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今週火曜日の午後、マンハッタンのヨーク・アベニューにあるサザビーズでこの春から初夏にかけての最後のハンマーが打ち下ろされ、今シーズンのオークションが幕を閉じた。世界各地で開催された4大オークションハウスによる競売がひと段落した今、ようやくオークション内容を噛みしめることができる。この時期の春夏シーズンに加えて、冬のオークションシーズンの終わりこそが、絶えず動き続けるコレクターズウォッチ市場を1歩引いて見つめ直し、冷静に分析する最適なタイミングである。
Image courtesy of Phillips.
主要な時計オークションが時に仰々しく、シャンパンづくしの浮世離れした雰囲気に包まれているのは確かだ。だが本質的に見れば、コレクターや時計に関心を寄せる者にとって今何が注目され、何がそうではないのかをもっとも明確に可視化してくれる場がこのオークション市場なのである。確かに、大手オークションハウスに対して“真実”や“信頼”という点で懐疑的な見方をする人がいるかもしれない。しかし実際のところ、各オークションハウスのチームは数千本にも及ぶ時計をわずか数カ月のあいだに出品し、そのすべてに新たな持ち主を見つけるべく尽力している。その過程では、何百万ドルという記事の見出しを飾るような落札結果もあれば、1万ドル以下の掘り出しものも登場する。そうしたすべての落札結果に、学ぶべき何かは必ず存在しているのだ。
というわけで、この春夏のすべてのオークションに注意深く目を光らせてみた。各オークションハウスの総落札額を羅列するのはやめておくが、主観的ながら客観的な根拠もある6つの観察ポイントを紹介したい。早速始めよう。
1. “フレッシュ・トゥ・マーケット”こそが王者である
驚かないで欲しいのだが、コレクターというのは、これまで見たことのないリファレンスや個体に出合うと理性を失ってしまう傾向にある。この見解はいかにもありきたりで使い古されたように見えるかもしれないが、今回のオークションを通じて得られた最重要の教訓として避けては通れない。“フレッシュ・トゥ・マーケット(市場初登場)”という言葉はオークションカタログのなかでいくつかの異なる意味合いをもつ場合がある。たとえば先月の、フィリップスがジュネーブで出品したプラチナ製のヴァシュロン・コンスタンタン ミニッツリピーター Ref.6448が好例だろう。この個体は、既知で非常にコレクタブルなリファレンスのなかでこれまで知られていなかったバリエーションであり、プラチナ製のユニークピースであった。メキシコに住むオリジナルオーナーの家族から市場に持ち込まれたこの時計は、最終的に落札予想価格上限の約3倍となる84万8840ドル(日本円で約1億2300万円)で落札された。
フィリップス ジュネーブオークション-ロット57:1961年製 ヴァシュロン・コンスタンタン Ref.6448(プラチナ製)、落札価格:84万8840ドル(日本円で約1億2300万円)。 Image courtesy of Phillips.
フレッシュ(初出し)とは、大量に製造されたリファレンスであっても単にこれまで市場に出たことのない個体を意味する場合もある。たとえば先週末、同じくフィリップスによるニューヨークでのオークションにて、ステンレススティール製のパテック フィリップ Ref.570が106万6800ドル(日本円で約1億5460万円)で落札された。ここで起きた激しい入札合戦の背景には、ケースの完璧なコンディションと未修復のダイヤルがあったことはもちろんだが、何よりもこの個体が“市場初登場”であったことが、その価値を大きく押し上げた。スティールケースにスリートーンのブレゲ数字ダイヤルを備えたRef.570は、それだけでも聖杯に値する存在だ。しかしこの新たな個体は、これまで知られていた同モデルのコンディション基準を塗り替えるほどのレベルであり、コレクターたちを熱狂させた。これまで誰も見たことがないものでありながら、コンディション面においてもベスト。それこそが、この時計が100万ドル超えを果たした理由である。以前にも同様の現象は香港で見られ、ブラックダイヤルを備えたイエローゴールド製のパテック フィリップ Ref.96が、7万9459ドル(日本円で約1150万円)で落札された。
フィリップス ニューヨークオークション-ロット95:1943年製パテック フィリップRef.570(ステンレススティール製)、落札価格:106万6800ドル(日本円で約1億5460万円)。Image courtesy of Phillips.
