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In-Depth IWCのドッペルクロノ Ref.3711について

複雑さを巧みに取り入れたIWC初のダブルクロノグラフは、現代のIWC パイロットウォッチコレクションの基礎を築き上げた。

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本稿は2018年5月に執筆された本国版の翻訳です。

時計を取材していたはじめの頃から、IWCの素晴らしさに感心していたことのひとつが、そのちぐはぐなところだった。IWCはどのようにして信頼性の高い複雑機構を、名のある高級時計ブランドで見られる数分の一の価格で提供し続けることができたのだろうか? やがて私が知ることになるのは、古くから存在する複雑機構にまったく異なる方法で取り組む才能を持った時計職人や技術者が、IWCには少なくないということだった。。IWCが映画やスポーツとの結びつきを持つマーケティング大国になるずっと前から、IWCは価値志向の愛好家向けブランドだったのだ。パーペチュアルカレンダー、スプリットセコンドクロノグラフ、さらにはグランドコンプリケーションまで、これらの複雑機構をすべて慎ましいバルジュー 7750をバックボーンに構築したのである。

 当時のIWCを率いていたのはレジェンドともいえるギュンター・ブリュームライン(Günter Blümlein)で、彼は時計愛好家が当然伝説とみなす時計職人たちのリストを参考にした。当時のIWCの特許に付けられた名前(ルノー、パピ、クラウス、そしてハブリング)をざっと見て欲しい。外野にいた私には、伝統的なウォッチメイキングのなか、経済的で簡素な進歩を遂げようという気風が会社に焼き付いているように思えた。これについてはブリュームラインだけでなく、IWCのパーペチュアルカレンダーを開発したクルト・クラウス(Kurt Klaus)氏にも感謝したい。またIWCの卒業生であり、現在は妻のマリアとともにオーストリアで時計製造会社を経営するリチャード・ハブリング(Richard Habring)氏にも賞賛を贈りたい。そんなリチャード・ハブリングが、今日のウォッチメイキングにもたらした最も重要な貢献である、IWC ドッペルクロノグラフについて掘り下げる。

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スプリットセコンドクロノグラフとは何か?

 スプリットセコンドクロノグラフは、一般的なクロノグラフにひとひねり加えたもので、それ自体が複雑なメカニズムを持つ。しかし通常のクロノグラフがひとつの物事を計時できるのに対し、スプリットセコンドクロノグラフは複数のイベント、または周回などその一部を、1度に計時することができる。iPhoneやデジタルクロノグラフウォッチの時代の今、これは非常にシンプルで簡単な操作に過ぎない。しかしそのような電子機器をもたらした技術の進歩以前は、そうではなかった。

 ダブルクロノグラフ、ラトラパンテ、ドッペルクロノグラフなど、さまざまな名称で知られるこの機構は、1831年にヨーゼフ・タデウス・ヴィナール(Joseph-Thaddäus Winnerl)が初期の形として初めて導入(彼はのちの1838年に、ハートカムを備えたスプリットセコンド機構を開発している)。1923年までに、パテック フィリップは腕時計に収まるサイズのものをつくった。今日に至るまで、パテックはRef.5959で世界最小のラトラパンテクロノグラフを製造している(編集注記:2023年現在はすでに生産していない)。

オーソドックスなスプリットセコンドクロノグラフの一例である、パテック フィリップ Ref.5959。

 スプリットセコンドクロノグラフは一般的に、従来のコラムホイール付きのクロノグラフをベースに機能する。ダイヤルを見ると、メインのクロノグラフ秒針とは別に独立して停止させることができる予備のクロノグラフ秒針がある。通常、専用のプッシャーを介してメインのクロノグラフ秒針に“追いつく”ことができる。これはすべて中央のクロノグラフホイールの真上に配置された追加のホイールからなる、繊細な機構によって実現している。追加のホイール、つまりスプリットセコンド用のホイールは、ふたつの爪のあいだに位置し、スプリットセコンドの外側と爪の内側に粗い面があることで、摩擦によって両表面間に迅速かつ確実な相互作用が生まれる(25セント硬貨をピンセットで摘み取っているところを想像して欲しい)。

スプリットセコンドクロノグラフムーブメントを、中央のスプリットセコンドホイールが挟み込んで停止させる。

 ふたつのホイールは互いに連結しており、クロノグラフが作動すると同じ方向に回転する。クロノグラフが停止すると一緒に停止し、クロノグラフをリセットすると両方のホイールも一緒にリセットされる。ふたつのホイールが独立して動くのは、スプリットセコンドプッシャーが作動しているときだけで、この際、爪がスプリットセコンドホイールを掴んで停止させ、メインクロノグラフは回転を続ける。ハートカムとローラーで構成される機構は、スプリットセコンドホイールの一種の“メモリー”として機能し、ボタンを押すだけで中央のクロノグラフホイールに瞬時に追いつくことができるのだ。

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IWCのダブルクロノグラフ

 IWCのほかのハイコンプリケーションの多くがそうであるように、IWC ドッペルの天才的な点は、ウォッチメイキングの最も困難なメカニズムのひとつである基盤を容易に入手できる(むしろありふれたと言う人もいるかもしれない)ムーブメントにしたことである。バルジュー 7750は最初から機械加工や組み立てが容易で、部品の互換性もある程度しやすいものに設計されていた。ハブリングの発明は、この哲学をラトラパンテの機能にも適用したことだ。IWCのスプリットセコンドは、クロノグラフとラトラパンテの両方にカムシステムを採用した最初の製品である。また、ハブリングが設計したモジュールは、この堅牢なエボーシュムーブメントを使用しているため、手に入れやすいスプリットセコンドのなかで最も耐久性が高く、耐衝撃性に優れている。その点については後ほど説明するが、オリジナルが製造されてから25年以上が経過した現在、IWCのCal.79230の耐衝撃性は驚くほど高いことが証明されている。

