3社が使用しているほか、ラドー、リシャール・ミル、シャネル(J12)など、さまざまなブランドがこのセラミックを使用している。
セラミックはスティールよりもはるかに硬く、どこから見ても傷が付きにくい素材だ。唯一の欠点は、鉄や金は強く叩けばへこむかもしれないが、セラミックは割れてしまうことだ。現代のテクニカルセラミックスは、我々が日常的に使っているクレイセラミックスよりもはるかに衝撃に強い。セラミックは時計ケースとして長いあいだ存在しているので、もし壊滅的な故障が頻繁に起こるようなら、おそらく今までにその事実が判明していると思う。
チタンは、軽量化や耐食性など、鉄に対するセラミックスの長所をいくつか持っている。セラミックスは通常の環境下ではまったく腐食しないが、チタンは不働態化と呼ばれるプロセスで腐食する。チタンはすぐに酸化するが、その酸化物が表面層を形成し、金属の大部分がそれ以上酸化されないようにするのだ。海水に長時間繰り返しさらされても腐食しないほど、そのプロテクションは完璧。ステンレススティールの場合、汗をかくと腐食してしまうのは意外かもしれないが、多くのヴィンテージウォッチの裏蓋を見てわかるようにそうなのである。
チタンは1791年に初めて発見されたが、自然界では酸化物としてしか存在せず、研究室で純粋な形で見られるようになったのは20世紀初頭のことだった。工業的に実用的な量産方法が確立されるまでに数十年の歳月を要した。しかし、第二次世界大戦後、チタンは鉄よりも強度が高く、軽いという利点から、多くの航空機設計者に選ばれたのだ。ボーイング747には9万5000ポンドのこの金属が使用されており、記録破りのスパイ機A-12やSR-71の胴体にも使用されている。
チタンケースを初めて時計に採用したのは1970年のシチズン X-8 クロノメーターで、次いで1975年のセイコー 600M プロダイバー オートマチックだ。セイコーは、ケースをセラミック製の外装で囲むことで破損に対する保険をかけた。これはチタンのふたつの欠点のうちのひとつを示しており、チタンは非常に丈夫で軽いが、ステンレススティールよりも柔らかく、傷が付きやすいという欠点がある。もうひとつは、鉄に比べて加工がしにくいことだ。チタンは「かじり」といって、切削工具に付着する性質があり、かじりを起こすとうまく削れなくなることで、チタン製品は鉄に比べて高価になる傾向がある。現在、擦り傷の問題は、一般的に独自のハードニング技術で対処され、シチズンもセイコーもこのような手法を多用している。また、IWCの「セラタニウム」のように、チタンの軽さと耐食性、セラミックスの耐傷性を兼ね備えた素材の開発も取り組まれている。
ブロンズは古代の合金であり、おそらく史上初の合金だ。錫と銅というふたつの柔らかい純金属を組み合わせることで青銅ができ、奇跡的にどちらよりも硬くて強い金属ができた。ブロンズは何千年ものあいだ、道具や武器の主な金属として使われ(ホメロスは『イーリアス』のなかで武器について「無情なる青銅」という蔑称を使っている)、また彫刻にも使われた。
ブロンズ製の時計ケースは、通常問題視されることが実は利点でもある。ブロンズは時間の経過とともにパティーナが生じ、チタンの酸化チタンと同様に、下の金属をさらなる腐食から保護する。水に触れたとしても、腐食が許容できないレベルというほどではない。ブロンズ、特にマリンブロンズと呼ばれる合金は、海水に浸かっても大丈夫なほど腐食しずらい。ブロンズのパティーナについては、表面が目に見えて黒くなることであり、それは常に均等に発生するわけではない。そして、ときには緑色の興味深い色合いに変化することもある。これは、ブロンズが皮膚と直接接触しているときに発生する可能性が高い。これが、多くのメーカーが最近ブロンズウォッチのケースバックに別の材料(例えばチタン)を使用している理由だ。ブロンズウォッチを購入する場合、素晴らしい歴史を持つ素材で作られたケースを備えた時計を手に入れることができ、しかも非常に丈夫で長持ちするのだ。パティーナは、腕時計が時を刻むもうひとつの姿であり、期待し、楽しむべきものであることを理解しよう。
カーボンファイバーは、この記事のリストのなかで最も軽く、最も強い素材のひとつだ。チタンの2倍の軽さと3倍の剛性を誇るカーボンファイバーは、強度が必要でありながら、質量はできるだけ小さくしたい場合によく使われる素材だ。この素材は、英国人が言うようにその名の通り、カーボンでできている。炭素繊維に他の材料(エポキシ樹脂やプラスチック)を加えたもので、そのまま、スプールやシートで提供される。高性能なヨットの船体、F1カー、航空機のボディなど、非常に高い強度と可能な限り軽量なものを求めると、カーボンファイバーに行き着く傾向がある。また、ゴルフクラブや自転車のフレームなど、スポーツ用品にも炭素繊維が多く使われている。
この素材は広く採用されていると言ってしまえばそれまでだが、何らかの形で採用していないブランドはほとんどなく、リシャール・ミルやロジェ・デュブイのキャリバーを含むムーブメントにさえ採用されているのだ。ムーブメントへの採用は非常にニッチだが、ケースへの採用はユビキタスではないにせよ、非常に一般的だ(非常に不完全なリストだが、オーデマ ピゲ、ウブロ、パネライ、ドクサ、ジラール・ペルゴ、ルミノックス、ビクトリノックス、G-SHOCK、などなど...)。
