グルーベル・フォルセイのラ・ショー・ド・フォンにある本社兼自宅は、スイス時計産業界で最も魅力的な建物のひとつである。建物の中心は17世紀に建てられた農家で、2007年に創業者のロバート・グルーベル氏とステファン・フォルセイ氏が購入したものだ。2000年代後半から2010年代前半にかけて、2人は徐々に建物を拡張し、かつては趣のあった木造の家の脇に、ガラス張りの背の高いモダニズム建築のアトリエを併設する現在の姿に至った。
数年前にグルーベル・フォルセイのマニュファクチュール工房を訪れたとき、建物のふたつの部分のデザインがあまりにもチグハグだったことに驚かされた。一方は現代の高級時計メーカーにふさわしいクリーンルームを備え、もう一方は丹念に修復された築300年の原始的な農家だったからだ。片方の仕事場の壁が突き刺さった棘のように見えるが、時計師、職人、事務・マーケティング担当の社員が、1日中この隔たりのないふたつの建屋を行き来している。
つまりこの建物は、グルーベル・フォルセイの時計が占めるふたつの世界を強調するために、意図的に作られたものなのだ。ひとつはフィリップ・デュフォー氏も愛用する伝統的な装飾の手法、もうひとつは時計工学におけるアバンギャルドでアグレッシブな要素であり、今世紀に入ってからのスイス時計界においてグルーベル・フォルセイほどこの点において卓越した存在はない。このふたつの側面があるからこそ、グルーベル・フォルセイの時計は一貫して卓越したものとなっており、それはグルーベル・フォルセイの社屋にも明確に表れている。
それで納得したのが、グルーベル・フォルセイが今一度“構造”に焦点をあてたトゥールビヨン 24セカンド アーキテクチャを先日発表したことである。これは同社にとってまったく新しいタイプのケースデザインであり、また、いくつかの見慣れた要素を持ちながらも新しいムーブメントを搭載した新しいタイムピースに仕上がっている。
トゥールビヨン 24セカンド アーキテクチャは、新CEOのアントニオ・カルチェ(Antonio Calce)氏が就任してから1年半で徐々に定着してきたグルーベル・フォルセイの新しい時代の幕開けを象徴している。そのあいだに、さまざまな戦略的転換や構造改革が敢行されたが、その多くが今回の新作に盛り込まれている。
例えば、2006年にリシュモンが取得した20%の株式を含む、社外保有株式の買い戻しに成功したことは、今年に入ってからのグルーベル・フォルセイの一大ニュースだ。現在では、創業者のロバート・グルーベル氏とステファン・フォルセイ氏、そして新CEOのカルチェ氏の3人が、この会社の所有権を持ち合っている。
グルーベル・フォルセイの新作には、エキゾチックレザーではなく、植物由来のストラップのみを使用することを決定するなど、注目すべき動向もある。また、新作では貴金属を使用せず、軽量なチタンを使用した“コンベックスコレクション”を新たに立ち上げるなど、その変貌は顕著である。もうひとつの成果は、年間生産本数を増やすことだ。グルーベル・フォルセイは、2022年に史上初めて年産200本を達成する予定である。
トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャは、数年前までは考えられなかったような、新しい美の世界を実現した作品だ。チタン製ケースに、ムーブメントを覗くための窓となるサファイアクリスタルのインサートをいくつも備えている。グルーベル・フォルセイは、2007年以来、さまざまなモデルのミドルケースに小さなサファイアクリスタルの開口部を実験的に設置してきたが、このトゥールビヨン 24セコンドでは、(フルサファイアクリスタルケース以外では)初めて時計の外周全体を露出させ、あらゆる角度からムーブメントを眺めることができるようになった。
数週間前にこの時計を実際に見たとき、ミドルケースの6時位置にあるサファイアクリスタル製の開口部から見える、新しい3次元の“可変ジオメトリー”デザインのラグのあいだに配置された、グルーベル独自開発の24秒周回トゥールビヨンの高速動作をこれまでにない角度で常時眺めることができ、私は特にこの部分に魅了された。
ケース形状は、チタンとサファイアクリスタルを単純に組み合わせただけのデザインではなく、より複雑なものとなっている。グルーベル・フォルセイはこのケース形状を“コニカル フラスタム(conical frustum)”と表現しているが、これは大学レベルの幾何学の精緻な表現で、ランプシェードのように先端が欠けた中空の円錐(えんすい)のような形をしているといえばわかりやすいだろうか。この凸型の形状は、人間工学に基づく装着感を高めるために開発されたものだが、ここで本当に興味深いのは、ノギスを取り出して時計の測定を開始したときだ。トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャのケースは劇的に反転した形状をもつため、ベゼル幅(45mm)だけを測定した場合よりも、ケースバックの直径を単独で測定すると2mm近く(47.05mm)も大きくなっている。このデザインの利点は、快適なつけ心地(チタンを使用しているため軽量)と、寸法から想像するよりも腕に装着したときにコンパクトに見えることだ(最厚部は16.8mmと記載されている)。従来のトゥールビヨン 24セコンドとは異なり、腕に食い込むような球状のトゥールビヨン窓がないのもありがたい点だ。