サザビーズ ニューヨークオークション-ロット46:1968年製ロレックス ポール・ニューマン デイトナ Ref.6241、落札価格:91万4400ドル(日本円で約1億3300万円)。Image courtesy of Sotheby's.
サザビーズ ニューヨークオークション-ロット45:1969年製ロレックス ポール・ニューマン デイトナ Ref.6263、落札価格:76万2000ドル(日本円で約1億1000万円)。Image courtesy of Sotheby's.
フレッシュ・トゥ・マーケット効果の本質とは、入札者に驚きを与えることにある。サザビーズ・ニューヨークのカタログでロレックスの“ポール・ニューマン”デイトナを見ても、いまさら驚く人はそう多くないかもしれない。そんななかRef.6263とRef.6241という2本のポール・ニューマンが、長らく低調気味だった市場において予想を上回る好成績を収めたのは意外と言っていい。ではなにがおこったのだろうか? まずRef.6241については、フィリップスでのパテック フィリップ カラトラバのケースと同じく、従来の基準を塗り替えるほどのコンディションがその価値を押し上げた。ポール・ニューマンはレアではあるが、真剣に探せば手に入らない時計ではない。しかし、真のトップコンディションの個体を見つけることは極めて難しい。このRef.6241は、エッジの立ったケースに正しいパーツ構成といった条件を満たしていることに加え、インダイヤルが“トロピカル”に変化したブラウンであった。この点が、このRef.6241の魅力を決定的なものにした。結果、91万4400ドル(日本円で約1億3300万円)で落札され、ステンレススティール製のRef.6241ポール・ニューマンとしてはパブリックオークションでの最高記録を打ち立てた。
一方でその弟分ともいえるRef.6263、いわゆる“パンダ”ニューマンは、直前のロットで76万2000ドル(日本円で約1億1000万円)で落札された。個人的にも思い入れがあり、ずっと市場の動向を注視しているリファレンスだけに(詳しくは過去記事を参照)、サザビーズのカタログでオリジナルオーナーの手元から市場へ初登場したこの個体を見つけたときは本当にうれしかった。すべての条件を満たしたオイスター ポール・ニューマンが今もなお、市場で正当に評価されているのを見るのは喜ばしい限りだ。
クリスティーズ ニューヨークオークション-ロット71:1958年製ロレックス エクスプローラー Ref.6610、落札価格:4万320ドル(日本円で約580万円)。 Image courtesy of Christie's.
ヴィンテージのロレックス スポーツモデルの市場がやや不安定になっている昨今、クリスティーズもまた、このフレッシュ・トゥ・マーケット効果をうまく活用し、2本の初期エクスプローラー Ref.6610を売却した。2本ともアメリカ軍関係者が使用していた来歴付きの個体だった。1955年製の“レッドデプス”ダイヤルを備えたファイエット・L・ワージントン(Fayette L. Worthington)中佐のモデルは少し高値となる5万400ドル(日本円で約730万円)で落札され、1958年製のアルフレッド・N・ラトレル(Alfred N. Luttrell)中佐の個体も4万320ドル(日本円で約580万円)と健闘した。これらの時計はどちらも市場ではこれまで1度も見られなかったもので、クリスティーズは、オリジナルオーナーの写真や彼らがどのような人物だったのかを詳述したロットエッセイを通して、背景をていねいに説明する見事なプレゼンテーションを行った。2025年の今、ヴィンテージロレックスに興味を持つ入札者の関心を集めるチャンスは1度きりかもしれない。だからこそ今回のプレゼンテーションとストーリーテリングは、その点においても抜かりなく仕上げられていた。
2. パテック フィリップ Ref.3970に熱視線。それ以上の熱狂も
この10年近くにわたり、パテック フィリップパーペチュアルカレンダー・クロノグラフ Ref.5970は、コレクターたちの寵愛を一身に受けてきた。“最後のレマニア”と称され、HODINKEEでも何度も何度もその魅力を語ってきた(もちろん私も!)。しかしここ数年、コレクター界隈での潮流に変化が訪れている。この流れはRef.5970の兄弟機にあたるRef.3970に向かいつつある。カーラ・バレット(Cara Barrett)はこの動きを先取りし、2018年には全バリエーションを詳細に解説し、なぜこのリファレンスにもっと注目すべきなのかを説いていた(やあ、カーラ)。おそらく、コレクターの注目がRef.3970へと移りつつあることについて1本の記事にする価値がある(近いうちに取り組むつもりだ!)が、まずは現在の市場のスナップショットを見てみよう。
クリスティーズ ジュネーブオークション-ロット54:2007年製パテック フィリップRef.5004EG-028、落札価格:104万6423ドル(日本円で約1億5000万円)。 Image courtesy of Christie's.