ときには純粋に装飾のために使われることもある。 カーボンファイバー製の文字盤やインサートを採用したモータースポーツ関連の時計が、春になると増殖するウサギのように増えた時期があった。それはすぐにギミックになってしまったが、時計ケースにカーボンファイバーやカーボンコンポジットを使用する正当な理由はいくつもある。
何事にも欠点はあるが、カーボンファイバーの唯一の欠点はコストだ。加工が非常に難しく、スティールの10倍から12倍も高価なのだ。しかも、それは製造や専門的な技術スキルによる追加コストを考慮する前の話だ。また、ラグジュアリーウォッチにはもう少し重厚感が欲しいという人も多いだろう。しかし、技術的な素材としては、カーボンファイバーは多くの点で独走している。
カーボンファイバーのユニークな特性は、時計のケースに最適な素材であることを多くの例が証明しているが、ダイバーズウォッチというカテゴリーで最もよく表現されている。がっしりとしたものが多く、少しでも軽くすることができれば手首上の重さを軽減することができる。ダイバーズウォッチが最も長い時間を費やすダイビング中よりも、トップサイドでその効果を実感することができるのだ。この記事では、ドクサのファンであるジェームズ・ステイシーが、鍛造カーボンケースで生まれ変わったクラシックなデザインを詳しく紹介し、特定の時計におけるこの素材の利点に加え、この素材が自動車の世界で果たす役割についても詳しく解説している。
バチスカーフは、ブランパンが提案するシンプルなダイバーズウォッチだ。無駄な装飾を排した機能的なデザインは、必要不可欠なものをすべて取り除くことで得られる凛とした美しさを実現している。ゴールドのダイバーズウォッチでは、そのクオリティが薄れてしまうかもしれない(技術的にはゴールドのダイバーズウォッチは意味があるのだが)。しかしこのモデルでは、セドナゴールドを採用することで、耐変色性に優れたローズゴールドのダイバーズウォッチに備わる技術的優位性だけでなく、より優れた美観を実現していると思う。セドナゴールドは淡い夕焼け色のゴールドで、ホワイトのハイライトがデザインから得られるピュアな感覚を損なうことなく、ラグジュアリーな雰囲気を与えてくれる。
チタンの技術的な優位性は広く認められているが、一般的に高級時計といえばチタンを思い浮かべる人は少なかった。しかし、今年のWatches & Wonders 2022で、HODINKEEのローガン・ベイカーが、最も想定外だったランゲのオデュッセウス チタンモデルを取り上げたことで、それは変わった。SS製のスポーツウォッチは、ランゲのほぼすべての歴史と思想的に相反するものであり、オデュッセウス自体も予想外だった。だが、チタン製のランゲは数年前でも不合理と見なされていただろう。ローガンが指摘するように、チタンの技術的な特性はすべて正しく備わっているのだが、オデュッセウスではそれが時計の高級感や美観を高めるものにまで転化されている。
時計ケースにセラミックを使用した最大のパイオニアはIWCで、セラミックの使用は1986年(Ref.3755 ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー)にまでさかのぼる。1990年代に入るとIWCはRef. 3705、Ref.3706の "Keramik "バージョンにセラミックを採用した。しかし、この時計は大ヒットには至らず、わずか1000本ほどしか製造されなかったが、現在ではもちろん、非常に高いコレクターズアイテムとなっている。この「A Week On The Wrist」で、私はオリジナルとほぼ同じ2021年製のオマージュモデルを比較する機会があった。当時も今もIWCの時計デザインの高みを象徴し、また時計製造におけるセラミックケースの歴史に敬意を表していると私は考えている(この話は、私が実際、セラミックケースの文脈でフンメルの置物を何度も持ち出した証拠でもある)。
HODINKEEのエディターは、さまざまな時計(価格もさまざま)を試着する機会があるが、今回はそのなかでも最もエキゾチックな1本、ブルガリのオクト フィニッシモ ミニッツリピーター カーボンだ。ここでは、カーボンファイバーのあらゆる技術的側面が発揮されている。ケースの軽量化と剛性により耐久性が向上し、リピーターウォッチにはほとんど見られない美的感覚を備えており、特に剛性によりケースは優れた共鳴器となった。世界最薄のミニッツリピーターとして、その良さはすべて揃っている。ミニッツリピーターカーボンは、驚異的な伝統的時計製造と、目を見張るような技術的特徴の融合なのである。
HODINKEEは、ブルガリ、オメガ、G-SHOCK、オリスの正規販売店です。また、「スティールよりも見るべきものがある」コレクションもこちらでご覧いただけます。
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