ムーブメントの説明に入る前に、トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャについて、ほかのいくつかの審美面の違いを指摘しておきたいと思う。特に注目すべきは、ローターやミドルケース、ケースバックなどに記載されるブランド名のフォントを一新している点だ。トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャは、これまで使用してきたサンセリフ体のタイポグラフィーではなく、明らかにSFの世界にインスパイアされたフォントを採用しており、このような異端的デザインの時計にふさわしい選択といえるだろう。
また、このモデルでグルーベル・フォルセイが掲げるモットーも変更され、ベゼルの内側に短い一語が配置されるようになった。“イノベーション”、“パッション”、“サイエンス”などが新たに加わったようだが、正直なところ、以前からあった“Noblesse Esthétique(高い美意識)”、“Oeuvre Unique(ユニークな作品)”といった大仰なフランス語のフレーズには失笑を禁じ得なかった。この新しいブレードランナー風のフォントは、トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャの未来志向の美学とうまく調和していると思うが、今後リリースされるすべてのグルーベル・フォルセイの作品とは同じようにうまく調和するとは思えないため、今後その採用を柔軟に取捨選択することを願っている(トライポフォビア〈ハスの実が入っている穴や、蜂の巣に対して抱く集合体恐怖症〉を誘発するような香箱の表と裏にある模様は、このタイポが緩和しているのではあるが)。
トゥールビヨン24セコンド アーキテクチャは、ムーブメントとダイヤルが一体化したモデルだ。この時計にはダイヤルがなく、ムーブメントのフレームワークを構成する山、谷、そして構造体が立体的に配置されているだけだ。時、分は中心部にセットされたポリッシュ仕上げのスティール製の針で表示され、サファイアクリスタルの膨らみに合わせて手作業でカーブが施されている。針はミドルケースの外周に取り付けられた、夜光塗料を塗布した12個の小さな四角形のインデックスによって時刻を表示する。8時位置付近にあるシリンダー上に浮かぶように見える小さなインダイヤルは、大きめの赤い三角形のスモールセコンド表示だ。
さらに、中央の2針を支える3本脚のブリッジの復活は、真下にある高速回転するトゥールビヨンに対し、この時計の主要な計時能力の存在を強調するために必要な視覚的重厚感を与えていることにも、私は興奮を覚えた。中央の2針を支えるこの3本脚ブリッジは、かつてはグルーベル・フォルセイを代表するビジュアル要素だったが、先日発表されたモデルとまもなく生産終了となるバランシエール・コンテンポランを除き、時間の経過とともにコレクションからほぼ姿を消していた。しかし多くのグルーベル・フォルセイのタイムピースと同様、トゥールビヨンは常にメインアトラクションであり続けるだろう。
この新作に採用された調整機構は、トゥールビヨン24セコンドという名前にその存在が示されたとおりだ。2007年に発表されたこのモデルは、ロバート・グルーベル氏とステファン・フォルセイ氏が、2004年にブランドを立ち上げて初代ダブルトゥービヨン30°をリリースしたあと、グルーベル・フォルセイのブランドのもと手がけた初期の作品のひとつである。
その名のとおり、トゥールビヨン 24セコンドは通常のトゥールビヨンよりもはるかに速く動き、60秒ではなく24秒で1周する。また、トゥールビヨンの機構は垂直軸に対して25度傾斜している。トゥールビヨンとは、ご存じのとおり、ヒゲゼンマイと脱進機を収めたケージが重力による等時性の影響を緩和するため、常時回転する機構である。220年以上前にブレゲが懐中時計のために開発した機構であるため、現代では腕時計にトゥールビヨンは不要とされがちだ。しかしグルーベル・フォルセイは、トゥールビヨンが腕時計の精度に大きな影響を与えることができると確信している。トゥールビヨンに何らかの形で手を加え、操作すればよいのである。これは創業以来、同社が積み重ねてきた創業の理念でもある。