上位の事例としては、クリスティーズがジュネーブで出品した2007年製のスペシャルオーダーによるホワイトゴールド製Ref.3970EG-028がある。これは104万6423ドル(日本円で約1億5000万円)で落札され、同リファレンスとしてのオークション記録を更新した。それ以前の“最高額”は、エリック・クラプトン(Eric Clapton)氏が所有していたスペシャルオーダーのサーモンダイヤル仕様のRef.3970EGで、2021年に78万4619ドル(日本円で約8600万円)で落札されている。正直に言えばクラプトンの時計のほうが見どころは多かったが、過去数カ月でプラチナ製の第2世代Ref.3970が3本、オークションに登場している。これはすでに確認されている個体が十数本とされる希少モデルだ。フィリップス・ジュネーブでは57万1038ドル(日本円で約8300万円)を記録し、クリスティーズ 香港では41万7849ドル(日本円で約6000万円)、フィリップス 香港では38万9185ドル(日本円で約5600万円、こちらはコンディションにやや難ありで価格に影響)を記録した。参考までに、同じモデルの優れたコンディションの個体は、2022年にフィリップス・ジュネーブで21万5062ドル(日本円で約2600万円)で落札されていた。現在の価格急騰は、スペシャルオーダー品、第1世代、第2世代のモデルに集中しているが、ほぼすべてのRef.3970が3年前よりも大幅に値上がりしている状況だ。
フィリップス ニューヨークオークション-ロット115:1998年製パテック フィリップRef.5004P-021、落札価格:38万1000ドル(日本円で約5600万円)。Image courtesy of Phillips.
Ref.3970と密接な関係にあり、複雑機構を備えるもうひとつのパテックフィリップとしてRef.5004がある。こちらは(Ref.3970に)スプリットセコンド機能を追加したもので、実質的には同一のモデルである。かつてRef.3970の標準価格は7万ドルを切ることもあったが、Ref.5004は常に、そして今後もずっと非常に高価な時計であり続けるだろう。とはいえ、複雑機構を備える36mmサイズのパテックフィリップに注目が集まる現在、Ref.5004も少しばかりその追い風に乗っているようだ。たとえば最も一般的なバリエーションであるRef.5004P-021が、先週末のフィリップスで38万1000ドル(日本円で約5500万円)で落札され、事前の上限予想を上回った。これは昨年11月、サザビーズで同様の個体が26万366ドル(日本円で約3700万円)で落札されたことと比べても、明らかに上昇傾向を示している。
3. F.P.ジュルヌとジュルヌにまつわるブランドが絶好調
いまやF.P.ジュルヌはどの大手オークションハウスのカタログにも欠かせない存在となっているが、細かく市場を追っていた人なら約2年前に1度ピークを迎えていたことに気づいていたかもしれない。誤解のないように言っておくと、近年も価格は高水準を維持していることは確かだ。しかし、以前のような右肩上がりの勢いはやや落ち着き、より標準的なジュルヌモデルは比較的安定した価格帯に収まっている。たとえば、クロノメーター・ブルーを現在の一般市場で購入しようとすれば、価格はおおよそ10万ドル(日本円で約1450万円)前後。この水準はしばらく変わっておらず、2021年当時の4万〜6万ドル(日本円で約440~660万円)の相場とは対照的である。
フィリップス ニューヨークオークション-ロット8:2014年製F.P.ジュルヌ トゥールビヨン・アニバーサリー・ヒストリー “T30”、落札価格:88万9000ドル(日本円で約9780万円)。 Image courtesy of Phillips.
