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発音が難しい名前の時計は、売上に悪影響を与えるか?

舌を噛んでしまいそうな名の付いた時計ブランドの考察。

 私は常々、時計ブランドの名前が売れ行きにどのような影響を与えるのか、ほかの要素は抜きにして疑問に思ってきた。もちろん、ほかの要素を無視することはできないが、時計ブランドの名前が、まったく重要でないとは必ずしも思わない。ニューヨークのマディソン・アベニューの一角にオフィスを構えるにふさわしいマーケティングのプロなら、名付けを間違えると出だしから失敗する、と言うだろう。同時にロレックスが平凡な時計を作っていたら、これほどまでに成功したとはとても思えない。しかし、高級時計の国際市場でシェアを極大化しようとするならば、シンプルでキャッチーな名を持つにこしたことはないだろう。特にどんな言語でも発音しやすい名前ならなおさらである。

Rolex founder Hans Wilsdorf

ロレックス創立者、ハンス・ウィルスドルフ

 その単純明快さとは裏腹に、ネーミングが決まるまでは一朝一夕とはいかないもののようだ。ハンス・ウィルスドルフ(Hans Wilsdorf)は1908年にこの名前を考案し、「あらゆる方法でアルファベットの文字を組み合わせてみました。その結果、100ほどの名前が生まれましたが、どれもしっくりきませんでした。ある朝、ロンドンのチープサイドを走っていた、当時は馬が引いていた2階建てバスの上階に座っていたとき、精霊が私の耳元で囁いたのです。“ロレックス”と。この実りある旅の数日後、ロレックスブランドの商標を出願し、スイスのウィルスドルフ&デイビス社によって正式に登録されたのです。」と1958年に語っている。 ウィルスドルフは、ロワルトコ(Rowaltco)やホーフェックス(Hofex)など、ほかの名前も登録したようだ。もし、状況が違っていたら、私たちは皆、ロワルトコ サブマリーナーのキャンセル待ちをしようとしていたかもしれないが、それは今さら賭けようもないことである。

 タイメックスという名前は、ロレックスの成功を拝借したスピンオフのようなものだとばかり思っていたが、これは検証されていない思い込みは危険だということを示している。現実は、私が思っていたよりも奇妙なのだ。2018年にハートフォード・クーラント(Hartford Courant)は次のように報じている。

 「タイメックスの名前は時間、ひいては時計に由来していると思うかもしれません。でも、それは間違いです。実はタイム誌のタイムとトイレットペーパーのクリネックスの混成語なのです」

 そう語るのは、タイメックスグループ会長のフレッド・オルセン(Fred Olsen)氏で、2015年のフォーチュン誌のインタビューにこう答えている。オルセンの父親であるトーマス・オルセンは、1941年に後にタイメックスとなるウォーターベリー時計会社の株式の過半数を取得し、タイメックスという名前を思いついたという。フレッド・オルセンはフォーチュン誌に、言葉遊びが好きだった父がタイム誌を愛読し、トイレットペーパーのクリネックスを贔屓にしていたと語っている。もし彼がヴァニティ・フェアー誌Puffsのティッシュを愛用していたなら、私たちは皆、スタイリッシュで手ごろ頃な価格の“ヴァニエール・パフス(VanairPuffs)”の時計づくりを賞賛していたことだろう。ただし、そんな名前の時計を誰が買うというのだろうか?

 名前は、発音が難しすぎたり、何かに似ていたり、ブランドとその時計とのあいだのイメージの不一致を思わせたりすると、問題になることがある。このような反応は、あるレベルでは幼稚であり、誰かを侮辱するために名前から作られた言葉遊びのようなものだが(若い頃、“ジャッカス”や“ハイジャック”と頻繁に呼ばれたことがある人間として言っておきたい)、それが現実になくなることはない。パルミジャーニ・フルリエは、世界で最も高貴でエレガントな時計を作っているが、米国の大多数の人々にとって、その名前を聞いて“クラフト”と書かれた緑色のすりおろしチーズの缶を思い浮かべずにいることは不可能だろう。これは不公平なことだ。このブランドは優れたブランドというだけでなく、優れた人物の名前でもあるのだが、『許されざる者』のクリント・イーストウッド(Clint Eastwood)の言葉を借りれば、“お前にフェアは値しない”のである(パルミジャーニの現CEOであるグイド・テレーニ(Guido Terreni)は、トンダPFコレクションの新作のダイヤルからこのフルネームを消してしまった)。

 『リメス(Limes)』というドイツの時計ブランドがあり、非常に良質な時計をリーズナブルな価格で作っているが、もちろん英語圏ではその名前を聞けば、カクテルの付け合わせとして人気の高いあるフルーツ(ライム)を思い浮かべないわけにはいかないだろう。私は、もしこの時計を買ったら、楽しむよりも「リメス」と発音することを説明するのに時間がかかりそうだといつも危惧していた。