傾斜型24セコンド トゥールビヨンのコンセプトは、実は比較的単純なものだ。グルーベル・フォルセイのチームはトゥールビヨンを高速で動作させ、わずかに傾斜させることで調速機構の位置のばらつきという最も重要な問題の多くを解決できると判断した。そして、それは事実であった。わずかな傾斜で配置すると、トゥールビヨンは垂直または水平に配置した場合と比べ、負荷がかからないからだ。そして、より速いペースで動作することで、調速機構の個々の部品が重力の影響を受けやすい位置に置かれる時間が少なくなる(19世紀アメリカの時計師アルバート・ポッターをはじめ、傾斜テンプやトゥールビヨンの実験を行った時計師はほかにもいたが、グルーベル・フォルセイのように完璧に完成させた者はいなかった)。
トゥールビヨンは6時位置の大きなチタン製のブリッジに固定されており、鏡面仕上げが施された滑らかで美しい仕上がりで、無理のあるラインやアングルはまったくない。このブリッジを手作業で磨き上げるには15時間かかるという。ダイヤル左上の香箱を支えているのは、同じように滑らかなポリッシュ仕上げを施した、さらに大きなフォーク状のブリッジだ。これらのブリッジがムーブメントのほかの部分より盛り上がっている様子は、まるでピンボールのバンパーを思わせ、小さな金属球がムーブメントの周りをぐるぐると回っている様子が目に浮かぶようだ。香箱はカバーの後ろに隠れているが、この部分が非常に充実しているのは、その下に合計3つの直列配置された香箱が積み重なっており、完全に巻き上げると90時間のパワーリザーブを確保するからである。
そして、トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャの最後の機能であるパワーリザーブインジケーターへと話題を移そう。パワーリザーブインジケーターは3時位置にあり、独自のチタン製ブリッジで支えられている。赤い三角形は、下側の円錐形ディスクの目盛りに表示されているパワーリザーブの残量を示している。
トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャは、あらゆる面で手作業による徹底的な装飾が施されている。トゥールビヨンと香箱のための大きなブリッジには? このような仕上げレベルを実現するために、一人の人間が何日もチタンを磨き上げたのは間違いないだろう。この時計は多くのグルーベル・フォルセイの時計と同様、ダイヤルのどこを見てもルーペでじっくりと観察したくなるような美しさを湛える。私は特に右上のブリッジに施された仕上げの二面性に惹かれた。ブラックポリッシュのブリッジからフロスト仕上げのブリッジへの移行は予想外にドラマチックで、思わずそのディテールに見入ってしまったほどだ。
時計を裏返すと、グルーベル・フォルセイは典型的なシンプルな方法でムーブメントの裏側を表現している。ただし、トゥールビヨン 24 セコンド アーキテクチャのほかの部分とよりマッチするように、より未来的な外観に仕上げられている。ダイヤル側の装飾とは対照的に、裏側の主な受けはつや消し仕上げが施されているが、ディテールにはまだ多くのマジックが残されている。私はケースバックには、外周と内周合わせて少なくとも18ヵ所もの面取りが施されているのを確認した。
トゥールビヨン 24 セコンド アーキテクチャは、何百もの極小の部品とコンポーネントで構成されており、それぞれが複雑に設計、加工、エンジニアリングされ、互いに適合して機能するようになっている。その唯一の目的は、時間の経過を可能な限り正確に表現することだ。その目標を達成するためには、各時計メーカーの創意工夫が必要であり、多くの時計メーカーは伝統的なダイヤルやクローズドケースバックでその創造性を隠そうとする。しかしグルーベル・フォルセイでは、すべてをさらけ出すことを恐れず、何が見るに値するかを知っているのである。
トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャの価格は50万ドル(約6815万円)。2022年に11本、2023年から2025年までの3年間に毎年18本が製造され、合計65本が製造されたあと、正式に生産終了となる予定だ。
グルーベル・フォルセイとトゥールビヨン 24 セコンド アーキテクチャについての詳細は、公式Webサイトでご覧いただけます。
話題の記事
Second Opinions IWC ポルトギーゼ・エターナル・カレンダーを誤解していたかもしれない
HODINKEE Magazine Japan Edition, Volume 9
Happenings HODINKEE Japan × ポルシェスタジオ銀座イベント in 銀座【Hjp5】