今、最も注目されているのはブランド初期の真に“特別な”作品や、ジュルヌに関係した他ブランドの時計、あるいは歴代の限定モデルだ。コレクターたちはどのモデルやバリエーションを狙うかについて、ますます目が肥えてきている。たとえばT30、トゥールビヨン・アニバーサリー・ヒストリーを見てみよう。これは、フランソワ・ポール・ジュルヌ(François-Paul Journe)氏が初めて製作したトゥールビヨン懐中時計の完成から30周年を記念して、2014年に99本限定で製作されたモデルだ。
一例ではあるが、このモデルこそが過去5年間のマーケットにおけるジュルヌを象徴する存在なのではないだろうか。2021年には、フィリップスで52万9200ドル(当時のレートで約5820万円)という価格で落札され、ブランドの人気は頂点に達していた。しかし翌2023年5月にはやや落ち着きを見せ、サザビーズ・ジュネーブでは30万7973ドル(当時のレートでで約4300万円)に、そして先週土曜日のフィリップス・ニューヨークでは再び白熱した入札が繰り広げられ、88万9000ドル(日本円で約1億2900万円)で落札された。
クリスティーズ ニューヨークオークション-ロット19:2010年代製F.P.ジュルヌ オクタ・カレンダー “ブラックレーベル”、落札価格:45万3600ドル(日本円で約6570万円)。Image courtesy of Christie's.
今シーズンに落札された“特別な”F.P.ジュルヌは、ほかにも以下のようなものがある。クリスティーズ・ニューヨークにてオクタ・カレンダー “ブラックレーベル”が45万3600ドル(日本円で約6570万円)を記録し、フィリップス・ニューヨークにてスモーク仕上げのサファイア風防を備えたレペティション・スヴランが68万5800ドル(日本円で約9940万円)を記録。そして、フィリップス・ジュネーブにてトゥールビヨン・スヴラン“ルビーハート”が198万4475ドル(日本円で約2億8750万円)を記録した。
4. 正統派ヴィンテージのオーデマ ピゲに、ようやく陽が当たりはじめたかもしれない
ここから少し、本物のヴィンテージウォッチマニアの領域に踏み込んでみよう。ここがそういう話をしても大丈夫な場所であることを願いたい。1970年以前に製造されたヴィンテージのオーデマ ピゲは、時計としての完成度の高さで言えばほぼ究極の域にある。この時代、オーデマ ピゲはコンプリケーションからジャンピングアワーのようなエレガントなタイムオンリー(時刻表示のみ)ピースに至るまで、ごく少量しか製造しておらず、しかもその品質は驚異的なレベルに達していた。
クリスティーズ ニューヨークオークション-ロット30:1927年製オーデマ ピゲ コンプリートカレンダー(イエローゴールド製)、落札価格:11万9700ドル(日本円で約1700万円)。 Image courtesy of Christie's.
モナコ・レジェンド・グループ ルガーノオークション-ロット113:1931年製オーデマ ピゲ コンプリートカレンダー(ホワイトゴールド製)、落札価格:40万3431ドル(日本円で約5840万円)。Image courtesy of Monaco Legend Group.