 セイコーもまた、世界に通用するネーミングのブランドである。1892年に服部金太郎が精工舎というブランド名で時計を作り始め、1924年にセイコーに短縮された。もちろん精工舎という名前に特に問題はないのだが、セイコーには簡潔さ、明快さ、一種の現代性があることは間違いなく、それはカシオやシチズンにも通じるものだ。

 私が初めて発音が何も知らない初心者と彼らが愛する時計とのあいだに立ちはだかる壁を知ったのは、私の最初の時計体験、26番街のフリーマーケットでジャガー・ルクルトのヴィンテージウォッチを売っていたフランス人との会話のなかで、ブランド名の発音を間違えてしまったことだ(「ジャガー」ではなく「イェーガー」と言ってしまい、ナポレオン・ボナパルトの功績になるようなフランスの栄光についての講義を受ける羽目になった)。私が今まで聞いたなかで一番好きな発音は、ルーニー・テューンズ(Loony Tunes)のアニメキャラクターの名前に何となく似ている「イェイイェイ・レイクート」だ。

 ジャガー・ルクルトは、その歴史と業績にふさわしい幅広い敬意を払われていないと常々感じている。そもそもアメリカでは、時計に詳しくない人が名前を挙げられる時計ブランドは、ロレックスとタイメックスだけであり、名前がどれだけ関係しているのか疑問に思っている。アメリカ人にとって、フランス語が話せる人にフランス語の発音の誤りを指摘されるなど、教養のない田舎者のように扱われるリスクほど嫌なものはない。

 フランスは文化主義であり、その奥深さ、歴史、そして不可解な複雑さは威圧感を与えることがある(目利きを意味するコノサー(connoisseur)という単語がフランス語であるのも、そのためだ)。フランス人ですら、ニュアンスや多様性、微細な特徴に圧倒されることがある。「246種類ものチーズがある国を統治するのは難しい」と言ったのは、フランス人の政治家シャルル・ド・ゴール(Charles de Gaulle)であった。

 この敷居の高さは、フランス語読みのラグジュアリーに限ったことではない。A.ランゲ&ゾーネをザクセン地方の発音に近い形で発音するのは難しいが、「エイ・ラング・アンド・ソーン」とすれば、それほど違和感なく発音できる(本当は「ラング」だけでいいが)。

 時には、ブランド自身が単純化することもある。シャフハウゼンのインターナショナル・ウォッチ・カンパニーが、あらゆる人々にIWCと呼ばれているように。

Cory Richards wearing Vacheron Constantin's Overseas watch on the slopes of Mt. Everest

登山家、探検家、写真家のコーリー・リチャーズ(Cory Richards)がエベレストでヴァシュロンを着用。

 ユーグ・ド・パン(Hugues de Pins)は、私がこれまで会ったなかで最も教養があり、物腰の柔らかい紳士的な時計ブランドの経営者のひとりだ。現在はヴァンクリーフ&アーペルの東南アジア・オセアニアのマネージングディレクターだが、ヴァシュロン・コンスタンタンのアメリカ社長を数年務めた人物でもある。ヴァシュロン・コンスタンタンの社名は、1870年代に知られていた“ヴァシュロン&コンスタンタン・ファブリカント・ジュネーブ(Vacheron& Constantin, Fabricants, Geneve)”から長さも複雑さも省かれたものの、それでもフランス語の素養がない人にとっては発音が難解である。彼はニューヨークのヴァシュロンに入社したころ、“私は誰も発音できない名前の時計ブランドの社長だ”とよく冗談を飛ばしていた。

 私がHODINKEEに入社し、初めて高級時計を扱う人たちと一緒に仕事をするようになったとき、何人かの同僚がいかに苦労していたかを覚えている。まるで、どんなカルマを積めば、その名前を口にしなければならない仕事に就くことができるのかと考えているかのように、デスクに座って何度も何度も「ヴァシュロン・コンスタンタン」と発音しようとしていた(最終的には“VC”に落ち着いたが)。

 私も、もし自分が時計ブランドを立ち上げるとしたら、どんな名前にしようかと時折、夢想することがある。フォースターウォッチは当たり前すぎるし、フォーステックスもありきたりだ。ジャックウォッチのダメさ加減は計り知れないほどだ。どうにかしてフランス風にしてみたい気もするが、ジャック・オロロジュリーは鳥肌が立つ感じがするし、JF Watchesは逃げ腰な感じがする。時計ブランドを立ち上げることは名前を考える以上にさまざまな参入障壁があることは承知の上だが、頭の体操としていい時計ブランド名を考えただけでも、ロレックスのシンプルなネーミングセンスに改めて敬意を表さざるを得ないし、我々は今日ウィルスドルフ氏がロワルトコと名付けなかったことに感謝することだろう。

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