 IWCはこの複雑機構をセラミック、ゴールド、さらにはプラチナと、何度か繰り返し改良した。またポルトギーゼやインヂュニアといったさまざまなラインにも採用している。しかし今回紹介するモデルは、1992年初頭に発売されたオリジナルのステンレススティール製パイロットダブルクロノグラフ、Ref.3711だ。フリーガースタイルの、42mm径×17mm厚という大振りな時計で、磁場からムーブメントを保護するべくSS製のアウターケースに軟鉄製インナーケースを組み込んでいる。

 IWCのダブルクロノグラフは、この時計が考案・製造された1990年代初頭だったからこそ可能だった。この時代、必要な部品はCNCで確実に加工できたのである。完全工業化された、あるいは“大量生産された”最初のスプリットセコンド式クロノグラフでもあった。従来、このような機構は丹念につなぎ合わせ、非常に細かい公差まで手作業で調整しなければならなかったが、IWCのものは堅牢であり、機械の助けを借りて製造することができた。しかもそれだけではない。従来のスプリットセコンドクロノグラフの場合、ボタンを押し間違えたらその機能が停止するが、IWCのダブルクロノグラフの場合、何も考えていない6歳児に渡したとしても、キャリバーに影響を与えることなくボタンを押すことができる。

一般的なスタート/ストップボタンとリセットボタンがリューズの横に並ぶ。

その反対側には、スプリット用のプッシャーがある。

 ハブリングがバルジュー 7750ムーブメントに、スプリットセコンドモジュールを“改造”する際、直面した主な課題のひとつは、ひとつではなくふたつの中心軸をムーブメント全体に通すことであった。ハブリングによると、オリジナルの7750クロノグラフのセンターホイール軸の直径は0.5mmしかないが、このスペースをチューブと軸のために使わなければならなかった。このような薄いSSに穴をあけようとして失敗したあと、彼は昔の上司であるクルト・ケルバー(Kurt Kerber)に電話をし、医療用品店にある細い中空の皮下注射針を買ってプロトタイプを作ると提案をした。驚いたことに、それがうまくいったのだ。

初期のIWC ダブルクロノグラフ ムーブメントのプロトタイプ。Photo: Courtesy Richard Habring


パイロットの始祖

 オリジナルのダブルクロノグラフは、IWCのスタンダードなフリーガークロノグラフのデザイン言語で提供されているほか、IWCの近代的なパイロットウォッチの全シリーズの源流となるほど、デザインの観点からも非常に重要な時計だ。もちろん針や文字盤、アラビア数字インデックスなどの全体的なデザインは、IWCが1948年に生産を開始したマークXIという、昔からあるポピュラーな時計から引用されている。

IWC Mark XI

IWC マークXI。

 このダブルクロノグラフのムーブメントはパイロットのレンジで何度も発表されているが、ドーム型サファイアクリスタルとトリチウム文字盤を備えたRef.3711には特別な魅力がある。その多くは数十年のあいだに見事に変色している。

 パイロットシリーズだけでも、IWCはハブリングのスプリットセコンド機構を大いに活用している。まず、この物語に登場するRef.3711だ。これは1992年に発売され、非常によく似たRef.3713に置き換えられたが、主な違いはドーム型からフラットなサファイアクリスタルへ移行したこと、トリチウムの針とインデックスがスーパールミノバに変更されたことである。これらの作品は、人気の高い46mmのトップ・ガンバージョン、Ref.3799、インヂュニアコレクションバージョン、そしてスピットファイアシリーズのほかのモデルの基礎を築いた。またスプリットセコンドを数多く揃えるIWCのもうひとつのシリーズがポルトギーゼである。1994年、リチャード・ハブリングは、スプリットセコンドをより洗練させたバージョンである、日付・曜日表示とアワーカウンターを省いた手巻きモデルのアイデアを思いついた。ハブリングはIWCのトップに、非常に初期のパテック フィリップのスプリットセコンドクロノグラフの写真を見せたところ、ポルトギーゼラトラパンテの垂直バイコンパックスレイアウトを承認するよう、ブリュームラインに説得することができたと言う。

 IWCを知る限り、スプリットセコンドクロノグラフは同社の主要製品のひとつに含まれているが、最近IWCのウェブサイトを見ても、現在のコレクションにスプリットセコンドクロノグラフは含まれていないことがわかった。これにはショックを受けた。IWCの特許は2012年に切れたため、ハブリング自身を含むほかの時計メーカーも、このようなシンプルなスプリットセコンドを再び製造できるようになったのだ。私はIWCに連絡を取り、別のスプリットセコンドクロノグラフが再びラインナップに追加されるのではないか、またそれがいつになるのか、あるいは当面はほかの種類の時計に集中することにしたのかを明確にしてもらった。


コレクション性

 オリジナルのRef.3711は、価格という点で非常に親しみやすく、オンライン上で時折、約5000ドル(日本円で約55万円)で見つけられる。IWCが現代で作った、最も重要な時計のひとつとしては悪くない価格だろう。ほかのブランドとの競合という点では、オリジナルのIWC ダブルクロノグラフ Ref.3711は、1992年の発売時にはいなかった。発売当時、スプリットセコンドとクロノグラフの両方にカムを使用した史上初のダブルクロノグラフとして確立していたのだ。ハブリングのデザインは、ウォッチメイキングの最も複雑な機構のひとつであるスプリットセコンドを、IWCならではのツールウォッチとして完成させたのである。

次回はバルジュー 7750と、ムーブメントにラトラパンテを組み込むことにハブリングがどのように取り組んだかを詳しくご紹介する。乞うご期待。