モナコ・レジェンド・グループ ルガーノオークション-ロット113:1943年製オーデマ ピゲ “ワールドタイム”(イエローゴールド製)、落札価格:24万3581ドル(日本円で約3520万円)。Image courtesy of Monaco Legend Group.
今年5月、主要オークションハウスの枠外で最初の兆しが現れた。ドイツ、マンハイムのドクタークロット(Dr. Crott)が、ホワイトゴールド製レクタンギュラーケースのジャンピングアワーウォッチを出品。コンディションにはやや難が見られたが、想定落札価格4500〜2万2500ドル(日本円で約65万~326万円)を大きく超える5万9065ドル(日本円で約860万円)で落札された。続いて先週、スイス、ルガーノにて開催されたモナコ・レジェンド・グループの最初のオークションでは、“真の”ヴィンテージAPがまとめて出品された。そのなかでも特に目を引いたのは次の2本だ。ひとつは1943年製のバルジュー製ムーブメントcal.13 VZASを搭載したタイムオンリーモデルにワールドタイム表示を備えたもので、これは24万3581ドル(日本円で約3520万円)で落札されている。そしてもうひとつは1931年製、盛り上がったエナメルダイヤルを備えたレクタンギュラー型のカレンダー搭載モデルで、これは40万3431ドル(日本円で約5840万円)で落札された。どちらも価格に見合うだけの価値を備えた素晴らしい時計だったが、それでもこの結果は驚きだった。
これら3本の結果を受け、私はクリスティーズ・ニューヨークのロット30を注視していた。この1927年製のコンプリートカレンダーは、モナコ・レジェンド・グループのものほどの希少性はないが、レストアなしのオリジナルコンデションであることを明確に提示した個体だった。最終的にこの時計は、10万ドルの上限予想を上回る11万9700ドル(日本円で約1700万円)で落札された。こうした流れを目の当たりにして、ようやく口にできるタイミングが来た気がする。初期のAPの腕時計は、ついに正当な評価を受けはじめたのではないだろうか?
5. ヴィンテージ カルティエと少し風変りなドレスウォッチ“ブーム”は、まだまだ終わらない
カルティエのヴィンテージや風変わりなドレスウォッチのブームが一時的な流行であること期待していた人がいたなら、その思いを改める時が来たかもしれない。コレクターたちは今もなお、希少でデザイン性が高く、日常使いしやすいサイズ感のモデルを熱心に追い求めている。とりわけ、ジュエリーと時計の境界線上にあるような作品に注目が集まっている。かつては美意識の高い一部の人々によるニッチな関心事と見られていたこのカテゴリーだが、今シーズンではほぼすべてのオークションカタログに共通するテーマになりつつある。
フィリップス ニューヨークオークション-ロット38:1978年製カルティエ バンブー “ジャンボ” Ref.78102、落札価格:17万7800ドル(日本円で約2580万円)。Image courtesy of Phillips.
まずは、この潮流の中心にあるカルティエから見ていこう。たとえばバンブー(フィリップス・ニューヨークにて、17万7800ドル、日本円で約2580万円で落札)や、ユニークピースのWG製クロシュ ドゥ カルティエ(クリスティーズ・ニューヨーク、18万9000ドル、日本円で2730万円)は、いずれも予想を大きく上回る落札結果となった。フィリップスはまた、1970年代製のブラックダイヤル仕様のタンク ルイ カルティエも出品。このバリエーションは私にとっても新発見だったが、8万3820ドル(日本円で約1200万円)という高額で落札され、こちらも想定落札価格を大きく超えた。正直なところ、さらに高値が付くかもしれないとも思っていた。
私はカルティエ熱に少々浮かされているのかもしれない。見逃していた人もいるだろうが、特に重要だったのはクリスティーズ・ジュネーブにて出品された、1929年製タンク オビュ サボネット。この時計は6万9300ドル(日本円で約1000万円)で落札されたが、同時代のほかのモデルと比べても遥かに早い時期に製造されており、ブランドが年間100本程度しか時計を作っていなかった時代のものであること、そしてオリジナルコンディションと真の希少性から、特に注目に値する1本であった。
クリスティーズ ニューヨークオークション-ロット77:1996年製カルティエ クロシュ ユニークピース、落札価格:18万9000ドル(日本円で約2730万円)。Image courtesy of Christie's.
サザビーズ ニューヨークオークション-ロット77:1969年製ブレゲ エンパイア、落札価格:10万7950ドル(日本円で約1560万円)。Image courtesy of Sotheby's.
フィリップス ニューヨークオークション-ロット133:1980年代製ブルガリ セルペンティ トゥボガス、落札価格:17万180ドル(日本円で約2470万円)。Image courtesy of Phillips.
カルティエ以外でも、洒落ていて少し風変りな美意識はあちこちに浸透しており、目覚ましい結果につながっている。サザビーズ・ニューヨークでは、ブレゲ エンパイアが10万7950ドル(日本円で約1560万円)で落札され、同モデルとしては記録的な結果となった。また、ジェムをセットしたオーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダーとしてはこれまでに見たことがない価格で落札されたのが、クリスティーズ・ジュネーブに出品されたエメラルド装飾モデルで、落札価格は70万2598ドル(日本円で約1億190万円)であった。そのほかにも、パテック フィリップのイエローゴールド製シークレットウォッチがクリスティーズ・ニューヨークで5万2920ドル(日本円で約770万円)、そしておそらくユニークピースと見られるブルガリ セルペンティ トゥボガスがフィリップス・ニューヨークで17万180ドル(日本円で約2470万円)という価格で落札された。こうした結果は、彫刻的で造形美に富んだ時計への強い需要が現実に存在していることを裏付けている。
6. ドゥ・ベトゥーンを買うのに今は“最高”か? それとも“最悪”か?
これは、“今はドゥ・ベトゥーンを買う最高のタイミングか、それとも最悪のタイミングか?”というHODINKEE的な議論の縮小版ともいえる内容だ。今シーズン、クリスティーズとサザビーズではオンラインがまだオークションが続いているが、それらを含めてこの3カ月間で合計36本のドゥ・ベトゥーンが主要オークションハウスから出品されている。年間に数百本しか生産しない比較的若いブランドにしては、これはかなり多い数字だ。
オークションハウスのチームもその点には敬意を表したい。ほとんどの個体に買い手を見つけることに成功している。実際、36本中32本が落札されており、その多くは想定落札価格の下限から中間あたりでの落札だった。落札されずに終わったのはわずか4本のみだ。とはいえ、いずれの個体も大幅に上振れするような、圧倒的な結果はなかった。私自身、いくつかのオークション会場に足を運んだが、入札の盛り上がりには欠けていたという印象だ。もちろん、ドゥ・ベトゥーンには真剣なコレクターが存在するのは間違いない。だが、こうしたブランドにとって1度に大量の個体が市場に出ると、消化しきれないという市場の現実もある。しかもこうした動きを受けたタイミングで、長年CEOを務めていたピエール・ジャック(Pierre Jacques)氏が辞任したばかりだ。ドゥ・ベトゥーンのセカンダリーマーケットでの動向は、今後ますます注視すべき対象となるだろう。
要するに、もしあなたが以前からドゥ・ベトゥーンを狙っていたのであれば、今は購入にとって絶好の機会ということになるだろう。しかし次の数シーズンのオークション結果には注意が必要だ。仮にこのまま、大量出品と“可もなく不可もない”結果が続けば、時計界全体におけるドゥ・ベトゥーンというブランドの見られ方そのものが変わってしまう可能性もあるだろう。
今シーズンのドゥ・ベトゥーンは落札されなかった。2015年製DB28 グランドスポーツ・カリフォルニアの限定5本。同じくクリスティーズ・ジュネーブで、想定落札価格4万7457〜9万4914ドル(日本円で約680万~1370万円)が付けられていた。 Image courtesy of Christie's.
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